パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
湘南小麦プロジェクトの現在
一瞬のイメージに心を掴まれ、それが人生を決めてしまうことがある。
1999年、伊勢原にブノワトンという新店がオープンしたとき、当時高校生だった本杉正和は平塚からバイクに乗って駆けつけた。

「店に入った瞬間、麦の香りがすごい。
『すごいパン屋だな』と。
買って食べたパンも、知ってるパンとまったく味ちがっていました。
粉の風味がそのまま活きている。
当時の他のお店のパンが白かったのに比べて、ブノワトンのは粒々が入っていたり、ふすまが入っていたり。
コクというか、味に深みがあった。
毎週、通ってました。
ブノワトンはすでに自分のところで粉を挽いていました。
厨房の奥で挽いたものをそのまま使っていた。
焼き上がったパンの香りはすごかった」

パンからも、挽きたての小麦からも、石臼からも漂っていただろう、濃厚な空気。
それは自家製粉を行うパン屋の空間だけを満たすものだ。
印象は深く刻まれ、本杉はそのインスピレーションを人生かけて追い求めていく決断をした。

「ブノワトンで働きたい。
でも、店主が厳しかった。
店に行くと、奥から怒鳴り声が聞こてくる(笑)。
パンも、食べているだけで、むずかしいことをやってるんだなと分かった」

本杉は確かな自信を身につけるためにやや遠回りする。
専門学校、都内のホテル、「小麦の勉強をするために」カナダでも修行を積んで、ブノワトンに入る。
そこで、オーナーシェフ高橋幸夫から、パン作りのみならず、製粉についても薫陶を受けた。

高橋幸夫は、2009年の8月、この世を去っている。
閉店したブノワトンと製粉工場ミルパワージャパンは本杉が引き継ぎ、同じ店舗でムール ア・ラ ムールをはじめた。
高橋と同じように、パン屋のオーナーシェフ、製粉工場の責任者という二足のわらじを履いた。
師の死去について、本杉はいう。
「がんばりすぎた。
僕らは、高橋が切り開いたあとの、流れができたところからやればよかったので、まだいい。
パン屋さんだけだったら楽だっただろうなとは思います」

北海道の農家から直接取り寄せた小麦を自家製粉していた高橋は、年々下火になる国産小麦の将来を憂い、「湘南小麦プロジェクト」を立ち上げた。
地元、神奈川の農家をまわって小麦を作付けするよう依頼、自ら設立した製粉工場ミルパワージャパンで石臼挽きし、国産小麦を普及させようという壮大な計画である。
なぜ高橋は、「がんばりすぎ」て自らの命さえ縮めてしまうほど、国産小麦に肩入れすることになったのか。
彼もまた、一瞬のイメージに心を奪われ、そのとき得たインスピレーションを追いかけていくことに、文字通り一生を捧げた人だった。

「高橋もはじめは国産小麦に興味なかったそうです。
普通のパン屋さんと同じように、粉は大手(製粉会社)さんから取るもの、という感覚でした。
たまたま休みをいただいて、気晴らしに北海道旭川に行った。
そのとき飛行機から見た小麦畑の景色に感動した。
飛行機を降りて、その麦畑に直行した。
日本でも小麦が作れるんだ、と。
13年前にブノワトンをオープンしてるんで、15年以上前の段階で小麦畑を見て、感動、衝撃受けて。
日本人なんだから日本の小麦で作ったらいいんじゃないか」

農家から直接仕入れた麦を自分で挽いて、パンを作りたい。
実現は困難を極める。
「大手さんは大量一括仕入れできるんですが、個人で農家とやり取りするのはむずかしい。
10トン、20トンという量の小麦を買って、北海道からトレーラーで運んだ。
何度も何度も足を運んで交渉。
いきなり農家行って、『売ってください』というのは、むずかしい。
『今年だけだとだめだよ』といわれる。
農家さんというのは、作物を作る前に買い手を確保しないといけない。
『作れる』と思ってたのに、突然『いらないよ』といわれると、畑が余っちゃう。
だから、10月の半ば収穫したと同時に、『来年も作付けしていただきたい』という交渉をします」

第一の壁となったのは、都市に住む者にとって馴染みの薄い、大地に根を下ろして生きる人たちならではの文化や商慣習だった。
何度も現地に行って信頼を醸成し、やっと買い入れたあとには、輸送や保管場所の手配、製粉設備を整え、それから毎日毎日粉を挽く手間。
職人として毎日パン屋を営業しながら、これだけのハードルが襲い掛かってきた。
それでも、高橋は前に進んだ。

「僕たちが引き継いだのは、店、工場だけでない。
高橋の思いを継ぎたかった。
高橋は『湘南小麦プロジェクト』を平成19年に立ち上げました。
コンセプトは地元のものを使うこと。
小麦の生産は年々減ってきています。
日本のパン屋さんは、外麦(外国産小麦)を使うので、国産は減ってっちゃった。
そこへ、国から小麦農家から支払われる奨励金制度がなくなった」

さまざまな補助金や流通制度によって保護されている米に比べて、小麦の生産は圧倒的な不利を強いられている。
「米30キロ入りが1万円ちょっと。
麦は1000円、1500円。
いい品種であっても、高くても、2000円、2500円。
同じ面積当たりの収穫量は米も麦も変わらない。
それだけ利益にならない。
日本の小麦っておいしいのに、作る人いなくなってしまう」

低迷する販売価格に加え、国からの補助まで削減されては、農家が小麦を作付けする、経済的、合理的な理由はないに等しい。
国内産小麦が消滅するかもしれない、という危惧を、高橋は抱いた。
「農家さんに麦を作っていただこう。
儲けにならないのに作っていただいても商売にならない。
6倍、7倍の値段で、ぜんぶ買いますよ、と。
このままでは日本の麦が使えなくなってしまう。
そのためには、まずは農家に潤っていただく。
『いい麦を作っていただいたら、必ず使いますから』と。
そのかいあって、湘南小麦を使う店は、2軒だけだったのが、10軒以上になりました。
みなさん、もっともっとほしいっていってくださってる。
でも、製粉が追いつきません」

地元神奈川産小麦を石臼挽きした湘南小麦は、フレッシュなうちに各店舗へ送られる。
その真価とはどういうものなのか。
「ちょっと他にないですね。
味と香りすごい。
フランス産の小麦と比べたとしても、国内産というのは香りの部分で絶対的なものがある。
噛みしめるごとに深みが出てくるというのが、みなさんの評価。
カナダ産とかは、すぐくる甘みは湘南小麦よりあると思います。
湘南小麦の場合、噛んでくるほどおいしくなる。
食べながら口の中に香りが広がる。
他の粉と比べ物にならない。
作り手に左右されちゃう部分はありますが、香りで楽しむ部分は、どなたでもおいしくなる」

石臼バゲット(320円)
湘南小麦の味わいがいちばんよくわかるパンと、これを薦められた。
香ばしさの密度があまりに濃い。
焼きこんだ皮の香ばしさのように思えて、口の中でいつまでも香りつづけて、やがてあたたかさのほうへ移ろっていく。
軽く、さくさくして、皮と中身は一体として感じられる。
最初に香った香ばしさが甘ったるさのほうへ流れず、さらさらとした甘さへと至る。
甘さはいつまでも衰えず、まだまだ湧き出しつづけている途中で、飲み込まざるをえないほど。
どこまでも、どこまでも、おだやかでやさしい。
味わいが濃い。
濃いにもかかわらず、エグみ、いやみにならず、すがすがしい。
その爽快感、ナチュラルさこそが、湘南小麦の真価なのだと思った。

ムール ア・ラ ムールから車で10分ほど走ったところにある、ミルパワージャパンの製粉工場。
気温が35℃に達する暑い一日だったが、工場の中は初冬ぐらいの寒さに保たれ、半袖では体が冷え切った。

「低温低湿度の倉庫内で、石臼挽きしています。
石だから、熱が加わらないので、その分、風味が失われません。
製粉会社のロール式の機械は、2つのロールで粒をはさみこんで、ばんばんすりつぶしていきます。
鉄製だから熱を持って、風味が飛んでしまいます。
湘南小麦は風味が活きたまま。
特に焼いたとき、活きる。
熱を加えていないんで、ぜんぶ活きてくる。
技術がある職人さんじゃないと、この粉のよさを完全には引き出しきれないかもしれません」

小麦粉には、エイジングと呼ばれる、熟成の時間がある。
挽いた直後の小麦粉は製品にばらつきがあり、うまく膨らんだパンを作ることがむずかしい。
一方で、小麦は粉になった瞬間からじょじょに風味を失ってもいく。
パンを製品として仕上げるのに適切なほど熟成が進み、かつ風味も失われない最適の期間とはどの程度なのか。
本杉の答えは明快だった。

「挽いたすぐの小麦粉は水分量が均一じゃないんで、吸水量が変わったり、(最適な)こねる時間が変わったりします。
1週間がもっとも風味も失われず、ばらつきもありません。
1週間から1ヶ月がベスト。
2ヶ月、3ヶ月経っても、もちろん外麦に比べたら香りはいいが、挽いてすぐがいちばん香りがいい。
そばだと、粉が新鮮なうちに、切って食べますよね。
パンの場合、挽きたてだと、吸水、ミキシング時間が変わり、発酵でだれてくる。
1週間おいたものがもっともベストだと思います。
うちが取引していだたいているお店には、1ヶ月に使い切れる量を目安に注文していただいています。
それだと、常に新鮮なものを使うことができます」

一般的に、製粉会社の粉は挽いたあと数ヶ月はエイジングの期間を置いたあと、出荷される。
挽きたての小麦粉がいい、という話はあまり聞かない。
確かに、本当の挽きたてでは、パンがうまく膨らまないのは事実である。
だが、時間が経つと風味が失われるのは、実はそば粉も小麦粉も同じことだ。
十分なエイジングがなされ、かつ風味も失われていない、1週間〜1ヶ月の小麦を使えるということ。
ここに、自家製粉をすることの意味、あるいは「湘南小麦」という方法論の、端的なメリットがある。

安全性も、湘南小麦の長所だ。
「外麦だとポストハーヴェスト(輸送のときに散布される大量の防虫剤)の問題があります。
特に、ふすま(直接農薬を浴びる麦の皮)を使うようなパンだと、それが気になる方も増えてきて。
湘南小麦の場合は、基本的には無農薬なのですが、除草剤だけ1度散布するというお約束を農家の方と契約時に交わしています。
完全に無農薬より、除草剤だけは撒いていただいたほうが、むしろ麦のためにいい。
というのは、日本の小麦といっても、広大な敷地で栽培されます。
この敷地を人の手だけで除草するのは農家にとってたいへんな負担になります。
雑草を生えたままにしておくと栄養を取られちゃう。
そうすると、グルテン(タンパク質)の足りない栄養価の低いものになったり、粒が小さくなったり、歩留まりが低くなったり、いい麦ができません。
オーガニックは謳えないが、低々々農薬。
ないに等しいですよ。
お客様には、ちゃんと説明すればわかってくださる。
ブノワトンのときから、お客様との会話を大事にしてましたんで。
すべてを正直にいいます。
いいもの使ってたらそれもいいますし。
完全オーガニックではないが、添加物や、体に害のあるもの使わないように。
信用は得られてると思いますんで」

いま体に取り入れようとしている食べ物を安全だと保証してくれるものとは、いったいなにか。
オーガニック認証は有力な手段であるが、一方で、認証機関の定めた条件を満たすための少なからぬコストを、消費者が支払わなくてはならない。
そして、認証だけが安全を保障する唯一の方法ではない。
本質は「信頼」だと思う。
小麦は、生産者→製粉会社→パン屋→消費者という順番で、手から手へ受け渡されていく。
湘南小麦においては、どの取引も、すべて顔の見える関係において行われる。
プロとして、人間として、取引の相手を信頼しあっている。
製粉会社=本杉は、ひとりひとりの生産者を知っている。
パン屋は、ブノワトンを受け継いだ本杉の職人としての技術を信用している。
私たち消費者も味においても安全性においても信頼をおけるようなパン屋を選んで足を運べばいい。
すべての取引が、金銭のみならず、信頼まで受け渡されているなら、認証と同じように機能するはずだ。
コミュニケーションや良心という人間的なものによってそれがなされるという意味では、認証以上の幸福を生むのではないだろうか。

湘南小麦と呼ばれるのは、どういう品種なのか。
「今年は、農林61号、南部小麦、ニシノカオリ。
それを2:1:1の割合でブレンドします。
地域としては、平塚、伊勢原、秦野。
契約農家でとれた小麦を、低温低湿度で保管し、石臼挽きしたものを、湘南小麦として卸させていただいてます。
価格は1袋20キロで8320円です。
メインは農林61号です。
このあたりは昔から小麦の産地として有名でした。
農林61号は、パン用ではなく、うどん用として生産されていました。
相州小麦と呼ばれていた品種が、農林61号。
味わいは淡白ですが、いちばんボリュームはでます。
という意味では、外麦に近いかもしれません。
他の国産小麦に比べると風味は薄いのですが、とはいっても、外麦よりは圧倒的にいい。
あっさりしてる味で、主張してこないので、具材と合わせるパンに向いていると思います。
ニシノカオリはパン用に開発された品種です。
ボリュームも出るし、香りも農林61号よりいい、
ずば抜けてるところがあるというより、平均的にいい。
南部小麦はくせ者。
香りと味は、ダントツいい。
濃すぎてえぐみが残る感じ。
ただ、膨らまないので、技術が必要にはなりますが」

どの品種をどの割合でミックスするかには、順列組み合わせでいけば、無数の可能性がある。
その中から、パン職人はどのようにしてもっともベターな配合を見つけだすのか。
「麦はいいとこ取りしてくれます。
たとえば、一発(品種単体)だとボリュームが出ないものがあったとする。
ボリュームが出るのと出ないのを合わせれば、出るほうを取ってくれる。
香りが出るのと出ないのとでは、香りの出るほうを取ってくれる。
合わせれば、香りは出て、ボリュームは出て、両方とも上がります」

私も勘違いをしていたのだが、たとえば「国内産小麦30%」と店頭で表示されていたら、「国内産小麦100%より劣るのだろう」と考える。
そうではなく、パン職人は、自分の作りたいパンにもっとも適していると考えた配合でパンを作る。
「北海道産小麦30%」あるいは「国内産小麦100%」とは、自分の作りたいパンのイメージに近づけるために、職人が出したそれぞれの解答であって、「国内産小麦100%」がいつも必ず優れているというわけではない。

「湘南小麦100%で焼くという考えはありません。
いちばん多くて90%。
少なくて15%。
100%だと生地が伸びてこない。
火通りがよくない。
焼けてはいるけれど、ねちょねちょする感じ。
外麦とブレンドすると、しっかり焼きこめる」

小麦とは、何%以上ブレンドされたときに、その性質を発揮してくるのか。
「ものにもよりますが、5%だけでも、強いものなら風味がくる」

湘南小麦には、湘南小麦Aと湘南小麦Bがある。
「Aは小麦の粒の芯に近い部分のみを使います。
色は白くて、味は淡白、食感はもっちりしています。
これが湘南小麦として普通に出荷されているものです。
もうひとつ、小麦からふすまと、湘南小麦Aを取り除いたあとに残った、外皮に近い黒い粉を湘南小麦Bと呼んでいます。
濃い味わいがありますが、タンパク質はAより少なく、使いにくい粉です。
生産できる量が少ないので限られたお店でのみ使用しています」

挽き方による粉の性質のちがいまで巧みに操り、思い通りのパンを作ることに役立てる。
これも製粉段階に職人自らが携わっていることの大きなメリットである。

麦の粒は、石臼で製粉される前に、以下の機械を経る。

ブレンダー(3種類の小麦をブレンド)
石抜機(夾雑物を取り除く機械)
研磨機(小麦の表面を薄皮1枚はぎ取る。砂や埃、虫の卵などを取り除く)
精麦機(精米機と同じ機能を持つ。もう薄皮1枚取り除き、麦の粒を磨いてつやを出す。これによって石臼にかけたとき歩留まりがよくなる)
エコーセレクター(ふぞろいな麦の粒を選別する機械)

もし、この工場ですべての麦を製粉してしまうのなら、最後の段階であるエコーセレクターは必要ない。
麦がふぞろいであろうと、製粉してしまえば、見かけも性質にもまったく影響はないからだ。
では、なぜこの機械があるのか。

「高橋はこれからの展開まで考えていました。
各お店に、石臼を1台1台もってもらって、自分で粗さも調節して、麦を挽けるようになろうよ、と」

小さな石臼を買い、職人自ら麦を挽くことにより、フレッシュな粉を使った風味の強いパンを作ることができる。
あるいは、作りたいパンのイメージを製粉にまで反映させることができるだろうし、あるいは逆に製粉の過程に関わることで小麦を深く理解し、そこで得たインスピレーションをパンに反映させることもできるだろう。
パン屋1軒1軒が自家製粉するようになったとき、ミルパワージャパンからは、粉ではなく、粒のそろった小麦がパン屋に届けられる。
その将来構想のために、あえて現在は必要のないエコーセレクターを設置したのだという。

これはさらに究極の理想像へ向けての前段階に過ぎない。
「各店舗で農家と契約し、地産地消を行っていただく。
自分でブレンドして、好きな粗さで挽いて、粉にオリジナリティを持っていただく。
高橋は『10年、20年のスパンで』とよくいっていました」

石臼を備えたパン屋はやがて近隣の農家と協力し、地元でとれた小麦からパンを作り、地産地消を行う段階へと進むだろう。
安全・安心、スローで、エコロジカル。
近代以前のヨーロッパで当たり前だったような、本物のパン文化を日本に根づかせることを、高橋は視野に入れていたのである。
それは小麦の自給率向上につながることはもちろん、小麦を通して地域の絆を深め、地方経済をも活性化させる試みとなるだろう。

6連の重々しい石の円盤が薄闇の中で静かに待機していた。
直径80センチの巨大な石臼は「k80」と呼ばれる。
「直径80センチはすごく巨大です。
石臼は30、40センチでも大きいほうですから。
石臼を作った人によると、アジアに9台あるうちの6台が集まっているといっていました。
ここでは回転数が1分間に9〜12回転。
すろうと思えばもっと速くすれますが、ゆっくりすって粉の風味を損なわないようにする。
自分のところで使うだけなら、6台も必要ありません。
せっかくおいしいものだから、みんなで使っていただいて、知ってもらいたいと、高橋は考えたのだと思います」

巨大な石臼を6台備える情熱。
高橋幸夫は国産小麦の魅力を知り尽くしていたから、それに取り憑かれていたから、この設備投資が必要だと思った。
国産小麦の風味を余すところなく引き出すためには、石臼はゆっくり回転させなくてはならない。
ゆっくり回転させると、多くの生産量は期待できない。
だが、ひと粒でも多くの麦を、ひとりでも多くの人に食べてもらいたいと思っていた。
そのためには6台の石臼が必要だと考えた。
高橋は経済的な利益より理想を追っていたはずだ。
命を賭してさえも。
石臼を前に、私はそのように考えた。

大手製粉会社のフランスパン用粉は、外麦をフランスパンに適したたんぱく量、灰分量にブレンドしたものだ。
それは比較的安価であり、かつ伝統的なフランスパンを作るための王道だというのが、パン業界において主流の考え方ではないだろうか。
では、国産小麦で作るパンは本当のフランスパンではないのか。

「日本の小麦はパンに向かない、という定説はありました。
そうじゃないと思います。
使い方、挽き方を知れば、おいしい。
外麦のほうがおいしいという人がいますが、それは比べているところがちがうんじゃないでしょうか。
うちの店には、フランスパンっぽいフランスパンはありません。
日本のパンだなって思います。
フランスのパンを目指すのであれば、日本の小麦で目指しても、おいしくないかもしれません。
まったく別のものなんで、どっちがいいとか思いつかない。
どっちもいいと思います。
どっちを選ぶかはお客さんの好みであって。
国産小麦の風味がよくないといわれる方は、求めるものがちがっているのだと思います」

ル・ブーランジェ ドミニク・サブロンは、伝統的なフランスパンを提供しているが、日本の店舗では、国内産の小麦粉である日本製粉のクラシックを使用している。
ドミニク・サブロンは私にこういった。
「パンはワインと同じである」
ワインの味わいはまずなによりも、カべルネ・ソーヴィニヨンであり、ピノ・ノワールであり、といったぶどうの品種によって語られ、ボルドーやブルゴーニュといった産地で語られ、作り手の個性が語られるのはそのあとだ。
パンにおいてもっとも大事なのは小麦であるとドミニク・サブロンは繰り返した。
「パンは小麦でできている」と。
私はときおり彼の言葉を思いだし、そして考える。
なぜいま、パンはワインではないのかと。
パンはワインのように、もっと小麦の名において語られていい。
小麦を育てた農家を、品種を、ある地域の大地や太陽や水を、パンの作者とみなしてもいい。
そのときパンの文化はもっと豊かなものになるはずだ。
のみならず、私たちの考え方や社会のあり方まで、もっと望ましい方向へ変えることになるかもしれない。
高橋幸夫が目指したもの、本杉正和が高橋から引き継いだ思いとは、そのことだったのではないだろうか。

「たとえばレトロドール(VIRON社の最高級フランス産小麦粉)には、フランスパンっぽい甘みがあって、すごく好きです。
湘南小麦には麦の香りがあります。
潮風を感じるような、田舎に帰ったような。
レトロドールも湘南小麦もどちらもおいしい。
僕は湘南小麦がいちばん好きです」

湘南小麦を使用する店
ムール ア・ラ ムール
足柄麦神 麦師
濱田家(各店)
ブーランジェリー ジャン・フランソワ(渋谷マークシティ店)
ヴィクトワール(横浜ベイクォータ店)
ブーランジェリー マナベ(横浜市保土ヶ谷区)
バゲットラビット(名古屋)→ブノワトン出身
ブーランジェリー ラ・テール
ファクトリー(東京・九段下)
アートブレッドファクトリー北澤
ポワンタージュ(東京・麻布十番)

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パンの漫画22 『太田原くん』







パンの漫画1 『パンと金持ち』
パンの漫画2 『クロワッサン』
パンの漫画3 『朝にパン』
パンの漫画4 『こがす』
パンの漫画5 『ガレット』
パンの漫画6 『罪悪感』
パンの漫画7 『ながら食べ』
パンの漫画8 『買いすぎる』
パンの漫画9 『先祖とフォカッチャ』
パンの漫画10 『VIRONで朝食1』
パンの漫画11 『VIRONで朝食2』
パンの漫画12 『こんがり』
パンの漫画13 『緊張』
パンの漫画14 『花巻』
パンの漫画15 『禁止令』
パンの漫画16 『シベリア』
パンの漫画17 『風紀』
パンの漫画18 『張り込み』
パンの漫画19 『タイミング』
パンの漫画20 『パン』
パンの漫画21 『張り込み2』



漫画:堀道広




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夏のこっぺちゃん
いつの間にか食欲の秋がやって来てしまった。
パンが「ますます」おいしくなる季節だ。
秋分の日はご当地パンまつりへ出掛け、15種類ほどのパンを食べた。
丸の内VIRONの山田シェフ(料理)のご家族に
愛知の「白いみそかつドッグ」をいただいた。
奥さんのなおみさんも次男坊のはやとくんも絶賛。
もう買えないかもしれないからと分けてくれた/ありがたい。
パンラボメンバーからもいただいたりで、
その晩はひとりパンラボ。
白いみそかつドッグはボリューム満点でとってもおいしかったが、
甘いもの好きな私は愛媛のみかんあんぱんがお気に入りだった。
みかんあんってのははじめてだったが、
the み・か・ん! という味わいのあんがとっても気に入った。
もっともっと食べたかったよぉ。

時間はさかのぼり夏休み。
今年も8月は涼しい北山/蓼科(実家)で過ごした。
お盆で学校も保育園も保養所も休みのときは食べられなかったが、
それ以外のほぼ毎日コッペパンが元実家のパン工場で焼かれていたので、
それを食べていた。


玄関脇のパン籠にこんな感じに届く。
時間はパン工場がおしまいになる夕方5時頃。
この日はプレーンなコッペちゃんのみだったが、
その日によってパイナップル、煮りんご、レーズン、にんじん、チーズ、ごま、黒糖などさまざま。
今年の一番はごまクルミレーズン。
一度しか出会えなかったが、なんともゴージャスなコッペちゃんだった。
食パンもあり、丸ぱんもあり、米粉コッペや食パンもありで、
何が届くのか毎日たのしみだった。


連日このくらいの量(もっと多い日もある)が届くのだが、
いくら大食いの私とはいえ、こんなには食べきれない。
冷凍するにもパンがどんどん溜まってしまうので、
結局ご近所さんに配る。
毎日だと迷惑がられそうなので、数件を順繰りに。
ま、これも大変な作業なのだが、
せっかくパン屋さんが作ってくれたパンだもの、大切に食べなくちゃ!
こっぺちゃんはおいしいが、ちょっと甘い。
実は毎日だとあきる。
そしてときどき冷凍のブロートハイムのパンを食べていた。
ふ・ふ・ふ。
こうして野菜とパン三昧の高原生活を終え、
元気いっぱい東京へ戻って来たのでした。
東京生活もそろそろ一ヶ月。
実家とこっぺちゃんが恋しくなりはじめた今日この頃です。

               ◎ ○ ◎ まさこぱん ◎ ○ ◎

渡邉政子さん comments(0) trackbacks(0)
イケメンとパン
制作部のフロアへ行くと、先輩のシュトーさんがサンクスの"チーズと枝豆のパン"を食べていた。

聞くところによると「マジうまい」らしい。



社内では福山雅治氏を彷彿とさせることでお馴染みなわけですが、
個人的な分析では韓国俳優のイ・ジョンジェ氏を思わせる笑顔を炸裂させるので
なんとなく照れてしまってまともに話せない。

そんなシュトーさんが"チーズと枝豆のパン"をリピ買いしていると知り、
思いきって色々訊いてみた。
◎パンはだいたい週2ペースで食べる
◎甘いパンよりはお惣菜パン
◎コンビニエンスストアならサンクスorファミリーマートの2択
◎新商品に目がない
◎合わせる飲み物は専らフルーツジュース(例としてトロピカーナを御指名)
◎フルーツジュースがとても好き


そこまで言われると食べたくなる。

不運なことにサンクスを3軒まわったが"チーズと枝豆のパン"が売り切れていたので、
ファミリーマートで似て非なる商品"枝豆とチーズとハムのパン"を入手。


製造は神戸屋で、サンクスの商品と同じだった。


当然、フルーツジュース(トロピカーナではないが)も。

D「やはり健康管理や体形維持のために?」
シュ「いや、そんなこと考えたことない」
D「………ですよねー」


緑色の紙容器は枝豆をイメージしているのかな。

まず紙にくっつくことなく載っているだけなのがイイネ。
また3つが連結している部分は手でポクッと分割できるので、剥き派にはたまらない。
少しやわらかくなったチーズと枝豆の食感とハムの香ばしさが渾然一体となって
甘くもしょっぱくもないソフトなパンとちょうどよいバランス。

人様の食べているものを覗くのはお行儀の良いことではないですが、
思わぬタイミングでおいしいパンを発見できました。
これからは用が無くても制作部のフロアへ行き、チラッチラッと覗いていこうと思いました(キリッ)。
【D】



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(やっぱ100%ジュースに限るね)
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アム フルス(綱島)
110軒目(東京の200軒を巡る冒険)

9月22日にオープンしたばかりの店。
オーナーシェフ山本毅さんは、ドイツで8年間修行し、マイスターの資格を得た。

山本さんが務めていたミュンヘン近郊のヘルマンスドルフはオーガニックのパン屋である。
のみならず、農場を経営し、牛や豚を飼い、小麦を生産する。
豚肉のラードはパンの材料になり、売れ残ったパンは家畜の飼料になる。
40%の電気を自家生産するという。

「ドイツでも珍しいんじゃないですか。
麦から育てていて、石臼があって。
本当に勉強になりました。
石臼での粉の挽き方。
どういう速さで、どういう粗さで挽くのか。
石臼がこれぐらい熱をもったら危ない(風味が飛んでしまう)とか。
ゼロの状態から、ライ麦と水から、時間をかけてパンを作りあげます」

いまドイツでは誰でも簡単にパンが作れるミックス粉を使ったパン屋が幅を利かせているという。
その中で、オーガニックの原料と昔ながらの製法を頑なに守るヘルマンスドルフに務めることができたのは大きな財産になった。

アム フルスのパンはあたたかい。
味わいが、舌と唇から伝わる生地の風合いがあたたかい。
立ち上がりから、消えいくまで、生地の香りが濃厚で、ヴィヴィッドである。

「粉はすべてオーガニックのものを使用しています。
ライ麦はぜんぶうちで挽いて使っています。
小麦粉もドイツのものを使用しています。
日本の小麦粉とは挽き方がちがう。
ドイツには強力粉とか薄力粉とかというものはありません。
ドイツの小麦粉で日本の食パンとかを作ってもうまくできない。
風味もなにかちがっています」

ヴァイスブロート(ハーフ 262円)
白いドイツパン。
ライ麦15%と小麦粉85%。
分厚いけれど、軽い食感の皮、さっと軽やかな酸味が走ったかと思うと、味わいが消えていく中身。
ああ、これで終わりか、と飲み込もうとしたところから、強烈な逆襲に遭った。
さっきの軽い酸味が甦ってきて、小麦の濃い味わいがもくもくと膨れあがってくる。
軽いようで、しっかりとあたたかい感じがあって、白さが白で終わらずに味わいがスモーキーで、不思議な主張がある。
これがたしかに、ドイツの小麦のパンだ、と思われた。

ドイツでは、サワー種を入れる分量を割り出す計算式があって、そこに分量を代入するだけで、機械的に決定されるのだという。
いかにもドイツ人らしいシステマティックぶりである。
「ヴァイスブロートの場合、本当はライ麦15%のうちのさらにその30%(つまり全体に対して5%)をサワー種の形で入れます。
このヴァイスブロートはヘルマンスドルフでのやり方通り、15%のライ麦の分量すべてサワー種を入れて作っています。
邪道なんですが、うまきゃいいだろうと(笑)。
牛乳で仕込んでいるので、牛乳の甘さと、サワー種の酸味が微妙に混じりあう」
これが、ヴァイスブロートの中の不思議な主張の正体だった。

「日本でもいろんなドイツパンを食べてはみましたが、自分の好みではありませんでした。
すっぱすぎたりとか、色が黒かったりとか。
ドイツパンっていうと、すごく硬いとか、黒いとかいわれるんですね。
そんなに黒くもないし、硬くもない。
黒パンっていうほど黒くないと思うんですよね。
なんで日本のドイツパンってあんなに黒いんだろう」

山本さんは、ヘルマンスドルフのパンフレットを示して、黒いかどうか訊ねた。
たしかに、ライ麦100%のパンこそ、黒に近い濃褐色といえたが、あとは褐色かクリーム色といったところだろうか。
ドイツパンのことを「黒パン」と呼ぶことに違和感をもつかどうか、いいかえれば自分がいまから焼くパンの完成形を黒だと思うか、それ以外の色彩をイメージしながらパンを焼くのかは、味わいにおいても大きなちがいを持つように思われた。

ディンケルゼンメル(157円)
古代小麦(ディンケル)70%、全粒粉(30%)。
香りがものすごい。
小麦倉庫の中で火事に遭って煙に巻かれたかのような。
最初から最後まで怒濤のようなディンケルの風味に押し切られる。
普通の小麦では決して出ない味わいの強さは、まるでバターをつけて食べていると錯覚するほど。
しなやかな皮を歯が押し割っていくときの感触。
トッピングの押し麦が、食感も風味も荒々しい。
そして、なんといっても、湿っているというに近いほどのしっとりした中身の食べやすさ、やさしさ。
こんなドイツパンにはじめて出会った。
「初種を入れた押し麦を水につけて一晩寝かせたものを練り込みます。
こうすると生地がしっとりします」

「ドイツで衝撃だったのは、『砂糖と油の入るものはパンじゃない。それは菓子だ』といわれたこと。
ゼンメル(小さなポーションの食べきりパン)には、多少のバターが入りますが、ブロート(パン)の分類ではない。
日本のパンは、あんぱんにしても、食パンにしても、すべて砂糖と油が入ります。
それはパンではないと」

なにがいいドイツパンと悪いドイツパンを分けるのか。
私が取材したことのあるドイツパン職人はみな「種」と口を揃えるが、その方法論やこだわりは全員が異なる。
「サワー種は変わります。
時間で変わる。
その日の温度もそうですが、いちばん左右されるのは、時間ですね。
ドイツにはいろんなサワー種の作り方もすごくたくさんあります。
いちばん安定しているからいまの作り方を選びました。
日本のように高温多湿だと怖い。
とにかく安定を求めてる」

ホイロの中からシェフの取り出した種の香りを嗅いだ。
それはドイツビールにも似て、すっとするアルコールの香りと、挽きたての甘いライ麦の香りを漂わせて、とてもいい香りだった。
アム フルスのどのパンからもこれと同じ風味が立ちのぼっている。
ここで培養された微生物は生地の全体に行き渡って、パンの全体をいい香りに染め上げる。

ビアーブロート(882円)
黒ビールで仕込んだパン。
香りが黒ビール、コクも独特の甘さも黒ビール。
コクの陰から、はっかのようにすっとするライ麦の風味が顔をだす。
かぼちゃの種と亜麻の実が、あるいは皮の香ばしさが、むせかえるほどのコクの嵐をうまく中和して、箸休めのような役割を果たしている。
ドイツパン屋ならではのスペシャリテ。
このパンの中には、ビールのコクも、ドイツソーセージのスモーク感も、先取りして存在している。
ビールと、ソーセージといっしょに食べてみたい。

「ビアーブロートは、もともとドイツの製パン学校で教えてもらったレシピを少しアレンジしました。
自分はビールはまったくダメで。
ビールの強いのが残ってるのは苦手だな、と思ったので、香辛料を入れました。
コリアンダー、クミン、フェンネル。
たったの0.03%。
1キロに対して3gだけなので、ほんのちょっと。
それでもあれだけの香りがします」

粒から石臼で自家製粉するアム フルスのパンは圧倒的な味わいのちがいを見せつける。
長い熟成の時を経て、いま窯から取り出された、新しいドイツパン店の開店を祝したい。(池田浩明)


アム フルス(Am Fluss)
東急東横線 綱島駅
045-716-8361
10:00〜18:00
月曜・第3火曜休み

#110

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第2回日本全国ご当地パン祭り 最速実食記 東日本編
きのうにつづく

キリンちゃん
(丸二製菓・静岡県)
「のっぽぱんですか?」と訊ねたら、
「のっぽぱんは後」と。
つまり、パクられたということらしい。
長い長いパンのパッケージに描かれたキリンがかわいい。
オレンジのつぶつぶを練り込んだ、乳製品・卵たっぷりのリッチな生地は、オレンジブリオッシュみたい。
意表を突いて、中に入ったパピロクリーム(バニラっぽい)のほうがさわやかで、パンの甘さをさっぱりさせる。

珈琲あんぱん
(エスプラン・神奈川県)
コーヒーとあんこがこんなに合うとは。
コーヒーのほろ苦さが、あんこの甘さといっしょに溶けだしてくる。
一方、ホイップクリームは甘さ控えめでさっぱり。
あんこのしつこさが、クリームのさわやかさで救われる。
よく考えたら、ホイップクリームあんぱんだっていつも鉄板のおいしさだし、コーヒーの生クリーム入れて飲んだっておいしいのだから、この組み合わせは合うに決まっている。
パン生地もやわらかくて秀逸。

横浜シューマイパン
(ブレーメン・神奈川県)
シューマイがパンの中に丸ごと1個入って、理屈なしにおいしい。
パンはふわふわ、マヨネーズも入れられて、肉の味とパンをつないでいる。
挽肉のだんごとパンの組み合わせってなんて合うんだろうと思ったら、ハンバーガーも、肉まんもそうだった。

カステラパン
(木村屋製パン・千葉県東金市)
「昔からのパンですか?」と訊ねると、
「何十年も前からあります」と。
カステラ3段重ねで、2層のジャムをサンド。
いちばん上と下はリーン、真ん中の黄色いカステラはアーモンドっぽい甘さでよりリッチ。
それにしてもなんとぴったりと組み合わされた、甘さと甘さ、甘さと酸味。
酸味の鋭いイチゴジャムが、カステラの甘さを引き締めている。
スイーツ的なものが贅沢品だった頃、手軽に楽しめるケーキ感覚の袋パンがもてはやされた時代があった。
その名残かと。
こういうパンと出会えるから、ご当地パン祭りは楽しい。

玉子パンあんバター
(アジア製パン所・群馬県)
名前がすばらしいので以前から注目していたパン屋。
玉子パンとはつまり甘食である。
ちょっとやわらかめなので、いわばソフト甘食。
甘食とは甘さが頼りないのが逆に素朴でいい、という食べ物なのだが、そのゆるゆるの隙間をあんこの甘さでぎっちりと埋め、しかもマーガリンの油分でパワーアップさせている。
和菓子っぽい感じの小倉あんと、おなじみのとろとろマーガリン。
しょっぱさがあんこを引きたて、あんこは薄塗りなので、甘食のほんのり甘さも殺さない。

まゆっこ
(グンイチパン・群馬県)
絹織物の産地らしく、かわいい繭玉の形に。
ふわふわが上にもふわふわ、ぐにゃぐにゃが上にもぐにゃぐにゃ。
超食べやすいので、本能的においしいと思える食感。
加えて、チョコクリームがとろとろなので、万人受け必至。
シルクパウダー入りとのこと。
本当に絹から作られるものだそうで、正体はアミノ酸。

復興夢あんぱん(桃)
(福島県パン協同青年部・福島県)
去年、絶賛した福島夢あんぱんが、原発事故にもめげず、グレードアップして帰ってきた。
白あんに桃を混ぜた、桃あんの上品さが秀逸なことについては、去年縷々述べた。
今年は生地が白パンになっていた。
白パンらしいナチュラルなやわらかさ。
それに、甘くなくて、むしろしょっぱいから、あんこをより引き立てる。

どんぐり七穀あんぱん
(一野戸製パン・岩手県)
盛岡農業高校とコラボした製品ということで、「いかがですかー」との女子高生の黄色い売り声に、思わず反応。
どんぐり型がかわいい。
生地には本当にどんぐりが入っている。
サンドイッチによく使われる、グラハム食パンのような、雑味を感じる味わいで、飽きずに食べられる。
あんこにはアワ・ヒエ・キビが入っているとのこと。
つぶつぶ感があって、甘さもくぐもって、やさしくなっている。
あんこが水っぽいのも、袋パン特有の乾燥をカバーしていいアイデアだと思った。

ざっくりした感想だが、ご当地パンいいなーと。
ぜんぶがおいしいなんていわない。
よく意味のわからないパンもときどきある。
そういういう瞬間に、なんかいいなーと思うのだ。
公園のベンチに座って噴水を眺めて長い時間をすごしたような、そういうのどかさである。(池田浩明)



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第2回日本全国ご当地パン祭り 最速実食記 西日本編
パン作りのデモンストレーションを行っていたZopfの伊原靖友さんが、
「ねぎパンがおいしいよ」
とみんなにいっていたのを小耳にはさみ、うんうんとうなずいた。
去年2位になって今年は殿堂入りしていたが、熊本の地粉の味わいがすばらしく、ネギのぴりっとして、しかし根強く甘い感じと、ネギ焼きさながらに相性のよさを見せていた。

私的に好きだったパンを西から順に報告していく。

そら豆パン
(山崎パン・鹿児島県)
パンキッズ(パン屋さんのご子息と思われる小学生)が一生懸命売っていた。
一口食べた瞬間、昔の袋パンの味が甦った。
甘すぎず、なめらかすぎず、あたたかい風合い。
そら豆のあんは、いんげんから作る白あんを彷彿とさせた。
そこへ、そら豆の青っぽい味わいがかすかに、浮かんでいる。
甘さは濃すぎずに、生地の甘さのほのかさとバランスを保つ。

みかんあんぱん
(サンイート松山・愛媛県)
みかんあんの勝利。
鋭い酸味があんこをさっぱりとモダンなものに変えている。
ざぼん漬けにも似た味わい深い甘さ。
菓子パン生地がとてもしっとりして、発酵の香りも漂わせ、あんこととても相性がいい。
みかんの香りが鼻につんとくる感じがあって、その刺激が癖になって、やめられなくなる。

チーズボール
(サンイート松山・愛媛県)
みかんあんぱんにつづいてのサンイート。
独特のやわらかさ、しなやかさ、ぎにゅっと感。
チーズの粉がまぶされた表面は、羊の毛皮みたいなやさしい感じ。
しょっぱくて、ほの甘くて、酸味があるようなないような。
チーズの入り方も派手派手しくはなくて、底のほうに4個ばかり。
すごくチーズを食べた! という感じではなくて、とりとめなく、つかみどころのない感じが、なんか好ましい。
写真は1個だが、丸いのがころころと3個入っているところもかわいい。

うどんコリーブ
(きねや製パン工業・香川県)
オリーブの砂糖漬けを細かくカットしたものを生地に練り込んだ。
甘くしたオリーブとはなんておいしいのだ。
ジューシーで、香りふんわり、甘さはまろやか。
そして、ちょっとすっとする、ワインのような香りさえあるのだ。
素朴な、目の詰まった生地は、香川の地粉であるうどん粉で作られて、味わい深く、力強い。
パン専用粉ではないので、ふくらみにくい粉だとは思うが、オリーブの油分のために、実に食べやすくなっている。
このパンを考えた人はえらい。
香川の粉ものはうどんだけではないということを知らしめた。

にしかわフラワー
(ニシカワ食品・兵庫県)
袋パン界・関西のドン、ニシカワパンが、ついに刺客を送り込んできた。
50年のロングセラー商品。
トッピングのアイシング(ホンダン)がなんとも秀逸。
ざらざらなのが一気に舌で溶け、シロップに変貌したかと思うと、パンの中のたっぷりのミルククリームと反応し、ちょっと酸味と、かすかにブランデーにも似た芳香が走り、わけがわからないほど不思議な甘さになる。
昔っぽく、リーンで、奇をてらわない、軽さのある生地。
まっすぐなものに切れ込みを入れて巻き付けて、アンモナイトのような渦巻型に。
ひと手間ひと工夫で形まで楽しくしている。

京・北尾の黒豆パン
(山一パン・京都府)
黒豆パンはご当地パンの名にふさわしい。
なにしろ、黒豆の産地丹波を控えた京都ではごく普通に見られるパンだが、京都以外、特に関東ではあまり見かけない(金時豆のパンのほうが多いだろうか)。
京都では正月以外にもよく黒豆が食べられるようだ。
この豆の炊き方、これが京都の黒豆だと思った。
なんというか上品なのである。
黒豆とバターはとてもよく合う。
中には黒豆がてんこもりで入っている。
生地にカラメルのような香りもして、黒豆独特の風味と合わせてある。
アイシングまでかけられてかなりリッチ。
京都の黒豆ぱんはもっと素朴でやさしいのが多いが、これはよそ行きなのである。(池田浩明)

東日本編につづく


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第2回日本全国ご当地パン祭り 結果発表
1位 クロワッサンB.C.   埼玉県   デイジイ
2位 まゆっこ       群馬県   グンイチパン
3位 べーグル       岐阜県   アリス開運堂
4位 弦斎カレーパン    神奈川県  高久製パン
5位 茶っきりあんぱん   静岡県   富士物産

1位クロワッサンB.C.は、クロワッサンにアーモンドケーキを入れたもの。
埼玉では大人気の名物パン、筆者も大好き。
去年に続き2回目の出場で、ついに優勝。
1位にふさわしい実力を備えている。

2位まゆっこは、超ふわふわ、超ぐにゃぐにゃパンに、誰でも大好きなとろとろのチョコクリーム入り。万人受けする売れ線パン。

3位べーグルは岐阜県産小麦と、てんさい糖を使用した、奇をてらわない王道のべーグル。

4位弦斎カレーパンは、炊いたごはんをパン生地に混ぜた変わり種。
去年優勝の横須賀海軍カレーパンにつづき、神奈川のカレーパンが上位入賞。

5位茶っきりあんぱんは、静岡茶の粉末を入れた、抹茶あんぱん。ホイップクリーム入りでまろやかな甘さ。

さきほど発表されたばかりの結果を速報いたしました(池田浩明)
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全日本パンフェスティバル 日本最速レポート4

レポート3の続き…


46.jpg琵琶湖の幸パン。

魚を扱うパンはあまり無かったので、目を奪われた。
(イラストの魚の表情が面白い)


45.jpgひとつひとつケースに入っていた。


44.jpg上部にどーんとのっている。



47.jpg三角カステラパン。


48.jpg地元の高校生と共同開発されたという、どんぐり七穀あんぱんは岩手県から。

どんぐりの形にするの難しかっただろうな。


49.jpgあんマーガリン。



50.jpg福島県から復興夢あんぱん。

桃餡のパンは昨年も出品されていたけれど、今年は生地がしっとりとした白いパンになっていた。


51.jpg元祖パンコーナー。


ご当地パン祭りでは、購入したパンがおいしいと思ったら、
それぞれお店ごとに番号の異なるシール(パンに付いてくる)を会場に掲示されているボードに
貼り付けていく仕組み。
お客さんからの投票数が多ければ、レポート1の冒頭のように殿堂入りパンとなっていく。

ここで表彰されれば、地元も盛り上がるうえに日本中にアピールできるので
出品者の方々は真剣。


52.jpg巡り終えて、会場端で撮影をし始める。


53.jpgこの日記を書いている段階では投票結果は分かりませんが、
パンラボ的においしいなと思ったパンを池田さんが日記に書いていくのでどうかお楽しみに…!!

嵐のように食べまくりましたが、
おいしいパンは少し時間が経っても思い出せるものですね。
来年もあるとイイネ。



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(満足なり)

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全日本パンフェスティバル 日本最速レポート3

レポート2の続き…

32.jpg冷やしておいしい新感覚がウリのパン。まゆっこ。


33.jpg中がアイスで外がふわふわのパンという不思議なおいしさ。

これ食べて思い出したのは、何かの絵本で出てきたアイスの天ぷら。
味が似ているとかでは全くないですが、あれ何だったっけな…。


34.jpgうどんコリーブ。

香川県ならではの粉(うどん用小麦の全粒粉)を使用しているだけでなく、
砂糖漬けのオリーブと甘露煮の金時豆が生地に練りこまれているという斬新さ。
食感も味の組み合わせも美味しかった。


35.jpgにしかわフラワー。


36.jpg兵庫県から神戸豚どろカレー。


37.jpg


39.jpg静岡県から静岡茶っきりあんぱん。


40.jpgみしまコロッケパンも。


41.jpgきりんパンも。



42.jpg奈良県からは古代米クロワッサン。


テントの配置なのか、昨年よりもスペースがゆったりとしていた感じ。
動きやすかったですネ!


【D】



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(レポート4に続く)

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