パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
イトキト(大岡山)
103軒目(東京の200軒を巡る冒険)

駅前から商店街を抜けて、角を曲がる。
何の変哲もない住宅街の中に白い外壁のパン屋は現れる。
なんとも小さな店。
その中に、どれだけの楽しさ、フランスらしさが詰めこまれていることか。
これだけの引き出しの豊富さを持ちながら、こんな小さな店が、表通りではなく裏通りにあることに驚く。

勝野真一シェフはいう。
「30歳のとき、突然パン屋をやろうと思いました。
驚きのある店、わいわいがやがや人が集まる店をやりたくて。
ナイーフを見たとき、衝撃を受けて、こんなかわいい店をやりたいと。
わくわくするようなビジュアルと、食べたときの驚き。
住宅街を入っていったとき、突然店が現れて驚いたんですよね。
あの感動をいまでも忘れないでいます」

衝撃を与えてくれた店、いまはなき中目黒のブーランジェリーナイーフで修行をはじめた。
それまでの職業だったデザイナーは辞めた。
「最初は建築をやっていて、それから広告のデザインをやりました。
この店も自分で図面を引いて作りました。
デザインとパン屋との共通点はけっこうありますね。
見せ方とか、人に訴える方法、温度、メッセージを伝えなきゃならないところだとか。
驚き、サプライズがないと認知されない。
きて驚いて、食べてもう一度驚く」

「オープン前、工事中のとき、写真でイメージを出しちゃったり。
シャッターに、自分の作りたいパンの写真とか、フランスの写真とかをコラージュして貼りました。
オープン初日、けっこう人がきてくれたのは、その期待感があったからじゃないでしょうか」

期待を抱かされあと、一瞬の凪ぎ、あるいは溜めが訪れ、そしてどーんとサプライズ。
それがイトキトの流儀ではないだろうか。
まずパンのデザインに驚く。
フルーツをのせたデニッシュがふくろうに見えたり、野菜をのせたフォカッチャがガーデニングに見えたり。
デザインのためのデザインではなく、おいしさのためのデザイン。
こんなに大粒のオリーブを噛んだらどんな味がするだろうとか、こんなにふわふわしたクリームを舐めたらどんなにおいしいだろう、という期待感へつながっていくような。
そして実際に食べると、店頭で抱いた期待を超えたさらなるサプライズが待っている。

ルバーブのデニッシュ(265円)。
フルーツをナパージュしてツヤをだしたのかと思いきや、てらてらしたものは実はアプリコットのゼリーだった。
舌先で一瞬甘く、そのあと、ルバーブと聞いて想像していた以上の、アプリコットとあいまったつんざくような酸味が口の奥にまで届く。
そのまた一瞬あとで、実にやわらかく、軽やかなカスタードの味わいが訪れ、酸味と甘さが綱引きを演じる。
周囲にまで音が聞こえるほどさくさくのデニッシュは、空手の瓦割りのようにあっけなく崩れ落ちる。
珍しいルバーブは小淵沢にある奥さんの実家の農園から届いたもの。

売り場に立つ奥さんは、パン屋を開く前、画家をしていた。
ご主人の、突然のパン屋宣言は衝撃だったのでは、と水を向けると、
「もともと料理が好きな人だったので、デザインの仕事をしてるときにも、『パン屋とかいいんじゃない?』って。
私がけしかけたのかもしれません(笑)」

イトキトが提供するサプライズにサンドイッチの充実がある。
どこのパン屋にでもあるようなフィリングはひとつもなく、本格的なフレンチのエッセンスがちりばめられている。

パテドカンパーニュのサンド(380円)。
濃い豚肉と、バターと、ビネガーと。
香りを嗅いだだけで至福の予感が走り抜けた。
硬いフランスパンに大口を開けて食らいつく。
カスクルートに特有の、この行儀の悪さが野生を呼び起こし、吹きすさぶ肉の味を受け入れる準備運動になっているのかもしれなかった。
苦労して皮を噛み破ったあと、なめらかなパテの厚みへと歯を滑り込ませる。
あふれる快楽。
舌にまとわり、鼻へ抜け、口のなかをいっぱいにする豚肉の香り、味わい。
随伴するライ麦のフランスパンは、軽やかで、細やか。
このウェルメイドさが、パテのすばらしさを加速させる。

「パン屋やってるうちに、サンドイッチ好きだな、と。
そういえば、ツナコーンパンが子供のとき大好きだった。
それを発展させたらおもしろいな、サンドイッチをちゃんとやったらおもしろいなと思いました。
他のお店との差別化もはかれるし」

勝野さんはナイーフを経て、フレンチのビストロでさらなる研鑽を積んだ。
納得のいくサンドイッチを作り出すために。
「中目黒のビストロミカミに入りました。
料理の作り方を習った、ということもあるんですけど、味に対する姿勢とか執着とか、そういうの学びましたね。
フレンチだけではなく、中華や和食…いろんなもの食べて、おいしいものを探していく。
ジャンルを超えて、おいしいものを見つめていく。
パン屋やってるときは、そういう余裕なかった。
せいぜい休みの日にパン屋1軒いくぐらいで。
だから勉強になりましたね。
まかないを作るんですけど、それは自分の作りたいものを作る。
緊張感ありましたね。
いちばん味に厳しい人相手に作るわけですから。
忙しい中で、新しいものを作りました」

パン職人にして、フレンチの料理人であることが、どれほどイトキトの幅を広げているだろう。
サンドイッチに、甘いパンに、のみならず食事パンにさえ、本当の意味でのクリエイティビティを与えている。
味わいの豊かさばかりにではなく、軽やかさにも目配りをするのは、フランスの洗礼を受けた人に特有だと思われるからだ。
イトキトの驚きとは、単にびっくり箱を開けたときのようなものではない。
本物への驚きである。(池田浩明)


東急大井町線/目黒線 大岡山駅
03-3725-7115
11:00〜20:00(土曜・祝日は〜19:00)
日曜・月曜休み

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