パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
粉花(浅草)
56軒目

窓から長屋の路上ガーデニングが見える。
台東区、浅草寺裏。

若い姉妹が焼く天然酵母パン屋に訪れる、下町住人たち。
最初は女性のフリーライター。
その次に甘えん坊の少年をつれたお母さん。
つづいて、ニッカポッカの植木職人がきて、野太い声で、
「丸パンひとつくださーい」
映画かマンガの設定で使えるのでは、と思った。
下町にはいろいろな人がいて、ご近所のおしゃれなパン屋にみんな気安く入ってくる。
人と人がつながりあう気配が、東京の西側よりもっと濃密にある。

姉のフジオカマユミさん、妹のメグミさんが2人でパンを焼き、販売をする。
カフェに置かれたアンティークのテーブルに、小さな白い花がよく似合っていた。

小麦粉と塩と水だけで作るシンプルなパン。
食べやすく、やさしい味わいのする、女性が作り手の自家製酵母ベーカリーは、東京にありそうでなかなかない。

押しつけないが、たしかにそこにある。
噛みしめると、「じわじわ」と「そこはかとなさ」が戯れあう。
「素材自体がおいしいんで、パンもおいしくなる
それをじゃましないように、と心がけています」

マユミさんの語る開店への道のり。
「はじめて行った整体院の新患アンケートで趣味を書く欄があったので、「パン焼き」と書いたら、先生が『僕、パンの先生を探してたんです。やってください』。
パン教室の場所を用意してくれたんです。
生徒さんたちといっしょに作って、オーブンを開いて中からパンがでてきたとき、みんなが『うわーっと』よろこんだ。
いつもひとりでやってたから、こんなに人をよろこばせることだって気づかなかった。
これを毎日やりたいな、と思って、その夜、家族の前で「私、パン屋さんやる」といったら、妹が「いっしょにやるー」って」

開店を後押ししたのは、下町らしい人のつながりだった。
「『うちの1階が空いてるよ』と貸してくれる人がいたり、内装工事屋さんも、厨房機器屋さんとか、同級生にみんないて。
飲食店の経験とかまったくないのに半年で開店できました。
『自分の夢は人がかなえてくれる』っていうのをなにかの本で読んだことがあるんですが、そんな感じでした」

酵母をレーズンから起こして、育てている。
「酵母のビンを見て『かわいいよねー』っていってたら妹にいつも笑われるんです。
漬け物を作っている人が、ぬかどこがかわいいというのと同じで。
酵母は私といっしょに生きている。
命じゃないですか。
自分はただ糖分を食べているだけなのに、人をよろこばせる」

酵母は糖分を食べ、アルコールの息を吐く。
それがパンをふくらませ、食べた人がおいしいと思う。
ただ生きるためにしていることが、誰かの幸福になる。
パン職人はパンを作り、工事屋は店を作り、道具屋は厨房機器を売り、お客さんはパンを買う。
世界はそうしてまわっていく。

「自分の夢は人がかなえてくれる」っていうのと同じですね、と私がいったら、マユミさんはこう答えた。
「そうですね。
酵母は自然じゃないですか。
なにかになろうとしない。
がんばらなくても、自分が自分の役割をしてる」

プレーンベーグル(230円)。
「いちばん食べてほしいパン」と。
ベーグルとはなにかといっしょに食べるものだと思っていた。
プレーンを買っても、自分でなにかを塗ったり、はさんだり。
これは素で味わいたい。
ベーグルのことを、はじめてハード系の食事パンとして考えさせてくれたのだった。
国産小麦+天然酵母ならではの、田舎の家のような、なつかしくもあたたかな香り。
とてもしっとり、かつ丁寧な舌触りと、もちもちの食べごたえ。
ベーグルらしい反発力にこだわっていないところが、やさしさを生む。
おいしいまんじゅうを思わせる、和の小麦味。
すべての要素がほのかで、たおやかで、澄んでいる。

カンパーニュ 小(300円)。
強く焼き込まれていない。
焼き込むことは、香ばしさを際立たせ、粉の味わいもひきだすけれど、それがすべてではなく、失われるものもまたある、と気づかされた。
薄い皮に、香ばしさに至らないおっとりした風味としなやかさがある。
中身には十分すぎるほど水分が残って、小麦の味わいは厚みがあるけれどあくまで淡く、時間とともにおっとりする方向へ移ろっていく。
素朴に、けれど完成度は高く。

ショコラアーモンド(260円)。
アーモンドのビスケットのやさしい口溶けと心地いい甘さ。
それだけでもう十分だと思わせるのに、ミルクチョコレートまでがゆったりじわじわと滲み入ってくる。
でも、ぶ厚いパン生地をそれらは決して覆い隠しはしない。
やがてパン自体が、かえってお菓子部分を付き従わせていく。
砂糖の甘さがふところの深いパン生地に吸い込まれて、小麦の味わいをさらにまろやかなものに変化させていく。
こんなにおいしいフィリングでさえ、あくまでプレーンなパン生地自体の新たな側面を見るために存在している。

例えば、お吸い物に醤油を入れるときの、ほんのひとたらし。
風味をつけながら、本体であるだしの味わいや、うつくしい透明感は決して損なわない。
ショコラアーモンドに限らず、プレーン以外のパンにおける、副素材とパン生地との合わせ方は、すべてそうなっている。
「加減」というものは、レシピに書き込めない料理人の天性だというけれど、まさにそう思った。(池田浩明)


東京メトロ銀座線・東武線・つくばEXP 浅草駅
03-3874-7302
10:30〜売り切れ終了。
日・月・火曜休み

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200(東京メトロ銀座線) comments(2) trackbacks(0)
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大好きな粉花さんのこと、とても素敵な香り立つ文章で、まとめてありました。今すぐ、浅草にかけつけたいくらい(もうパンは売り切れかな)。気になって、他のお店の記事も拝見しました。並々ならぬパンへの愛情。そしてセンス。素晴らしいです。これまでの記事を一冊にまとめるご予定などは?と聞くのも野暮ですね。でも、もしも万が一にも、ご予定なし&興味ありでしたら、ぜひご連絡ください。本郷にある小さな小さな出版社ですが、正直さと暑苦しさだけは自信があります。
from. ぺこきち | 2011/06/03 16:39 |
ぺこきち様
過分なお言葉をいただきたいへん恐縮です。
ぜひ一度お会いできればと思います。
ikedahiloaki2@gmail.com
こちらまでメールいただけると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
from. 池田浩明 | 2011/06/06 09:49 |
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