パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
北海道、新麦を訪ねる旅2 ハルユタカを救った男
国産でふっくらとしたパンを焼くことを可能にした強力小麦「ハルユタカ」が登場して、今年で30周年になる。
日本に強力小麦がなかった頃、奇跡のように誕生し、高タンパクと豊かな風味で支持を広げてきた一方、病気に弱く、何度も不作に泣かされてきた。
一時は、後継の「春よ恋」に取って代わられようとしていたこの品種の、画期的な栽培方法を確立、再び多くの農家によって栽培される道筋をつけた人がいる。
片岡弘正さん。
国産小麦の普及に尽力してきた江別製粉のお膝元である江別市の農家。
彼が行った栽培法は、常破りの方法だった。

話は二十数年前に遡る。
北海道でようやく生まれたパン用小麦ハルユタカの収量を安定させようと、江別市の農家では試行錯誤が行われていた。

「いまの社長(江別製粉・安孫子建雄社長)に誘われて、いろんなことをやった。
ペーパーポットを使って苗仕立てでやってくれんかと。
『無理です』と言ったけど押し切られて。
4年ぐらいやった。
いいものはとれるけど、春の忙しい時期に苗植えをやるのは大変」

ペーパーポットでひとつひとつ育てた小麦の苗を広大な畑に植え付ける。
野菜を作るときのような農法を北海道の大規模農地で行うのだから気の遠くなる手間だ。

そんなとき、転機が訪れる。
「平成3年の秋か4年の秋だったと思う。
ペーパーポットをやめたと同時に『初冬まき』をはじめました」

北海道の小麦には「春まき」と「秋まき」がある。
ハルユタカや春よ恋など、「ハル」という言葉がつく小麦は春まき小麦。
ゆめちからやキタノカオリの登場まで、パン用小麦といえば、春まきだった。
春、雪溶けのあと種をまくのが普通。
それを、初冬にまこうというのだ。

「『初冬まきっていうのがあるよ』。
改良普及所の人が、わずかA4一枚の紙で話を持ってきた。
それがスタート。
ハルユタカや春よ恋は、秋にまいたら普通は越冬できない。
でも、春まき小麦を前年度にまいても、芽が出なければいいのであって。
芽が出て青くなっちゃうと冬越しできないけど、葉っぱが広がっていかなければ枯れることがない。
土の中で積算温度(種蒔きからの日ごとの気温の合計)が110℃になると発芽がはじまるんだけど、冬の地温は2℃ぐらい。
温度が低ければ、休眠したままになる。
12月、1月ぐらいにやっと雪の中で芽が出てくる」

生産者として初冬まきに取り組んだ例はない。
片岡さん自身、半信半疑のチャレンジだった。

「ここらへんは1m50センチぐらい積もります。
最初は雪が降る前の日にまいた。
11月10日か20日ぐらいだったかな。
雪が溶けて姿を現したときはびっくりしたよ。
4〜5センチのもやしみたいなのが生えていたんだから。
こりゃだめだと思った。
芽が、雪解けで黄色っぽくなるんだよな。
それが、あたたかくなるにつれて、どんどん黄色から緑になってきた」

「ハルユタカは、開花のとき雨に降られると赤カビの被害に遭いやすい。
北海道は梅雨がないっていうけど、『蝦夷梅雨』(えぞつゆ)ってあるんですよ。
雨がつづくと赤カビの胞子が飛ぶようになり、それが開花時期に重なると、赤カビ病になる」

赤カビが発生すると小麦はどうなるのか。
片岡さんが見せてくれた写真は無惨なものだった。

「3日間ぐらい雨が降ると、こんなになる。
いまはほっと一安心だけど、収穫期の雨がどうなるかまだわからないよ」

農業は自然との戦いとよく言われる。
だが、観察と知恵で、敵であるはずの自然を味方にすることができる。

「初冬まきだと、なんで赤カビになりにくかというと、開花時期がずれるから。
春まき小麦だと、開花時期は6月20日すぎ。
それが、初冬播きだと6月15〜20日になります。
そうなると秋まき小麦の開花時期となんぼも変わらん。
今年も心配したんだけど、(蝦夷梅雨の影響は)たいしたことなかった」

地球が丸いと信じて海に乗り出す大航海時代の船乗りのように。
いまでは確立された初冬まきも、はじめた当初は、はた目に無謀と見えるチャレンジだった。

「邪道って言われました。
でも、やったのは物好きだからかな。
農業試験場で試験栽培して、データが残ってるちゅうことは、たぶんなんとかなると思いました。
それまでも農協の部会の取り組みで、(ハルユタカの栽培を安定させるための試みを)いろいろやったけど、みなさんうまくいかなくて。
失敗したり、損したり。
それでも、初冬まきをやってみようかなって、よく思ったもんですよ。
取り組んだのは、僕ともう一人ぐらいかな。
種をまく時期をずらすなんて、みなさん関心なかった。
ところが、僕の収量を見て、『そんなばかな、まぐれだろう』と。
初冬まきで作ると、粒張りもよくなるし、品質的にもいいんですよ。
(一般の農家に初冬まきが定評を得るまで)10年かかりました。
最初の3、4年はみんな信用しない。
少しずつやる人が増えてきた。
そんな寒い時期に播くなんて、普通は誰もしないよ。
冬休みもずれこむし。
普通なら、トラクターも掃除して、パチンコ行くぞーってなってるのに(笑)。
(初雪が溶けたあとの)どろどろの畑に入ってたんだから。
昔はいまみたいに、全天候型のトラクターじゃなかったしね。
栽培方法がわかってきたから、(種まきの時期を)前倒しできるようになった。
10月10日ぐらいに、いまは種をまく」

不作のリスクを背負いながら、やっとの思いで確立した初冬まき。
その技術を、片岡さんは道内各地の農家に惜しみなく教える。

「自分のとこだけ、これっぽっち作ったってしょうがない。
みんなで作ってロット(まとまった量)を作らないと。
栽培面積を増やさないといけない。
北海道として、ハルユタカのロットを増やさなければ」

小麦作りは大きなチームだ。
ロットがなければ、製粉工場の巨大な製粉機を動かす採算ベースにのせることができない。
あるいは、各地で作られなければ不作のリスクにさらされやすく、年ごとの収量が不安定となり、パン屋が安心して使うことができない。
そうなれば、消費量が減って、ハルユタカをもはや作れなくなってしまう。
自分だけのことを考えるのでなく、見も知らぬ誰かのために動くことが、自分に返ってくる。
だから、片岡さんは初冬まきを伝えつづける。

小麦の栽培は、流通や交付金を司る農水省による、基準の変更に翻弄される。
赤カビの検査である「DON」の基準が厳格化されたのは、病気に弱いハルユタカにとっては不幸なことだった。
それまで、検査にかからなかったものまで、不合格とされたからだ。

「平成21、22年は不作。
江別全体でも10〜20トンしかとれなかった年もある。
特にDON検査が厳しくなったので、ハルユタカは壊滅。
初冬まきだけがなんとか残った。
それをきっかけに全道的に春よ恋に変わった。
残ったのは江別だけ」

初冬まきの技術が確立されなければ、ハルユタカはもう食べられなくなっていたかもしれない。
ここに片岡さんが「ハルユタカを救った男」と呼ばれる理由がある。

「ハルユタカが生まれて30年
名前がつく前から、試験の段階から関わってきました。
小麦って、一品種の寿命が短い。
早いもので5年、長いもので10年、15年。
病気に強いもの、タンパクが多いものにどんどん切り替わる。
それでも後継が出ないのはなんでかっていうと、ハルユタカの二世は育種をやってもなかなかできない。
同じ味を出すと元のに戻っちゃう。
すごく独特で、突然できたもの。
だから、この味は出せない」

北海道の品種に共通する甘さを持ちながら、古い麦に特有であるフレーバーの力強さや野趣も併せ持つ。
この品種を未来に受け継ぎたい。
片岡さんは「ハルユタカは世界一うまい」と断言する。
それはもちろん主観にすぎないけれど、ハルユタカに農業人生を懸けた、この人の言うことなら信じてみたい。

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