2月21日、東京ビッグサイトで行われているHOTERES JAPAN(国際ホテルレストランショー)のイベントステージでパンのエキシビジョンが開催された。
間近に迫ったモンディアル・デュ・パン(パンのワールドカップ)の壮行会も兼ね、歴代代表選手がデモンストレーションを行ったのだ。
第1回代表 割田健一(銀座レカン)
第2回代表 西川功晃(サ・マーシュ)
第3回代表 安倍竜三(ブーランジュリー パリゴ)
第1回代表の割田健一さん(銀座レカン)が作ったのはフランス産BIOの粉タイプ65・タイプ80を使ったバゲット。
そこには、フランス小麦への完全な理解があった。
国産小麦やフランスパン専用粉で作るバゲットとはちがう味わいの世界。
甘すぎないし、軽やかすぎない。
生々しく、色でいうならややクリームがかった白い味わいが抑え気味にどんどん伸びて、意識を奪っていく。
「ゲランドの塩を使っていることで、うまさをはっきり出している。
ちゃんとおいしいものを、ちゃんとした材料を使って作る。
スーパーテクを使っているわけでもなんでもなくて。
粉をふるって空気を入れたりはしていますが。
粉の味がするように。
とはいっても出しすぎてもいけない。
ほんのりの酸味。
レストランでパンを作っていることもあって。
パンで完結するのではなく、料理もある。
スープをぬぐって食べて、それでおいしくなるように」
ゲランドの塩のミネラル感のもたらす舌の上での味わいの変化と、味をぎりぎりに出しすぎない余裕が、料理を、パンのもう一口を食べたくさせる。
第2回代表・西川功晃さん(サ・マーシュ)は、フロマージュブランを混ぜ込んだブリオッシュを作った。
フロマージュブランとは、ヨーグルトのようでありながら、ヨーグルトほどに酸味が強くなくさっぱりした味わいの液体状のチーズ。
日本で珍しい食材をさらりと使う、引き出しの豊富さは西川シェフならでは。
甘さのやわらかさ、独特さは、目を見張るもの。
食感はさっくりして、やわらかくて、しっとりして、でも軽くて。
まったく引きがなく、ほどける感じ。
アプリコットの酸味と、トッピングのパールシュガーの甘さとの、愉楽に満ちた絡み合いは、抜群のバランスによってもたらされる。
西川さんの次のような言葉は印象的だった。
「生地と会話をしていたい。
必ず生地を触って『どう?』って。
指先の感触。
あるとき、急に指に感覚が出てきて、感じるようになりました」
残った半端な生地でハート形のプチパンを作って、代金を義援金にあてる。
「1日数百円に過ぎないですが、日本にあるたくさんのパン屋さんが加わってくれれば、大きな力になる」
午後からは関東・関西を代表するオールスターチームによる、東西対決が行われた。
(東日本チーム。右から、山崎、井上、伊原の各シェフ)
東日本
伊原靖友(ツオップ)
井上克哉(オーヴェルニュ)
山泳(アンバサドール)
(西日本チーム。右から、谷口、大下、米山、坂田、大熊の各シェフ)
西日本
坂田隆俊(フルニエ)
大熊秀信(フラワー)
米山雅彦(パンデュース)
大下尚志(モンシュシュ)
谷口佳典(フリアンド)
山崎豊シェフの作った米粉のバゲット。
衝撃を受けた。
米粉パンを、こんなにおいしく作れるとは。
外見は、伝統的なバゲット。
齧ると、甘さが小麦粉ではありえない輝かしさ。
せんべいにも似た超かりかりの皮と、中身のくにゅくにゅしたやわらかさにも、劇的な差がある。
小麦粉を我慢して、米粉を使うのではない。
小麦粉だけでは決して見ることができない新しい味の世界を見させてくれる。
「米粉が30%、小麦粉が70%。
米粉と小麦粉のおいしいところが合わさって。
いまの米粉100%のパンというのは、グルテンを添加しています。
グルテンをできるだけ添加したくない。
グルテンは小麦粉を潰して作られます。
それはもったいない。
日本中、エコ、エコといっている時代に、それはおかしい。
米粉100%が広まったら、小麦が犠牲になる。
グルテンはそれ自体、食べてもおいしいものじゃないですし。
この、米粉のバゲットのようなレシピが流行れば、小麦を潰さなくてもよくなる。
このパンは、普通のパンのようにも食べられるし、和惣菜とも合う」
卓越した職人の技術やアイデアは、環境を救い、未来さえ変える。
大下尚志さん(モンシュシュ)のパン・オ・レ。
パン・オ・レは日本では一般的ではないが、フランスでは長い伝統を持つポピュラーなもの。
このパンをシンプルに作ってストレートに勝負する。
薄い皮のさくさくと香ばしさ。
ゆるゆるぷりぷりと揺れる、中身の肉感的なやわらかさ。
甘さはなく、押し出してくるのは、ミルクの味わい。
プレーンなものもいいし、あられ糖のトッピングや、チョコレートを混ぜ込んだものも至福。
それらの甘さが降りかかったところだけ、味わいが燃え上がる。
「リッチな生地ですが、パン自体が甘くない。
神戸北野ホテルのイグレックプリュスにいるとき、料理に合わせて考えたものなんで、パンは逆にシンプルに。
食べてほっとする感じ。
何回も試作して、この配合にいきつきました。
配合によっては、食感が締まりすぎたり、ふわふわしすぎたりする。
しっかり食べた感じと、食べやすさが両方あるような。
料理を邪魔しない。
印象はきっちりとあって脇役じゃない、でも主役でもないような。
6月に独立して神戸の御影で店をはじめます。
そのときはパンオレを看板商品にしようと思っています」
ステージ上でつづけられる、一流シェフたちの仕事。
ツオップの伊原靖友店長は、プロがどこを見ているのか、着眼点を教えてくれた。
「たとえば、丸め方ひとつにしても、右回りか左回りかがある。
回転方向によって、できあがりがちがってくる。
その日の生地の状態によってどっちに回すかを決める」
伊原さんは今回のエキシビションに従業員を連れて参加、名物のカレーパンを朝から夕方まで1000個も作って、観客に振る舞った。
「いまはフライヤーを使っていますが、普段はガス台に天ぷら鍋を置いてやっています。
小さい鍋を使うことで、一度にたくさん揚げさせない。
そうしないと、丁寧じゃなくなってくるから。
10個を40回、50回と分けて」
1日数百個を売り上げる大人気商品を作る人の心づかい。
がりがりとした食感、強い味わいのパンをかむとちゅるっと出てくる、やけどをするほどに熱く、濃厚きわまりないカレーフィリング。
この感動は、この心意気がなければ、決して生まれないものなのだ。
今念の代表である児玉圭介さん(ボンヴィボン)。
イーストのフランスパン、自家製酵母のカンパーニュ、食パン、デニッシュ…あらゆるパンが極めて高いレベルにあるのが、ボンヴィボンという店だ。
児玉さんは、日の丸を背負うにふさわしい人だと思う。
それでも、世界大会は、また別のむずかしさがあると、彼は言う。
「お店のパンとはちがう。
こういう大会では、プレゼンテーションが問われる。
たとえば、『まぐろ』というより、『大間のとれたてのまぐろです」といったほうが、おいしく聞こえるでしょ。
ここで、いろんな人のやり方を見ててもすごく発見があります。
自分のパンがいちばんとは、なかなか思えない。
緊張してくる。
もっと上に行くために、この大会に参加しました」
「もっと上に行く」。
それは、世界のトップレベルを見たい、学びたい、という向上心なのか、世界で勝つことで自分の名を上げたいという野心なのか。
パンという世界にも、職人の腕一本で登っていける、栄光に満ちた高い頂がある。
それが日々パンを作りつづけることのモチベーションになっていることを、児玉さんの言葉は教えてくれた。
司会を行った木村周一郎(ブーランジェリーエリックカイザージャポン)さん。
「国際大会の審査基準にはきれいさの項目もある。
だから作業台の上がすごくきれいですよね」
ひとつのパンが作り終わると、若い職人がひたむきに台を拭く。
眩しいステージの脇で、下積み仕事を続けながら、彼はなにを思うのか。
「お店の若い子にとっては、普段は知ることのできない別の店のやり方、一流のシェフたちの技術を学ぶための、本当にすばらしい機会」
と、モンディアル・デュ・パンを草創期から取材してきたライター・本行恵子さんは言う。
各店から補助のためにやってきた若い職人たちは、一流の技術を盗もうと、手先に熱い視線を送り、写真を取っていた。
彼らの中から、将来、このステージに立つ者、世界のトップと戦う職人が出てくるのだろう。
(池田浩明)
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