11月28日、江別市畑作生産部会主催の「ハルユタカが紡いだ人との繋がり」という講演会だ。
江別市はハルユタカの生産地。
かつては「幻の小麦」と言われた。
それほど不作が多く、なかなか出回らなかったかったということだが、ハルユタカの父といわれる江別市の生産者片岡弘正さん(故人)が「初冬まき」という技術を確立、安定して収穫できるようになった。
飯田さんがあこがれた故佐野実さん(支那そばや店主)が、自家製麺に使っていたのがハルユタカ。
佐野さんのようにハルユタカを使いたい、畑を訪れてみたいと、衝動的に江別製粉を訪れたのが約10年前、飯田商店創業当時のこと。
まだハルユタカの不作がつづいている頃で、売ってはもらえなかった。
でも、江別製粉の社員が、工場からほど近いハルユタカの畑に連れていってくれた。
飯田さんは畑に生えていた麦の穂から取り出した一粒を口にしたという。
初夏、小麦が硬く熟する前のまだ青い、やわらかい状態。
甘くてミルキーな小麦の滴が舌の上にしたたった。
「俺はこういう麺が打ちたい。やっぱりハルユタカが使いたい」
そのとき得たインスピレーションはいまも麺を作る上での原点。
2年後、片岡さんから直接ハルユタカを買えるようになり、以後ハルユタカはずっと変わらず飯田商店のメインの粉となっている。
「味の濃さだったらもっと濃い小麦はあると思う。ハルユタカは、1個奥に味があって、後からおいしくなってくる。しなやかでありながら、製麺の仕方によって、もちもち感も強く出せる。でも、主張が100じゃない。奥ゆかしい魅力がある」
講演会のあとの懇親会では、来場していた数十人の小麦生産者たちに飯田さんがラーメンを振る舞った。
麺はハルユタカ100%、亡くなった片岡さんが好きだった塩ラーメン。
スープはほぼ鶏のみとごくシンプルに、ハルユタカの風味を引き立たせようという狙いだ。
飯田さんのイメージ通りのラーメンを小麦生産者に提供する重大任務を、「僕に仕切らせてください」と買って出たのは、地元・札幌の超人気ラーメン店「Japanese Ramen Noodle Lab Q」の平岡寛視さん。
飯田さんの盟友であり、弟分と呼ぶ存在だ。
飯田さんは湯河原から麺の材料を送り込んだ。
麺にチャーシューやネギといった具材、スープ、調味料…それらをもとに、平岡さんの指揮のもと、「青森中華そば オールウェイズ」里村慶人さん、「らぁ麺 紫陽花」戸谷真佐男さん、「Ramen FeeL」渡邊大介さん、それに飯田商店の弟子たちという豪華な面々が、飯田さん不在でも万全にラーメンを作り上げるはずだった。
ところが…。
当日の朝、会場に届いていた箱を開けた平岡さんはびっくりして固まってしまったという。
箱の中身はスープではなく、鶏ガラと丸鶏と昆布と水。
スープの材料しか入っていなかったのだ。
気持ちを立て直し、迫りくる時間の中、タレは作らず、塩と地鶏と昆布だけのシンプルなスープを仕上げた。
平岡さんの仕事に「期待以上のスープ。ちゃんとハルユタカの味を大事にしてくれるバランス」と、飯田さんも納得顔だ。
それはハルユタカを活かすものだった。
イタズラの謎解きをするなら、ハルユタカのよさがもっとも活きるのは、湯河原から送ったものではなく、フレッシュな躍動感のあるスープだということではないのか。
淡麗でありつつ、鶏の力強い香りも表現されていたのだが、自家製粉した全粒粉も加えたハルユタカ100%の細麺は、やわらかでありながら、自身も濃厚なミルキーさや力強いコクによって応えていた。
特に、食べ進んだとき、小麦がスープに溶けてくると、鍋の締めで食べる煮込んだラーメンをほうふつとさせるぐらい、香りがむんむんししていた。
そこにも飯田さんの狙いがあり、あえてスープを少なめに、麺の量を多く入れることで、”ダシ”としてのハルユタカを感じてもらおうとしたのだ。
実は、小麦生産者が、自ら作った小麦を食べる機会は多くない。
なぜなら、ニンジン農家が畑から採ったニンジンをそのまま口にできるのとは異なり、小麦は製粉会社や、ラーメン屋さんのような職人の手を経なければ、味わうことはむずかしいからだ。
しかも、この日のような小麦の個性が余すところなく表現されたラーメンとなればなおさら。
飯田さんは、急遽思いついて打ったという生麺を、おみやげとして生産者全員に渡した。
お父さんの仕事のかっこよさを生産者の家族にも知ってほしいという思いからだ。
帰り際、ある生産者の目に光るものを飯田さんは見たという。
会場には終始あたたかな雰囲気が流れていた。
立ち上っていた湯気のせいばかりではない。
この講演会のタイトル通り、ハルユタカはラーメンとなって改めて人との繋がりを紡ぎ、生産者からJA、製粉会社、ラーメン職人へとつながる見えないつながりを浮かび上がらせていたからだろう。
NPO法人新麦コレクション
パンラボ公式
]]>発表と同時にぜんパンラボキーホルダーの胸を熱くさせているこのプロジェクト、ついに初号機を設置!
その場所とは!
ジャーン!
いまいちばん旬な場所、11月1日より虎ノ門ヒルズにオープンしたBEAVER BREAD BORTHERS!(パチパチパチ)
あの有名デザイナー片山正通氏が手掛けた超おっしゃれーな店内に置かれているというのけ?(CV:アミダババア)
シニャモンロールほしさに思わず5回まわしてしまう人が出るなど、ヒルズ族のみなさま、港区女子のみなさま、もしくはその他の族のみなさまの間で人気爆発中らしい!!
マンガ化されカルト的人気を誇ったクロックムッシュ氏!
キーホルダー未発売の新麦たぬき!
そして、新キャラクターのシニャモンロールはシナモンロールとネコが合体した新時代のウナギイヌ!
不肖、私がモデルとされるバゲットを持つ男!
そして、イギリスの貴族はティータイムにきゅうりサンドを食べるという聞き齧りが暴走、勘違いのまま訂正されることなくイラスト化されたキュウリー夫人まで!(いや、別の勘違いもごちゃ混ぜになってますけど!)
11月 BEAVER BREAD BROTHERS(東京・虎ノ門)
とパンラボガチャ筐体が全国縦断ツアーの旅に出る予定!
お近くの方は楽しみに待っていてください!
全国でみなさまにガチャっと回してほしい。
そのためには、ぜひたくさんの方に置いていただきたいです!🙇
1カートン200個単位でお買い上げいただけます(掛け率50%)
]]>
パンラボYouTube
巨匠・志賀勝栄シェフ、シニフィアンシニフィエ世田谷本店での最後の仕事。[ASMR]
ASMR動画で現場そのものの音声をお届けしており、私のナレーションは入らない。
ただ、カメラを構えながら無言で呟いていた心のナレーション、もしくはカメラの前以外で志賀シェフに教えていただいたことを書き記したい。
0:10 志賀シェフの背中
厨房で実際の志賀シェフを見たときの凄み、もしくは不思議な違和感。
それを顕著に表すのは背中だ。
長老、あるいは導師然とした顔つきに比べ、背中は驚くほど若く、30代の青年に見える。
実際に動き出せば、ますますその印象は際立つ。
誰よりも機敏に、厨房に足を踏み入れた夜の9時から翌朝までひと時も休まず、動き続ける姿はアスリート。
1955年生まれ。
だが、30代のときから体力が落ちた自覚が一切ないという。
「厨房でパンを作ること自体がトレーニング」
パン職人になった日から厨房では常にフルスロットルで動きつづけたからこそこの肉体が維持されているのだ。
0:15 生地の入れ替え
厨房に入るなり最初にドウコンへ向かい、生地の状態をチェックする。
志賀シェフの作る生地は、自家培養の発酵種、もしくは超低イースト。
甘く、口溶けよく、香り豊かである引き換えに、酵素によって毎日生地の状態が変わるパンになるかぎりぎり。
早番のスタッフが仕込んだ生地の状態を見て、瞬時に焼き上がりまでのプランを立て、ふさわしい発酵温度にするため、生地を入れ替えたり、移動させたりしているのだ。
25:56 パンドミの押し丸め
ホップ種など自家培養した発酵種のみでイーストを使わず、また副材料も加えないという、ボリュームを要求される食パンとしては高いハードルを自らに課す。
それをどのように超えるか?
秘密のひとつは缶に生地を詰めるときの押し丸め。
志賀シェフの師匠、福田元吉氏から受け継がれたテクニック。
それは、さらに福田さんの師匠、ロシア・ロマノフ家の宮廷料理人であったイワン・サゴヤンから伝わったものだ。
手つきはあまりに手早く、普通の丸めと見分けがつきにくいが、生地がスムーズに上方向へと持ち上がるよう、一瞬の動きで畳み込んでいるのだ。
34:58 掃除
夜から翌朝まで、その10時間超の仕事の中で、何度掃除を繰り返しただろう。
麺台やオーブン、水回りは無論。
床は掃除機だけではなく、拭きあげる。
機械の下や天井まであらゆる場所を。
培養する発酵種に雑菌が入らないようにするため必要だという。
あるいは、小麦粉は匂いが吸着しやすいため、厨房をうつくしく保てばパンの味もクリアに保たれるだろう。
スタッフだけでなく、志賀シェフ自身も、この地道な仕事を行う姿は、派手な仕事よりもかえって感動的だった。
47:15 発送作業
オーブンから出た熱々のパンはすぐさまショックフリーザーに入れられ冷凍、焼きたての香りが封じ込められる。
発送作業はスタッフさんがやられるのかと思っていたら、レストランなど卸先への発送は、志賀シェフ自身が行うのだ。
ぴかぴかの包装材を用い、箱のふたを止めるときのテープさえ狂いなくまっすぐに。
「こういう細部こそブランドの価値が宿るんです」
52:00 粉を落とす
オーブンから出たパンに丹念にブラシをかけ、余計な粉をすっかり落とす。
これもシニフィアンシニフィエとその出身者ベーカリー以外であまり見ない光景だ。
シニフィアンのパンの多くは高加水。
生地は扱いにくく、スリップピールや炉床にくっつかないよう多くの手粉を必要とし、役目を終えたら取り除かれるのだ。
「この粉はパン職人のためのもの。お客様のためのものではありません」
1:02:21 厨房を出る
夜を徹した仕事のあと、まるで疲れも見せず、志賀シェフは去っていた。
あふれる朝日の中へと。
志賀シェフの「パン作り」はこれで終わりではない。
90歳、100歳までパンを作り続けるためランニングし、常識にとらわれない思考を得るため宇宙物理学や生命科学の本を耽読する。
ECサイトへと移行、聖地世田谷ラボは一旦閉じたものの、それはおそらく次なる驚きへの跳躍台だ。
シニフィアンシニフィエ公式ECサイトはこちらから。
https://www.instagram.com/signifiantsignifie_official/?hl=ja
サイトのリニューアルが完成、パンの販売が再開された!
伝説は終わらない。
5月24日、アルペなんみんセンターにいる難民の方、ボランティアの方、そして近隣の方合計150人もの方に、飯田さんはラーメンを振る舞った。
それに先立つ4月19日、なんみんセンターにいる方々のためにプレイベントとしてつけ麺を振る舞った。
それは、本店で決して出ることのないコラボの麺だ。
スリランカから来たリヴィさんは、カレー作りが得意だ。
お母さんから受け継いだチキンカレーは、ガチのスリランカカレー。
リヴィさんのカレーをみんなで味わったあと、いよいよ飯田商店のつけ麺が出てくる。
飯田さんは、はじめて食べるリヴィさんのカレーを使って、即興で作った。
澄み切ったダシを入れ、スパイスや調味料を目分量で足し、炭火で焼いた鶏をのせる。
リヴィさんのカレーから取り出したじゃがいもや玉ねぎなどの具材を切ろうとした弟子をこう言って制止した。
「切り刻むんじゃねえぞ。具材がごろごろ入っているのがリヴィさんのカレーの特徴なんだから」
私はイエローナイフ(浦和)で買ったカンパーニュを提供したのだが、スライスするときに出たパンくずを拾い集めて、自分が持ってきたオリジナルスパイスを合わせてデュカを作り、それを麺の上に振りかけて即興で私とさえコラボしてしまった。
こうしてできてきたカレーつけ麺は、リヴィさんのカレーであるにもかかわらず、同時に飯田商店の麺でもあるのだった。
舌触りのなめらかさとやわらかさと弾力をあわせ持ち、スープには透明感があり、なにより、一口食べたらもう一口となり、食べ終わるまで息をもつかせないあのやみつき力を持つまぎれもない飯田商店ならではの。
食事のあと、リヴィさんがスリランカ流で淹れたチャイを振る舞ってくれた。
リヴィさんはそのとき腕にある銃創(銃弾でできた傷)を見せてくれた。
約20年前、大統領の警護を行っていたとき、反政府組織に銃撃を受け、日本に逃れてきた。
リヴィさんは正確にいえば、難民ではない。
難民認定の申請を行なっているが、20年間ずっと認められていない。
難民として認められなければ、仕事もできないし、移動の自由もない。
人との関わりが少なく、自分が誰かの役に立っていると実感することがむずかしい。
「20年間、NO LIFE」とリヴィさんは言った。
難民の方に対する先入観は壊れていった。
5月24日はいよいよ本番、近隣の人も招いて、150食のラーメンを振る舞う日だ。
予約サイトも瞬殺してしまって予約が取れない、食べようと思ってもなかなか食べられない飯田商店のラーメンを無料で振る舞ってしまう。
飯田さんの呼びかけに応じて集まった、Ramen Feelの渡邊大介さんや、雪ぐにの柴田雅大さん、麺ふじさきの藤崎みづきさん、そして次回参加のための視察に肉山の光山英明さんも訪れ、さながらオールスター状態。
提供したのは、宗教上の理由で豚肉を食べられない人にも食べられるように、鶏と昆布のダシのしょうゆラーメン。
食べた人は口々に「こんなおいしいラーメンはじめて食べた」などと言い合っていた。
それでも、お店ではない慣れない環境で作ったこともあって、飯田さんは自分のラーメンに飽きたりていないようだった。
「鰹節のダシも入れたほうがいい」
鰹節の酸味によってキレを出し、味に広がりを生むというのだ。
昆布ダシは横に広がるコクで、鰹節は酸味を含むタテのコクだという。
飯田さんは、そんなふうにを頭の中で味立体映像としてモニターし、おいしさを組み立てている。
だから、出会った素材や、先日のリヴィさんのカレーのようなイメージから、自由自在に食材を組み合わせて新たなラーメンを創造し、かつ誰もがものすごくおいしいと感じられる飯田将太ならではの一杯に昇華できるのだ。
私は前回もお持ちしたイエローナイフのカンパーニュやモラセス(糖蜜のパン)に加え、鎌倉のブレッドイットビーのカンパーニュをスライスして提供した。
ウクライナからきたイレナさんにこう言ってもらったからだ。
「うれしいうれしい。このパン、ウクライナで食べてたパンと同じ。日本にきてからずっとウクライナのパン食べられなかったからとっても幸せ」
日本のコンビニやスーパーのパンがどれも甘さで味付けされてふわふわしているのに対し、ウクライナのパンはルヴァンのような発酵種で作られたハード系が主流であるらしい。
イレナさんは、昔、お母さんが作ったパンケーキを3年ぶりに食べたとき、おいしすぎて泣き出してしまったことがあるという。
パンケーキといっしょにそれを食べていた小さい頃の思い出が次々とフラッシュバックしてきたのだろう。
そのあと数時間、口に残った余韻と思い出に浸ってぼーっとして過ごしたという。
そんなふうに思い出とつながった食べ物を口にし、琴線が振れると、感情があふれだすのが止まらなくなってしまうというのだ。
イレナさんは特別かもしれないが、たしかに食べ物にはそうした力がある。
難民の方々が予想以上にもりもりとパンを食べてくださってうれしい驚きだったのだが、パンはヨーロッパはもちろんアジアでもあらゆる国にあって、誰もが思い出を持っている共通語だと体感できた。
飯田さんは、この難民キャンプでのボランティアをきっかけに、いずれは世界を飛び回って世界中の人に食べてほしいと思っているそうだ。
ラーメンを食べたことのない人が、飯田商店のラーメンを食べて泣く。
そのときラーメンも世界の共通語になるだろう。
…すいません! すぐ謝っちゃいますが、かっこつけてパンを食べたいだけの敷居の低いイベントです!
BEAVER BREAD割田健一シェフに抹茶に合う特別な食パンを作っていただき、目の前で最高の状態にトーストし、みなさまに食していただきます。
今回の場所は、前橋に誕生して話題のアート・デスティネーション「白井屋ホテル」(世界的アーティスト杉本博司が設計した空間!)。
どんな食パンが出るか(季節のアレ入り)、どんなふうに焼くか(パンクラブひのようこさんが特別な器具で焼く)、どんなふうに食べるか(特別ななにかをかける)…すべてお楽しみでということでお願いします。
前橋、ちょっと遠いかもですが、割田シェフ監修「白井屋 ザ・ベーカリー」も行けますし、そのほかおいしいパン屋さんもいろいろあるので、パン屋巡り兼ねてぜひおいでください。
↓以下公式告知
⾃他ともに認める「パンギーク(パンおたく)」パンラボ池⽥浩明⽒と表千家講師⻑⾕川葉⽉⽒によるパンと茶の湯のマリアージュ「パ道(ぱどう)」を開催します。全国のありとあらゆるパンを⾷べ歩き、パンに関する著書も多い池⽥浩明⽒がパンを茶会のお菓⼦にみたて、⻑⾕川葉⽉⽒がたてる⼀服の抹茶と楽しんでいただく粋な会「パ道」です。
パンは⼈気店、東京東⽇本橋のBEAVERBREADの割⽥健⼀⽒が監修する「⽩井屋ザ・ベーカリー」から焼きたてのものを池⽥⽒が選びます。参加者のみなさまには、⽩井屋ホテルのツアー、池⽥⽒のパン談義、そして茶の湯体験をお楽しみいただきます。パン談義を開催するのは現代美術作家の杉本博司⽒と建築家の榊⽥倫之⽒による新素材研究所が設計した唯⼀無⼆の空間です。茶の湯体験は、旧⽩井屋時代の最後の⼥将が愛⽤した茶室を移築したホテル内の茶室で⾏います。ホテルのアートツアー、それぞれの空間探訪もパ道への通過儀礼として興じられるひとときです。
予約・詳細ページ
(下にスクロールして「パ道」囲みご覧ください)
割田シェフ監修「白井屋ザ・ベーカリー」はこちらで予習をお願いします。
]]>
去年の夏、北海道の小麦生産者さんを訪ねたときのこと。
小麦畑を見て、生産者さんと話したあと、なぜ国産小麦はおいしいのか本気で解き明かさなきゃだめだと猛烈に決意したのです。
いきなりすぎるので、ちょっと説明が必要ですね。
パンの感動とは、素材の感動である。
これは揺らぐことのない僕の信念です。
そして、パンの素材といって、まず第一にあげられるべきは小麦です。
小麦の品種はそれぞれ個性を持っています。
食感の元となるのは、グルテン、でんぷんの質。
風味の元となるのは香り成分、アミノ酸、糖。
これらの量やバランスによって品種の個性は生まれます。
たとえば、最近流行りのスペシャルティコーヒー。
カフェに行ってメニュー表を見ると、「エチオピア ピーチ」「タンザニア ベリー」とか各産地の個性をフルーツやナッツの香りにたとえて表現してますよね。
ワインも、ありとあらゆる食べ物などに例えて香りを表現する体系が作られ、ワイナリーや品種や各年度のヴィンテージを評価・格付けしています。
そうすることによって市場や流通が確立され、おいしいものを作ろうという各生産者のがんばりは正当に評価され、報われるわけです。
ひるがえってわが小麦。
みんなで取り合いをするほど希少で人気のあるキタノカオリ(北海道の品種のことです)でさえ、なぜそれがおいしいのかは科学的に解き明かされてはいない。
こんなことで、がんばって小麦を作っている生産者さん、小麦を生み出す自然の営みに報いることができるだろうか。
ライターとして言葉はいろいろ紡ぎ出してきたものの、体系化はまだされていない。
いや、「まだ」じゃないだろう、おまえが「いま」やるんだ。
そんな感情が、小麦畑であふれだしてきたわけです。
北海道から帰ってきた僕は、「クロマトグラフィ」という分析装置を持つ研究機関を探し当て、成分分析に着手したのです。
小麦を試験管に詰めて、この分析装置にかける。
モニターに出てきた結果は、ちんぷんかんぷんなカタカナとか分子記号の羅列。
一体どう読み解けばいいのか最初は途方に暮れましたが、教えてもらったり調べたりしているうち、ぼんやり見えてきた、香りが”可視化”された風景。
この10年パンを食べまくって暗中模索してきたものの答え合わせでした。
たとえば、福岡県八女市の梅野製粉石臼挽きミナミノカオリ。
僕はこの小麦を「お茶のような」と表現してきました。
パンの皮はほうじ茶、パンの中身は緑茶。
「八女だからかな?」なんて冗談を言っていたのですが。
他の小麦の追随を許さないほど、アルデヒド系の成分に満ちていたのです。
アルデヒドは様々な香りを呈しますが、その多くは草のような青っぽい香り。
まさにテイスティングの印象と一致したのです。
熊本県菊池市の東博己さん(Lonowa)のニシノカオリ。
三重でも栽培されるニシノカオリに特徴的なのは、国産小麦離れしたフランス産小麦のような香り。
バゲットにうってつけなのがこの小麦です。
分析結果にずらっと並んでいたのは、アーモンドやらくるみやらナッツのような香り。
まさにフランスのバゲットが持っている香りではないですか。
結果を読み解けたときは、背筋がぞくぞくしました。
ただの印象でしかなかったものが次々と可視化されていく。
国産小麦の魅力を多くの人に伝えていけるのではないか、そんな手応えを感じたのですが、いちばん解読に難航したのは、僕にとって(そして多くの人にとって)もっとも特徴的であるはずのキタノカオリでした。
キタノカオリのもつ甘い香りを僕は「バター」「ミルキー」「フルーティ」「コーン」こんな言葉で表現していました。
「国産小麦ってこんなにおいしいんだ」
食べた人がみんなそう思えるような、わかりやすいおいしさがあります。
ところが、香りの成分分析をしたときはごくごく平凡だったのです。
比較対象のためにいっしょに分析していた、どこにでも売っている小麦粉とほとんど変わりません。
この結果にはショックを受けました。
僕が感じていた風味はなんだったんだろう。
精度が十分ではないのではないか、なんて機械のせいにしたりもしました。
平凡であるということが知られたら、わざわざ栽培のむずかしいこの小麦を作ってくれる生産者は少なくなるかもしれない。
大好きなキタノカオリに自分が引導を渡すことになるのではないか。
自意識過剰な使命感からそんなことさえ考えたものです。
研究所に持ち込んだホームベーカリーでキタノカオリのパンが焼き上がるとき、まるで桃のような甘い香りがしていました。
僕は思わず「これ!これがキタノカオリなんです!」と研究員の方に口走ったものです。
ここにキタノカオリじゃなきゃありえないようなすごく甘い香りがある。
でも、それは成分として記録されない。
なぜなんだろう。
けっこう悩みました。
ガスクロマトグラフィによって分析できるのは”香り”ですが、もうひとつ”味”を分析する装置「液体クロマトグラフィ」もあります。
こちらの分析結果は遅れて判明。
キタノカオリ(北海道本別町・前田農産)の味に2つの特徴があることがわかりました。
ひとつはアミノ酸が極端に少ない。
これも凹む結果です。
アミノ酸といえば、味の素の主成分であるグルタミン酸に代表されるような旨味の元です。
それが少ないっておいしくないとしか言えないですよね…。
研究所に通いはじめてから半年後、いちばん遅れてわかったのが糖の分析結果。
キタノカオリはずば抜けて麦芽糖が多かったのです。
そうか、やっぱり甘いのか!
この結果には思わず膝を打ちました。
ここまでの分析でわかったことをまとめると
・香りの成分が少ない
・アミノ酸が極端に少ない
・糖が多い
…この3つの特徴からどのような仮説が導き出せるでしょうか。
パンを焼くと「メイラード反応」というものが起こります。
ステーキで考えるとわかりやすいのですが、肉の中の糖分とアミノ酸がフライパンの熱によって反応し、褐色の焼き色がつきますよね。
これがメイラード反応で、たくさんの香り物質が生まれ、おいしさの元となります。
パンの皮もこういう状態です。
香りの物質はたくさん生まれたけれど、アミノ酸と糖が結びついてしまった結果、糖は失われてしまうわけです。
キタノカオリの場合、糖はたくさんあるけれどアミノ酸はちょっとです。
すると、メイラード反応はちょっとしか起こらず、焼き上がったあとも糖が残った状態になるのではないか。
つまり甘くなるということ。
しかも、香りの成分が少ないので、糖の甘さを、雑味に邪魔されることなく、クリアに感じられる。
キタノカオリのおいしさとは香りではなく、甘さだったということ。
前述したように、僕はキタノカオリについて「バター」だとか「コーン」だとか「桃」だとか表現していました。
でもそれは本当にバターやコーンや桃の香りの成分がそこにあることを意味してないのです。
僕はいままで食べたものの中で、自分が感じている香りに近いものを”例えとして”引っ張り出していただけ。
それを自分で真に受けていた。
幻影を追っていただけなのではないでしょうか。
(前述したミナミノカオリの「お茶」やニシノカオリの「ナッツ」もすべてこの類いです)。
もうひとつの幻影。
それは、「多ければ多いほどおいしい」という錯覚です。
キタノカオリの検査結果を見たときショックを受けていたのは、香りもアミノ酸も”少ない”からです。
おいしいものは”多い”のだと、勝手に思い込んでいただけ。
むしろ、キタノカオリのおいしさとは、少なく、研ぎ澄まされていることにある。
もし人間が(いや僕が)自分の好きなように小麦を作るとなったら、糖分もアミノ酸も香りも欲張っていっぱいにするでしょう。
でも、奇跡のようにおいしいキタノカオリはそういう小麦ではない。
Less is more。
キタノカオリの賢さというのは、人間のもっと先を行っている。
キタノカオリがあるからそれに気付ける。
小麦のおいしさは、人間が作り出すものではなく、小麦が教えてくれるものだったのです。
ここに書いたことはあくまで仮説。
正解でもなんでもない。
リアルパンラボの途中経過です(しかもまだ序の口)。
データとともにみなさまに確定したことをお知らせするのはまだ先のこと。
それまでは話半分に聞いてください。
PVを作っちゃいました。
今日は、パンラボ池田が理事長を務めている新麦コレクションのお話し。
平山哲生(パンストック)、平子良太(アマムダコタン)。
福岡から日本のパンを変えていく二大人気シェフのコラボが実現した「新麦プレミアム講習会」。
福岡の大人気店平山シェフがパンを作り、平子シェフがタルティーヌに仕立てる!
現在、麦フェスサイトにて絶賛公開中です!
講習内で作ったアイテムは実際におうちに届きます!
パン、そしてソース、さらにはいくつかの素材も同梱されているので、おうちで映えまくりのパンを再現することができます。
?手ごねのコツを惜しみなく伝授!...ミキサーのないご家庭で作れることはもちろん、少量でも効率的に作れる手ごねはプロも知っておくべきテクニック。バゲットの名手・平山シェフがワンレベル上のコツを伝授します。
?国産小麦で最高のバゲットを作る魔法「湯ゲル」...国産小麦のバゲットは歯切れが出なくて、、そんなことを感じたことはありませんか? 湯ゲルを使う製法なら、クラストの割れは抜群、しかも甘さ・風味ともにぐんと持ち上がります。
?8/10解禁の九州産小麦使用...大陽製粉「みなみの新麦」、熊本製粉「Premium T」、ろのわ「有機ミナミノカオリ」、梅野製粉「水車印」。4商品の個性を見事に活かした4アイテムを披露します。
?捨てるなんてもったいない!ロスパンの再利用術...ロスパンをリサイクルして販売する「サステナブレッド」を実践する平子シェフ。残ったパンとは思えない映えまくりのパンに変身します!
?インスタ映えならおまかせ!見て楽しく、食べておいしいレシピ…Instagramフォロワー12万人の平子シェフが、映えるパンを作り上げる一部始終を見ることができます。
?わからないことは質問しよう!オンライン質問会を開催…オンライン質問会に平子シェフ、平山シェフが登場。商品つきセットお買い上げの方のみが視聴できる特典です(9/13開催予定、後日、視聴可能)。わからないことがあったらなんでも質問してください。もちろんご視聴のみも可能。見逃した方は後からご覧になれます。
.
すごいところが多すぎて、ついつい文字量が多くなり、申し訳ありませんm(__)m。
「このパンがすごい!」
https://www.asahi.com/and/serialstory/konopan/
パンを食べまくる中で出会い、「すごい!」と思ったパン、旬な店、名店を書きつづけてきました。
それをすべてまとめた地図がこちらです!!
つまり池田おすすめの店が一目でわかっちゃう地図です!
日本中のパン屋が300軒近く載ってます。
おでかけの際「この辺においしいパン屋ないかな?」と思ったときにはこの地図を見ていただけば最寄りの名店がすぐにわかります。
家の近所で探してみるのもOK。
ぜひぜひご活用ください!
]]>
https://www.youtube.com/channel/UC_CieXWWq0V-Crbrj6cvG_w
12年以上パンラボをやっていますが、動画に取り組んだのははじめてです。
僕はライターという仕事に異常な執念を燃やしているゆえ、今までは書くこと(及び写真)でパンを表現してきました。
ただ、だんだん「字を読むより、見たり聞いたりのほうが好きな人って多いんだなー」と思うことが多くなり、動画もやっちゃおっかなーと出来心が芽生えた次第。
書き言葉から話し言葉へと変わりますが、常々申してまいりました「言葉のパンを焼きたい」という初志は不変。
自分の心が動いたことに突っ込んでいって、読者/視聴者のみなさまの心を動かしていくスタイルはなにも変わらないのです。
これからは読むだけでなく、お耳でもお楽しみください。
珍プレー好プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=ECGYkwsD2B8&t=348s
https://www.youtube.com/watch?v=C2R45rIV9-M&t=341s
元吉本芸人・nichinichi川島シェフと軽快にパン漫才。
試行錯誤中ゆえ、いろいろ不手際もございますが、成長過程も見てやろうぐらいの広い御心で見守っていただけると幸いです。
P.S. ロゴは堀道広画伯です。
]]>
3月13日に発売された『池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん』をはじめとするパンラボ池田の著書はじめ、話題作、隠れた名作などなどパンの本がずらーっと集められた本屋のパン祭りです!
本を買ったらうれしいサービス。
パンのカバーをつけた本に、野菜やハムの栞(しおり)をはさむと、ほら、本のサンドイッチが完成!
イベントなどに出店する神出鬼没のパンの本屋さん〈836〉が制作した特別な「パンのブックカバー」と「具の栞」なのです。
『僕が一生付き合っていきたいパン屋さん』に掲載されている錚々たるパン屋さんが、ご自身の本を自分でおすすめしたポップも登場!
さらに、うれしい連動企画も!
期間中、『僕が一生付き合っていきたいパン屋さん』をはじめ池田浩明の著書を買った方は、公園通りをさらに上がったところにある、池田監修のパン屋〈hotel koé bakery〉でレシートを見せれば、パンやイートインメニューがなんと20%OFFになるという太っ腹!
お近くに来た際には、ぜひ〈HMV&BOOKS SHIBUYA〉〈hotel koé bakery〉にお立ち寄りください!
開催場所:HMV&BOOKS SHIBUYA 6階
開催期間:2021年3月13日(土)〜4月12日(日)
連動企画実施店:koé lobby 渋谷店 / hotel koé bakery
協力:パンラボ 池田浩明さま、柴田ケイコさま、マガジンハウス、角川書店、ニジノ絵本屋、TheWorthless
デザイン全体担当:JAROS / Instagram : jaros.tokyo
カバーデザイン協力:Kino Koike、katomari illustration、proshirout
企画:ポンコツ堂 / HMV&BOOKS SHIBUYA 前田智栄
〈836〉とは
大きな本屋の片隅でこっそり生まれたちいさな会社〈ポンコツ堂〉が出店する、本とサンドウィッチの架空のお店。
]]>
Hanako特別編集 池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。 (マガジンハウスムック Hanako特別編集)
本日発売されました!
149軒のパン屋への思いを記し、阿部ケンヤさんの写真とともに掲載しております。
BS朝日「パンが好きすぎる!」
毎週土曜10時30分から放送中!
ひたすらパンを食べ、パンを語り合う!
パンラボそのもののような番組です!
ぜひご覧ください!!
]]>
職人インタビューとは:
ひとりのパン職人に焦点を当て深堀りする。
生い立ち、パン職人を志したきっかけ、経歴、思い出のパン、衝撃を受けたパン、パンの開発秘話、お店のこと、生産者への思い、現在地、未来像まですべてを語ってもらう。
パンラボblogで一番人気を誇った「職人インタビュー」。
レジェンドが多数登場し、パン職人としての生き様に焦点を当てるロングインタビューが、インターネットを使った双方向のライブ中継「パンラボonline」で5年ぶりに復活します。
パン職人の素顔が見られる、自分で質問できる、ノーカット、距離も関係なし!
パンラボ池田浩明が、注目のパン職人に、根掘り葉掘り聞きまくります!
第1回は、SHŌPAIN ARTISAN BAKEHOUSEの平山翔シェフ。
パンシーンに地殻変動を起こしている「国産小麦の世代」の先頭ランナー。
西海岸や日本の最先端の技術をキャッチアップしつつ、過去にとらわれないしなやかな発想で「やさしいパン」を作りだす人。
那須に軸足を置いて、地元の食材を使用。
東京中心から地方へとパンシーンがシフトしつつある現在のトレンドを象徴する存在でもあります。
日時
6/28(日)18:00〜19:30
使用媒体
ZOOM
チケット購入者にURL・IDとパスワードを送付
(はじめての方でも簡単なアプリです)
料金
1000円(+税)
チケット発売
新型コロナウイルスで被害に遭われたすべての方に、お見舞い申し上げます。
パン屋に行けないいま、ぼくも巣篭もりしてパンを食べています。
毎日もりもり食べています。
家に閉じこもってパンを食べるのもいいもんだなあと思う一方、なんだかむずむずしてきました。
外出もしない、イベントもしない、人にも会わない。
そんな毎日がつづくと、「みんなといっしょにパンを食べたい!」「パンの話をしたい!」という気持ちがぐんぐんふくらんできす…。
外には出られないけど、いまはネットがある!
同じ気持ちの方、オンラインでいっしょにパンを食べませんか?
ぼくもパンの話をします。
あなたの話も聞かせてください。
(聞くだけがいい人は、フォームのいちばん下「伝達事項」欄にその旨ご記入ください。)
ZOOMを使ったオンラインでのトークイベントです(パソコン、スマホ、タブレットで簡単に参加できます)。
時間になったら、みんな思い思いのパンをもって、パソコンやスマホの前に集合してください。
近所で買ったパン、通販で買ったパン、自分で作ったパン、コンビニパン、冷凍庫の奥から発掘されたパン、なんでもOKです。
カメラを通じてあなたのパンを見せてください。
よかったら、そのパンについて話をしてください。
パンラボONLINE『こんなときだから、パンの話をしよう。』
日時 5月17日(日)13:00-14:00(開場12:30)
参加費 無料(特別料金)
出演 池田浩明 / pansuki harapeko cyclist SHO
最大定員 40名
お申し込み
https://ssl.form-mailer.jp/fms/d008f9be664485
(募集は終了しました)
pansuki harapeko cyclist SHO
パンを食べる会などを主宰。異常に人なつっこく友達を作るのが大好きという、池田と真反対のキャラでパン界隈をさわがせるニュースター。
Instagram https://www.instagram.com/pansukiharapekocyclist/
*当日開始時間までに、ZOOMのダウンロードなどの準備、操作可能かどうかのご確認を済ましていただくと、スムーズに参加できます。
*ZOOMは「壁紙」機能で部屋を映らなくすることもできます。
*はじめてでZOOMの操作に自信のない方は、12:30に会議室にお入りください。
設定のお手伝いをさせていただきます。
13:00のトーク開始以降は操作についての質問にお答えできないことがあります。
ご質問
ikedahiloaki(@)yahoo.co.jp
(カッコは外してください)
よろしくお願いいたします。
]]>