パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ひと粒の麦(たまプラーザ)
第10軒目
小さな店だから、中にはせいぜい一人しか入れない。
他のお客は寒空の下でも店の外で待つ。
その人たちの表情に待ちくたびれた感じはない。
番がまわってくれば、自分もまたお店の人とのコミュニケーションを楽しみ、パンを選ぶのだから。

薄いベージュと木の外観。
そのイメージ通りのパンが並んでいる。
このパン屋に焦茶色は存在しない。
パンの多くは焼き切らないクリーム色をしていて、皮はなくすべてが中身という風情をしているし、褐色の皮があったとしても、やわらかく焼き上げられている。

小さな店の中はやさしさと女性的な愛情で満たされている。
丸い、やわらかそうなパンは、まるで赤ちゃんのほっぺたのようだ。
陳列棚が一台しかないことは、愛情を込めて焼き上げられる分しか、シェフが決して焼こうとしないことを表している。

シェフはいう。
「おいしいパンを作るにはすごく時間がかかります。
低温で長時間、発酵させます。
塩と酵母がじっくりと熟成するためには低温でなくてはならなくて、高温ではうまみがでないのです。
そうするとたくさんはできません。
丁寧に時間をかけて。
ゆっくりじっくり。
タッタタッタ作ると、いいもの、おいしいものはできません」

あるいは、材料へのこだわり。
「一度おいしいパンを作ると、なにも下げられない、妥協できない。
時間も、材料も。
塩も砂糖もいいものを使っています。
いい塩はうまみがちがいます。
塩は微量しか使わないものなので、お客さんにちがいをどこまでわかってもらえるのか、わかりません。
でも、作り手はよくわかるのです」

食パン(360円)。
あこ天然酵母を使用した、この店の基本となる生地。
全体にクリーム色がかって、焼き切っていない。
ここに皮の硬さはなく、すべてがやさしい。
手に持っただけで、人の肌のような、ぷるぷる感がある。
見た目の印象と同じく、食べてみてもすべてが中身だった。
ひと噛み目から歯にくっついてくるほど、しっとりして、口になじみ、やわらかく沈み込む。
甘いけれど、おだやか。
それが噛むごとに少しずつ、はっきりとした輪郭を結んでいく。
それを確かめるために、噛んでいきたくなるような。
甘さとともに、天然酵母らしい渋みのある香りもそこはかとなくずっとしている。

牛乳生地ベースホワイトチョコレート(260円)。
この生地にホワイトチョコはきっと合うと思っていた。
にしてもそれ以上。
生地のやわらかさ、焦げのない生(き)の甘さ、口溶けのやわらかさ、おだやかな甘み。
どこをどう取っても、ホワイトチョコとこのパン生地は似たもの同士だ。
ホワイトチョコも、甘さに尖りがないし、脂っぽさもない。
生地がゆっくりと溶けるとともに、ホワイトチョコになめらかさにおいてもおいつき、2つが完全に同体になるとき、快感の頂点はくる。

おから(240円)。
おからとパンがこんなに合うものだということをはじめて知った。
大豆の甘さと小麦の甘さ。
2つの穀物は似通いながら異なる甘さのユニゾンを響かせる。
生地の甘さは、惣菜の塩気といっしょになることによって、ますます際立つ。
そして、パンの存在ゆえに、おからの味もまた、甘いと感じられる。
その他の野菜、ダシの味。
それらを複雑な甘さとして、ひとつひとつ触知する。
ありふれた惣菜の中の思わぬ豊かさを教えてくれた。(ぷ)

東急田園都市線たまプラーザ駅
045-904-0102
10:00〜13:00(売切れまで)
日・月・火・第一木曜休

#010


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旅ベーグルのベーグル
アールグレイとオレンジピール。


レーズン。


根津と千駄木の間らへんにある旅ベーグル
第5回パンラボ〜ベーグル〜でもお世話になりましたが、
お店を訪れたのは初めてです。

お店の住所を唱えながら道を少し間違いながら辿り着いたお店は
白くて清く正しく安全な雰囲気。
扉を開けると当然のように(実際当然なのだけど)ベーグルが並んでいて
安心感でいっぱいに。
包装されたベーグルが湯気でくもって触ると温かい。
そのままお店の外で食べたい衝動を抑えて(たぶん抑えなくともよい)帰宅。

まず温かさの確認。
(うむ、まだ温かくてうれしい)
次につなぎ目を外してみる。
(ソフトな触感なのですぐに外れる、なぜか外せそうだと外してみたくなる不思議)
そしてちぎって食べる。
(しっとりもちもちしているけれど顎が疲れるほどの弾力は無く、それが良い)


ベーグルは食事と思っていたけれど
特にこの"アールグレイとオレンジピール"はおやつとして食べてしまいたい感じ。
ちぎりやすいから隣にいる人と分け合って食べることだって簡単で、
本当は「明朝に食べる用にしよう」とか思って買っても
たぶんそのまま「ま、いっか」と食べちゃう感じ。
そういうところが好きでした。【D】


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(冬の散歩)

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パンステージ プロローグ(たまプラーザ)
第9軒目

お昼時、この店にたどりつくと、ウッドデッキのイートインスペースで、たくさんのマダムたちがパンを食べていた。
空は高く青く、風もない穏やかな小春日和に、その光景は幸福に見えた。
かのドミニク・サブロンは、レストランを併設したパン屋を日本およびフランスで展開することになった、そのアイデアの源について、
「日本では、人びとはパン屋に食事にやってくる。フランスではこのようなことはついぞ見られない」と語った。
パン屋での昼食は、本家フランスをも凌ぐ、純日本的なパンの楽しみなのだ。

高級住宅地のマダムたちは、なぜ、ここにやってくるのか。
パン屋は日常の食べ物を買いにくる場所である。
と同時に、プロローグには、「ここにくればなにかに出会えるかもしれない」という、非日常のワクワク感をも求め、それを満たすものがいつきてもある。

プロローグの、あまりに品数豊富な陳列棚を見ていると、どれを買うべきか、思考不能に陥る。

サンドイッチだけでも、冷蔵ケース2つ分に、カスクートの棚は別にある。
サンドイッチ、あるいは惣菜パンで昼食をとり、あとはデザート。
そして、翌朝に食べるパンを買って帰る。

惣菜パン、菓子パン、デニッシュ、食事パン…それぞれにかなりの数が用意されている。

見たこともない新作パンも捨てがたいし、あんぱんのような定番でも、材料や見た目に工夫が凝らされ、いかにもおいしそうに見える。

この、ありとあらゆるパンを液種(ルヴァンリキッド)で焼く。
フランスで発展した方法だが、自家製酵母なのに、軽く、酸味がなく、甘いパンが焼ける。
ルヴァンリキッドを使って、ハード系のみならず、ふわっとした菓子パンまでをも焼く。
食べやすく、安全・安心感にもつながるこの方法は、郊外のパン屋にふさわしいコンセプトだと思う。

実際、私がこの店で特に好きなのは、菓子パンである。
パンの完成度も、素材の組み合わせもすばらしく、どれを食べても感心するばかりだ。

プチアップルカスタード(220円)。
まるごと1個のりんごのコンポートが中に入っている。
芯をくりぬいた部分にカスタード。
りんごのざっくりした食感を新鮮に感じるのは、丸かじりするからなのだ。
また、カットされていないからジューシーでもある。
やさしく、口との違和感がない。
嫌みのないカスタードの甘さ・卵味と、リンゴの酸味が、お互いを引き比べ、引き立てあう。
パン生地は薄く、まるで具材を包むためだけに存在しているようだけれど、やわらかさ、しっとり感、ぷりっと感を主張する。

ハニーロック(126円)。
いわゆる白パンに、バターとはちみつを塗る。
ただそれだけのものが、それがここまでおいしいとは。
最初ふわっとして、噛むとむちっとする生地を、歯で押しつぶす快感。
はちみつのやさしい甘さが、白パンの焼き切らない小麦味、むっちりした食感と絶妙にシンクロする。
自宅でもできそうな組み合わせだが、この白パンでなくては、決してこの味にならないだろう。

ピーナッツコッペ(147円)。
コッペパン、中でもピーナッツクリームが好きで、見るたびに買ってしまうのだが、これを食べたとき、「やっと巡り会った」感に襲われた。
ピーナッツバターとパンの甘さに、まるでつなぎ目が見えない。
両者は完全に一体化し、完璧な甘さを作り上げる。
コッペパンは理想的なやわらかさを持ち、私の歯に合わせ、私の意思通りに収縮する。
すなわち、噛む→沈み込む→ちぎれる→甘さを滲みださせる→溶ける、というすべての行程が実にスムーズに流れ、それぞれがまったく違和感なく進行するのだ。(ぷ)

東急田園都市線たまプラーザ駅
「虹ヶ丘営業所行」か「柿生行」バスで「保木入口」下車。
045-902-7879
6:00〜20:00
無休

#009


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満月の日に食べるパン
6.jpgパン・ア・ラ・クレーム


 月と菓子パン(石田千著、晶文社刊)に出てくるクリームパンを思い出す。
お月見の日にお団子を食べる要領で、
月を眺めながら丸くてつやつやしたクリームパンを頬張るもこれ一興。

ぷりぷりと口の中で暴れます。【D】


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(次の満月はいつかな)


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からくり時計のパンヤ(たまプラーザ)
第8軒目
たまプラーザ駅から走るバスは坂を何度も上り下りして、この一帯が丘陵地帯であったことを示す。
その丘の上、緑多い公園の前に、山小屋のような建物のパン屋がある。

「暗号名メバド」や「ルビーのささやき」といったユニークなパンの名前にばかり目がいき、この店のことを見誤っていた。
それは、お店の人がお客にする精一杯のサービスにちがいないのだけれど、そのためにこの店の真実を隠してしまっているところがあるのだ。

実は、からくり時計のパンヤの本領は、食事パンにある。
素材と素材を組み合わせて新しいレシピを作る想像力もすばらしいのだけれど、もっと重要なことは、シェフが奥深いパンの本質をしっかりとつかまえていることである。

シェフはいう。
「いちばん大事なのは発酵。同じ小麦粉、水、塩であっても、作り人によってパンがちがうのはそこ」
一瞬でしかない、最高の発酵状態を見極める極意について、
「曰く言い難し。みんな同じ顔に見える羊の群れの中から、一匹の羊を見分けるような」
あるいは、おいしいパンを作る秘訣について、
「パンにやさしくすること。疲れたら休ませて、気持ちよく仕事をしてもらう。人間と同じだと思えばまちがいない」

食パン(230円)。
この店の原点のパン。
最初に嗅ぐ、発酵の香りがとても澄んでいる。
味わいも、それを引き継いで、清冽である。
皮は、よそであまり見ないほどに厚くがっちりとして、よく焼き込まれていることを示す。
生地はなめらかで、かつしゃきしゃきとコシがあり、噛む楽しみを覚える。
はじめ、おいしい水を飲むような無色の味わいが数瞬間つづいたあと、小麦の甘さが湧き上がってくる。
それが嫌みなく爽快で、後味もすばらしい。

ライ麦のミッシュブロート(210円)。
ライ麦という素材にシェフはこだわりを持っている。
自家製酵母を手がけたのはそもそもこのパンを焼くためであり、その酵母はライ麦から起こしたものだ。
このパンを食べると、ライ麦が食べにくいという考えが変わる。
重層的な皮は、がしゅっがしゅっと音を立てて崩れ、崩壊した皮の内部から甘く香ばしい風が湧いてくるようだ。
中身はとてもなめらかで、しっとり、やわらかく、ぷりぷりしている。
噛んでいる間、渋みのある強い甘さがずっと発揮されつづける。
苦みの強さには好き嫌いがあるかもしれないが、ライ麦パンが苦手という人に食べてほしい。

ハムチーズサンド(210円)。
グラハム(全粒粉)を使った食パンのおいしさ。
サンドイッチにグラハムを使うことはときどき見られるけれど、このパンを食べたあとでは、それらが色あせて感じられる。
食べづらさはまったくなく、なめらかなのに、コクがしっかりとある。
ハムとチーズの2個入りだが、特に、出雲から直送されたペッパーハムを使ったほうが私は好きだ。
香りのあるグラハムと、ハムの薫製の香りとの相性抜群。
そして、粒胡椒や肉やマヨネーズといった、個性の強いメンツを、見事にパンが包み込んで、それぞれの特徴をうまく同居させる。

店の前にはイートイン用のテラスがあり、ドリンクのサービスがうれしい。(ぷ)



からくり時計のパンヤ
東急田園都市線たまプラーザ駅
「虹ヶ丘営業所行」か「柿生行」バスで「保木」下車。
045-903-9353
8:00〜19:00
火休

#008



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英国様式庭園でピクメック

2.jpg新宿マルイ本館の屋上でピクニッケ

1Fにあるル・プチメック東京のパンを買って、
8Fにあるスタバでカモミールティーラテをテイクアウトした。


3.jpg横笛を吹くようにして食べた、新作のミルクフランス。

ミルクの味が濃いクリームはバターのようなテクスチャーで、甘い。
リュスティック生地はとにかくみずみずしくて、
ずっと口の中に入れておきたい。
リスのように頬袋があったなら、このリュスティックを両頬に貯蔵し、
お腹が空いたら食べようと思う。

表面のチーズみたいなあの香ばしい匂いが屋上の寒い空気の中で際立っていた。


4.jpg新作のチョコ・コルネ。

バレンタインの贈り物にしてもいいのじゃないかと思えるほどに
身体が火照ってくるようなチョコクリーム。
言ってて違和感があるので訂正すると、チョコクリームというよりはチョコペーストというイメージ。
だから大切な人と一緒に、舌先で溶かし合って食べればいい。
多分おそらくきっとメイビー、そんなロマンティックな味わい方をしてもいいように
このチョコクリームは硬めに作られているのだという気がする。


1.jpg色々な座り心地の椅子が点在していて、感じのいい空間。

お弁当を食べている女性、
下の階で飲み物をテイクアウトしておしゃべりしている女性が2人、
植物を観察しながらメモを取ったり写真を撮影して話し合っている老若男女のグループ、
愛のようなものを語り合っているに違いない1組の若い男女。


5.jpg家でスープと一緒に食べた、パン・ヴィエノワ。
想像以上に弾力のある。


7.jpgじゃがいもパン。

じゃがいもキューブがところどころに入っている。
しかもツルツルというかウルウルというかそのキューブ自体も潤っているのだった。
柔らかく糸を引くようにもっちりとした食感に
私は久しぶりのパン・トリップをした。

毎日食べてもまず飽きることはないだろう。
買い置きしておきたい逸品。


8.jpg西新宿を見上げる。【D】


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(ピクニッケ+プチメック=ピクメック)


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穂の香(たまプラーザ)
第7軒目
パンと、それを作る人の人柄は密接に関係していないだろうか。
私が取材させていただいたときの吉田学シェフの印象は、自分自身では前に出たがらない、実直な方である。
そして、パンの陳列にもそれは表れているように思う。

あまり大きくない店の中に、ピタパン、フォカッチャなど世界中のパンが並ぶ。
ハード系を中心に、食パン・菓子パンもカバー。
中でもドイツパンは専用のスペースを確保するこだわりで、代表的な4種類が食べ方の説明とともに置かれ、地味なパンを守り、広めていこうとしている。
ヨーロッパへの視察旅行の成果である、各地の郷土パンもちらほら見えるのがうれしい。
それらにはアレンジが加えられず、基本通りに再現されている。
そうしたさまざまな美点が、師である、ベッカライ・ブロートハイムの明石シェフを彷彿とさせる。

ミルヒ(170円)。
三日月型のクレセントロールはドイツのパン。
堅く、かりかりに、水分を飛ばして焼かれ、口から唾液を奪う一方、みずみずしいミルククリームが潤いを与えていく、パンとフィリングの好一対。
特に、かりかりになった先端がとても香ばしく、がりっと崩れ去る食感も心地いい。
ミルクの甘さが舌に鋭く触れた瞬間をマックスとして、そこから糸を引くようにすーっと遠ざかっていく感覚が官能的である。

ベルリナーラントブロート(240円・1/4)
ライ麦65%、小麦35%のドイツパン。
オーガニックのライ麦を石臼で自家製粉している。
とてもしっとりして、ドイツパンの印象を覆してふわっとして、重すぎず、酸味も少なくて食べやすい。
ライ麦の風味は濃厚にあるけれど、当たりがやわらかい。
粒だったように溶けていく、独特の口溶けが印象的。
このパンに関しては、1、2日経って、やや水分が飛んで、風味が凝縮されたとき、特においしかった。

フーガス(260円)
目の詰まった硬い生地が薄く焼かれることで、みしみしとした食感を残しつつ、食べやすい。
適度な噛みづらさが、噛み破る快感を与える。
表面はかりかり。
生地の中からほとばしる、オリーブオイルの滲み出しがすばらしい。
オイルの風味と、具材のチーズ、じゃがいものハーモニーが抜群。

イートインできるカフェスペースもある。
そこに置かれた、希少なパン関係の本がずらり並んだ本棚を見て、またもシェフの研究熱心さ、実直さに出会うのだった。(ぷ)

pain fermier 穂の香
045-911-2987
7:00〜18:30
月・第1.3火休


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ペリカン 職人インタビュー取材を終えて

取材を終えて帰ろうとしたときだった。
渡辺さんが「散歩しよう」とおっしゃって、我々はそのまま渡辺さんに付いていった。


7.jpg小雨の降る浅草。
インタビューでは語られなかった話もする。

渡辺さんが写真ばかり撮り何も言わない私に気を遣って
「あなたはカメラマンなの?」と声をかけてくださった。
ブログのために撮影をすることがあると話す。
「どういう写真を撮るの?」と問われて「当たり障りのない写真」と答えたとき、
自分が渡辺さんを前にとても緊張していることを自覚した。


3.jpg長年ペリカンのパンを使用している喫茶店へ案内してくださった。


6.jpgピザトースト。


5.jpgホットドッグ。

ヨットや音楽や恋や映画や将来の夢や人間の声やファッションやお酒の飲み方のことなど、
話は尽きなかった。




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2.jpg取材から編集部に戻って間もなく、ペリカンのパンを焼いて食べた。

トースターをおもむろに設置してどんどん焼いていく。
編集部員は匂いにつられてトースターの前に群がり、食料配給のような列を作って
焼けるのを待った。


1.jpg取材を終えて、しばらく放心状態が続いた。

渡辺さんの言葉やその時の光景を反芻していたら、

興奮が収まるまでに時間がかかったのである。

職人さんの手を離れたパンからでさえ刺激を受け取っているというのに

その作り手である職人さんと触れ合ったことで

許容範囲外の刺激を受け取ったのかもしれない。


これから何人もの職人さんと出会うなかで冷静に対話をしていくためにも
刺激を受け止められるだけの勉強を続けなければいけないと強く感じました。

ペリカンの渡辺さん、ペリカンの皆様ありがとうございました。【D】


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(003をお楽しみに…)


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002. ペリカンの渡辺猛さん


人を虜にして放さない、ペリカンのパンの魔力について、2代目は、
「理由はわからないけど無性にあれが食べたい、(中略)その欲求の本質的な部分を探って、それに接近していくよう」でいて「さりげなく、細く長くおつきあいができるパン」と。
あるいは、「弾力と張力」という表現をした。
たしかに、ペリカンのパンのおいしさとは、弾力に加えて張力なのである。
歯が食パンの表面に当たり、押し切る瞬間に、張りつめていたものがたわむ。
生地が歯を押し返しながら、やさしく歯切れると、パンの味が滲みだしてくる。
決してすぐにではない。
じわじわと、「甘さ」という言葉で表現されるぎりぎりの、とてもあっさりした精妙な甘さがでてくる。
最初の甘さがなくなっても、別の部分から同じ甘さが現れ、それがなくなってもまた別の部分から甘さが現れる。
だから、いつまでも飲み込むのが惜しいような気さえする。
3代目の渡辺猛は、私が読み上げた父親の言葉を、目を伏せてじっと聞き取り、そしてしばらく考えたのち、自分の言葉に置き換えて、いった。
「自然とか、そういう言葉になっちゃうの。自然」


ペリカンは、食パン、ロールパン、バンズのわずか3種類しか置かない。
昭和24年の創業当時、あんぱんやジャムパンも売る「普通のパン屋」だったペリカンを、2代目店主は切り詰めた品揃えのパン屋として確立した。
昭和30年代から40年代にかけてのことである。
ペリカンはそれ以来まったく不動のように思える。
作り手でさえわからないほどの微妙な「変化」を感じとって訴える常連さんの期待に数十年にわたって応えてきた。
私たちは、雑誌のパン特集にのるパン屋に、「もっと新しいものを」と、移ろいやすい現在を求めて足を運ぶが、ペリカンにだけは変わらない過去を求める。
しかし、それは幻想に過ぎない。
「変わらないというのは嘘だよな。まず、粉とか素材が変化しているじゃん。バターも質が変わっているし。パンを焼く環境にしても、戦前は薪、それから電気、灯油、いまは都市ガス。製造装置も進化している」
変わっているにもかかわらず、まるで変わらない。
人びとの記憶の中のペリカンであるためには、むしろ変わりつづけなくてはならない。
「世代も変化しちゃってるわけじゃん。日本人の質が変化している。そこで昔と変わらないようにしてたら、潰れるぞ」


渡辺は浅黒い肌をしている。
いつもヨットに乗っているからだ。
ヨットを速く動かすには、風や波、そして潮の動きを、鋭敏に感じとらなくてはならない。
ヨットとパン作りには似ているところがあるという。
「いきたい方向にいけない。自分のいきたい方向にいくには紆余曲折しないと」
ペリカンとそれを取り巻く状況を、渡辺は固定したものとして見ていない。
パン屋が相手にするのは、客の記憶や感覚という移ろいやすいものである。
あるいは素材の生産条件や、設備や、経済という、パンを作るために必要不可欠なものも移ろう。
それら刻々と変わりゆく、必ずしも目に見えているわけではない、いくつかの変数を読みとり、複雑な連立方程式に最適の解を与えることが、ヨットの操作に似ているのだという。
時代は潮流のようにいつも流れているにもかかわらず、そこに浮かぶペリカンがまるで灯台のように、いつも私たちから同じ場所にあるように見えているとするならば、それは渡辺の巧みな操舵によるものだ。


時代を超えて多くの人びとの心を捉えて離さないペリカンのパンの魔術的なおいしさ。
それを確立した父に対する渡辺の感情は、アンビバレントなものだった。
「生きてるときは反発ばっかりしてたもん。合わないんだよ」
合わないと思っていた父の元でパン作りを学び、父の残した店を守り抜くことになった渡辺は、実は父親によく似た人なのではないかと、私は思った。
渡辺には、シンプルでありたい、さりげなく、自然でありたいといつも思う心の傾きがあって、言葉の端々にそれが現れる。
例えば、接客に関して、渡辺が心がけているのは、「いかに余計な言葉を重ねないか」「ひとつの言葉で別の気持ちも伝えられないか」である。
あるいは、私が「舌を満足させる」という言葉を使ったとき。
「舌を満足って、そこまでおこがましくないよ。あなたが一週間すべて通して、おいしかったって食事ある?」
ペリカンのパンはただそこにある、という感じがする。
ひとつの強烈な味を押しつけるのではなく、こちらから呼んだときだけ応えてくれる。
主導権は食べる側にあって、意識を働かせたときに、きっちりと、期待した以上のすばらしいものを返してくれるという感じがするのだ。
冒頭に書いた2代目の「さりげなく」という言葉に対する渡辺の解釈はこうだ。
「おこがましくないというか、さりげなくというのは、こっちから自分の存在をアピールするんじゃなくて、という感じじゃないのかな」
それはパンの味にとどまらず、わずか3つしか商品を置かないこと、あるいはまるでパン工場の軒先に棚とテーブルを置いただけ、といったたたずまいのうつくしさにもいえる。


渡辺が父に抱いていた複雑な感情は、死によって昇華された。
「親子ってそういうもんだと思うんだよね。死んでから、ああいい人だったなと」
ペリカンのパンに2代目の記憶が詰まっているように、浅草のいたるところに父の記憶は満ちている。
「町を歩いてもそうだよね。『親父さん元気か?』『いや、もう死んでるんだけど』。うちの親父の記憶を持ってる人、まだ浅草にいるわけじゃん。『親父さんは?』という話が出るかぎりは、親父の影響からは抜け出せないなと。でも、それはそれでいいんだよね。ありがたいし」
そして、渡辺はつけ加えた。
「記憶って大事。記憶ってのは、その人にとってだよな。他人がどう感じるかって、また別なものであって」
記憶は、そこにあって、そこにない。
その例として、渡辺は、近くに置かれていた北京オリンピックの記録写真集を私に示した。
オリンピックが開会してからではなく、開会するまでの準備風景が映されていて、いかにも中国の国柄を表し、たくさんの人びとによる人海戦術によって、スタジアムが建設されていく。
オリンピック会場が完成してしまった以上、その風景はもはやなく、人びとの記憶と写真の中に残されているだけだ。
渡辺の導きによって写真集を見ると、なにげない写真が不思議なものに見えてきた。


パンを食べることも記憶に関わるものであり、現にここにあるパンと、本当はそこに存在しないはずの、パンにまつわる記憶を重ねて食べているのではないだろうか。
いままで食べてきたさまざまなパンの記憶を持って私たちはペリカンのパンを食べ、そして一度ペリカンのパンをおいしいと思ったなら、その記憶をもう一度よみがえらせるためにペリカンのパンを口にする。
記憶は食べる人の数だけある。
パンを作る仕事は、そうした目に見えないものを感じとり、また決して侵すことのできない個人の記憶に常に敬意を払いながら行うものだということを、渡辺はいいたかったのではないだろうか。
そのためには、さりげなく、自然でなければならない。
渡辺はこうもいっている。
「正直に作っていくことがいちばん大事」


昔から続けているロックバンド。


取材中ずっと調子が悪そうだったPC。
配線を確かめている。


外された黒縁の眼鏡。

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(取材を終えた後の話を、明日UPします)


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ベッカライ徳多朗
第6軒目


ベッカライ徳多朗の調理場で話をうかがったことがある。
たった一種類のパンについて、それを店で作るようになった来歴とこだわりを、徳永久美子さんが語りつづけていた。
その横で、一言も発せず、夫である徳永淳さんはとてつもない集中力でパンを作りつづける。
家庭的なやさしさと職人魂。
ベッカライ徳多朗のパンに完璧さの相貌があるのは、多くのパン屋でどちらかに偏りがちな2つの両方が、備わっているからではないかと思った。


徳多朗は大きい店ではない。
アイテム数は少ないほうだといっていい。
にもかかわらずその陳列棚はどれを買うべきか大いに迷わせる。
アイデアが練りこまれた形跡のないパンはひとつも見当たらず、どれもがスペシャリテになりえるほど完成している。
どのパンにも先に述べた2つ、技術の完璧さとこまやかな心配りが同居している。

特に惣菜パン、サンドイッチなど調理を加えたパンの充実がすごい。
その多くに、子供たちや徳永夫妻ご自身の日常の好みが反映しているという。
徳多朗のパンは家族の食卓から生まれてくる。

バゲット・ルヴァン(480円)
自家製酵母を使った、カンパーニュのようなバゲット。
パン・オ・セーグル的な香ばしくも甘い香り。
甘い、と食べた瞬間思わずつぶやく。
小麦がこれほど甘さとやさしさを合わせ持つとは。
その甘さが、さりげない酸味とコラボする。
皮は重層的で、とがりのない硬さ。
クープの持ち上がった部分はよく焼け、かりっとして、より香ばしく、より甘い。

徳多朗あんぱん(140円)
代名詞的存在。
お店の人におすすめを訊いたら、この名が返ってくるだろう。
徳永久美子さんが、フランスを巡るパンの勉強の旅で痛感したこと。
「みんな自分の国のパンを一生懸命作っていました。
それに比べて日本のパン屋さんは、フランスとかよその国を後追いしてばかりじゃないかと。
自分の国のパンをおいしく作れないのは恥ずかしいと思って、あんぱんをはじめたのです」
「自分の国のパン」だから、手を抜くことはしない。
開店以来、銅鍋であんこを炊きつづけている。
あんこはたっぷり、皮はさっくり。
白ワインを使った皮は香立ち、心地よくしっとりしている。
あんこはつややかで、豆の味があふれる。
口溶けから後味まで、豆の味と甘さがしっかりと手をたずさえた、すばらしくいい味が発散され、舌の上にしっかりと残る。

ポテトサラダ(330円)。
食パンがすばらしい。
しなやかで、なめらか。
いたずらにふわふわすぎず、甘すぎもせず、質実である。
しっかりとした香ばしい耳も落とさぬままついているのがうれしくなる。
そして、ポテトサラダのおいしさ。
マヨネーズがすっきりと、酸味があって、軽い。
そこに、ディル(ハーブ)が加えられ、なんともさわやか。
たまねぎも多く入れられ、軽やかさが与えられている。
そのためにポテトが重くならず、食パンの軽さと釣り合っている。
やさしくて、上品。
そのほかのサンドイッチももっと食べてみたいと思った。(ぷ)


ベッカライ徳多朗
045-902-8511
横浜市青葉区美しが丘5-12-6
6:30〜18:00
日・水休



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JUGEMテーマ:美味しいパン
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