パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ベッカライ ヒンメル(大岡山)
106軒目(東京の200軒を巡る冒険)

宇宙から落ちてきた隕石。
それがクラプフェン(シナモンシュガー 110円)の見た目である。
こんなごつごつしたものがパンであっていいのか…。
食べてみると、硬いどころかぷるんとしている。
ゆらゆらーと溶けてくる甘さは、はっきりしない、白っぽい、淡いものだ。
トッピングされた砂糖の粒が、頼りない中身の上で溶け、輝くばかりに甘さを目覚めさせていく。
素朴な外見の中に秘めた、なんという官能。
食べると必ず2度3度食べたくなる危険な隕石。

ベッカライ・ヒンメルの金長暢之シェフが、ドイツでの修業時代に見かけたものを日本に持ち帰った(ブーランジェリー ラ・テールにあるのは、金長シェフがラ・テール在籍時に作り上げたもの)。

「修行先の、デュッセルドルフのヒンケルというパン屋さんでクラプフェンを作ってました。
これだけでも勉強していきたいなと。
レシピは教えてもらえないかと思ったら、すぐ教えてくれました(笑)。
同じ配合でも、ドイツと粉がちがったり、水分量ちがったりすると、生地がだれる。
ずっと作っているうちに味が微妙に変わってくるので、いまでもドイツに行って味を確認し、日本に帰ってきてから、また修正したりします」

ドイツパンは楽しい。
金長シェフがクラプフェンにこだわるのは、それを伝えたいがためではないだろうか。
ドイツパンはまじめ、というイメージがあったが、この店に並ぶラインナップを見て一変した。
ライ麦のパンはもとより、多種多様な白いパン。
はじめてのパンは、新しい味との出会いを予感させ、どきどきさせる。

「ドイツ人もけっこう、あんぱんやってるところあったり、他の国にも目を向けてる。
デニッシュ、フランスパンもだしてるし。
ドイツのパン屋さんはバラエティに富んでいる。
そういうの見てきたんで、自分の店もそうしたいと思いました」

ベルリン(180円)
ベルリン名物のおやつパン。
ふわっとした生地がはかなく溶け、甘さと油が素敵に滲みだしてくる。
フィリングであるホイップクリームに甘さがない。
そのために、どうしようもなく生地の甘さを求めるのだ。
求め合う両者は舌の上で運命的な出会いを遂げる。
生地の甘さと油、それからホイップクリームが混ざり合い、溶けあう無上の時。
クリームと生地、ふわふわなものばかりで口がいっぱいになるこの幸福。

甘いパンばかりではない。
ライ麦パンが食べにくいという先入観はヒンメルのドイツパンで完全に吹き飛ぶ。

フォルコーン(1/4 300円)
アロマの華やかさ。
ライ麦の香りと発酵の香りが二重写しになって、まるで香水のように芳しい。
薄い皮はぱりぱりと噛みごたえよく、中身はしっとりと口当たりがよい。
軽い酸味とともにおだやかな甘さがゆっくりと押し寄せ、心地よく口中を満たす。
その間、口といわず鼻といわず、上述の香りがあたりを席捲している。
このパンが、1本のソーセージすら極上のディナーに変えるはずだ。

「食べやすい工夫をしています。
サワー種を作るとき、酸味がでないように、早めに発酵を止める。
微妙なところで味が変化する、その前のタイミングで。
勘といえば勘ですね。
pH計りますが、そればっかりではない」
ドイツで2年間の修行。
その経緯はホームページにつづられていて興味深い。
なぜドイツパンを学んだのか。
フランスパンほど派手ではなく、小麦粉のパンほど日本で認知されていないライ麦のパンを。

「噛めば噛むほど癖になる味かな。
生活に根づいたパン。
日本でいえばごはん。
ベースメント。
噛めば噛むほどというところを追求しました」

香水のようなサワー種はドイツから持ち帰ったレシピそのままではなく、ドイツパンを日本人の口に合わせようという研鑽のたまものだ。

「ドイツでは仕事、仕事で、手を動かすことに専念していました。
日本に帰ってきて、あのときの仕事の意味は、あーだった、こーだった、と考えて。
レシピは日本で考えました。
日本人のほうが酸っぱいと食べづらいと感じやすいので」

金長シェフが学び取った「ドイツパン」とはどういうものだったのか。
それはレシピの中にではなく、厨房の中に、食卓の上に、日常そのものとしてあったものだ。
「ドイツの食文化や仕事のやり方ですね。
ドイツは1個売りが大きい。
パンをいっぱい食べるからというのもあるし。
ライ麦のパンなんかは、1個買うと、3、4日かけて食べる。
日本人は買ったその日に食べるという意識が根強い。
ドイツ人は味の変化をわかっている。
2、3日経ったほうが熟成されて、味が華やかになります。
ドイツ人のパンの食べ方は、バターとかジャムを、つけるというより、『のせる』という感覚ですね。
あとはソーセージくるっと巻いたり」

もっとも大事にしていることは、という問いにシェフはぽつりと答えた。
「会話」と。

「生地との会話。
状態をいつも見てないと。
気温の変化、湿度の変化。
聞き耳立てて、状態を聞く。
パンはしゃべらないから、毎日それをするのむずかしい。
今日うまくできたら、次の日もそれができるよう努力する。
環境の変化とうまく付き合っていく」

「会話」という言葉がでたとき、私は人間と話すことだと思った。
そう告げると、シェフは「そっちも大事ですよ」といって、つづけた。
「どうしてもこう(視野が狭いという身振りで)なっちゃうんですよ。
お客さんの様子も見ないといけないし、いっしょに働いているスタッフの様子も見て、チームワークで仕事をしないといけない。
窓の外を見て、雨が降ってきたら、お客さんがわずらわしくないよう、傘を持ってあげようとか。
どういう表情をしてるかとか、荷物が重そうなら『ここに置いてください』とか。
パン作りながら、視野を広く見よう。
ちっちゃなパン屋ってパンだけ作ってるわけにいかない。
お客さんあってのパン屋ですから」

(池田浩明)

東急目黒線 大岡山駅
03-6431-0970
7:30〜19:30
火曜休み

#106

にほんブログ村 グルメブログ パン(グルメ)へ panlaboをフォローしましょう
(応援ありがとうございます)


JUGEMテーマ:美味しいパン

#106
200(東急目黒線) comments(2) trackbacks(0)
Comment








かしわで

ライ麦パンの酸味は苦手だけど、
ライ麦パンのサンドイッチは美味しいと思うんだよね。
不思議だ。


from. かしわで | 2011/09/15 22:43 |
レモンだけ食べるとすっぱすぎるけど、
レモンをなにかにかけて食べるとたいへんおいしい。
というのに似てますかね。

ヒンメルは、ライ麦パンがダメという方にぜひいっていただきたいパン屋です。
from. 池田浩明 | 2011/09/16 21:08 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>