39軒目
10年近く前、この店のそばを何度も通り過ぎていたが、一度も中へ入ることはなかった。
私は自分の不明を恥じるけれど、それでよかったのかもしれないとも思う。
自分なりにいろいろなパンを食べてきたからなのか、それとも時代のせいなのか。
いまやっとウッドペッカーの本当の価値が見えるようになってきた。
おいしさとは人から与えられるものなのだろうか。
あらかじめ用意されたキャッチフレーズを見つけだすことが食べることなのだろうか。
そうではなくて、本物の味とは、まだ誰の色もついてない無色なものの中から、自分でおいしさを見つけだすことではないのか。
小さなカンパーニュ(200円)を食べてそう考えた。
口にした瞬間はなにも言葉が浮かばなかった。
しっとり、もちもちという感触の快さはあるけれど、味わいについてはなにもわからない。
しばらく噛んでいくうちに、このパンと、自分の感性とのチューニングが合ってくる。
レーズンにも似た芳香が満ちはじめ、やがてそれはそこはかとない甘さへと変わる。
他にも言葉にならないいくつかの風味がほのかに漂っている。
このパンは押しつけない。
だから、前を素通りしてしまうかもしれない。
おいしさは食べる人が自分で発見しなければならないし、食べる人によって感想は変わってくるだろう。
天然酵母とイーストのちがいはなにか?
そう聞かれるとき、後藤雄一店長はこう答える。
「天然酵母っていうのは、人間でいったら、小学校の1学年なんだよ。
体操が好きなのもいれば、文学が好きなのも、勉強嫌いもいる。
イーストはその中から体操の得意なのだけ集めたようなもの。
天然酵母にはいろんなの入ってるから。
天然酵母は、わけわからない、まろやかな、不思議な味がある」
ウッドペッカーは創業して34年。
20数年前、ある人のすすめで天然酵母のパンを知ることとなる。
海のものとも山のものともわからない天然酵母パンを最初に作ったときの感想とは、
「かっちかち。
これ、パンじゃねーよ」
当時のパン屋の常識とはこういうものだった。
「添加物とかマーガリンとかたいてい入っていて、焼きたてで油と卵さえ入っていればなんでも売れた。
大手メーカーが開く『パンの講習会』というのがあって、パン屋はそこで習ってきた通りにパンを作る。
小麦粉と添加物をセットで売りつけられて、
『この添加物を使うと、こういうパンができます』っていわれる」
添加物を使わなければパンはできないと思われていた当時、オーブンから、焼き上がった天然酵母パンが出てくる光景は驚きだった。
「なんにもいらないんですよ。
小麦粉と塩と少しの砂糖と水だけ。
小麦を窯に入れたらパンが出てくる。
不思議だなーと思う。
そっからのめり込んだ。
考えてみれば、大昔はイーストなんかなかったじゃねーかよ。
工夫すれば、天然酵母でやわらかいパンだってできる。
(試作を)毎日、やったです」
情報がまったくない当時、天然酵母のパンを作るということは、地図を持たずに荒れ野をひとりで切り開くようなものだっただろう。
以来、暗中模索を繰り返しながら、ずっとつないできた種でパンを焼く。
「20何年つづいてきてる。
うまい酵母だなと思いますよ。
悪いのぜんぶ蹴散らしている。
天然酵母っていちばん簡単。
ほっとけばいいんだから」
簡単とはいいながら、毎朝4時に起きて、7〜8時間の発酵を取り、オーブンから天然酵母パンがでてくるのは昼の12時。
夜まで働きつづける。
それを20数年間繰り返さなければ現在の味には至らない。
天然酵母のパンを食べることとは、そうした目に見えない無数の出来事の継起を感じ取ることなのだろう。
奇妙な光景を見た。
オーブンの中から後藤店長が取り出した鉄板の上には卵の殻やじゃがいもの皮などが載っていた。
「もう24、5年前から生ゴミを出してない。
すべてコンポスト(家庭で堆肥を作る容れ物)に入れて、小さな庭に鋤きこんでいます」
生ゴミが分解しやすくなるよう、オーブンの余熱で乾燥させているのだった。
ただでさえ忙しい、パン作りの合間に。
頭の下がる思いがした。
「人って死ぬんですよ。
いまは火葬場で焼かれて灰になるけど、火葬がなかった時代は、死んだら埋められて、土になる。
体がぐちゃぐちゃになって、そこに種が落ちて、植物が生える。
人間も死んだら土になるから、土から生えたものがおいしく食べられるんだ。
化学物質はおいしく食べられない。
酵母菌は自分が生きようとした、その結果として、アルコールと炭酸ガスを作る。
それがパンを膨らませ、パンの味になる。
人間は、自然界で起こる生命の循環によってできた副産物を与えてもらってるだけ。
硬いとかやわらかいとか求めることがおこがましい」
誤解のないようにあえて付け加えると、後藤店長はウッドペッカーのパンが硬いといっているのではない。
哲学を語っているのである。
哲学とは高邁なことを言葉の上だけでいうことではない。
実際にそのように生きるということだ。
都議会議員を2期8年務め、その間、行政の無駄を徹底的にあぶり出した。
いまでこそ普通に使われるようになった「官官接待」(公務員が公務員を公費で接待すること)も最初に摘発したのは後藤議員だったし、選挙の公費負担(ガソリン・選挙カー)の見直しの火付け役ともなった。
他の議員を尾行までして無駄遣いの証拠を握り、200件もの裁判を弁護士抜きで戦った。
「蓮舫がやってる『仕分け』なんて、僕がぜんぶ(東京都のレベルでは)直している」
天然酵母パン屋の顔と、正義を追求する都議会議員の顔。
まったく別々に見える2つの顔は、「自然」というキーワードによってひとつに重なる。
まじめに働いて収めた税金がまっとうに使われる。
自然に作られたまっとうな食べ物を食べて生きていく。
ごく単純な「自然」を求めているにすぎない。
パン屋を目指す若者にぜひ伝えたいことがあるという。
「パン屋なんか窯とミキサーとフリーザーさえあればできる。
あとはなんにもいらない。
おいしいパンができれば客なんかいくらでもくる。
一生懸命朝から晩まで働いてれば、使う暇ないから金なんかいらない。
あとはぜんぶ自分で作ればいい。
この棚は自分で作った。
この鉄棒、建築現場で使うやつ、1本10円ですよ」
「若い子にいいたい。
金をおっかけるな。
おっかけなければあとからついてくる。
自然から学ばなきゃ、って僕は思う。
自然から教わってれば人の道だけは踏み外さない」
(池田浩明)
ウッドペッカー
京王線 桜上水駅
03-3302-8291
7:30〜20:00
日祝休
#039
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