パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブーランジェリーメゾンユキ(新百合ケ丘)
45軒目。

すべての人が動いている。
店の中にはお客が10人以上、店の人も10人以上。
お客はあのパンこのパンと目移りさせながら、自分の食べたいパンにたどりつこうと真剣なまなざしで物色をし、歩き回る。
厨房の人たちもとにかく忙しそうに一生懸命パンを作ったり、並べたり。
販売の人は「いらっしゃいませー」とか「焼きあがりましたー」とか、いつも声がでている。
この店に入るとまるで誰でも頭の中にアドレナリンがでて、テンションが高まり、体は熱を帯び、目は血走るといった様子なのだ。

中心には踊りながらパンを作る人がいる。
とても手早く、確実に仕事が片付いていく。
人間のできる限り、と思われる速度でパンは切り分けられ、ビニール袋の中へ次々収まっていく。
手だけでなく、体全体がハイテンポのリズムを刻みながら細かく動いている。
この人が、背中で店内にいるすべての人たちに向けてタクトを振るっているので、だからみんなが高速で動くようになるのではないかと思われた。

その人が柳町幸孝シェフだった。
「バイトの子に『歌いながらやってるんですか?』といわれたこともあるんですが、自分では普通に動いているつもりで、意識はしていないんです」

強い部活のチームのような、全員が前のめりの活気と盛りあがりについては、
「スタッフみんなが店に愛着を持ってくれていて、お客さんをきちんとお迎えしようと思っているので自然とそうなっているだけで、自分からは特になにもしていません」
とシェフは自らの手柄にしない。

郊外の、誰でも入りやすいお店。
「ブーランジェリー」と名乗りながら、ハード系ばかりのマニアックな店というわけではなく、日本人好みの惣菜パンや菓子パンがたくさん並ぶ。
「むずかしいパンを作るより、誰でも楽しんでいただけるパン作りをしています」

安易に添加物を使うことはしない。
イーストと併用して自家製酵母の種も入れて、味わいを深くしている。
「発酵はイーストですが、ライ麦から起こして継いでいった種を入れて熟成させています。
天然酵母を入れたパンは保湿性があって長持ちするし、天然酵母の深い香りもでます。
自然の添加物という感覚です。
家族とか、自分が大事にしている人に料理を作るときと同じように、変な薬が入っているものはお客さんにも食べさせたくない。
体に安全安心だと自信を持ったものを食べてもらいたい」

「どうしても忙しいと、仕事に追われちゃう感じになって。
それでも、1個1個丁寧に作りたいと思っています。
パンを通じていろんな人に出会う。
いろんな人がこの店にパンを買いにきて、持って帰り、その人の家庭にパンが入っていく。
ぜんぜん知らない人なんだけど、その人の家の食卓にパンが置かれて、笑顔が生まれて。
そういうイメージを持ちながら、パンを作っています」

思いは伝わる。
食べ手がはっきりと意識に上らせることのできないかすかな感じ、のようなものであってさえ、なにかが確実にパンを通じて、作り手から受け渡されている。
それが私たちの血肉になっていく。
メゾンユキのパンは、日常向きで、食べやすい。
なにも考えずに食べ流してしまうことすら許してくれる。
でも、気持ちの入った食べものしか与えてくれない、心の満腹感とでもいうようなものを、食後に感じることができる。

気まぐれトースト(160円)。
焼きたての惣菜パンやピザパンが次々と運ばれてくる。
なにを食べようかあれこれ考えすぎるより、あたたかなそのパンを手に取って、店の前のテラス席で無料のコーヒーとともに食べてしまうのが、メゾンユキのいちばんの楽しみ方だと思われた。
この日はバジルペーストを塗ったチーズとトマトのタルティーヌ。
トマトの汁とオリーブオイルがバゲットに滲み、とろとろになりながら、それでも中身がきちんと輪郭を保ち、皮もぱりぱりしている。
やっぱりパンはおかずといっしょに食べるのに限る。
というごく当たり前のことを、手軽にとても安く体感させてくれる。

自家製カスタードのクリームパン(130円)。
ふわっと、さくっと、すっと溶ける。
菓子パンの王道だけれど、「ふわっ」も、「さくっ」も、「すっ」も、並のそれよりも、もうワンテンポずつも早い。
だから食べやすい。
そして心地よい。
「人気ナンバー2」とポップにあったので、インパクトの強いパンなのかとなんとなく思ったが、まったくそうではなかった。
甘さは強くなく、ふわっとして、あとからじーんと甘くなる。
ぱくぱく食べられて胃が重たくならないから、この店にくるたびついついトレイにのせてしまう。
そういう人気ではないかと想像した。

リュスティック(150円)。
食べる前に香ってきたのが生(き)の小麦味だった。
焦げた香りも、発酵の香りもしない、正統派のリュスティック。
持った感じも味わいも軽い。
薄い膜が折り重なって空気をはらんだふわふわが塩味で溶け、液体に変わった小麦味が舌でたゆたう。
食べやすく、気安い。
高級ではないけれど、技術は本物。
それがメゾンユキなのだろう。(池田浩明)

小田急線 新百合ケ丘駅
042-350-0055
7:00〜19:00
日曜・第一月曜休

#045

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