パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ティグレ(学芸大学)
97軒目(東京の200軒を巡る冒険)

うつくしいパンを焼く店は食べてもおいしい。
高い技術と繊細な気遣いがともに備わった職人が焼くからこそ、パンはうつくしく、おいしくなる。

華やかである。
ティグレに並んでいるパンは、たとえ焦げ茶色一色のシンプルなハード系でさえ、そのような印象を受ける。
繊細なクープはまるでカンパーニュをバラのツタが這い上がっていくかのようだ。
華やかな印象は望月哲二シェフの美的な感性によるとともに、斬新なアイデアのきらめきでもある。

「人と同じことしたくないですから。
新しさを前面に出したい。
人が作ったものを見て『おーっ』と思ったものは、原型がないぐらいにしないとおもしろくない」

味覚に揺さぶりをかける新しい味わい。
その多くは、誰も想像しなかったような、甘さと酸味のカップリングから生まれている。

例えば、梅しそ巻き(180円)。
バゲット生地の中にはちみつ漬けの南高梅と紫蘇の葉。
梅干しの酸味のとがった部分をはちみつの甘さがおだやかに包み込み、同時に梅干しの酸味はまた、はちみつの甘さをなんともまろやかにしている。
この甘さは小麦の甘さと響きあう。
「ごはんに合うものは、パンにも合うのではないか。
白飯も、シンプルなパンも、和のものが合ったりする。
梅干しの中では、はちみつ漬けがいちばんパンには合います」
そこへチーズのクリーミーな甘さも重なって、さらに不思議な官能へと連れ去られる。
シーソーが揺れるように、酸味と甘さは一瞬ごとに味の重心へとめまぐるしく入れ替わり、揺れ動くので、いままで体験したことのないような微妙な味わいだと感じられる。

単にアイデアとして秀逸なだけではない。
甘さと酸味の巧みな配置、そして繊細なバランスがなくては、この官能は生まれえない。
「1口目で口に入ってくるもの、2口目で入ってくるものと、後口」
とシェフは計算し、フィリングの配置を決定する。
あるいは、
「バランスは手探りです。
計量して作るわけではない。
手探りで自分で入れてます。
ここだけは人にまかせるわけにはいかない」

優れた作り手であっても、フィリングを練り込んだパンにおいて、狙いが的確に反映されうるのは、2種類、3種類までのように感じられていた。
ティグレではそうではない。
パン+5種類の具材が、きちんとマリアージュするよう構成され、ポリフォニーを響かせるのを聴くことができる。

マンゴー(1g/2.3円)。
はちみつとマッシュポテトを練り込んだ生地。
そして、ドライマンゴーとピスタチオ、チョコチップ。
デビッド・ホックニーの抽象絵画のようなうつくしさを持つ断面。
味わえば味わうほど、このパンは快く、また難解である。
ドライフルーツやチョコの甘さと酸味が溶けだして、カンパーニュのような重たい自家製酵母生地をブリオッシュと錯覚する。
この甘さは直接的ではなく、おだやかにたゆたい、息長く、変化に富んでいる。
単に複雑なだけでなく、具材と具材のどの組み合わせにも、鍵と鍵穴があった瞬間のような、出会うべきものが出会ったときの快感がある。
じゃがいもによる生地のむちむち感と複雑な甘さの共感覚も、斬新さを加速する。

アートコーヒーに勤務しているとき、志賀勝栄シェフに見いだされ、代官山アルトファゴスのオープニングスタッフになった。
その後、志賀シェフがペルティエに移ったあとは、アルトファゴスのシェフを務めた。
2007年より独立し、ティグレをオープン。

ときどき志賀シェフもティグレを訪れ、アドバイスを送る。
「自分の教えたこと以外にももっと出せるんじゃないか。
いまやってることは延長線じゃないか?」
これだけのクオリティを維持するティグレに、さらなる高みを求める。
その言葉は、志賀シェフが望月さんに期待するものの大きさと、パンの探求に終着点がないことを教えてくれる。

望月シェフがパンに求めるイメージ、それは普通に求められるレベルのはるか上をいく。
クリームパン(180円)は、膜のように薄い皮に、クリームがたっぷり入っている。
「理想の生地とクリームの量がある。
量が多くて、クリームがゆるいと包みにくいんですけど、限界のところでカスタードを炊いています。
コーンスターチと薄力粉の量で調整して、ゆるくてもこぼれないようなクリームを作っています」

クリエーションの起点はイメージだ。
実現不可能なほどのイメージを抱けば抱くほど、誰も食べたことのない新しいおいしさは生まれる。
既存のレシピがイメージに届かないとき、そのギャップを埋めるのは、技術と試行錯誤とブレイクスルーのためのアイデアにほかならない。
ティグレはそうした努力と才能を併せ持った特権的な1軒である。



東急東横線 学芸大学駅
03-3414-5269
9:00〜20:00
火曜・第3水曜休み

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Comment








はじめまして。
ティグレ、家の比較的近くなのですが、ブログレポを拝見してまた行きたくなりました。
他の店も含め、リサーチっぷりが大変すごいですね。200軒を巡る冒険、頑張ってください^^
from. showtam | 2011/09/08 01:07 |
showtamさん
コメントありがとうございます。
がんばります!
ティグレは本当においしい店ですね。
思いだすたびに、行かないことのほうがもったいないんじゃないか、と思ってしまいます。
from. 池田浩明 | 2011/09/10 22:25 |
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