パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
mixture(下北沢)
54軒目

カフェにコッペパンがある。
コンクリートむきだしの床に黒いソファ、その傍らに、焼きそばパン、コロッケパン、あんぱん。
いかにも不思議な、しかしいかにも下北沢な光景だと思う。
新しさと古さのミクスチャーは、とんがった空間にやさしさを与え、若い客層の店に大人を呼び込んでいる。

いまmixtureのある場所には、大英堂という40年つづいたパン屋があった。
中井慈オーナーが「おじさん」と呼ぶ人物が、コッペパンや食パンをひとりで焼いていた。
中井さんはパン屋になりたかったわけではない。
会社員をしながらカフェを開く夢をあたためていたとき、偶然大英堂を知った。
その古いパン屋には心惹くものがあった。
夢への第一歩として、パンの作り方を覚えるため、会社が休みの日にそこで働くことにした。

「『手伝いにきていいですか?』といったら、『1回見にくれば』といわれ、そのまま働かせてもらえることになりました。
おじさんのように受け入れてくれる人ってなかなかいない。
4年間毎週いってました。
お金はもらってなかった。
毎週ごはんをおごってくれたり、飲みに連れてってくれたり。
会社が忙しくて眠れなくて、スーツのままいったら、『泊まっていきなよ』といわれて、寝させてもらったり。
家族みたいに付き合ってくれました」

「最初は『パン屋やめたほうがいいよ、すごくつらいから』とおじさんはいっていた。
3年ぐらい経ったとき、『店、開けばいいじゃない』といってくれた。
『そのうちやめると思ってた。飽きてそのうちこなくなるんじゃないかと思ってた』って。
4年つづいたってことが、いま糧になっている。
カフェを開くって、お金もかかるし冒険だと思う。
でも、会社で働きながら毎週通えたってことが自信になったおかげで、飛び込めた」

会社を辞め、料理の専門学校に通いながらカフェで修行していたとき、大英堂主人の訃報に触れた。
おじさんの思い出のあるこの場所を引き継ぎ、カフェを開いた。
大英堂と同じパンを置いた。

「おじさんのときより、僕の知ってるもっと新しい材料を活かしたいと思って、小麦粉や塩は見直しましたが、配合とかパンの方向性は変わりません。
開店のときは、パンはいまの1/3ぐらいで、カウンターに置いていただけだったのが、どんどん増えました。
実際にはカフェよりパンを買いにくるお客さんが多かったので。
昔のパンが食べたいといって。
店を開いてすぐ、近所の方がたくさんきてくれた。
おじさんのところに通っていたことをみんな知っているから、受け入れられやすかったんでしょうね。
商店街の人の何割かは、僕がおじさんの息子か孫だと思っている」

パン屋とは、たくさんの人たちと見えない糸でつながった結節点のようなものかもしれない。
もはや、大英堂の古い店構えはないし、大英堂という看板を掲げているわけでもない。
けれど、商店街の人たち、昔のパンの味を覚えている人たちとの関係性は、この場所にいまでも残っている。
おじさんがくれた遺産として。
「おじさんのおかげで店が成り立っている。
おじさんに頼らないでやらなくちゃいけない。
自分の力でやっていこうと強く思っています」

「いつもお客さんの顔を見てパンを作りたい。
カフェを開きたかった理由は、お客さんの笑顔、よろこんでいる顔が見たかったからなんです。
おじさんに教わったのは、技術より、接客。
常に笑顔で接すること」
きっと建前ではない。
中井さんは本当に楽しそうにお客さんと遊んでいた。

フレンチサラダ(150円)。
大英堂時代とそのままのメニュー。
このコッペがあるから野菜がおいしく感じられるのだと思う。
皮はなめらかだけれど、少しでこぼこした質感があたたかく、香ばしい。
中身は完全にふわふわではなく、素朴に食べごたえを残す。
生地のほのかな甘さが実に惣菜のしょっぱさと合う。
千切り野菜をマヨネーズで和えたごくシンプルな具材の、さっぱり感、しゃきしゃき感を、パンが活かしきっている。

一番街やきそばパン(150円)。
コッペの感じいい甘さは、ソースとも絶妙の相性を見せる。
甘さという凸としょっぱさという凹。
甘さゆえにしょっぱさが中和され、しょっぱさゆえにパンの甘さが愛おしい。
さっぱりした辛めのソースに出汁や具材の味まで滲みこんでいる。
ぐにゃりとしたなつかしい食感は、mixtureと同じ一番街商店街にある島田麺店の手作りそば。

一番街コロッケパン(150円)。
このバンズにある、透き通った生(き)の小麦の味わいはリュスティックを思わせる。
砂糖の淡い甘さも小麦味にとても合っている。
ソースの滲みこんだやわらかいコロッケをしなやかなパン生地が包み込む。
コロッケは味つけが濃すぎず、じゃがいもの甘さや食感が活きている。
一番街にある肉の三吉とコラボ。
ラードの甘さも肉屋のコロッケならでは。
商店街とのつながりを大事にするmixtureらしいパン。(池田浩明)

小田急線 下北沢駅
03-5453-7677
7:30〜22:00(L.O)
不定休

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かしわで


シモキタにはゆく方だと思うけど、
駅のこちら側にはほとんど行ったことがない。


まずはシモキタへ行く理由を見つけねば。


from. かしわで | 2011/05/13 15:09 |
かしわで様
カフェとレトロ系パン屋のコラボ。
他では見られない風景です。
僕はシモキタのこっち側のほうが好きですけど、そっち側にももう一軒ありますね。
カレーパンで有名なとこが…。
from. ぷ | 2011/05/17 03:21 |
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