パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
パリット フワット(千駄木)
62軒目(東京の200軒を巡る冒険)

「ヘタウマ」という形容詞を、約15年にわたって営業をつづける店に対して使うのは失礼なことなのだろうか。
私が「ヘタウマ」というとき、マティスやピカソのことを想像しているとしても。

あるパン屋さんはこの店のことを「パリット フワットじゃなく、モチット ズシットだよね」といった。
揶揄しているのではなく、愛着をこめて。
そのとき、話題にされていたのは「もう一度いってみたいといちばん思うパン屋」についてだったのである。

この店にきたとき、単に着いたというより、「たどり着いた」と思った。
この店のパンを食べ、「やっぱりたどり着いたんだ」と思った。
パリット フワットを発見するのは二重の意味で簡単ではない。
この店があまりにも千駄木という町に溶け込んでいるからでもあるし、また、数十軒の冒険を重ねたあとでなければ、この感動はひょっとしたら得られなかったのではないかという意味においても。

パリット フワットなパン=幸福、というマスイメージがあるとしたら、そう形容しても差し支えはない。
でも、私としてはモチット ズシットと呼びたい。
皮はなく、ただ固めただけというような。
そばがきのようなパン。
そば粉本来の味を味わうなら、そばよりも、むしろそばがきのほうが食べ方としてふさわしいように、小麦粉という素材の味そのものを味わうのなら、パリット フワットよりも、モチット ズシットのほうが適しているのではないか。
その可能性を、可能性のままにとどめず、すべてのパンに適用してしまった、並外れた感性と勇気。

ほとんどのパンにホシノ天然酵母を使用している。
でも、ホシノ天然酵母らしさはあまり主張されていなくて、パリット フワットの個性をひきだすための道具、あるいは協力者になりきっているように思える。
「ホシノ天然酵母は、私の作りたいパンにとても合っています。
使い勝手とかではなく、味そのものが好きです。
なにより味がおいしくなければならないですから。
ホシノ天然酵母はお米から作り出されていますが、お米が主体の日本人の口に合うのではないでしょうか。
うちではドライフルーツ以外、なるべく国産の材料を使うようにしていますが、ホシノは国産の粉ともよく合っていると思います」

常連に愛されている店。
それは千駄木という土地柄と無縁ではない。
店主はいう。
「私は谷中、千駄木にずっと住んでいるのですが、ご近所同士、顔の見える関係だと思います。
ここら辺は寺町で、おまつりなどで近所の人たちが集まることが多い。
たとえば、災害のときはみんなでなんとかしようと話し合ったり、コミュニティの意識が高い」

お客が店に入ってくる。
そのときの雰囲気が、緊張しながらではなく、水にぷかぷか浮かびながら入ってくるという具合なのだ。
なにもいわなくても、わかりあっている。
同じ町の空気をいつも吸っている人たちの、他人以上、家族未満の関係性。

「クレーム命です。
いってくれる人は本当に感謝、ありがたいです。
開いたときひとりでやっていたので、失敗が多かった。
『あれはちょっとすっぱかったよ』とか『パンの入れ方が乱雑だよ』とか。
この店のことを思っていってくれているのがわかる。
こっちはめげるんですが、そういうクレームがあるかないかで、その後にすごく影響する」
たったひとりですべてを決めなくてはならないと思ったら、ひるむし、勇気がでない。
パリット フワットは常連さんをパートナーにすることで、クリエイションの不安を乗り越えてきた。

「同じパンをいつも買っていただくお客さんがいます。
1日に何個も売れるパンではない場合、作りながらその人の顔がおのずと浮かびます」
たったひとりのことを思って作られるパン。
まるで家族や恋人に料理を作ってあげるときのように。
ことさらな会話はなくても、モチット ズシットなパンを、作り、作られ、結ばれた特別な関係。

ミルク(173円)。
なぜだろう。
プレーンなこのパンにそこはかとなく夏みかんの甘い香りが漂っているように感じられるのは。
白めのパンらしく目が詰まっていて、甘さがちゅるちゅると溶ける。
ややもっちりと、ややふわっと。
やわらかでありながら、噛みしめ、噛みしめられる食感でもある。
甘い口溶けの行き着く先は国産小麦の味わい。
それはじょじょに姿を現し、甘さがつきるとともに自覚されるけれど、やさしい風味で、えぐすぎない。

3つの小さなパン(283円)。
この不思議なパンが現代美術の展覧会に飾ってあったとしても違和感はないかもしれない。
「3つ」といいながら、日によってそれ以上の種類のパンが連結される。
むちむち感。
つまんで、ちぎって、愛おしみながら食べたい。
他のパン同様、皮はない。
すべてはねっちりもっちりに捧げられている。

紫芋…イモ特有のスモーキー感じ、ウコンのような和のスパイシー感、ごくうっすらとしてさわやかな、砂糖とはちがう甘さ。

玄米…口の中の甘さを奪っていくようなマイナスの甘さという表現は変だろうか。
あの玄米のむわっとくる感じがあって、でも味わい深い。
食べたことのないおもしろさ。
味覚を拡張される。

よもぎ…手加減なく鮮烈。
小麦の甘さのあわいに苦みを噛みしめる。

にんじん…にんじんとはこんなに甘かった。
苦みはなく、透き通って。
そして突如甘さは尽き、突き放される。
舌先で甘さを感じていたのに、舌を通過したあとの喉ではもう分解されてしまっているような。
それはさわやかさでもある。

ミルクオレンジ(1/2 399円)
むっちりした白い小麦の味わいに見事に溶け込み、なじむ、オレンジ。
飛沫を飛ばして、自分で皮をむいて、口にふくんで、果肉を噛み潰す、味わいのリアル。
しゅわしゅわと生地がゆっくり溶け、小麦の甘さとオレンジの甘さが完全に同体となっている。
そのために、オレンジの酸味、苦みが完全にスパイスとして感じられる。
一口ごとに、バランスが、オレンジに傾いたり、パンに傾いたりと息をつかせず。
パンがちなとき、ちょっと物足りないのがまたいい。
食べやめられるようで、食べやめられず。(池田浩明)

↓ショップカードのイラストと同じくトウフクロウさんのデザインしたHPが秀逸

東京メトロ千代田線 千駄木駅/南北線 本駒込駅
03-5814-2339
9:00〜19:00
月曜休み

#062


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