パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
グリオット(駒沢大学)
196軒目(東京の200軒を巡る冒険)

おいしければいい、わくわくすればいい。
いままで食べたこともない新しいものであれば、さらにいい。
ブーランジュリーでも、ベーカリーでもなく。
パン屋にフレンチの感覚、パティスリーの感覚が融合する。
ときにはイタリアン、ときにはスパニッシュ。
なににもとらわれない店が、駒沢公園近くにある。

食いしん坊と食いしん坊との出会い。
グリオットの物語は、シェフの小島正義さんが、オーナーの石川暢子さんと意気投合するところからはじまる。

「知人の紹介でオーナーに会ったんですが、初対面にも関わらず3時間ぐらい、好きなパンについて語り合った。
どこのパンが好きだとか、どういうパンが作りたいとか。
僕はずっと、それまでなかったような新しい空間を作りたかった。
そこでスタイリッシュなパンを作ろう。
なんか楽しくやりたいなと思ってて。
そんなとき石川と出会って、なんか盛り上がるんじゃないかなと予感がしました。
みんなが幸せになるようなおいしいものを、作りたい。
もともとあったジャンルにとらわれずに作りたいという方向になってきて。
パン屋ではやらない新しいことに挑戦していければと考えています」

グリオットが挑戦する「新しいこと」とはパンと料理の融合。
おいしいものに国境もジャンルもないというスタイル。

「パンはフランスなんですけど、オーナーがニューヨーク好きなので、デリとか、お惣菜とか、なんでもある感じでいけたらいい。
1階で買っていただいたのを、地下のカフェスペースで食べられるように。
お惣菜やフィリングはぜんぶ手づくり。
ピクルス、タプナード、カレー…。
作れるものはできるだけ作っていきたいな。
クスクス,サラダ、キャロットラペ、ツナのブランダード。
お酒に合う感じのものを考えています。
サンドイッチならニソワーズのような、食事として成立するものを。
そういうのって家で作ると手間がかかるので便利だと思うんですよ」

フレンチレストランやビストロより、気楽に立ち寄れるバールやワインバーが近年の流行である。
パン屋が惣菜まで置けば、それよりさらに敷居の低い、日常的な形態になる。
グリオットの新しい「挑戦」。
オーナーの石川さんはこう言う。

「他にないようなおもしろい店を作りたい。
小さいお子さんも大歓迎ですが、大人の舌を満足させられるお店を。
会社帰りにパンも買えるし、ワインのお供になるようなものも買えたら楽しい。
チャバッタを使ったバインミー風サンドやニソワーズ(上写真)、そば粉のカンパーニュに合わせた、自家製オイルサーディンサンドとか、鶏のコンフィとキノコのソテーのカンパーニュサンド。
一皿の料理のような、それだけで食事になるようなサンドイッチ増やしてます。
カフェにはオーダー受けてから作るので、野菜と生ハム、ポーチドエッグのシーザーサラダサンドもありますし」

たしかにこれならお酒といっしょにちょっとなにかつまみたいときにうってつけである。
あるいは、フムス(ひよこ豆のペースト)やにんにくのコンフィも小さいサイズをパックで販売する。
あとはバゲットを1本買えば、簡単かつ満足いく夕食になる。

小島シェフがパンも惣菜もオールラウンドに作れる理由。
もともとはフレンチを志し、料理の専門学校卒業後、フランスで研修。
その後、一流のフレンチレストランで勤めた経歴を持つ。
特に、フランスでの食いしん坊経験はその後を決定づけるような経験となった。

「フランスに行ったことはかなりインパクトのある経験でした。
ケーキ屋ばっかり行ってた。
本当においしくて。
めちゃくちゃ甘いんですけど、慣れてきたらおいしい。
チョコとか、アイスとか、食べまくりました。
2つ星、3つ星のレストランはぜんぶいったし、普通のカフェやビストロも。
日本とは食材がちがうんですよね。
バターもおいしいし、鶏なんかもすごくおいしい。
リヨンにいたときには、フロマージュブラン1リットル食べてた(笑)。
本当においしかったですね。
仕事が休みの日はパン屋に行きました。
セーヌ川沿いのホテルで働いてて、川沿いをジョギングすると、すがすがしい。
そこに屋台のパン屋がある。
ガナッシュが詰まったコロネ。
ジャイアントコーンか、クッキーみたいなパイ生地でした。
シンプルで重いんですけど、おいしいな。
毎週毎週通いました。
その頃から、甘いものが好きだった。
ケーキ、チョコ、パン。
だから、パン屋になったのは正解だったですね」

フロマージュブランやコロネに取り憑かれる食いしん坊。
おいしいものへの半端ない執念。
こんな人なら人一倍努力しておいしいパンを作ってくれるはずだ。

メロンパン
白い甘さに捧げられたメロンパン。
中身とビス生地は完全に一体となっている。
ともに白さが強調されているからに他ならない。
白パンのように焼き切らない中身は、メロンパンとしては例外的に水分をたっぷりと含み、かつ少しだけ発酵の香りを残す。
あられ糖とビス生地はかりかりと響きあい繊細な糖分と口溶けよさゆえに、食べ終わったあとまでしみじみとさせる。

「白いメロンパンを作りたくて。
デニッシュ生地を使ってるんですけど、ビス生地は卵白だけを使ってゆっくり低温で焼いてしっとりに。
甘さはざらめ糖、ビス生地もパンもしっとりさせて、一体感を出せればなと。
卵白を泡立てて、軽い感じになるかなと。
メロンパンはぱさついてるイメージがあって、あんまり好きじゃなかった。
これはしっとりしてるのでいいなと思っています」

フランスでの食体験、料理人としての修行。
それは、いかにもフランスではない、日本的なパンにさえ顔を出す。

「フレンチの経験はいまに活きてますね。
フランス料理をやってると、どんな料理もだいたいはできるようになる。
中華も、パンも、菓子も、ワインも。
コニャックのことも覚えないといけないですし。
どんな料理でも本質的なところはいっしょなんじゃないかな。
フレンチをやっていると、食材とパンの相性がわかってくる」

カレーパン
この焼きカレーパンがはじめに香らせる一撃は、なんとバルサミコのすっぱい香りである。
カレーパンの屋上に野菜のマリネがのっているからだ。
カレールーのコクと刺激もありながら、野菜のさわやかさがそれらを押しまくり完全拮抗状態を作り上げる。
カレーのインパクトは、そこにあって、そこにないという不思議な体験。
焼きカレーパンゆえにものたりないかといえばそうではない。
フォカッチャから滲みだすオリーブオイルの芳香がルーも野菜も強力にバックアップする。

「カレーパンを考えたのは洋食屋で野菜カレーを食べたときです。
揚げた野菜がライスにのってる。
あれをパンでできないかと。
ルーと野菜をまぜないで別々にする。
単なる野菜だとインパクトがないので、ピクルスにしています。
カレーは昼にランチでも出していて、ルーは3日かけて手作りしています」

ある日、小島さんはパンのすごさに目覚めたという。
それを啓示として受け取り、料理人からパン職人へ転向したのだ。

「レストランの先輩がレーズンから起こしたルヴァン種を使ってパンを作っていた。
食べたらおいしくて。
『これあげるから、自分で作れば?』ってルヴァンをくれた。
せっかくもらったんで、勉強しまして。
100%自家製の種だけで。
すごくおもしろいな。
粉からパンができる。
魔法のように、なにもないところからものができる。
職人ってこれなのかな。
職人と呼ばれる人になりたい。
22歳ぐらいからパンの道に入って、いまは31。
パンにのめりこみました」

下積み時代に、一流の技術を持つ親方に出会えるかどうかは、一生を決定づけるほどの重要性を持つ。
その点、小島さんは幸運だった。

「ブルディガラ、オーバカナル、カフェ エメ・ヴィベール。
先輩に誘われて、いろんな店に行きました。
最初の店ブルディガラで、いまはクラブハリエ ジュブリルタン(滋賀県)のシェフ小金井利嗣さん、ブラッスリー オザミのシェフ木村さんに出会った。
パンは繊細なものだってはじめてわかった。
生地にちょっと触っただけで味が飛んじゃう。
いきなり厨房に入れてもらって、1ヶ月後には窯をまかされ、いろいろな技術を最初の店でほとんど教えてもらった。
家には30分しかいられない。
でも、ぜんぜん楽しくて。
弱音とか吐かないし、そういう思いもまったくなくて、恵まれていてよかった。
小金井さん、木村さん、2人はロブション出身。
厳しかったですね。
ミキシングのときは温度もきっちりはかる。
成形も新入りのときはすぐにはできませんでした。
成形ひとつで甘みも香りもぜんぜんちがうものになりますから。
パンチで味が決まる。
そこに感動を覚えましたね。
パンの情熱がある人しかいなかった。
パン食べて、味見て、感想を言い合う。
きっちり徹底してやるっていうのは、財産ですね。
先輩にロブション出身がいてよかった」

日本のパン作りの王道。
クープ・デュ・モンド(パンのワールドカップ)のゴールドメダリストも輩出した輝かしいロブションの厨房。
生地の見極めや、時間や温度を守ること、成形やパンチのワンタッチで、パンの味ががらりと変わるということをそこでは叩き込まれるという。
パン職人としてもっとも大事なベースを、ロブションの系譜を引き継ぐ小金井シェフらに学んだ。

たとえば、焼き色の薄いクロワッサンは、ロブションと同じくバターの生々しさを活かす方向性にある。
表面だけわずかにぱりぱりとして、その下の白い部分はたっぷりとして、予想を超えて次々と押し寄せるバターの波が唾液の洪水を誘いだす。
バターのフレーバーは、まるでクラムチャウダーででもあるかのようにずっしりとコクに満ちている。

「クロワッサンは、バカナルにいたときからずっと自分で試作してました。
バターの残るクロワッサンを目標にしてて、低温で焼いてるから、色が白い。
外はかりっと中ジューシー。
バターの味がして、中はふわっとして、最後に端を食べるとかりっと終わるようなものを目指しています。
黒く焼きこむより、むしろバターの味を重視する。
焼きすぎると、小麦の香ばしい味が出てきてしまいますから。
それより僕はダイレクトにバターの味を出したい」

このクロワッサン生地を使ったシナモンロールの衝撃。
見て驚き、食べて興奮する。
突刺すラム酒の香り。
シナモンロール史上、もっともセクシーなアイシング。
半透明に透き通って、デニッシュの渦巻を見え隠れさせている。
デニッシュ生地はエアリーに浮き、ゆえに軽く、歯切れよく、ぱらぱらっと壊れ、噛んではしゅわっと溶ける。
口に入れ、アイシングが溶けるとともにたっぷりとラム酒が生地にふりかかり、甘さはさらに狂おしくなる。
アイシングの甘い芳香とシナモンが出会うとき、興奮はマックスに達する。
デニッシュのバターと溶けそうで溶け合わない宙づりの時間が天国。

「お酒のインパクトがあるシナモンロールにしたいと思いまして。
ラム酒のアイシングを上からかけています。
コーティングされることで生地がしっとりもしますし。
アイシングを薄めにして、でっかく生地が巻いてあるのを見せたいなと。
パンのことをまったく知らない幼なじみがいて、アイデアに困ったとき意見をもらう。
ずっとなんかないかって話してたら、『ガラスのパンを作れ』。
べっこう飴みたいなのでパンを覆ってほしいと。
それで、『ガラスのパン』のイメージで、シナモンロールを透明なフォンダン(アイシング)で包みました。
まったく素人の人に訊くと、そういうアイデアが出てくるんですよね。
そういうのいろいろやってったらおもしろいんじゃないか。
食が好きなんで、おいしいものを見つけたら、この料理とパンが合わないか? とすぐに考える。
人とはちがうことをやりたいというのはありますね。
なんかないかなーって常に考えてます」

グリオット
東急田園都市線 駒沢大学駅
目黒区東が丘2-14-12 B1F〜1F
03-6314-9286
8:00〜19:00
月曜休み(祝日の場合は営業、火曜休み)



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