パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ニューヨークのすべての街角で

その女性と知り合ったのは地震がきっかけだった。

ルヴァンのテーブルでたまたま隣り合い、話をするうち、以前ニューヨークに住んでいたことがわかった。


彼女の教えてくれたニューヨークのパン屋。

ひとつめは、大班(タイパン)飛達(フェイダ)という名前の店。

長くニューヨークに住んでいると、ぱさついたアメリカのパンに倦み飽き、しっとりしたふわふわのパンがなつかしくなる。

そんなとき、チャイナタウンにある中国のパン屋にいきたくなるのだという。

おすすめは、むらさき芋の食パン。

食パン生地の層、スポンジの層、むらさき芋のあんこの層がレイヤーになっている。

「豆乳が入ってるような味わいで、ふにっとした食感。

こういう『ふんわり』みたいなパンって、アメリカになかなかない」


あるいはドライポークのパン。

肉まんぐらいのパンの上に、細かく裂いて毛羽だたせたドライポークがのっている。

おそらくは、照り焼きにしたり、蒸したりしたものを、乾燥させたものだと。

「真っ黄色のパンの上にドライポークがのってて。

甘くて、ふわふわで、菓子パンに近い感覚」


彼女の話ぶりからわかるのは、混雑と混沌に支配された、いかにも中国らしい店内の様子である。

「パン屋とカフェが一体になってるんですが、もうぐっちゃぐちゃ。

人だらけのところに無理矢理テーブルが置いてある。

ガラスばりのケースにすし屋のすしネタみたいにパンが置いてあって、『これとこれとこれ』って指さして注文する。

タピオカジュースなんかも売ってる」


ふたつめのパン屋にはなにも特別なところはない。

ひょっとしたらさしておいしいわけでもないのかもしれない。

業態の名前さえよくわからず、「ヴェンダー」(販売車)と彼女はいうばかりだ。


「朝、路上にヴェンダーが出没する。

だいたい出勤時間のあいだの、6時から8時ぐらいの間。

車に引かれてスタンドがでてきて、引っ張ってきた車はすぐいなくなる。

売る人だけ入れるようになっていて、あとのスペースにはパンを並べている」


代官山の駅前に出ているコーヒー売りの屋台みたいなもの? と尋ねると、

「だいたいそんな感じだけど、あんなおしゃれじゃない。

もっとしょぼい。

ぺらぺらのアルミやトタンでできているような。

コーヒーや、マフィンや、ベーグルを売ってて、コーヒーは5、60セント、ベーグルは80セントぐらい」


もしニューヨークに行ったら「ヴェンダー」を訪ねたい。

そう思って、どこにいるか尋ねると、外国から帰ってきた人がときどきそうなるように、彼女は急に英語でしゃべった。

「Everything Corner」

ニューヨークのすべての街角に、ヴェンダーはいる。


「朝、会社にいくときに、地下鉄に乗って、駅で降りて、階段を上って地上にでる。

会社に着くまでの数ブロックのあいだのどの角にもヴェンダーはいて、なわばりがあるみたいで、毎朝決まったヴェンダーがそこに現れる。

味はだいたい同じようなものなんだけど、ヴァリエーションが微妙にちがってる。

そこで、コーヒーとベーグルを買ってオフィスに行って、食べながらパソコン立ち上げる。

私はどのヴェンダーで買うか決めてて、毎朝いってるから顔なじみになる。

必ず、声をかけてくる。

『元気?』とか『ヤンキース、勝ったね』とか、しょうもない話する」


ニューヨークという巨大な町に、交差点はいくつあるのだろう。

「ヴェンダー」はいったい何台いるのだろう。

何人がコーヒーを買い、何個のベーグルが売れるのだろう。

ぺらぺらのトタンでできたヴェンダーは、毎朝、夜明けとともにどこからともなく現れ、昼の訪れとともに消えて、なにもなかったようになる。

ニューヨークのすべての街角に、キノコが生えるようだと私は思った。(池田浩明)


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かしわで

ニューヨークには行ったことがない。
いつ行けるかも想像もつかない。

ただニューヨークに行ったらすることは決めている。
ここでは書けないこと、っていうか相応しくないことなので、
それは置いておいて、
とにかく夜の目的しかなかった自分にモーニングの目的も
教えてもらえたようで
なんだかざわつく。

コーヒーを片手にヴェンダーに立ち寄り、
向こうから小走りで来るニューヨーカーとぶつかって、
おっとっとー
とかなる光景。おっとっとーとかなる。

眩しい。眩しすぎる。

よし! 自分は110番街交差点にあるヴェンダーにしよう。
from. かしわで | 2011/05/11 00:57 |
行きたくて行ったことのない町があるのは、なんだか不幸なことのように思えますが、考えてみれば想像する余地があるのだから、幸福なことなのかもしれません。
ニューヨークのような映画や小説の中でたくさんイメージを知っている町ならなおのことでしょう。
僕も行ったことがないので、外人にとってのフジヤマゲイシャ的なイメージで頭の中がふくれあがっています。
from. ぷ | 2011/05/12 02:55 |
かしわで


自分の脳内ニューヨークは
ほとんどがウディ・アレンとSEX&THE CITYとアメリカ横断ウルトラクイズです。

自分にはニューヨークはSEX&THE CITYでさえも眩しい。
アメリカ版トレンディドラマだとしても文化を感じてしまうんです。
日本のトレンディドラマとは明らかに違う、気がする。
気のせいじゃないことを祈ります。

from. かしわで | 2011/05/12 19:02 |
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