パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パンよ、空へ!

パンラボは、要石を失くした。
3月4日のことだった。
さっきまで元気にいつもの通り競馬のブログを書いていたというのに、運命がかしわでさんを奪っていった。
誰もそれを信じなかった。
訃報を聞いてもドッキリだろうとみんなで言い合っていた。
いつもおもしろがり、隙あらば笑わせようとしていた、そんな人だったから。

 

要石とさっき書いたが、重石なんかじゃない。
軽きも軽し、堂々たる軽石だった。
昔からパンラボblogを読んでくれている人なら、軽妙で剽軽で軽佻浮薄な、その文体を知っているだろう。

 

文頭や文末に「かし」とか「かしわで」と記された記事を読んでほしい。

氏は頭脳パンかにぱんに異常なる執着を見せた。
あるいは、キューカンバーサンドにはまっていたことがあったけど、それは女子にモテたいからであったり。
それからAKBの誰がパン好きかということや、フジの女子アナの誰がどのパンが好きかということにも通じていたし、

ル・コッペ堂という幻のパン屋から三色インドカレーコッペなどを買ってきてくれたりも。
あんぱんの中では、つぶあんやこしあんという王道ではなく、いちばんの変化球である「うぐいすあん」を愛していたし、
ぬぬぬぬぬ。
とか
ターーーー!
ワオ!
うひょ!
というオノマトペを好んで多用した。
かしわでさんはパンをおもしろがっていたのだ。

過剰なるおもしろがリズムこそ、かしわでさんの真骨頂だった(氏はそれを「ニギ」と呼んでいた)

 

仮想のパン研究所「パンラボ」をはじめてから約9年も経ち、私がむしゃむしゃとパンを食べ、どんどんとディープにマニアックに向かっていった一方で、かしわでさんはいつまでもミーハーで軽チャーなままだった。
いや、かしわでさんは、あえてその地点にとどまったんだと思う。
本を作るためには両方の視点が必要だ。
もっと先へ、もっと深くへと道をたどっていくマニアの視点と、本屋さんでたまたまパンラボに出会い、なんの予備知識もないままとびらを開ける人の視点。
私が森の奥へ奥へとすすむ獣道をずんずん進んでいったとき、かしわでさんは道の登山口を守っていてくれた。

 

実のところ、かしわでさんがいなかったら、私はいまだに何者でもなかったかもしれない。
大学を出て白夜書房(パンラボの発行元)に入った私に、本の編集というものを教えてくれたのは、かしわでさんだったし、白夜書房を辞め、ふわふわしていた私に『パンラボ』という本を出させてくれたのも、またかしわでさんだった。
つまり、かしわでさんがいなかったらみなさんがいま目にしている「パンラボ」というものは、どこにもなかったかもしれないのだ。

 

そんな感謝を、あまりにも突然だったので、本人にマジ告白したことなんて一度もなかった。
あーと悔いまくりながらお通夜に向かったところ、思いもかけず、そこには、かしわでさんの手を経てパンラボシリーズの本を出した著者の方々が一堂に会していたのである。

まさこジャム』の渡邉政子さんも、『パンの漫画』『パンの漫画2』の堀道広さんも、『空想サンドウィッチュリー』の西山逸成さんも、『パンは呼んでいる』の山本ありさんも、『シアトル発 ちょっとブラックなコーヒーの教科書』(これはパンの本ではないけど、かしわでさんのもうひとつの大好物)の岩田リョウコさんも。
かしわで氏への感謝は、私だけではなく、著者全員が共有していたものなのだ。

 

その気持ちは、『空想サンドウィッチュリー』の撮影のときのかしわでさんのことを書いた西山さんのこの言葉に言い尽くされている。

 

「いつも試食の際にはおもしろがって、『すごい!、すごい!』『美味しい!、美味しい!』と言ってくださるようなとても優しい方だった」(「とても寂しかったこと。」)

 

そう、私たちに発表の場を与えてくれて、率先しておもしろがってくれたのが、かしわでさんだった。
パンをいろんな店で10個とか買ってきて、それをいっぺんに食べて感想を記した『パンラボ』という本も、ダンボールで屋台を作っていろんな場所でサンドイッチ屋を開店する『空想サンドウィッチュリー』も、他の出版社では実現しそうにないほどめちゃくちゃだ。
それを、大人の事情なんて脇に置いて、無条件におもしろがってくれたかしわでさんがいたからこそ実現したといえる。

 

パンラボ前、パンラボ後。
パンラボを開始した2009年、かしわでさんや私たち(編集のDさんも)が共有していたのは「前夜」という感覚だった。
「パンってなんかおもしろくないですか?」
かにぱんも、頭脳パンも、バゲットも、有名な店のパンも、パン職人の生き様も、発酵も、あれもこれも。
ふと見渡してみたら、この世界の至るところにパンのトビラはあって、それを私たちは叩いてまわったが、どのトビラも ワオ! とか うひょ! とならないものはひとつもなかった。

 

そしていまや誰もが認めるパンブーム。
パンみたいなおいしいものを、いままでみんな好きじゃなかったのが急に好きになったということではたぶんない。
私が思うにそれは「パンおもしろがりブーム」なのだ。
食べ物としてのパンはもともとみんな好き。
それ以上の価値(アートやカルチャー)としてパンが認知された。
かしわでさん、あなたがこの9年、おもしろがってきたパンを、いまではたくさんの人がおもしろがってくれるようになりましたよね!

 

心配してくれる人がいる。
「かしわでさんがいなくなって、パンラボはこれからどうなるんですか?」
私の腹はもう決まっている。
かしわでさんの遺志を継ぐしかないでしょう!


パンラボはこれからもパンをおもしろがりつづける。

誓いよ、届け。

パンよ空へ! (池田浩明)

 

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