パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ベーグル スタンダード(中目黒)
84軒目(東京の200軒を巡る冒険)

ベーグルスタンダードは、ベーグルにおけるスタンダードを提供する。
「奇をてらったものではなく、向こうの標準的なベーグルを持ってきたら、受け入れられるんじゃないか、と思いこの店をはじめました。
革新的なのではないかと」
とオーナーシェフの薮下穂さんはいう。

確かに革新的である。
パンとは常に誰かのパンであって、個性のあるパンがいいと考える人がほとんどだ。
だが、スタンダードであるためには、大事なはずの「個性」を完全に消去しなければならない。

「僕の影をなくしたかった。
アメリカにベーグルは何個もあって、それぞれ個性はちがいます。
いろいろなベーグルでマトリックスを作ったら、その中心にあるベーグルとはこうなるだろう。
そういう基準になるものが作れればと思いました。
木村屋のあんぱんみたいな、誰もが想像するあんぱんからぶれないものを」

日本人の誰かのベーグルではない、ただのベーグル。
一度食べてみたかった。
本場を知らない人にとって、それはあこがれのベーグルであり、本場を知っている人にとっては、なつかしさとともに振り返る思い出のベーグルである。

「雰囲気や、匂いや、食感。
そういう部分にはこだわりました。
ベーグル大好きというのではなくて、アメリカで生活してた人が、お金なくてなんとなく食べていた普通のベーグルを。
向こうの匂いがするような。
スターバックスに近い感覚。
入った瞬間に記憶の部分に訴えるような。
だから、感動するほどおいしい必要はなくて。
僕の中では、食べた人に、がっかりも感動もさせないものを作っているつもりです」

薮下穂シェフはアメリカでCIAという料理の学校にいっていた経歴を持つ。
パンといえばヨーロッパを指向する人が多い中で異色だ。
アメリカの日常を肌感覚まで滲みこませているからこのベーグルができるのだろう。

ラフか、やわらかさか。
言い換えれば、アメリカ人的であるか、日本人的であるかの二者択一を、ベーグルとは必ず迫られるものだと思っていた。
このベーグルはやわらかくラフである。
噛み潰そうと躍起になって歯を降ろしきるその手前で、ふわっと着地する。
皮の甘い香ばしさは嫌みなくかすかに、しかし確かに。
噛めば跳ね、噛み進むともちもちからねっちりへ変わり、さらにねとねとへと移りいく。
そのとき十分な塩気が呼び覚ます、小麦粉の甘さが滲みだす。
食べはじめは無機質さに突き放されるが、この瞬間、舌とベーグルがひとつになれたと感じる。

「アメリカのベーグルがラフな感じがするのは、製粉技術がちがうからなのだと思います。
アメリカの粉は粒子が粗いから、かすかすに仕上がる。
日本の粉でそれを表現するために、ふすま(小麦の粒の外側の部分)が入っているものを使っています。
その粉で作ると、アメリカのに似たものができあがります。
割ったときの匂いも、中身が真っ白ではないのも。
日本の小麦粉のように粒子がそろうと、目が詰まってしまいます」

ベーグルを作るとき、焼く前に生地をゆでて発酵を止める。
どの段階で発酵を止めるのかは作り手の決断にかかっている。
発酵を進めるのか、進めないのか。
数直線の+か−かを選ばざるをえない。
ところが、アメリカの小麦粉は粒が粗いので発酵を止めても、ナチュラルに間隙ができ、空気が入る。
そのために生地がラフであり、かつなんとなくのふっくらさも同時にあるのだ。
しかも、ふすまが入っているので風味が純粋すぎず、雑味があり、ふくらみがある。

生地だけではなく、フィリングが非凡。
シェフはパンではなく、料理出身である。

タマゴサラダ(300円)+オリーブクリームチーズ(250円)+Salt(200円)
岩塩のベーグルにチョイスした2種類の具材をはさみ、ハーフ&ハーフに。

オリーブ
岩塩の助けを借りて、オリーヴの味わいが、驚くほどまろやかで、息長い。
クリームチーズのさっぱり感とオリーブのコクの間に挟撃され、気が遠くなる。
ねっちりとろとろとした食感の類似によって、ベーグルとクリームチーズが親友であることはいうまでもない。
この店特有のねとねと感が強調され、あますところなく楽しめる。

タマゴ
卵サラダとは、ほんのりの甘さを楽しむものだと思っていた。
このタマゴはそれを裏切らず、なおかつ意表を突く。
甘さの幸福が、例を見ないほどの酸味、さわやかさの中へと突っ込んでいくのだ。
卵と合わせようとする予定調和ではなく、とがりのあるすっぱさ。
日本人の感性が決して作らないものの新しさ、意図できないおもしろさに、意識が持っていかれる。
「エストラゴン、赤タマネギ、ピクルス。
マヨネーズはアメリカ製と日本製を2対8でブレンドしています。
日本のはうまみがですぎちゃうんで、おいしくなりすぎないように。
アミノ酸、グルタミン酸が入っていると、うまみにつながっちゃうんで、そっけなさをだしたい」

「フィリングは向こうの人がよく使う組み合わせばかりです。
的(まと)から微妙にずれてるからやみつきになる。
なんかが足りなくていいんですよ。
足してったら丸くなっちゃう。
僕だったらこうするだろうなと思うけど、でも足さない。
おもしろみがなくなっちゃう。
まんべんなくなっているより、どこか突出していたほうがやみつきになるのだと思います」

スタンダードとは、個性をださないこと、作り手の考える「おいしさ」を求めないことだと。
どれだけ個性をだすかの競争をしているときに、個性をマイナスすることを考えている作り手が現れた。
それがスタンダードベーグルの「革新」である。

ピーナッツバター&チョコシロップ(180円)。
舌から水分が吸い取られていくような、砂糖の入っていないアメリカのピーナッツバターのねっちり。
そして、ハーシェイズチョコシロップのとろとろ感。
チョコとピーナッツがまだらで混じり合わない。
甘さとコクというもっとも混ぜ合わせたいものに焦らされ、引き裂かれる。
ピーナッツバターのねっちりなのか、溶けた生地のねっちりなのか、もはやわからなくなったとき、味わいのギャップも解消され、コクと甘さの一体の満足感に浸りきる。


かっこよさを狙わない、肩の力が抜けた内外装も普段のアメリカを思わせる。
店員さんの凸凹感も、ラフで自由な感じがした。
丁寧な接客をする人もいれば無口な人もいて、それぞれの服装で、それぞれの雰囲気を醸しだしている。
「公園で食べたいんですけど、近くにありますか?」
と尋ねると、それぞれだった3人が一斉に背中を向けて後ろを指差した。
「すぐ裏手の川を渡ったところに、中目黒公園というすごくきれいなところがあります」
たしかにそこは、ベーグルを食べるのにうってつけの場所だった。(池田浩明)

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03-5721-2012
11:00〜19:00(売切れ次第閉店)
月火曜休み

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