パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
AOSAN(仙川)
第35軒目

14時30分。
その日、2回目の角食パンの焼き上がりを待つ人びとで、AOSANはいっぱいだった。

約2ヶ月先まで予約がいっぱいという角食の、製法の秘密について。
「いい材料を使って、丁寧に、時間をかけて発酵させる」
とだけオーナー夫人である奥田さんは語る。

角食(250円)。
とろっとしている、という印象を与える食パンにはあまり出会った記憶がない。
皮はぱりっと、特に底辺の食感はがりっとして、クラッカーを噛んだかのようだ。
そして、果てしなく澄んだ発酵の香り。
中身はなめらかで、存在と非存在のあいだにあるかのように軽い。
噛み進むと、むちっむちっと歯ごたえを感じ、やや酸味があって、噛むごとに発揮される生(き)の小麦味は、どんどん明るさを増して発揮されていく。

投じられたパン種が生地を膨らませ、次々とパンを作り出していくように、一片の種だったルヴァン(自家製酵母パン屋の草分け)はたくさんの卒業生を送り出し、彼らによるパン屋はさまざまな場所にオープンしている。

中でも、もっとも成功した一軒がAOSAN。
自家製酵母のパンとイーストを使ったパン、両方を焼く。
いつ行ってもたくさんのお客がいる。
理想的な住宅地といえる仙川の地に、ちいさな子供連れのマダムも、若い人も、みんなが立ち寄れるパン屋を根づかせた。

卒業生である奥田さん夫妻にとって、ルヴァンとは何だったのか。
「とにかく場のインパクトに圧倒されて、考え方はとても影響を受けました。
パンというのはただのものじゃない。
体に入ってその人の一部になる。
おいしいものは食べた人の気持ちを高め、生きるためのエネルギーになる。
パンを作る技術だけでなく、そういう精神的なものを学びました」

AOSANはルヴァンから何を引き継ぎ、何を変えたのだろうか。
「厳密にオーガニックを求めるのはいいことなんですが、ルヴァンでは人件費や原材料費がかさんで、価格設定が高めになっています。
うちでは、もちろん安全でいいものをなるべく使うようにしていますが、なにがなんでもオーガニックということではありません。
安全なものはできる範囲で使うことにして、価格は抑え、日常生活で買っていただけるような、日々の生活に溶け込んでいけるパン屋にしたいと思いました」

ルヴァンの魅力は、「原点のパン」を作りつづけるストイックな精神性にある。
でもそれはときとして窮屈にも感じられる。
完全にオーガニックなパンを作ったとしても、値段が高すぎて毎日食べられなければ、本当に健康に資するとはいえないだろう。
あるいは、ハード系のパンを食べたいときもあれば、ときにはやわらかいパンや、甘いパンも食べたい。
それから、家の近所にあって、入りやすくなければ、買いにいくことができないだろう。

「ポリシーと値段のバランスを取りたいと思っています。
敷居の高いものにならないように。
人間でもストイックになりすぎるとまわりの人が窮屈に感じてしまうことはあると思います。
おおらかでないと、人も受け入れられない。
だから、お砂糖も使わないということではなく、甘いものは甘くして出したい」

高山のようにそびえ立つルヴァンから精神性のみを引き継ぎながら、日常の目線が届く場所までそれを下ろしてきたところに、AOSANの新しさはある。
AOSANのパンは形がかわいい。
女性らしい感性をそこに感じる。
夫婦とも厨房に入る、2人の役割分担からそれは生み出される。

「最初のレシピは私が作ります。
それをアレンジして技術的に高めていくのが主人です。
新商品のイメージはぽこっと出てきます。
『あ、こういうの食べたい』という感じで。
いろんなパン屋さんで触発されたり。
私がもやもやっとイメージしたものを、主人がきちっとしたものへ落としこんでいく。
私がもやもや係で、主人がきちきち係(笑)」

インテリアがかわいい店だ。
「主人の感性ですべて決めています。
私はいっしょにいって『これはいいね』『これはちょっとね』というだけ。
でも私がほしいものと主人がほしいものはいつも一致しています。
感性が同じなんでしょうね」

志は高く掲げながら、しかし主婦の目線で価格を考え、日常にはストイックなものばかりではなく、かわいいものも持ち込みたい。
しかしパンとしての完成度は妥協しない。
男性と女性、日常と非日常…さまざまな1と1が混ぜ合わさってマーブル模様を織り成し、2以上のなにかになっている、それがAOSANだと思う。

プレーンカンパーニュ(280円 1/4)。
しっとりして、ぷるぷるとしている。
軽く、食べやすいという印象がまず最初にあり、それから小麦の味わいは噛むごとにますます透明なものへと移ろい、ブランデーのような香りもどんどん強まる。
誰もが好むような食パン的な食べやすさと、カンパーニュ好きが好むマニアックな濃さがひとつのパンの中に両立している。

ジャムフルーツサンド(180円)。
プレーンな小麦味の丸パンに、酸味の強い山イチゴのジャム。
サンドイッチだから、生地の小麦味と山イチゴの野性味がともに活きている。
表から作っているところを見ていたら食べたくなった。
よつ葉バターの大きなひとかけを、半分に切った拳大のパンに塗り込む。
きちっと塗るのではなく、適当に。
だから、ぜんぜん塗れていないところと、固まりが入っているところとにムラができる。
バターのない部分の酸味を耐え忍んだあと、ついにバターの固まりが口に入る。
バターがとろけ、生地の甘さ、イチゴの甘さが突然際立ちはじめる。
その瞬間がたとえようもなく幸福である…ストイックすぎなくてよかった。(池田浩明)

AOSAN 
京王線 仙川駅
03-5313-0787
10:00〜18:00
日・月曜休み

#035

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Comment








食パンには、ありつけてません。
前に公園があるのもいいですね。
ルヴァンのストイックなパンを、子どもにも理解できる味に、進化(枝分かれ)したような優しいパンだと思いました。
from. あーちゃん | 2011/03/23 07:42 |
あーちゃん様
いつも子供を連れたママを見かけますし、いくだけで楽しい感じがします。
食パンはたしかにとてもおいしいです。
でも、話題が話題を呼ぶというところもなきにしもあらずで、他のパンだっておいしいんだから…とも思います。
ここに書いたことでさらに列が長くなるとしたらお店の方やお客さんに申し訳ないことです。
from. ぷ | 2011/03/23 09:37 |
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