パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ミルクロール(新中野)
72軒目(東京の200軒を巡る冒険)

パン屋の方向性は出尽くした、といわれる。
私たちにはVIRONがあり、ベッカライ・ブロートハイムがあり、フランス以外の名だたるパン文化を持つ国のパンも、秀逸な職人たちによってすでに焼かれている。
それでも、私たちは新しいパン屋を待っている。
そのためにパン屋を巡る。
ときに、開店して15年が経つ店に、パンの未来を見ることもある。

ミルクロールのコンセプトを「ブレッド・コープ」と名づけたい。
やや甘めの、やわらかい生地。
これをあらゆる具材に流用する。
デザインはすべてほぼ同じ、手のひらに収まるほどの丸形にワンポイント、具材のはみだしや、アーモンドスライスやレーズンのトッピングなどでかろうじて識別できる。
同じ丸い形で並んだクリーム色の菓子パンたちの、シンプルなうつくしさ。
作業性を極限まで高め、安く、より多く消費者に提供するための方法が、ミニマムな美を作りだす。

例えば、ブリオッシュ生地にはさまざまな具材が入れられ、菓子パンのヴァリエーションを作りだす。
クリームパン、あんぱん、レーズン、チョコレート、メロンパン…。
人にとってもっとも幸せな甘さ、やわらかさに案配されたブリオッシュ生地はどの具材と組み合わせても、滲みわたるおいしさを見せる。
ひとつの生地がさまざまな具材と出会っているからこそ、逆にそれぞれの素材の味わい、生地とのマリアージュの個性が際立つように思われる。

クリームチーズ(55円)。
ブリオッシュ生地の類い稀なしっとり感が、やさしく舌を撫で、ほんわかと甘さを滲ませるけれど、それはあくまでまったりとした強さにとどまる。
甘さの口溶けが、私たちに備わった糖分の吸収速度とシンクロするようで、だから心地よく感じられる。
やがて、舌にねっとりしようとするその手前、計ったようなタイミングですっと溶けきる。
ブリオッシュとレーズン、クリームチーズの三すくみ的な、完全なるマリアージュ。
ブリオッシュのおだやかな甘さは、ミルク風味でつながりながら、クリームチーズのおだやかな酸味と相補的に響き合う。
甘さと酸味の両方を持ち合わせたレーズンは、アクセントとなって、ひときわ鮮やかに両者を浮かびあがらせる。

焼いた端からパンがなくなる。
お客はみんなビニール袋がいっぱいに膨らむほど買っていく。
いま買わなくてはもういつ出会えるかわからない。
そんな決意を秘めて行列を作っているように見える。

ミルクロール(35円)。
この安さで、ロールパンがある朝食の幸福感はまったく裏切られない。
ほんのりしたミルク味と甘さ。
それが一日のはじまりを持ち上げてくれる。
中身が詰まり、かつやわらかい。
ごくほんのりとした甘さでも、このようにスムーズに溶けつづけて、溶けきるまで衰えることがなければ、それで十分なのだった。
ロールしていない、丸めてちょんと置かれた形。
その慎ましさ、ほんのりとした黄色のグラデーションも、幸福な気分にさせる。

安いから売れる。
売り切れるから欲望をあおられ、何個も買いたくなる。
欲しいパンを好きなだけ買うことができる。
それだけではない。
どのパンもふわふわでほのかに甘く、とてもやさしいことが、渇望を起こさせる。

飛ぶように売れるパンを切らさぬよう、店長がたったひとり、超高速でパンを作りつづける。
列をなすお客たちのために、人の手が動く限界の速度で。
まるでビデオの早送りのようなので、目の前にいる実物を一瞬ヴァーチャルと錯覚するほど。
店長は速度を少しも緩めず私の質問に答える。

「とにかく早く作らなきゃいけない。
だから手間がかかるものはやってません。
カレーパンのようなものは手間がかかりますから。
簡単なものだけでやってます。
なるべく安くしてたくさん売る。
ロールパンは手間がかからないんですが、菓子パンは手間がかかる。
手間かけて安く、というパンも最近は多くなってきました。
クリームも自家製ですし。
最初はロールパンがよく売れてたんですが、菓子パンのようなものをお客さんが求めるので」

「早すぎて雑なんじゃないかというお客さんがいますが、最低限でやっています」
と店長は苦笑するけれど、私には逆に見える。
ミルクロールのパンはうつくしい。
人目を惹くためではなく、より速く、より多くを目的として作られるがゆえに。
クリーム色の菓子パンたちの同じ丸い形。
人の手のひらが、もっとも合理的にすばやく作りだせる形なのだろう。

山形キングスブレッド(210円)。
さくさくとした耳、やさしい発酵の香り、やわらかい甘さ。
いくつもの美点が、一口食べただけで頭の中に渦巻く。
ぷるんとたわんで、ぷりんと歯切れる。
生地は噛むたびに口の中で丸まっていき、味わいの一瞬の凪ぎのあと、口の奥をミルクのやさしい甘さが満たす。
甘さがリーン、という矛盾した表現をあえて使う。

ブリオッシュ同様、紅茶フレンチトーストのような食パンから派生したパンも、まるでそのために作られた生地のように、魔法のようなおいしさがある。(池田浩明)


ミルクロール
丸の内線 新中野駅
03-3381-5541
11:00〜19:00
日祝休み

#072

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