11月26日土曜日、第5回チャレンジドカップの決勝大会が行われた。
チャレンジドカップとは、障がいのある方のパン作り、お菓子作りに取り組む施設が競い合う、2年に1度の大会である。
1次審査(書類選考)、2次審査(冷凍便で送られた作品による選考)を経て、多数の応募チームより、パン部門、お菓子部門それぞれ8チームが決勝に進んだ。
(選手宣誓を行う、とみぐすくサンフラワーズ[とよみ福祉会・沖縄])
全国から施設の職員と利用者が、会場である横浜の国際フード専門学校に集結。
ラ・テール洋菓子店の中村審査委員長はじめ、第一線で活躍するパン職人、パティシエ、報道関係者、多くのギャラリーに見守られる中、腕を振るう。
慣れない道具、雰囲気、緊張、時間…。
さまざまな敵と戦いながら、障害のある人たちが、チームで一致団結、心をひとつにして、パンやお菓子を焼き上げる。
いつもとちがう厨房で勝手のわからない参加者。
作業開始早々、計量でつまずいてしまう。
はじめてのはかりがうまく使えない。
時間ばかりが過ぎ、それでもあきらめず、何度もやり直す。
審査員たちは、親心でそれを見つめる。
がんばれ、がんばれと思う気持ちが、審査のまなざしの中に籠ってくる。
「計量、終わりました!」
施設の職員のみならず、審査員、ボランティアなど、まわりにいた一同が安堵の吐息を漏らす。
参加者だけではなく、この場所にいる全員でパンやお菓子を焼き上げているかのように。
大会に挑むプレッシャーは並大抵ではない。
僕らでうまいパンをやきあげるぞ(開く会[共働舎]・神奈川)の職員はいう。
「(参加者のひとりが)家を飛び出して、なかなか帰らなかった。
焦っちゃったんじゃないでしょうか。
クープをひとりで担当することになっています。
練習はしたんですけど、いままではうまくいかなくて。
今日がほとんどはじめて」
僕らでうまいパンをやきあげるぞチームは、介助者なしでこの大会に挑んできた。
「ひとつでも失敗したら、終わりだから」
とパンステージ・プロローグの山本敬三シェフ。
計量も仕込みもひとつまちがえば、パンにならない。
この日を迎えるまでに行ってきたあらゆる努力が水泡に帰す。
やっと捏ねあげて発酵の段階にあった生地に温度計を差し、帝国ホテルのシェフブーランジェ金林達郎さん、ベーカリーアドバイザーの加藤晃さんが首をひねる。
発酵のとき、本来なら生地の温度は26、7度ないといけないのだという。
金林さんはいう。
「審査員が手を出す、口を出す。
ありだと思う。
場所がちがう、勝手がちがう中、普段の力が発揮できるかどうかわからない。
どうせだったら、みんなでおいしいパンを食べたいじゃない」
障がいを持つ人たちにとって、新しい状況に適応することは、健常者以上に困難だ。
この大会は、審査員がときにフォロー役にまわることで公平さが確保される。
大会発起時からのメンバーのひとり、パン屋さんよろず相談室の足立総次郎さんは、授産施設でパンを指導してきた。
「この経験が、施設に帰ってまたパンを作るときに、パワーになる。
自分でやれたんだという経験。
あの子がやってるんだから、自分にもできるはずだという意欲。
健常者のパン職人なら、あいつに負けたくないとかあるけど、障がい者がなかなか競争心をもつのはむずかしい。
この大会の主旨はここにある。
自主性
職員がどれだけ手を出さないか、どれだけ自分でできるか」
「職員さんのスキルってすごい。
利用者の人の面倒見て、パンをちゃんと生産して、利益もあげなくちゃいけない。
利用者の気持ちと利益との狭間の葛藤ってすごくあると思うんだ。
だって最低賃金に届かないんだから。
きちんと利益あげて、2万円の給料ださないといけない。
1万円いかない施設ってたくさんある。
2万が目標。
給料を上げていかないと、いずれは両親がいなくなる。
その子たちどうやって暮らしていくのか?
できるだけ売れるパン屋を作ってほしい。
大賞とったらぱーんと売り上げ上がる」
施設を利用する人たちの生活をなんとかしたい、そのためにはおいしいパンを作って利益を上げたいと職員は思う。
また一方で、個性を尊重してあげたいし、もっとがんばらせてあげたいとも思う。
だが、そうした思惑を超えて、参加者のまなざしのなんと真剣なことだろう。
脇目もふらない。
誰もがすばらしい集中力で黙々と材料に向かい、時間はかかっても最後までやり遂げる。
オレンジリングデニッシュを作る、あすなろ学苑(神奈川)。
たくさんのオレンジを薄く、うつくしくスライスする。
オレンジフィリングを生地に巻き込むというむずかしい成形をきわどくこなす。
真摯な仕事は審査員の気持ちを動かしていった。
(空き時間に講習会を行う、リリエンベルグの横溝春雄シェフ)
横溝春雄シェフはこう語る。
「時間はかかるけど、根気よく黙々とやるんですよ。
いろんなものをやるのはむずかしいですけど、ひとつのことをきちんと教えると、まちがいなくこなしてくれる。
おいしくできたもの、できばえのいいものはもちろいいですけど、それよりもプロセス。
ひとりひとりの利用者さんの技術のレベルってぜんぜんちがう。
重度の障害者の方でもいっしょうけんめいやってるのすごくよく伝わってきます。
こなそうこなそうとすると、職員の方が手を出すことが多くなる。
形が崩れてもいいから、手を出さないで、サポートにまわる。
忍耐の気持ちで盛り上げて、やる気を出させるように。
できばえより、チームワークが大事なんですよ。
職員が関わりすぎると、チャレンジの大会じゃなくなる」
だだ茶豆ベーグルを作る、飛鳥井ワークセンター製パン課(京都)。
だだ茶豆は生を茹で、ひとつひとつ人の手で薄皮まで取る。
こうすることによって、えぐみが取れ、既製品には決して出せない味になる。
この作業は機械ではできない。
それを見つめながらルヴァンの甲田幹夫さんが感想を漏らす。
「和気あいあいでいいんじゃん。
ここまでくるのは2回も選抜されてきたんだから、みんなそれぞれ腕前がいい奴がでてる。
普通のパン屋さんだったら、こんなに手間隙かけてなかなかできない。
駄々茶豆いっしょうけんめい皮をむいている。
原点だよね。
みんなにおいしいものを食べてもらいたい。
自分の理想を作るっていう」
僕らでうまいパンをやきあげるぞチームの、自家製小麦を使った3種のベリーとナッツのパンがオーブンからでてきた。
すばらしい焼き色、クープもきちんとできている。
「昨日はあわてちゃったけど、今日は落ち着いてできました。
みんな笑顔もでてたし」
チーム全員でできあがったパンをじっと見つめていた。
7時間以上に及ぶ実技審査のあと、表彰式。
ひとつひとつ特別賞の受賞チームが呼ばれ、最後にベスト3の発表。
感極まり、涙を見せる受賞者。
(ひまわりファクトリーのフルーツブロード)
パン部門
金賞 自家製小麦を使った3種のベリーとナッツのパン 僕らでうまいパンをやきあげるぞ 神奈川
銀賞 オレンジリングデニッシュ あすなろ学苑 神奈川
銅賞 フルーツブロード とみぐすくサンフラワーズ 沖縄
自家製小麦を使った3種のベリーとナッツのパンは、ルヴァン入りのハードパン。
皮のうまみ、香ばしさが際立っていた、
第1回から毎回決勝に残ってきたが、初優勝。
足掛け10年。
なかには20年のキャリアを持つ利用者もいる。
ついに職員の介助なし、利用者だけでパンを制作できるところまできた。
あすなろ学苑のオレンジリングデニッシュ。
オレンジの刺激的な風味がデニッシュのいやみない甘さとバランスよく溶け合う。
私もひと切れで収まらず、もうひと切れ手をだしたほど。
あすなろ学苑チームのお母さんのひとりはこういって声を詰まらせた。
「こうしてチャンスいただいたのが、すごいがんばりになっているのが、目に見えてわかりました。
こんなに日が当たる場面に出させていただいたことなんて、いままでありませんでした。
いい経験させていただいて、感謝しています。
娘は心臓に病気があるのですが、園長先生から『チャレンジしましょう』っていっていただいて。
こんなにがんばれるんだ。
気持ちがあれば、がんばれるんだ」
あすなろ学苑長の三浦麻矢さんはいう。
「1度はいっしょうけんめい作ったんだからと買っていただけますが、2度目はおいしいもの、品質のいいものじゃないと、買っていただけません。
それだと、利用者の方の自立につながっていかない。
以前は、企業さんから部品や食材の生産を受注していましたが、だんだん中国に移転するようになってきて、仕事がなくなってきました。
企業さんに頼るのではなく、自分で商品作る。
開発して、販路を探して。
障害の程度にあわせて、主体性を大事にしながら支援を行っています。
いまは工賃1万7000円ですが、障害者基礎年金と合わせて自立できるように」
不況と、企業の海外移転が、施設の環境を厳しいものにしている現在。
チャレンジドカップは、障害のある人たちに、がんばるきっかけを与え、貴重な販売促進の機会も作る。
なにより、競技者全員がとても真剣に取り組んでいること、ボランティアや審査員があたたかい目線でそれを見守っていることが、大会の意義をより高めている。
参加者だけでhなく、観衆も応援していっしょにパンやお菓子を焼く。
熱気に包まれたこの会場自体がひとつのオーブンのようであった。(池田浩明)
(応援ありがとうございます)
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