パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
2冊の本、2人のパン職人 松崎太著『ベッカライ・ビオブロートのパン』
『パンの世界 基本から最前線まで』(志賀勝栄著、講談社選書メチエ)
『ベッカライ・ビオブロートのパン』(松崎太著、柴田書店)

2ヶ月あまりのうちに出された2冊の本を机の上において、私は満ち足りた気分でいる。
大好きなパン職人2人が立て続けに本を出したのだ。
偶然ではあるが、この2冊はよく似ている。
口絵、及び巻中のカラーページをのぞいて、写真がなく、字ばかり。
そして、読者として想定されているのが、同業者だけでなく、パンに多少なりとも関心のある一般読者なのである。
パン職人が出す本といえば、たいていはレシピ集であり、そこにあるのはカラー写真とレシピが主な内容である。
この2冊はそうではない。

ベッカライ・ビオブロートの松崎太さんは以前話していた。
ドイツでマイスターの学校に通っていた頃、古書店を探し歩いて買った昔の本を読んで勉強した。
それは字ばかりの本で写真はなかった。
ひるがえって、日本の本はなぜ写真が多いのだろうと。
松崎さんは字ばかりの本を書いた。
本書の前半では自らの半生を追っていて、松崎さんのパンを知るためにどうしても必要なのである。

上記したような写真ばかりのパンの本には、たくさんのパンのレシピが提示されていて、それらはすっかり完成した状態にある。
松崎さんの本には、「フォルコンブロート(全粒粉のパン)」と、その派生形である「ラントブロート(サワー種を使った大型パン)」の2種のレシピしかのっていない。
そして、そこに至るまでの失敗や、成功の元となる着想を得た瞬間について書かれている。
こんな具合に。

「このときに先生が、『28℃を超えると発酵過多で種がダメになってしまうから絶対に超えないように!」と言った。(中略)そこで他の生徒が28℃になるように材料の温度を測って、水の適温を計算するなか、僕は30℃になるように計算した。先生にはもちろん内緒で。
 ところができあがった種はなんと32℃近くとなってしまった。(中略)
 翌朝、先生が一人ひとりの種をチェックし始め、僕は、内心ドキドキしていた。さすがにまずかったかなぁと思った。
 僕の番になった。先生が種の膨らみを見て、香りをかいで、こう言った。
『Sehr Gut!(ゼアグート、とてもよい!)』」

そのあとでラントブロートのレシピを見ると、種を起こすときの温度は32℃になっているのだ。
もうひとつ大好きな箇所がある。
松崎さんが敬愛する師匠、小麦畑に囲まれたオーガニックのパン屋を営むユルゲン・ツイッペルについて書いているところだ。
ひとつ説明しておくと、松崎さんは毎日パンを焼き、ランニングし、読書することを日課としている。

「ユルゲンは丸めの段階で、一瞬、てのひらを生地の下に滑り込ませるようにして、見事に生地をとじてみせた。(中略)
 そのちょっとしたことを習得するのに、僕はかなりの時間と労力を費やした。ユルゲンの動きが頭には残っているのに、どうしても丸める動作から閉じる動作への一瞬の切り替えのタイミングがつかめなかった。
 ある日、僕は仕事を終えて、近所の湖の畔(ほとり)をいつものようにランニングしていた。(中略)
 最後のアップダウンの坂を越えて、なにげなく腕をプラプラさせたときに、突然そのタイミングをつかんだ。なぜだかわからないがそう確信した」

なにかをつかむことは一瞬にして起こる。
そして、そこに至るまでの道は途方もなく長い。
私は職人にあこがれる。
なぜかといえば、彼らは試行錯誤を繰り返しながら成長し、技術を自分のものにして仕事だからだ。
松崎さんは数少ない全粒粉のパンしか焼かない。
たったひとつかふたつの「自分のパン」を焼くために人生をささげる人がいることに私は感動する。
こつこつとパンを作り、もくもくと走り、たんたんと本を読む。
このような繰り返しの音をもつ言葉が、私にとっての松崎さんのイメージだ。
この本はライターが聞き書きしたのではなく、松崎さんが自ら書いた。
私は松崎さんの文章に、パンを作るときと同じリズム、同じ息遣いを聞く。(池田浩明)

(つづく)



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