パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りinTOKYOレポート
9月28日に行われた「とかち小麦ヌーヴォー解禁祭りin TOKYO」。
上の写真のような長い列ができるなどたくさんの方にご来場いただき、イベントは成功のうちに終了した。
長い間お待ちいただいたお客様には、心よりの感謝とお詫びを申し上げたい。
 
午前午後を通じて出店
・カタネベーカリー(東京)
・ヨシダベーカリー(東京)
・もあ 四季彩館(神奈川)
・365日(東京)
 
午前中販売した店
・テーラ・テール(愛知)
・パラオア(千葉)
・パンストック(福岡)
・パンデュース(大阪)
・ベッカライ・ビオブロート(兵庫)
・ブルージャム(福岡)
 
午後販売した店
・komorebi(東京)
・ブーランジェリーレカン(東京)
・シティベーカリー(東京)
・セテュヌ・ボンニデー(神奈川)
・ダンディゾン(東京)
・チクテベーカリー(東京)
・パーラー江古田(東京)
・ル・ルソール(東京)
・nukumuku(東京)

販売された商品の一部をご紹介する。

パーラー江古田ぶどうのスキャッチャータ。
ぷちぷち梱包材ばりの快感で、弾け飛ぶ果汁、かりかり破裂する種。
このワイン用メルローの甘さは天恵。
渋いほど焼き締めた麦の味はパーラースタイル。
皮の甘みの後味に浮かぶ穀物感。 

ブーランジュリーレカンのコーンブレッド。
ポタージュみたいにじっとり濃厚に溶けるとうもろこしのつぶつぶ。
もはや、もろこし色に生地まで侵犯されているのでは、と思っていると、猛烈な小麦の巻き返しに出会う。
その麦の味までが、コーンのように黄色い甘さをしているのだ。 

13時から特設ステージで開かれた「小麦でつながるトークショー」。
40人の方たちで客席は満員となり、1時間のあいだとても熱心に聴いていただいた。
東京のど真ん中で、小麦を育てる人・寺町智彦さんの肉声に触れられたのは意義のあることだった。
寺町さんはこんなにたくさんの人が自分の作った小麦を味わいにきてくれることに驚き、それを北海道に伝えると言って帰られた。
大きく焼いたカンパーニュを1個持って新幹線に飛び乗りやってきた、ル・シュクレクールの岩永歩シェフ。
素材を尊重することで、ガストロノミーの世界では当たり前だった水準にパンの世界も到達しようとしていることを教えてくれた。
小麦ヌーヴォーの提唱者であり、立案から運営まで関わった、365日の杉窪章匡シェフ。
すばらしい素材はまちがいなくパンをおいしくすると、いまをときめくこの新進気鋭のシェフは、高らかに宣言した。

トークショーで参加者に配られたパン。

ブール(フランス語で「地球」であり「丸いパン」の意)こそブーランジュリーのオリジンであることを折に触れ強調する。
ル・シュクレクール岩永さんが持ち込んだのは、まさに原点である、そのブールを切り分けた一片。
強い火が衝突したことを物語る黒ずんだ皮、たくさんふった粉。
焼き切ったゆえに濃厚な中身から豊潤に麦の「果汁」が滴り落ちた。
小麦という自然に還るこのイベントにふさわしく、小麦を作る人とパンを作る人が分けられていなかった、中世の田舎で焼かれていたパンをイメージしたのだと思った。

365日のクロックムッシュ。
パンとは食事の中に位置づけられてこそはじめて意味を持つという考えから、プレーンなパンではなく、これになった。
自家製ハムに、良質なチーズに、やさしいベシャメルソース。
嫌みもえぐみもなく、ただすばらしい甘さとなってそれらが溶け合う。
それらのハーモニーの中で、ヌーヴォー小麦の音楽はかき消されているか。
まったくそんなことはなかった。
小麦それ自体の甘さは、ハーモニーをさらなる高みへ押し上げていたのだから。 
小麦へのこだわりは食事全体を幸福なものに変えることを示していた。

終了後、近くの店で行われた打ち上げに、イベントに関わった多くのシェフが顔をそろえた。
みんな曇りのない笑顔をしていた。
夢のような光景。
私の大好きなパンを作る人たちが一同に会し、思いをひとつにしている!
あるパン職人はこのように教えてくれた。
「(エイジングされていない挽きたてなので)むずかしい小麦をパンにした苦労を共有しているから、みんなこんなに打ち解け合っているのですよ」

とれたて挽きたてのヌーヴォー小麦を全国に流通させるはじめての試み。
はじまる前は、普段の小麦以上の香りや甘さ、あるいは去年と異なる特徴が本当にあるのか、一抹の不安があった。
けれど、幕が開いてみると、どのパン職人からも賞賛の声しかあがらない。
特徴は、パンにもはっきりと表れた。
目覚しい甘さ。
ビビッドな穀物感。
ここで風味が尽きる、と思ったところから、繊細なうつくしい声で麦が歌う。
それはなぜなのか。
エイジングの期間によって空気に触れ、じょじょに損なわれていくはずの、風味の元となる物質が、そのまま残されているからなのだ。
つまり、畑の思いは私たちの元まで届けられた。
それは、十勝の製粉会社アグリシステムが、農家の苦労の結晶である麦の風味が少しでも損なわれないよう、心を配って、管理・製粉・流通を行ったことによる。

バトンは受け継がれていく。
農家、製粉会社からパン職人へと。
技術的にむずかしい粉、だけれどその特徴をなんとか表現しようと、職人たちは腕によりをかけた。
最後にバトンを受けた私たち消費者は、いつも以上に、それを大事に味わった。
バトンを受け継ぐことは、自分の前を走る走者の仕事に敬意を払うことになる。

パンにとって大事なことはなにか。
生産者が食べる人のことを思いやって育てた麦はこんなにもおいしい。
そして、生命力に満ちていることを、私たちは舌で、全身で感じ取ることができる。
小麦とは、つまりパンとは、とりもなおさず生命なのだ。
小麦生産者、製粉会社、パン屋、消費者。
すべての立場の人が垣根を越えて、顔を合わせ、手を取り合ったこのイベントの成功は、それを証明するものだ。

この新しいムーブメントを広げ、育てていきたい。
地元で育てた麦でパンを作る。
食の根本に帰るようなこの試みを、全国で地道に行っている人たちとつながっていきたい。
「小麦ヌーヴォー」は、その人たちを励まし、きっと後押しするものとなるだろう。

最後に。
イベントにきていただいた方、小麦を作ってくれた農家さん、製粉を行ったアグリシステム、流通に携わった方、パンを焼き、パンを売ってくれたパン屋の方々、そして無償のボランティアとしてお手伝いいただいた方。
本当にありがとうございました。
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