パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
小麦と酵母 濱田家(三軒茶屋)
42軒目。

濱田屋ができて今年で10年になる。
その間、いくつもの新しいパン屋ができて、10年前にトップクラスだと思われていたパン屋が、いまやそんなに珍しい存在ではなくなったりもしている。

濱田屋には何度も足を運びたくなる。
10年前の新しさをいまだに失っていないし、ますます貴重な存在になっていると思う。
10年前といえば、ハード系のパンが世間に認知された頃だった。
フランスの伝統に忠実なハード系のパンを焼くことが新しかった当時、濱田屋はひとり和テイストを掲げた。

ハード系のパンが、堅い皮にせよ、塩味でシンプルな小麦味を味わうことにせよ、鋭角的な魅力を持つのに対して、濱田屋のパンは、味も食感も丸みを帯びている。
あるいは、まったりとか、ほんのりとか、やさしさ。
そして甘めのやわらかい生地は、ハード系を指向するパン屋が古いものとして投げ捨てた、コッペパンを思わせる。

濱田屋がなぜ濱田屋なのか。
以前、食パンについての取材のとき語られた、次の発見に凝縮される。
「やわらかさと甘さは感覚的に似ている」
誰もが無意識のうちに感じていたけれど、誰も意識することのできなかった共感覚。
触覚と味覚というまったく別の知覚でありながら、同じもの、同じ意味あい、同じあたたかさのようなものとして両者は感じられる。
それは、いつも保護されていたい、安全な場所にいたい、母性の元へ還りたいと願う、人間の本能に根ざしてはいないだろうか。

厳しい自然と対峙し、征服していく価値観を持った西洋文明に対して、日本人は精神的に、やさしさや保護感覚のようなものを色濃く共有している。
「日本のパン」というコンセプトを掲げて、普通に思うのは、国産小麦+天然酵母という行き方だ。
けれど、その作り方にふさわしいのはむしろカンパーニュのようなハードパンであって、日本人の好みにあったやわらかいパンを作るためには、外国産小麦+イーストが適している。
濱田屋が、外形にとらわれず、皮膚感覚に従い、後者のパンを志向したのは、正しいことだったと思う。

なぜ濱田屋には繰り返し足を運びたくなるか。
ハード系のパンが好きだったとしても、その一方で、ほっとする、いつでも帰れる場所を私たちが必要としているからではないか。
濱田屋のパンを食べたくなるときとは、革靴とスーツを脱ぎ捨てて、畳に足を投げ出したくなるときに似ていないだろうか。

店長の田村さんはいう。
「濱田屋は、日本人のライフスタイルに合ったパン作りをしよう、というコンセプトからはじまりました」
特に挙げたのが、和惣菜を入れたパン。
パンの知識も特に必要なく、自分の素直に食べたいものを買って帰れるこれらのパンは、濱田屋の存在をさらに気安く、気のおけないものにしている。

日本でパンを作ることとは、自分の日本人性と、パンの舶来性の間で葛藤し、それにどこかで折り合いをつけることだと思う。
100%ブーランジュリー、あるいはちょっと日本人好みを入れたブーランジュリーという行き方が多い中、濱田屋はあらゆる場面で日本人性を優先させる。
パンの味にせよ、メニュー作り、店作りにおいても。
けれど、技術の骨格は譲らずに高いレベルを保っている。
これが大事なことだ。

葡萄ぱん(340円)。
つんと鼻を突く発酵の香りがそこはかとなく甘い香りと入り混じる、濱田屋らしさ。
やさしい甘さをまろやかに溶け出させていく生地の中に、レーズンを噛み破る瞬間が快い。
レーズンの酸味が甘さにくるまれて、ちょうどいいマイルドさで口の中に広がる。
濱田屋独特の甘めの食パンゆえに、レーズンの甘さとこんなに響き合うのだ。

じゃがいも(170円)。
白いパンに白いじゃがいも。
ただふかしただけのじゃがいもにシンプルなパンという無色の組み合わせ。
素の味、当たり前のおいしさを、先入観を解き放たれて味わうことができる。
相手がじゃがいもという素っ気ない味のものだから、バターの風味を、あるいはやわらかくもむちっとした生地の感触を、余計に生々しく感じることができる。
反対にいえば、相手がシンプルなパンだから、ふつふつとしてしっとりしたじゃがいもの食感、土の香りを、こんなにおもしろく感じることができる。

ルヴァンボーロ(160円)。
もろもとと崩れる生地にホワイトチョコのすーっと溶けていく甘さが滲みこむ。
生地はすぐさまいくつかの部分に分離する。
ある部分はあっという間に雲散霧消し、ホワイトチョコとマカダミアナッツのつぶつぶ感しかあとに残さない。
また、ある部分は溶け残り、ホワイトチョコと結びついてねっちりした感じになる。
また、ある部分は、ナッツとくっついて、そのやわらかさがコリコリ感を際立たせる。
生地のクリーミーな口溶けと相まって、どれが生地で、どれがフィリングなのか、もはやわからない。
ホワイトチョコの甘いヴェールに霞みながら不思議な劇が演じられる。(池田浩明)


小麦と酵母 濱田家
田園都市線 三軒茶屋駅
03-5779-3884
世田谷区三軒茶屋2-17-11
9:00〜20:00
月曜休

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200(東急田園都市線) comments(4) trackbacks(0)
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かしわで

じゃがいものパンはおいしそうだ。

てっぺん中央にべろんとしてるのがバター?

チーズにも見えるしマヨにも見える。

とにかくこのじゃがいもはおいしそうだ。

自分にはものすごく食べたくなるじゃがいもパンと
完全スルーのじゃがいもパンがある。

っていうかその2通りしかなくって、食べたい!食べたくない!そのどっちか。

このじゃがいもは食べたい。
絶対にうまいはずだから。

断面図を見ればわかる!
from. かしわで | 2011/04/07 10:18 |
かしわでちょうほう様

バターでした。
でもバターバターしてないので、全体的な印象は白です。
こんなの家でじゃがいもといっしょにパン食っただけじゃん、と思うか、
新しい味の世界を発見させてくれたな、と思うか。

ところで、濱田屋はいまアメリカに進出しているそうです。
アメリカ人がどんな顔をして食べているのか、興味深いところです。
from. ぷ | 2011/04/07 10:32 |
管理者の承認待ちコメントです。
from. - | 2011/04/08 14:59 |
友達と一緒にパンを買い物にしにいきましたが、平日なのに休日並みの行列でした。昼間でもこんな混むとは思わずびっくりでした。
from. エリー | 2013/12/01 09:20 |
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