パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブーランジェリーカフェ バンブー(国立)
87軒目(東京の200軒を巡る冒険)

バンブーのバゲットは、ムッシュ・ビゴがもたらした本物のフランスパンの製法を頑なに守って作られる。
その理由について、以前オーナーシェフの竹内勉さんに尋ねたとき、こう答えが返ってきた。
「おいしいのだから、変える必要はない」
静かだが、口調の思わぬ強さは、覚悟を感じさせた。
日々、新しい製法が発見され、少しずつパンはおいしくなっていく。
そう考え、基本のレシピに個人的な改良を加えていくことが当たり前のようになっている現在において、動かせない原点があると信じることは、迷いのなさ、強さにつながるのではないか。
竹内シェフは、もちろんバゲットを長時間発酵など新しい製法で作ることもできるが、あえてそうしない。

バゲット(220円)。
うつくしいパラフィン紙によってしっかりと包まれ、手渡される。
原点の味わいだった。
確かに、私にとって、いや多くの日本人にとってはじめてのフランスパンとの出会いであった、ドンクのバゲットに似ている。
あの淡い香ばしさは、皮だけでなく全身から発せられていて、すっと現れ、すーっと残像を引きずりながら去っていき、そのあと塩気とともに小麦の味わいがやや揺らぎながら嫌みなく浮かびあがってくる。
これだけすっきりとした味わいならば、食事のとき、水を口にするようになにげなく手に取れる。

「この生地は、パン・トラディショナルといわれる、基本中の基本です。
フランスのパン文化がはじまって以来、食べられているものを、ビゴさんが日本にきて伝えていった。
これを変えたらバゲットじゃなくなっちゃう。
昨日今日はじまった日本のパン文化が変えてしまうのだったら、それはちがう」

竹内シェフはビゴの店の出身である。
ムッシュ・ビゴは関西に住んでいて、東京とは離れていたが、ビゴの流儀に店は染められていた。
「直接、ビゴさんとお仕事したことはないんですけど、ビゴさんが東京の店も商品チェックを徹底していまして、いつも厳しいことをいっていた。
いっしょにパンを捏ねたりというのはないに等しいんですが、エスプリは感じることができました」

ビゴのエスプリとはなにか?
「日本人は時間ばっかり気にしていると。
時間がきたら成形し、時間がきたら分割する。
そうじゃない。
人間に合わせる必要はない。
いつもパンと対話をしながら作りなさいと。
でもそうすると、休憩時間はなくなるし、職人はどんどんやめていく(笑)。
僕がいちばん大事だと考えているのは発酵なんですけど、目安となる『このぐらいの発酵』にどう近づけていけるかだと思っていて。
焼き上がったときの気泡、酵母の息吹を見ると、こんな感じね、とわかります」

西荻窪の駅からアンティーク街を抜けて歩いていくと現れる、小さなブーランジュリー。
あのうつくしい店、ムッシュ・ソレイユが荻窪に移転してしまったことに、私はたまらないさびしさを覚える。
ビルのオーナーが変わったことにより、移転を余儀なくされたのだという。
「あの場所でやりたかった。
とにかくいい店でした。
汚れがでているのが味になっていた。
看板なんかぼろぼろになっていたんですが、いまでも取ってあります。
いつか使うときがきっとくるんじゃないかと」

1996年、28歳で店主になった。
当時はいまのように、どこにいってもブーランジュリーがあるという状況ではなく、ムッシュ・ソレイユはいっそうの輝きを放っていた。
「若さのすごいところで、なにも考えずやっていましたからね。
とてもいいチームでした。
4、5人でむちゃくちゃやっていましたからね。
夜中からむちゃくちゃなスケジュール組んで。
アホみたいな注文が入って、僕が無理だと思っても、あいつらのほうから『やりましょう』っていってくる。
いっしょに戦った戦友です。
僕は軍団の隊長。
社長という感じじゃなく」

いまでも10年前に食べたパンの感動をきのうのことのように思いだせるほどだ。
その味わいはこのように熱い厨房から生み出されていたのだと、ようやく合点したのだった。

ムッシュソレイユ出身者の店といえば、茨城県鹿嶋市のユニデプーラファリーヌ、ファミーユ代官山など数多い。
「潰れた店一軒もありませんからね。
あの時代の経験があったからいまもやれてるんじゃないか」
ハイレベルな空気とは、それを吸ってみるまではそういうものがあることすらわからないものだ。
だからこそ、経験は一生を通じた糧になるのだと思う。

「店がちっちゃかったせいもあるんですが、なにか関係が近かった。
やってること目につくし、息づかいもわかった。
僕の体から発しているものもわかったと思うし。
言葉にしなくても、先読んでもらって、動いてくれるんで。
仕事ってみんなそうだと思うんですが、間とかタイミングが大事。
あうんの呼吸というか。
空気感がわかりあえるチームだと、ものすごくいいものがあがったりする。
パンって働いてる子たちがすべてというところがある。
個々がいい発酵とろうって考える。
指示されたことをやるだけではなく、そこを超えようとする子はなかなかいない」

「いいパンを作っていく、つづけていく、それは基本。
食べたお客さんがどう考えるか、よろこんでくれるか、そこに重きを置くことが、すごく重要。
ただ作るのではなくて。
パン芸人というか。
僕らの仕事というのは、お客さんをよろこばせてなんぼのところがある。
ビゴさんの話につながるんですけど、生地にあわせる、いいものをあげるというのは、お客さんによろこんでもらうためでもある」

竹内シェフは自己犠牲について語っていたのだと、私は理解している。
小さな私益を超えたところに、想像もつかなかったほど大きなよろこびは現れる。
自分を捨てて、パンを作ること。
食べる人のために。
ムッシュ・ビゴのエスプリとはそのことではないのだろうか。

ポルカ オ ノア(210円)。
がっちりとした硬い皮はクルミの食感を呼び、ライ麦の深い香りはクルミの渋い風味と響きあう。
クルミの味わいは刹那で終わらず、呼吸するように、別の側面を表しては消える。
そう感じられるのは、雑味までふくんだ、懐の深い生地があってこそで、時間ごとにさまざまにマリアージュするせいだと思われる。
特に口の中で消える瞬間の渋みが、クルミの味を再点火させ、そのために名残惜しく、食べやめることができない。
チーズ、ワインの最高の友人となるだろう。

ランティーユ(189円)。
私たちがフランス人ならば、わざわざこの組み合わせのパンを買うまでもないのかもしれない。
レンズ豆(ランティーユ)の煮込みとソーセージ。
フランスの日常の食卓を想起させる。
バターの香り濃いパンとソーセージとの相性は私たちにも馴染み深いものだ。
ランティーユのおっとりとした素から、デニッシュとの組み合わせで甘さの部分が前面に引き出される。
ランティーユ自体に添加された甘さやバターではなく、パンから与えられるがゆえに、複雑に変化する。
不思議な相性だった。

いつもこの店の冷蔵ケースにパテなどが置かれて、フランスの食文化を伝えようと努めていることも見逃してはならない。
私が訪れた日、ルヴァーブのデニッシュの横に、ルヴァーブの茎が生けられていたのも印象深かった。(池田浩明)


JR中央線 国立駅
042-577-5168
10:00〜19:00
月曜休み


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