パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ワルン・ロティ(洗足)
98軒目(東京の200軒を巡る冒険)

原点を持つ人の強さ。
情熱の流れてくる源を迷いなく見つめているからだと思う。
パンは小麦から作られる。
しかし、畑に実る黄金色の小麦を原点にするパン職人は、実はあまり多くない。

ワルンロティの店主、大和田聡子さんの父は、小麦の研究者として、岩手県の農業試験場に勤務していた。
父が開発者として名を連ねる小麦にこゆきという品種がある。
南部小麦のふるさとである岩手県に、パン用の小麦を実らせようという情熱から生まれた。

「手に入ったとき、それを自分で焼くようになるとは思っていませんでした」
と、大和田さんはいう。
父の作ったこゆきは一体どんな味がするのか。
小麦粉はあっても、それをパンにする人がいなかった。
「16年前、国産小麦を焼いてる人はいませんでした。
ルヴァン、スピカ、ノヴァぐらい。
国産小麦と天然酵母ではやわらかいパンを焼けないとみんな思っていました。
それで自分で天然酵母で焼いてみたら、評判がよくて」
当時、ワインの勉強をしていた縁から、ワインの勉強会や、ワインバーなどから引き合いがあって、パン屋を開業するきっかけになった。

国内産小麦の持つ味わいをどれだけ伝えられるかを、明確にテーマとして掲げる。
「外麦だとつまらないかなと思います。
さらっとして味気なく感じてしまう。
内麦のほうが味があります。
外麦の好きな人からいえば、野暮ったく感じてしまうのかもしれませんが。
小麦の味わいのちがいを、ぜひ知ってほしい。
パンは奥深い。
作り手によっても、小麦の品種によっても、味はちがう」

「このパンを食べてみてください」
と食パンの一片を私にすすめた。

こゆき食パン(450円)。
こゆき100%、塩、水、自家製酵母だけで作られる。
「甘いでしょ」
砂糖や乳製品が入っていないのが不思議なぐらい甘かった。
その甘さすべてが小麦の持つ力だった。
ひとつひとつの気泡は噛むとぷりぷりと反応し、溶けるほどに豆乳に似た甘さを発揮しはじめる。
おとなしく、おだやかだった甘さは、だんだん強まり、いつのまにか驚くほどの広がりを持つ。
耳の香ばしさは静かで、さわやか。
中身の甘さを邪魔することなく、両者が入り混じることで、さらに味わい深くなっていく。
この食パンに小麦と塩以外になにも加えないこと、焼きこまず白っぽい焼き色にとどめていること。
それらの配慮は小麦の純粋な甘さに捧げられている。

こゆき小麦の甘さの魅力。
ワインアドバイザー資格を持つ大和田さんは、それをパンで語ることができるし、言葉でも語ることができる。
「バターのフレーバー、乳酸発酵の香ばしさ。
乳製品が入っていないのに出てくる、小麦自体の味。
噛んでるうちにじゅわじゅわとでてくる。
そうなるように心がけています。
うまくいくときと、いかないときがあります。
大きいお店にあるような、ホイロとかドゥーコンディショナーとか使わず、常温でやってるから。
温度と戦うしかない。
ミキサーもないので、数字ではかれない。
その日その日で生地の状態が変わってくるので、(生地に使う水の)水温を下げたり、発酵時間を長くしたり。
でも、私はそれをおもしろがっていて。
パンを作っているという感じがある」

数年前、唯一取り扱いのあった製粉会社でも、商品のラインナップからこゆきが消えた。
岩手県で作られる他の品種、南部小麦のようにポピュラーではなかったし、「外麦に近い」というユキチカラ(これも大和田さんの父のいた研究室から生まれてきた)ほどタンパク量が多くなく、パンにしにくい。
独特の甘さを持つこゆきを途絶えさせたくなかった大和田さんは自ら行動した。
こゆきを作ってくれる農家を探し、その農家のために農水省や県に掛け合って補助金がおりるよう計らい、小ロッドでも製粉してくれる製粉所を探し、小麦を輸送し、製粉した小麦粉を低温倉庫で管理している。

復活したこゆきは土地に根づきはじめている。
岩手県平泉にある姉妹店、きんいろぱん屋は、平泉町が施設を作り、農家が共同経営し、大和田さんがレシピをアドバイスし、大和田さんの友人がパンを作っている。
こゆきを使った「きんいろあんぱん」は、世界遺産登録という追い風もあって、町の名物になりつつある。

外麦のおいしさがあり、内麦のおいしさがある。
あるいは、小麦の質など特に問わなくてもパンは食べることができる。
だが、私たちがなにをおいしいと思うか、その選択は地域の未来を変えることすらある。
ある場所に生まれ育った作物の味を知り、それを支持することで、お金の流れと気持ちの流れが流れこみ、地域は活性化する。
すべては小麦に憑かれた大和田さんの情熱によってはじまり、こゆきの独特の甘みは失われることなく残され、岩手の大地にこゆきは実りつづける。

しぇりー・れーずん(300円)。
ラムではなくシェリー酒に漬けられた2種類のレーズン。
レーズン、シェリー、レーズンから起こした自家製酵母…すべてブドウの産物。
「ブドウ同士なので合うと思いました」
とワインアドバイザーらしい発想から生まれたパン。
シェリーのきりりとしたさわやかな甘さによって、レーズンがよりいっそうパン生地の持つ発酵の香りと馴染みあい、自然な調和を見せている。
一口噛むごとに、たっぷりのレーズンが潰れ、アルコール分とブドウの果汁がほとばしっては、生地に滲み、こゆきの味わいを甘く、深く、強く押し広げていく。
食パンとは一転して、強い皮の深い香ばしさも、シェリーの香りと通じあっている。

岩手のずんだあん(250円)。
ブリオッシュ生地のしっとり感、ぷりっとした噛みごたえが秀逸で、しかも皮の香ばしさによって気品をも加えている。
岩手県の一関から取り寄せられたずんだあんは、豆の野性味が躍りまわって、制御不能なほど。
ブリオッシュの卵とバターの濃厚さと争いあう。
やがて、両者はより純粋な甘さへと昇華して、喉のあたりでひとつに合流するとき、愉悦が訪れる。

大和田聡子さんがコユキを使ってパンを焼いてきた歩みは、『ソロモン流』(テレビ東京系)で紹介され、大和田さん自身が2冊の本でも著している。
『麦畑からお届けするパン屋です』(自然食通信社)
『ないないづくしの起業術』 (中公新書ラクレ) 
また、パンのテイスティングの方法を確立しようとして意欲的な著書もある。
『ワイン&チーズとテイスティング術 おいしいパンのみつけかた』(技術評論社)

(池田浩明)

東急目黒線 洗足駅
03-5704-2105
10:00〜18:00(売切れ閉店)
月〜木休み

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