パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
トゥルナージュ(笹塚)
63軒目(東京の200軒を巡る冒険)

かつてトゥルナージュの神宮前店にいったとき。
商品は売り切れ、店内にパンはほとんど見ることができなかったが、女性たちが熱っぽく作業台を囲む場面を垣間見た。
中心にいたのはオーナーシェフの小山利千さん。
この店では天然酵母のパン教室を開講しているのだった。
なぜ小山さんの手から生み出されるパンはあんなにあたたかく、おいしいのか。
生徒たちはすごい集中力でそれを学び取ろうとしているのだった。

鋭角的ではっきりした意思の見える男性のパンに比べて、女性の作るパンは、おしなべてやわらかく、味わいの輪郭がグラデーションのようになっている。
トゥルナージュのパンもそうした特徴を持ってはいるけれど、高い完成度で一歩先をいっている。

たとえば、高い人気を誇る山型食パン(350円 1/2)は15年も同じ製法で焼きつづけられているけれど、いまなおほかの店が追いつけないような新しさがある。
一言でいえばリーン。
香ばしさや甘さを欲張らず、国産小麦の味わいだけに焦点をあわせ、ほかの要素が慎重に抑制されている。
だから、口に入れた瞬間からただまっすぐに、小麦の風味の陰影を感じることができる。
おだやかで上品なその味は10回以上噛んでようやく輝かしい甘さへと変貌していく。

「パンが好きではなかったんです」
と小山さんはいった。

「最初はイーストのパン屋だったのですが、つづけていけそうになかったんですね。
ごはんが好きなもので、軽い、空気が入るのは好きじゃない。
どこかのお店で天然酵母のパンを食べたとき、これだったらつづけていけそうかな、と思いました。
2年ですべてのパンを天然酵母に切り替えました」
イーストのパンに対して違和感を抱く感性を持っていたから、天然酵母のパンを奥深く繊細に探求していけたのだろう。

ストレートな自家製酵母のハード系パンもあるが、私にとってトゥルナージュのイメージは、ホシノ酵母を使った中身がむちむちのクロワッサンであり、やさしい食感のおやつパンである。

「添加物を絶対入れないようにしてますよね。
やわらかいパンを作ろうとすると、チェーンのパン屋さんではケミカルなものを入れていると思います。
化学的にじゃなく、私は私なりにやわらかいパンを作ろうとしています。
山芋とか大豆の粉とかを入れて。
化学に頼らない。
するとコストがかかる。
お客さんに高いなーと思われる。
わかってもらうのはたいへんですね」

そして、小山さんは、まったく新しいやわらかさをもつパンを生み出した。
ホールフーズ食パン(230円 1/4)がそれである。
スライスして手でもつと、指にのっていない部分がだらりと宙へ垂れる。
ふわっとして、しなやかで、なめらか。
そのどれもがいままでのパンと別次元である。
ふわふわが、口溶けとともに、軽やかに、実に快いねっちり感へと舌の上で変貌していく。

「パンじゃない、ぜんぜんちがったやり方で作ります。
パンというのは、1次発酵→2次発酵→焼成と進んでいきますが、そうじゃないぜんぜんちがったやり方でできる」
想像もつかない話に私が驚いていると、
「長くやってるとできるんですよ」と微笑した。

そのとき、時間は夜の19時半だった。
昼間は幾人かの従業員が忙しく働いていた店内に、小山さんがひとりで黙々とりんごの皮をむいている。
オーナーと呼ばれ、先生を務めている人が、もっとも地味な作業をひとりでこなす。
「ぜんぶ手作りなんで、時間がいくらでも必要なんですよ。
寝てる時間以外仕事。
ごはんも座って食べない。
よくないんですけど」
10年以上もこうした生活をつづける小山さんだからこそ、まったく新しいインスピレーションは降りてきたのかもしれない。

自家製酵母のアップルパイ(280円)は情熱に圧倒されるようだった。
持ったときの重量感、生地の厚み。
オーガニックの粒から自分で挽いたという全粒粉の味わいの濃さ。
にもかかわらず、パイ生地ではなく、発酵をとったパン生地なので、あたたかい重たさの中に、軽やかさをはらんでいる。
素朴なのに食べやすい。
リンゴのコンポートを強くだすより、シナモンやレーズンなどとのチームワークで食べさせる。

素材感を強くだしたものは得てして食べにくい。
「できるだけいい素材を使っています。
でも、素材がよくても、おいしくなければ商品としてつづかない。
おいしくて長つづきするようなものを作りたい」
情熱をこめて銘柄を選び、手をかけた全粒粉の醍醐味。
一方、食べやすさ、軽さも兼ね備えるアップルパイは、その解答なのだと思った。(池田浩明)

京王線 笹塚駅
03-5388-5167
9:00〜20:00
月曜休み(祝日の場合は翌日休み)

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すっごい個性的な外観のパン屋さんですね。
素敵!行ってみたい!


京王線。
東京競馬場行くために
1年ぶりくらいに乗ったけど、
なんか電車の中で泣いちゃいました。
まだまだ、修業が足りません。

でも、京王線沿いは
魅力的なパン屋さんが多いので、
いつか、克服してやります。
from. ヒランヤ | 2011/05/30 06:35 |
ヒランヤ様
アールヌーヴォー様式の外観は商店街と不思議と調和を保っていい感じだと思います。
写真でも少しご紹介しましたが、いろいろなアーティストの作品を飾って、ギャラリーのようになっています。
どのようにして集めたか…その話を訊くのを失念してしまいました。
泣きたいときに食べるパンもきっとあると思いますので、府中帰りにぜひどうぞ。
from. ぷ | 2011/05/30 10:49 |
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