パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ル・コションドール 【鳥取パンツアー1】
おもしろい動きが起こっている。
鳥取駅前の商店街。
車社会の進展によって郊外の大型店に客足を奪われる事態は、全国と同じように、ここでも進行している。
だからこそ、ハイセンスな店が、商店街に回帰しようとしているのだ。
借りてがなくなった古いビルをリノベーションし、蘇らせる。
イベントを仕掛け、活気を生み出す。
ル・コションドールは動きだしたムーブメントの中心にいる。

倉益孝行さんはシェ・ワダ、アビアントなど関西の名店での修行後、ル・コションドールを立ち上げた。
弱冠22歳にしてオーナーシェフ。
店をはじめてもうすぐ10年になる。

「母親がガンになり、鳥取に帰ってこないといけなくなって。
あまりにもばたばただったので、その頃のことを覚えてないです。
それまでクロワッサンもひとりで作ったことがなかった。
はじめてクロワッサンを作ったとき、いろんな店でやってた工程が、やっとシンクロしたぐらいで」

パン職人としての原点は、高校のとき食べた、当時人気絶頂の有名店のパンにある。
「コムシノワさんに行ったら、こんなでかいカンパーニュがあるんですよ。
はじめて食べたとき、『うまい』じゃなかった。
これを焼けるようになればもてるな(笑)。
『俺はパン屋になる』と言ったとき、突然すぎてみんなぽかんとしましたね」

パンの放つ輝きや、存在感。
一瞬にして目を奪い、場の雰囲気さえ持っていってしまうような、パンの持つ力。
倉益さんはコムシノワのパンにすっかりやられてしまったが、その下地は家庭環境にあった。

「両親がソムリエで、たぶん鳥取では初めてとなるワイン居酒屋をやっていました。
いちばん古いパンの記憶は、店で残ったバゲットの端っこを、残った鴨といっしょに食べたこと。
かりかりしたバゲットの端が原点。
当時から、料理をのせるお皿でした」

物心ついたときから、倉益さんにとってパンとは、料理と一体となったものとしてあった。
倉益さんは、食卓を刺激するようなハード系のパン作りに力を入れるし、イベントやパーティの依頼には積極的に応える。

「パン自体がすごく好きというわけではなく、パンを作ることがよろこびなんです。
パンにまつわるシチュエーションが好き。
ワインと料理、そこにうちのパンがあったほうがいいねと言ってもらうのが、うれしい。
食べる人にとって、ちょっと驚きがあるように、ひっかかるようにしてます」

たとえば、私も参加した、2014年9月に行われたイベント「パンBAR」。
鳥取市本通り商店街の空きビルを町の活性化のために有効活用している「パレットとっとり 市民交流ホール」で開かれた。
調理場を備えたこのスペースに京都のイタリアン「イルビアット」の水谷啓郎さんが招かれ、パンに合う料理を用意する。
そこで倉益さんが思いを込めて披露したパンはこのようなものだ。

パン・オ・ルヴァン。
「普段はミキサーで練っているパンですが、この日は手で練りました。
ミキサーのほうがしっかり練れるんですけど、ちゃんと食べてほしいなと思うときは、手で捏ねます。
生地の状態が手から伝わってくるし、ダメージが少ないので、なんとなくやさしい味わいがする。
ミキサーで練ったときのように空気が入って、味がぼやけるということもありませんし。
こだわりのある配合で思い入れを出したいというときにはそうします。
今日はバゲット ティエリー・ムニエ(フランスのシェリジー社製)という粉を使っています。
昔働いていたお店(シェ・ワダ)の宮本秀二シェフ(現サミープー シェフ)もフランスの粉をよく使っていたので、それに対するオマージュとして。
レストランに卸すために、ものすごく硬いパンを焼いていた。
味はものすごくおいしいんですけど、お客さんから受けが悪かった。
それをもうちょっとなんとかしたいと思いながらずっと働いていた。
そういう思い出の粉を使ったパンです」

パン・オ・ルヴァンには、手ごねならではの繊細な穀物香がアロマにもフレーバーにもあふれていた。
自家製の発酵種と粉の香りが相まって作りだされる香りは気品に満ち、思わず深呼吸した。
おいしいものをたくさん食べ、味覚の修練が自然と身に付いた人にしか作れないもの。
似た印象は、同じく発酵種を使って普段出しているパン・ド・カンパーニュにも持った。

パンの香りについて倉益さんはこんな話をしていた。
「この前関西に行って、レストランでパンを食べたとき。
この香りなんか知ってるなと思って訊いてみたら、たまたま自分の先輩の焼いたパンでした。
パンの香りってものすごく重要な位置を占めるなと思っていて。
うちの店にはあまりがしがし焼かないパンがけっこうあるんですけど、あまり焼きすぎるとパンの焦げ臭が立っちゃって、パン本来の香りが立たない。
そういうこともあって抑え気味に焼いてます」

もうひとつパンBARで印象に残った、大山小麦(鳥取県産ニシノカオリ)を使ったパン。
水が香りを運んでくる。
しっとりとした中身から、やさしい甘さ、そして大山小麦ならではのなつかしい香りがする。
たっぷりと水分を入れ、甘さやもちもち感を強調できる湯種を使ったというこのパンは、国産小麦のよさを活かすのにうってつけだった。

大山小麦のパンはなすのペーストとのあいだですばらしい相性を獲得していた。
イルビアット水谷さんに訊くと、和を意識したと。
まさに、大山小麦のもつ木造の古い家のようななつかしい香りに、和惣菜はとてもよく合うのだ。
小麦の個性を引き出し、それにふさわしい料理と合わせると、こんなに感動的な体験となる。

パンと食事の組み合わせについて感性を研ぎ澄ませていく上で、レストラン「シェ・ワダ」でキャリアをスタートさせたのはうってつけだった。

「和田信平さん(シェ・ワダ オーナーシェフ)の影響は強いです。
『料理に負けないパンを作れ』。
そんなことを言ってくれる料理の方はいなかった。
あくが強いとかいうことでなく、料理人のこだわりに対して、見劣りしないパンを作れという意味だと思っています」

ただの脇役として目立たぬ位置にいなくてはならない。
パンにまつわるそんな定説を覆す巨匠の一言は、パン職人である倉益さんに自己表現の可能性を与え、奮い立たせた。

同じく、シェ・ワダの厨房で出会った宮本秀二さんを敬愛している。
「この前も、会ってきたんですけど、宮本さんが大事にされていた、辻静雄の本をいただきました」
と倉益さんは、改めて気を入れ直さなければ、という真摯な表情で語る。
宮本さんは十代にしてフランスを料理修行でまわった経験を持ち、彼の店サミープーはフランスへのオマージュに満ちている。
トリコロールの血は倉益さんの中にも受け継がれている。
ル・コションドールのパンは、倉益さんがパリで食べたパンの記憶からできあがっているのだ。

「プージョランのバゲット、ル・グルニエ・ア・パンのリュスティック、ガナショーさんの一本クープのバゲットを食べたとき、こんなうまいものないと思いましたね。
自分の作るパンの着地点としてイメージしてます」

バゲットリュスティック
笑ってしまうぐらいのむちむち感。
焼き切らず浅めに仕上げる、寸止め。
そのために、香ばしさよりも先に、粉そのものを香らせる。
国産小麦らしいやさしい甘さのニュアンスは豊かに。
やわらかな中身が口腔にまとわりつき、気持ちいい。
後味は塩と相まってミネラリーに語ってくる。

「バゲット・リュスティックでは、粉の、飛んでいきやすい微妙な風味も活かしたいと思って、オトリーズ(粉に水を合わせ水和させる工程)を一晩とって、パン酵母を入れずに寝かせています。
皮を薄めにするため、ちょっと浅めに焼いてます。
江別製粉(北海道産小麦)がメイン、少し大山小麦を入れて。
ガナショーみたいな毎日食べてストレスのないパンのイメージ。
毎日食べたいときって、がちがちのハード系はストレスがある。
反対に、バゲット・コションドールは濃い味の出る粉を使って、カイザーみたいな濃厚なバゲットのイメージです。
夜の料理はバゲット・コションドール、昼はバゲット・リュスティックがおすすめです」

オープン当初はフランスパンしか置かない本物のブーランジュリーを目指していたが、それではいけないと諌めた人がいた。

「アビアントに入る前にバイトをしていた店がありまして。
そこの店長さんが食パンだけは無理矢理にでもやれと。
そこからもってきた湯種のレシピで食パンは焼いています。
パンネル(湯種製法の食パンが名高い宝塚のベーカリー)の配合をそのまま使える。
オリジナルでは湯種が10%だったのを、3割にしています。
大阪に行くたびに食パンを持っていって、店長さんには食べてもらっている」

角食の、食欲をそそる濃厚な焼き色、自重で潰れるほどのやわらかさを見て、即購入を決定した。
甘さが濃厚なのは予想通りだったが、快感の強度は想定以上だった。
おいしい食パンは、その甘さによって幸福をイメージさせる。
小麦の持つポテンシャルを十二分に発揮しなければそこへは至れない。
ほどよくもちもちして、なめらかで、といった食感も幸福に荷担する。
皮のキャラメル香、甘さと発酵の香りがないまぜになった感じは、いいワインを想起させた。

地方でハード系のパンを売ることを、私は『木を植えた男』に例える。
禿げ山に木を植えていくように、あんぱんを買いにきたお客さんに、バゲットのおいしさを説明し、1本1本売っていく。
まずフランスパンのおいしさを知ってもらうことからはじめなくてはならない。
パンの文化を自分がふるさとに根づかせるのだという、気の遠くなるような覚悟を持って。

「鳥取にはハード系のパンがありませんでした。
売れないというところからのスタート。
でも、売れない理由を町のせいにしちゃいかん。
それを含めて、自分が納得できることをしないといかん。
うちができたら、ハード系を焼く店が出るかなと思ったら、出てこない。
じゃ、焼かせてもらおうと。
以前、ベビーカーを押してしょっちゅうこられるお母さんがいました。
オリーブのパンをいつも買ってた。
やわらかいパンしか食べないのは、赤ちゃんには硬いパンはあげられないからだという。
牛乳でふやかしてみたり、食べ方を提案して買ってもらえるようになった。
大学で東京に行った人に、パンを送ってくれと頼まれるようにもなりました」

ル・コションドールの植えたパンの苗は、鳥取に根づこうとしている。
市内各所でハイセンスな店を手がけている、工作社の本間公(あきら)さんによるもの。
先述した「パンBAR」や、パンと料理を楽しむイベント「トットリノススメ」も、本間さんと倉益さんが仕掛けたものだ。
鳥取を楽しくする人たち。
おもしろい空間があり、そこに人が集い、そしてパンがあればおもしろくなってくる。
ル・コションドールは1本のバゲットで町を変えていく。(池田浩明)

ル・コションドール
山陰本線 鳥取駅
鳥取市栄町401、0857-27-5678
7:30〜19:00
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