長年修行を積んだパン職人でなければ、おいしいパンは作れないのだろうか。
パン業界と関係ないからこそ、他の分野で培ったセンスやノウハウを活かして、固定観念を壊すような、新しいパンができないだろうか。
ハリウッドランチマーケット(聖林公司)が経営するロータスバゲットは、ゲン垂水オーナーの「ロータスの実が入った素朴なパンを作りたい」というアイデアが出発点だった。
日本で最初の古着屋ともいわれるハリウッドランチマーケットやHIGH! STANDARDなどのブランドを立ち上げ、成功に導いてきた人物。
担当者の両角(もろずみ)さんは、オーガニックのカフェであるボンベイ・バザールの立ち上げに関わり、つづいて、そこで作っていたパンを発展させた、代官山・旧山手通り沿いにロータス・バゲット1号店のオープンもまかされた。
「オーナーに店名を言われたとき不自然に感じなかったのは、ロータスの花が洋服の柄にも使われていたりして、身近に感じていたからだと思います。
泥の中から出てきてきれいな花を咲かせる蓮はとても魅力的な花です。
内装に使われているパープルも、ハリウッドランチマーケットでよく使われるカラーでもあり、こちらも自然と馴染みました。
オーナーはパン屋のアイデアをかなり昔からイメージされていたようで、外観やユニフォーム、パンのオブジェなんかもオープン1ヶ月前には全て揃いました。
いつのまにこれだけの情報やアイデアを集めてたのか…」
両角さんの仕事は商品開発。
スタッフのアイデアや、職人からの提案によって、パンを試作し、意見を交換しあって、ロータス・バゲットの味に仕立てていく。
ボンベイカフェの名物は、店で炊いたあんこを使った今川焼。
ロータス・バゲットを立ち上げるとき、このあんこを使ったあんぱんを出すことをまず考えた。
「あんこが自慢なので、あんぱんにあんこをたっぷり入れたいと思いました。
薄皮まんじゅうみたいなパンが食べたい、と。
でも、生地からあんこがはみ出てしまう...
職人さんは『できない』と言ったけど、いっしょになって生地をのばして、『こうやったら必ずできるから』と。
毎朝10個作ったら半分以上は破裂。
何ヶ月もかかってやっとできたときは、涙が出ました。
その後お客さまから『もっと普通のあんぱんが食べたい』という声が出たので皮を厚くし、天然酵母を使ったオリジナルのあんぱんが完成しました」
湯捏ね食パン(240円)
ミルクとホシノ酵母がミックスされたやさしい香りが立ち上がる。
持った感じも食感も軽やか。
ふかふかな中に、天然酵母らしいふくらみきれない部分があるので、噛んですぐパンが復元せず、ふかもちっとなるのが愛らしい。
軽さの中に口溶けがあたたかく感じられるのは、小麦の味わい、酵母の風味とともに、それにもまさってミルクがしっかりと滲みだしてくるから。
強すぎない甘さが、ミルクとあいまって、やさしさを演出する。
細長く、口に運びやすいスマートな形は、スタイリッシュなこのパン屋を象徴するかのようだ。
「半分の大きさの食パンが食べたい」という自分たちのわがままから誕生したもの。
「自分で半分に切ればいいのでは?」との声もある中、
「耳好きの方用に」と。
たしかに、自分で半分に切ったのでは、耳が周囲すべてを覆うことはない。
食パンを特徴づける、やさしくほんのりの甘さは、砂糖ではなく、アガベシロップを使用することによるものだ。
「ボンベイ・カフェでもう14年も使っています。
テキーラの原料であるサボテンから作られたもの。
ちょっと入れただけで甘さが出て、GI値が低い甘味料です(血糖値の上昇の速度が低いのでダイエット効果がある)」
やさしい甘さと、ふにっとした食感。
両者は通じ合い、シンクロして、ロータスバゲットのパンに共通するかわいい感じを作り出す。
「ソフトな食感なのは、糖分がある分、生地にやわらかさが出るからです。
やわらかさだけを求めると、甘くなりすぎる。
ナチュラルな感じがいい。
素材の味を壊さないように。
ぜんぶオーガニック、天然酵母。
安心・安全。
あんぱんのあんこもできるだけ砂糖を抑えて、塩で甘さをきかせています。
お子様からお年寄りまで幅広くよろこんでもらえるメニュー作り。
ハード系よりやわらかいパン。
安定感があるホシノ酵母を主に使っていますが、ビワから起こした自家製酵母も使います。
もちもち感があるので、食パンとかフランスパンはホシノを使っています」
両角さんはパンについて素人だと正直にいう。
むしろこの仕事を通じて、いまのパンの世界の現状をストレンジャーとして理解していったと。
「パン職人さんから提案されてくるパンが、すべて甘すぎると思いました。
バターを使いすぎるし、オイリーすぎる。
普通のパン屋さんをあまり知らなかったので、職人さんが提案するものを食べて、世間はそうなんだと感じた。
ペストリーをよく提案してくるのですが、世間ではこういうのをやっているんだと。
それはうちのパンじゃないと思いました。
開店当初より種類は増えましたが、味のラインは変えていません。
口の中でべとつかない感じは大事にしています」
たまごパン(120円)
かわいい甘さ、乙女味がする卵サンド。
歯が少しパンに触れただけで歯切れる軽さ。
生地がなめらかになりすぎず、ほんの少し、気泡が織り成す組織のつぶつぶ感を感じる。
軽やかさと素朴さが両立している。
甘さでいえばなつかしいコッペパンに近いのに、後口にはまるで残らずすっきりとしている。
快い甘さの中にひとときたゆたわせてくれる。
企業文化、企業風土。
同じ場にいる人が知らず知らずのうちに同じ考え、感性を共有するということはありうる。
ハリウッドランチマーケットのような、強烈な磁場であれば、なおのこと。
それはスタッフの中に内面化され、誰かにひとつひとつ指示されるわけではなくても、洋服と同じ哲学や思いを持ったパンが作られていった。
「洋服と共通しているのはシンプルだということ。
うちの洋服というのは、基本はシンプル。
いろいろな形を作って演出するというのは少ない。
それよりも、見た目の色はもちろんですが、着やすさや機能を重視します。
パンでいえば、それは食べやすさ」
広報担当の冨永さんもいう。
「洋服もパンも一貫してるかもしれない。
はじめて食べたとき、ああ、そうかと。
ぜんぜん不思議に思わなかった。
うちの会社にいたらわかるような感覚。
上辺だけの奇を衒ったものを作らず、シンプルに味と食べやすさを追求しています」
最初に誕生した、オリジナルミックスパン(300円)。
「ブルーベリー、蓮の実、よもぎ。
体にいいものばかり。
カフェで出しているいつものブルーベリーに、毎年やっているもちつきに入れるよもぎ、ロータスバゲットのはじまりになったロータスの実。
スタッフの記憶に残っているもの、納得できるものばかりを使ったミックスパンです」
ボンベイバザー、ロータスバゲットともにオーガニックにこだわる。
ときには現地に足を運んで、食材の生まれる現場を見る。
「ブルーベリーを摘ませてもらったり。
実際に行ってみると気持ちも変わって、素材を大事にしようと思います。
ブルーベリーおじさんはすごい(笑)。
あれだけの広い畑を、夏の間は毎日採ってくださって」
焼きたてフランスパン(300円 ブルーベリジャム or オリーブオイル or バター つき)
焼きすぎないゆえに全身が中身。
噛むともちもちして、ぎゅっと音が鳴る。白い小麦の甘さがミルクでも飲んだときのように、ひたひたと舌の上に溜まり、やがて軽やかに口中に発散してくる。
国産小麦ならではの、舌に馴染む味わい。
頂点のよく焼けたところのみはすばらしく香ばしい。
げんこつパンや、ファンデュのような、昔からある、単純で、それゆえにやさしく、飽きのこないパンたちのことを思いだした。
「突然の産物でした。
1番人気です。
中にホイロやオーブンのついた車で移動し、横浜界隈で焼きたてフランスパンを販売しようと試みて、まずは自分たちのブルーブルーヨコハマの店横で販売しました。
予想以上に顧客様に来ていただけるようになり、その場所から動けず、移動式ながら、不動のまま現在に至ってます(笑)。
スタートする前に1回練習したほうがいいってことで、試しに作ってみたら、これができてきて、『こういうのいいよね』という事で完成したフランスパンです。
パンにも好みがありますよね。
バゲットは皮がぱりぱりしてなくちゃという人もいるし、こういうもちもちしたのがおいしいという人もいる。
ごはんの固さ同様に、パンもこだわって当然だと思います」
経験がなければ、先入観をもちえない。
知識がなければ、直感を大事にするほかはない。
伝統や基本を大事にするパン業界にあって、その外側にいる人たちが、かえって原点的なパンを発見したことは、興味深い。(
池田浩明)
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