パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
カフェ トホ(笹塚)
70軒目(東京の200軒を巡る冒険)

パンを売る店だとわからず、はじめは通り過ぎそうになった。
小鳥と虹が書かれたシャッターの上に、螺旋階段で地上とつながった空中カフェがあるのを見て、まるで鳥の巣のようだと思った。

パンを買いにいくと、ご主人の東條吉和さんが説明してくれる。
「酵母を愛情を込めて育てようと思って五十音順にみんな名前をつけてまして。
青木さん、イボンヌさん、卯ーさん、エノモトエミリさん、小野田さん…」
一生懸命さに、やさしい人柄を感じて、思わず笑った。
それが糸口になり、開店までの長い長い人生ストーリーを聞き入り、思わぬ長居になった。

トロンボーン奏者の東條さん、ニッティング・アーティストである奥さんのモニカさん。
結婚前、2人が住んでいた風呂なしアパートは、料理とコーヒーがおいしいことが評判になって来客が絶えなかった。
その頃、モニカさんのお父さんが難病にかかり、介護をしながら仕事をするため、家の隣の古い倉庫を改造してカフェを開くことに。
お父さんはロシア文学者で倉庫にはたくさんの蔵書が眠っていたためにブックカフェに。
と思いきや、上京する前、パン屋でバイトをしたとき抱いた夢を東條さんが思いだし、手作りパンのカフェに。
モニカさんが「私、ボルシチ作れるよ」と、お母さんが何度も何度も作ってくれたボルシチとパンをスペシャリテに。
店ができあがるのと同時に出産、そこの助産師さんがたまたま元パン屋さんで、「酵母菌はかわいいのよ。子育てといっしょよ」といわれ、イーストをやめ天然酵母のパンへ。

自然に寄り集まってくる偶然の連続を編み上げてカフェはできあがっている。
私は話を聞きながら、いつか博物館で見たことのある、ワイアー製のハンガーでできた鳥の巣を思いだしていた。
鳥は手近にあるものならなんでもくちばしにくわえて木の上に運び、組み合わせて、巣を作る。

ご夫婦のお話を聞いていくと、偶然はきりなく積みあがっていく。
若き日の東條さんは、行く末に悩み、一人旅にでた先のニューヨークで出会ったトロンボーンが音楽人生を変えたのも偶然。
東條さんの活動の導き手であったレゲエミュージシャンP.JがCHARAと共演したことから、アルバムジャケットの衣装をモニカさんは頼まれ、『JUNIOR SWEET』は大ヒットし、ニットドレスはCHARAその人を表すアイコンのようになったこと。
たくさんの人びととのたくさんの出会い。
それを織り込んでできあがった2人の人生は、あのニットドレスがたくさんの色の毛糸やうつくしい石を編みあわせてできあがっていることを思い起こさせる。

東條さんはいう。
「1個1個、偶然が重なってきちゃう。
『2人の性分だから、受け入れるしかないね』と話しています」

鳥の巣はひなを育てる場所である。
2人はこのカフェで酵母を育て、子供を育てる。
4歳のとき娘の桃花ちゃんは「パンを作りたい」と突然いいだし、保育園になっていた夏みかんから桃花ちゃん自身が酵母を起こし、自分で「オツキサマ」と名づけた。
その酵母には他の酵母にはないモチモチした食感があり、食パンを作ることに。
桃花ちゃんの大好きな栗の花のはちみつを使い、桃花ちゃん自身が生地をこねることもある。
桃花ちゃんのための、桃花ちゃんによる食パン。

東條さんの名刺の肩書きは「酵母菌飼育係」。
「なんでも観察をするのが好きで」とモニカさんは酵母菌観察係。
手に常在菌がいるので、東條さん以外決してパンには触らない。
すべて手ごねなので少量しか作れない。
「酵母によって個性はちがいます。
つなぎつづけても特徴は残るものですね」
と五十音順に新しい酵母が誕生するたびに、特徴に合わせたパンができあがる。
パン種に使う小麦粉も東條さんの出身地、群馬県で生産される農林61号を使用。
頭の中のイメージにあわせて製法を考えるのではなく、偶然まかせのその先におのずとパンは生まれる。

こんなにも偶然にゆだねられた、パンが、人生がある。
いや、誰しも、どれだけがんばったところで、与えられた偶然と偶然ををくっつけつづけるしか、生きる術はないのかもしれない。
店をでて、そう考えながら降りていく螺旋階段さえ、東條さんの実家の鉄工所でお父さんと弟が作ったのを運んできて、くっつけたものだった。
「実家が螺旋階段で有名らしくて。
僕も知らなかったんですけど」

バナナブレッド(250円)。
普段は夏みかん酵母で作られるが、この日は柿酵母のコイケさん2号で。
目は詰まっているのに、空気をはらんだようにぷわーんとやわらかい。
バナナの甘酸っぱさ、まったりな甘さが、小麦や酵母の味わいと重なって、微妙な変化がもたらされる。
ゆっくり、ふにゃふにゃと生地がとろけいくので、本物のバナナがとけていく様子が目の前に浮かぶ。

ライ麦7(230円)。
しっとりして、やわらかい。
はっかのようなすっとする香りが発酵の香りと入り混じって心地いい。
なめらかに感じられた表面が、とけるとともにつぶつぶに分解していく。
7とはライ麦7割、小麦粉3割の意味。
サワー種ではなく、パン酵母で作るのはこれが限界とのこと。
ライ麦パンにサワー種を使わない偶然性も、おもしろい口溶けにつながっているのかもしれない(池田浩明)。

京王線 笹塚駅
03-3370-7700
12:00〜20:00(月曜は〜15:00)
火・水・木曜休み

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かしわで


セレンデピュティ。

偶然を幸運に変える力。

スリランカのウィッキーさんに教わったことば。


このご夫婦に対して、そう表現していいのかわからないけど、
自分にはセレンデピュティのある素敵なカップルに思えます。


from. かしわで | 2011/06/24 10:40 |
かしわで様
ミュージシャンというお仕事と関係あるのかと思いました。
音楽というだけに楽しさへの感受性、素直さが人一倍ある方でした。
それから、ライブやセッションを通じていろんな人と友だちになり、交流したり、助け合ったりしていらっしゃるようでした。
そういうことが「セレンディピティ」を呼び込むのかもしれません。
from. 池田浩明 | 2011/06/28 13:12 |
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