パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
アーネカフェ/ジージョベーカリー(新高円寺)
152軒目(東京の200軒を巡る冒険)

女性の作るパンには女性の魅力がある。
それを知ったのは、阿佐ヶ谷にあったベーグルにおいてだ。
住宅街の路地裏に突然現れる、奇跡のような光景。
民家ばかりがつづく車も入れない細い道、マンションの裏口のようなところに人だかりがしている。
小さな厨房、お客ひとりでいっぱいになる小さな店にベーグルや、ハード系のパン、焼き菓子、注文してから作られるサンドイッチ。
狭い厨房で立ち働く、あるいは笑顔で接客してくれる女性たちに会うのも楽しみのひとつ。
なにより、パンの見た目、舌触り、食感、口溶けにある、愛らしさ、やさしさ。
技術よりもっと大事なものの感触をそのパンは教えてくれたのだった。

ベーグルは3年前に姿を消したが、アーネカフェ/ジージョベーカリーとなって、新高円寺で復活している。
姉の宮本麻紀さんがお菓子やサンドイッチ、カフェメニューを作り、妹の早苗さんがパンを作る。
以前通りの、小ぶりでかわいいパンたちに加えて、明るい吹き抜けのあるカフェでゆっくりと過ごす時が、この店の魅力として加わった。

きっかけは十数年前、姉妹で見たニューヨークの小さなベーグル屋。
「ニューヨークに旅行したとき、パンが生活に根ざしているのを見てうらやましくなった。
印象的だったのが、ベーグル屋。
オフィスにいく途中、気軽に毎朝寄る。
旅行者もつかの間、生活者になれる。
受け入れてもらえる。
それを見て、『自分たちもパン屋さんやってみたいね』って。
たとえば、スーパー行っても、サイズが大きくて牛乳1本が買えなかったりするけど、パンっていちばん体験しやすい。
安いし、歩きながら食べれるし。
唯一、アメリカに住んでいる気分にさせてくれる場所でした。
町の住人なんだって。
自分の町を好きになるために、パン屋さんは必要。
『あそこのパン屋さんはいいわよ』ってご近所の話題になるような。
日本でいえばお豆腐屋さん。
町に根づきたいな。
それで裏通りを探しました。
住宅街なので、いろんな人の嗜好に合うよう、いろんなパンを置いています。
みなさんの生活の中に溶け込めないかと。
ここは日本ではなく、NYなんだと、私たちは思いながら。
おしゃれなものでもなんでもない、普通のパン屋さん」

当時は、まだ本格的なパン屋が少ない時代。
いまでこそ、女性のパン屋さんは当たり前だが、製菓・製パン学校を卒業した宮本さん姉妹を雇ってくれるところは少なかった。
自分のペースで、自分だけのパンを作ることはできないのだろうか。
あきらめかけていたところに、アメリカの自由な空気が、女性がパンを作るというハードルを越えさせてくれた。

「日本ではフランスのものをそのまま入れるのが、いいとされているところがあります。
フランスは職人の文化が残っていて、規定も決まっていて、品質が均一。
アメリカはそれが一切ない。
それなら自分たちにもできそうだと思いました。
規定通りのパンを構築するのは、私たちには到底無理でしたから。
アメリカでは、パンはトラディショナルなものではないので、たくさんスタイルがある。
他の民族のものだから。
じゃあ、自分たちもやっていいだろうと思えた。
学校で習うのは、フレンチベーキング。
文化として触れたのは、アメリカ、イギリスのパン文化」

ニューヨークから帰ってきた妹はパンを作りはじめた。
「アメリカで見たのを真似て、ベーグルを作ったりしてました。
妹のパン作りに対する熱意がいいなーと思って」

カンパーニュ。
軽いところと重いところが共存していた。
しっかりと味わいのある重い種に、重い生地(ライ麦、全粒粉)というのが、普通のカンパーニュである。
このカンパの場合、酵母は、酸味も癖もないのだがしっかりとした風合いがあって重いといえる。
一方、小麦は軽やかで、きれいな味わいがする。
つまり、早苗さんの非凡さとは、よく見かける重重や軽軽ではなく、重軽の境地を発見したことだ。
火抜けして風味が籠りすぎていないし、溶けるほどにちゅるちゅると、小麦の味わいを滲みださせる。

ジージョベーカリーのパンはどれも小さく、かわいい。
「彼女のパンは、軽いパン、繊細なパンが多い。
肌触りなのかな。
彼女の手の大きさに合わせた形のパン。
大きなものは成形しづらいですし。
普通のお店では、ひとりで作るのではなくいろんな方が触るので、個性が出にくくなるし、決められたパンの形を守ろうとする。
妹の場合は、個性が出たパン。
『もうちょっと丸いほうがかわいいよね』とか思いながら作る」

妹の才能をいち早く見抜いたのは、自分も製パン学校に行った麻紀さんだった。
彼女のパンに圧倒的信頼を置き、開店以来、妹にパンはまかせ、決して手を触れようとしない。

「お菓子を作ったり、サンドイッチを作ったり、パン以外を私がやろう。
彼女の感性は私にはわかっています。
女性なので、ヨーロッパの方には、昔なつかしいお母さんの味。
家庭を脱しない、女性らしさ。
職人の仕事を重視するヨーロッパやドイツと比べて、アメリカやイギリスでは、『アップルパイはやっぱりうちのママの味がいちばん』という感覚が入る」

本棚に古めかしい本が刺さっていた。
シェ・パニース。
アリス・ウオーターズがカリフォルニアではじめたオーガニックレストランのレシピ集で、うつくしいイラストに彩られている。
あるいは、最近パリから日本に進出したローズベーカリーの女性店主ローズ・カリラーニについて水を向けると、
「あの人も、イギリスの女性ですよね」と。
家庭的なやさしさを感じさせるパンや焼き菓子を売り物にするのは、ヨーロッパ大陸よりも、アングロ・サクソンの伝統なのだった。

あたためること。
いちばん家庭らしさを感じさせるカフェのメニューは? と尋ねたところ、麻紀さんが作ってくれたのは、ソーダブレッド(200円)だった。
ふっくらして、かりかりして、香りがやさしい。
ちょっと甘さが足りない感じなのが、ホイップクリームから甘さを受け取って、ちょうどいい。
普通に買って帰っていたら、むしゃむしゃ齧りつくだけで終わっていただろう。
ほのあたたかくあたためられることで、愛情まで充填されたようだった。

「外国人のお客さんに、なつかしいと言われます。
こんな感じで出てくるカフェがアメリカではよくありますね。
ヨーグルトで代用しているのですが、アメリカみたいにバターミルクがあればいちばんいい。
アメリカのパン屋さんにはスコーンとソーダブレッド必ずある。
アメリカはごつごつした形で、イギリスは型で作っている」

外国の料理本や童話が置かれていることも、西洋へのあこがれを出発点にしている、この店のありかたを示唆する。
「物語の中のお菓子。
女性はそっちからくる。
クランペットは、よく読んでいた本に出てきましたが、当時はホットケーキしかなかったのでわからなかった。
パンケーキもなかったし、クレープってなんだろう。
赤毛のアンなんかがそうですね。
アップルパイを作ってる様子とか。
リンゴ刻んではさむって読んで、どういうことだろうなと思ったり」

そのことも、アーネカフェ/ジージョベーカリーのパンがかわいい理由なのだ。
菓子パン、惣菜パンが、棚に見当たらない。
赤毛のアンがそうしたパンを食べるはずもないのだから。
それは早苗さんのパンへのリスペクトであり、あこがれてきた西洋のパン文化に対するリプライでもある。

「パンありきだと思っていて、パンとなにかを食べるとおいしいんだということを伝えたい。
パンにひと手間加えるとおいしくなる。
たとえば、バターを塗ったりすること。
あまり菓子パンとか、惣菜系は作っていない。
食感とかを大事にしているので。
菓子パンや惣菜パンは、中身が飛び出さないようにしたりするために、成形で手をかけているので、味があまりしなくなっているように感じられます。
パン生地がどこかへ行っちゃってるような。
それより、できあがったパンを加工する。
食パンを薄く切ったらこういう味がして、厚く切ったらこういう味がして。
ヨーロッパにサンドイッチという文化がある。
日本でいえばおにぎりにあたる。
サンドイッチだけ持っていけば、昼ごはんになる。
それとか、パンを切ってなにかを塗ったり。
切り方も、こっちの方向に切ってもありなんだとか、ここに切れ目入れたりするんだとか、そういうおもしろさを伝えたい」

本日のジャムパン
ソフトフランス生地のむにゅむにゅぶりが半端ではない。
小さなまん丸パンに切り込みを入れ、自家製のマーマレードが塗られている。
甘さを控え、苦みが走って、素材の味わいを活かした透明度の高いジャムを、たっぷりというバランス。
のっぺりした小麦の味わいがしっかりと残り、納得のある甘さを皮の苦みとともに飲み下す。
白パン的に、唾液でパンがちょっと丸くなりながら生地が溶けていく感じがなつかしくも、紙一重で口溶けはなめらか。

パンをパンとして完成させたあとに、さらにおいしくする一工夫。
もし、パンといっしょにフィリングを焼きこむジャムパンならば、この味わいのエッジはなかったかもしれない。
フィリングを包んで成形するならば、このもちもちの食感はなかっただろう。
もちろんこの小さな球体を菓子パンに仕立てることも不可能。
「パンとなにかを食べるとおいしいんだ」
パンラブこそ最高の技術である。(池田浩明

アーネカフェ/ジージョベーカリー(A-NE CAFE / gigio bakery)
東京メトロ丸の内線 新高円寺駅
03-3314-3234
8:30〜18:00
火曜、第2・4水曜休み

#152





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#152
200(東京メトロ丸ノ内線) comments(0) trackbacks(0)
夏だけどパン食べるし逆に
ほぼほぼ夏だね。
(ほぼほぼって言う人に会うと笑いをこらえるのが大変)

夏になるとパンが食べたくなくなる。
昨年は"何を食べたいか分からない"などと恰好をつけてカスクルートを食べて、
一昨年は夏バテの薬のようにして"バインミーサンドイッチ"を食べた。

今年はパン耐性(何それ)がついたのか、パンが食べたくなくならない。
どちらかというと、"夏だけどパン食べるし逆に"という勢い。


深夜、ベッカライ・ブロートハイムのカスクルートフロマージュをまさこカット。
まさこカットとはどのようなパンでも1cmの薄さに切っていく渡邉政子さんの切り方を真似たもの。

どのようなパンも丁寧にゆっくりと1cm幅に切り少しずつ食べたほうがおいしい、らしい。
初めてその切り方について聞いてから4年経ち、
最近突然まさこカットが自分の中で流行り始めた。

少しくせのあるチーズがとろけた状態のカスクルート。
昼に買ったから少し乾いていて、しかし旨い。


こうしたらさらに旨かった。

らっきょうのせる。
らっきょうのせると、らっきょうの水分が少しだけパンに潤いを与えるのかしっとりする。
しかもピクルスとはまた違う層状の食感と酸味がよく合う。

照宝のセイロを買ったけどシュウマイは作っていないように、
NHKきょうの料理の6月号テキストを買ったけどらっきょうは漬けていない。
深夜の西友で買った岩下の塩らっきょう
甘酢漬けだとどうなのかも気になるネ。【D】


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ほぼほぼ逆に
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パンの漫画43 『アゲイン』













パンの漫画1 『パンと金持ち』
パンの漫画2 『クロワッサン』
パンの漫画3 『朝にパン』
パンの漫画4 『こがす』
パンの漫画5 『ガレット』
パンの漫画6 『罪悪感』
パンの漫画7 『ながら食べ』
パンの漫画8 『買いすぎる』
パンの漫画9 『先祖とフォカッチャ』
パンの漫画10 『VIRONで朝食1』
パンの漫画11 『VIRONで朝食2』
パンの漫画12 『こんがり』
パンの漫画13 『緊張』
パンの漫画14 『花巻』
パンの漫画15 『禁止令』
パンの漫画16 『シベリア』
パンの漫画17 『風紀』
パンの漫画18 『張り込み』
パンの漫画19 『タイミング』
パンの漫画20 『パン』
パンの漫画21 『張り込み2』
パンの漫画22 『太田原くん』
パンの漫画23 『映画館』
パンの漫画24 『見栄』
パンの漫画25 『公開パンラボ』
パンの漫画26 『話し』
パンの漫画27 『護送』
パンの漫画28 『漫画家フード』
パンの漫画29 『発売します』
パンの漫画30 『無題』
パンの漫画31 『張り込み』

パンの漫画32 『あるパン屋にまつわる物語』
パンの漫画33 『喫茶店』

パンの漫画34 『ハニートースト』
パンの漫画35 『3色パン』

パンの漫画36 『グルテン』

パンの漫画37 『新築祝い』
パンの漫画38 『お土産』

パンの漫画39 『朝の散歩』
パンの漫画41 『角食』
パンの漫画42 『クロワッサン』


漫画:
堀道広


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(パンの中に住む男キーホルダー大好評につき増産決定)
パンの漫画 comments(0) trackbacks(0)
八木澤商店のSHOW YOU
 6/30土のシニフィアン・シニフィエさんの催しを前に、
偶然にもかしわでさんから八木澤商店のお醤油をもらった。

国産丸大豆しょうゆ ゆっくりねのんびりと 360ml (詳しくはこちら





お豆腐を買ってくる。
(え、ここはパンに付けて食べるンじゃないの? というツッコミ待ち)

しかも普段は買わない
男前豆腐店の"やさしくとろけるケンちゃん"をチョイス。
(お醤油の味の違いを確かめたいなら普段買うお豆腐のほうがいいンじゃない? というツッコミ待ち)

ツツーッと垂らす。
(……。)

おいしい。
(おいしいお豆腐においしいお醤油ならおいしいの当たり前じゃない? イラッ!! というツッコミ待ち)

ここでかしわでさんから補足メール届く。
「どう? 味の違いわかった? 煮物とかで威力を発揮するのでは?」
(なるほどね、逆にね? 逆に煮物ね? はいはい逆にかー…)

予習完了。
(あ、もう終わりなんだ… 普通に豆腐食っただけじゃねえかよ… というツッコミ待ち)



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追加募集

大阪・靭(うつぼ)公園の鮮やかな緑。
(ブログ更新の滞りをさりげなく誤魔化す)


6/22金に大阪のスタンダードブックストアさんで行われた
"米山雅彦×池田浩明 みんなでパンを食べる会"
無事に終わりました。
元々の募集人数であった50名を大幅に越え、約80名の参加者の方々がお越しくださいました。
ありがとうございました。
フェイスブックのアルバムに写真を掲載しましたので、ご覧ください。
(レポートは近日中にUPします)


朗報:新宿マルイで行われる空想ブーランジュリーの参加者を追加募集することなりました!!
(催しの詳細→

10日前に告知をしましたが、
受付開始からほどなくして予定の席数が埋まってしまったためです。

ブログ・ツイッター・フェイスブックなどで知って予約ページを開いてみたら
既に"受付終了"の文字が出ていて
切なくなった/悲しくなった/無の表情になった/またかよ! またもう満員なのかよ! イラッ! になった/ちょw ふざけんなマジww 早過ぎわろたwww になった/金曜の正午から予約受付開始とか労働者階級への配慮無さすぎオワタ(゜∀゜)になった/などなど不愉快な思いをされた方々には
是非改めてご応募いただきたいです。

追加募集の受付開始は明日12:00(正午/お昼)です。
http://www.0101.co.jp/events/schoolschedule.do?shopId=SP000001  【D】
↑ 終了しました。ありがとうございました。




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写真はコメダ珈琲店大阪本町店のシロノワール

お知らせ comments(2) trackbacks(0)
大地堂(滋賀県日野町)
第1軒目(関西の200軒を巡る冒険)

この記事は、京都・恵文社で行われたトークショー『公開取材!! 関西200軒の冒険、第1軒目』で、大地堂の廣瀬敬一郎さん、中田志穂さんから聞いた話を元にし、一部、滋賀県日野町の大地堂で取材した内容を追加した。

ディンケル。
冒険はこの言葉からはじまった。
それがなにを意味するのか正確に知っていたわけではなかったが、魅かれ、追い求め、可能性に賭けた。
まだ出会っていないけれど、ずっと探していたなにか。
中田志穂さんにとって、その謎めいた響きの言葉は、新しい世界を切り開くマジックワードとなった。

大地堂を開く前の中田さんは、自分がどんなパンを焼くべきか知らなかった。
中田「おいしいパンがなにかわからへん。
理想のパンが自分の中にないことで思い悩んでいて。
日本、ドイツ、イタリア、フランス、いろんなパン屋さんに行きましたが、わからなかった。
そのとき、日本石窯研究所でパンを焼かれている竹下晃朗先生のことを知りまして。
先生がおっしゃるには、日本のパンがまずいのは窯のせいだと。
自分でパンを作って研究してったら、窯じゃなくて小麦があかんと。
市販の小麦粉より、さらにおいしい小麦があることを教えていただきました。
そのとき、竹下先生に「ディンケル知ってますか?」といわれたんですが、「ディンケル」という言葉をドイツのパン屋さんで見たことを覚えていました」

ディンケル、あるいは英語でいうならスペルト。
小麦が現代のように品種改良される前、人類がはじめて小麦に出会った頃のDNAを受け継ぐ原生種がいまもヨーロッパでは栽培されている。
味わいの濃厚さは普通の小麦と比べて別次元。
当時も、輸入小麦として日本に入ってきてはいたが一般的ではまったくなかったこの小麦の名を、竹下晃朗(*1)さんから聞いていなかったら、大地堂のいまはない。
まるでディンケルという呪文が偶然を引き寄せるかのように。
中田志穂さんと廣瀬敬一郎さんが出会って大地堂を設立した経緯もそうだ。

(大地堂は古い商家で営まれる)

中田「姉から、嫁ぎ先の日野町で農業をやっている義理の兄(廣瀬敬一郎さん)を紹介されまして。
『ディンケルいう小麦あるんやで』とひけらかしたら『それ栽培したら、おもしろいんちゃう?』となった」
中田さんがいうと、廣瀬さんがとっさに訂正した。
廣瀬「そうじゃないんですよ。
ディンケルを使ったパンを焼きたい、という思いが根本的に彼女にあったんです」

「ひけらかす」という偽悪的な表現が、廣瀬さんには引っかかったのだろう。
思いはもっと純粋だったはずだと。
ディンケルへの情熱は、知り合ったばかりの義兄にすぐさま伝染した。
海のものとも山のものとも知れぬ原生小麦を、廣瀬さんは追いかけはじめたのだ。

廣瀬「種子もないし、情報もない。
あらゆるチャンネルを使って調べたら、魅力があることはわかった。
問題は、日本で実際に育つのかどうなのか。
京都大学で麦を数万種を育てて研究している研究者の人を紹介してもらって、2,3時間話したら、
『できるよ』と。
実際、そこの農場でディンケル育ってるわけです。
ただ、できるというだけであって。
実際に農家が栽培して、商品になるかはまた別のこと」

廣瀬さんと話していると、よく「走る」という表現を使うのに気づく。
情熱家である彼に似つかわしい言葉だと思う。
日本ではまだどの農家も成功したことがなかったディンケルの栽培に、廣瀬さんはまさに「走り出した」のだった。
成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。
誰も辿り着けない未踏の大地を走り、誰も越えられなかったハードルを高く飛ぶことが、自分の没頭できる仕事だと直感したのだろう。
そもそも廣瀬さんは、コンピューター関係の事業を成功させていたが、自分の仕事に疑問を感じ、日野町に帰郷して農業に転じたのだった。

廣瀬「自分でなにかをしようと思ってた。
2000年に農業をはじめて、4,5年で基礎はできていた。
ちょうどその頃は次のステップを模索している段階でした。
ディンケルをやってみるのは、次のステップとしてよかった」

ディンケルの栽培をするためには、まず種子を手に入れなければならない。
だが、種子の輸出入は政府による管理下にあり、入手は困難を極めた。
廣瀬「最初、イタリアから輸入しようとしたんですが、州政府がゴーサイン出しても、国に止められた。
日本に入ってきてるものもあるが、許可を得ないと法律違反になる。
いま大納言が中国で無許可で栽培されて問題になっているように。
正規のルートはむずかしい」

「種を獲ってこい」
大地堂の開店にあたって、まずパン作りをブラッシュアップするため、ドイツへ修行に出かけることになった中田さんが、廣瀬さんに言われた言葉。
ディンケルの種子を、伝手もない外国からなんとかして入手してこなければならない。

廣瀬「中田がドイツに行くことが決まったとき、まず農家行って種子を獲得しろと。
現地のマイスターさんにも仲介をお願いしたり。
なにより、日本でもそうですが、農家さんに協力してもらわないと、輸入許可が下りない。
FAXのやり取りや電話を何度もして。
たった1枚の書類が足りないだけで、許可が下りない」

種子の輸入許可を得ることにこぎつけ、スタートラインに立ったが、初年度は失敗。
収穫はおろか、発芽すらしなかった。
「そうそうはなびかへんで」
と小麦が言っているように、廣瀬さんは思ったという。

自然はやすやすとは人間のもくろみ通り御されようとしない。
冷涼で乾燥したドイツと、温暖で湿気の多い滋賀。
気候も土もまったく異なる場所に品種改良もしていない原生種を実らせようというのだから簡単ではない。
事実、ドイツとほぼ同じ緯度にある北海道の江別製粉でも栽培を試み、失敗に終わったという。
2年目以降は収穫に成功し、ビジネスを軌道に乗せたかに見えたが、ディンケルのしっぺ返しはまだつづく。

「一昨年、去年と失敗してる。
ディンケルの原産地ドイツは梅雨がない。
ほっといても穂の状態で乾燥できる。
日本では梅雨時期と収穫期が重なる。
去年も10日間雨がつづいて、実った状態のまま発芽してしまった。
種は水分と温度があれば発芽する。
発芽するとでんぷんを糖に変える酵素(アミラーゼ)が出て、発酵を阻害するので、100%ではパンを焼けなくなる」

廣瀬さんの畑を見にいった。
廣瀬「ディンケルは地面を這う。
色によって、肥料成分、いまなにをほしがってるかがわかる」

私の目にはただ青々とした一面の草としか見えないが、プロの目からはそれが他の麦にはない特徴を持ったまぎれもないディンケルに見え、ひと株ひと株の個性まで捕まえることができる。
生育は順調とのこと。
今年は収穫できそうですね、と私が尋ねると、廣瀬さんは自分に気合いを入れるように力を込めて言った。
「今年は絶対に収穫します」
成否がわかるのは、7月だ。

かくも栽培がむずかしく、収量も普通の小麦の半分。
であるからこそ、ディンケルは類い稀な味わいを持ち、ミネラルやビタミンなどの滋養に富む。
他の農家や製粉会社にはない、大地堂の象徴であり、武器。
ディンケルという看板は、土に立脚した大地堂のパン作り、哲学をわかりやすくアピールする。

「ディンケルがうちのメイン。
通常の農法を確立していないいまは、有機でやる必要はまだないと思っています。
有機が結果としていちばんいいのはわかっていますが、いまはまず小麦の持つ力を引き出すことに力を入れている。
力とは、風味であり、人への影響力。
こんなへんぴな場所でやってるのに、テレビ出させてもらったり、いろんな人に知ってもらえるのは、ディンケルの力」

廣瀬さんの収穫した小麦は中田さんに引き継がれる。
兄から妹へ。
中田さん自身が農作業に駆り出されることもある。
どんな思いで兄が小麦を育てたか、つぶさに見ている。
その思いをパンにする。
中田さんが考えるのは、小麦の特徴をあますところなく活かしてパンを作ることだ。

中田「他のパン屋さんは、こういうパンが作りたいってイメージして、メーカーさんからもらったカタログからチョイスして、パンを作る。
それが普通だと思う。
私は兄の作った小麦を見て、それに適したパンを考える。
パンのレシピ、逆のアプローチをしている。
粒の状態の小麦を、焼く前日に挽いて、使う。
そうすると、焼きたての風味がぜんぜんちがいます。
挽きたての粉だと生地がだれてしまう。
だから、製粉会社の小麦粉は、品質を安定させるために、3ヶ月寝かせる。
そうすることによって小麦粉の品質が安定して、軽いパン、ふわっとしたパンが焼ける。
でも、粉の風味が奪われてしまう」

そばは挽きたての粉で作るのがいちばんうまいとされる。
ごはんも精米したばかりの米で炊くのがおいしい。
実は小麦も、こと香りに関してなら、例外ではない。
小麦もまた製粉した瞬間から劣化がはじまる。
にもかかわらず、3ヶ月もの間、小麦粉を寝かせるのは、酵素の働きを抑え、ロッドごとの差異をなくして、品質を均一に保つためだ。
つまり、作り手の都合に合わせ、生き物としての麦は殺され、単なるものへと還元される。
大地堂は麦を殺さない。
自然を自然として、それがもっとも猛々しく、もっとも純粋な瞬間に、パンの中に閉じこめる。

中田「小麦に合わせてパンを捏ねるむずかしさ。
毎日、苦戦してます。
畑によって、小麦も変わってくる。
しょっちゅう小麦の質も変わる。
近所でもこの畑とこの畑でちがう。
土の湿気具合がちがえば、生育も変わってくる。
年のはじめての小麦はどうなんやろうとどきどきします。
どれぐらい捏ねたらいいのか時間もわからない。
毎日ちがう発見があって。
失敗があるからもっといいのがわかる。
毎日実験です」

大地堂がドイツパンを焼くのは、小麦のことを考えた末の結論である。
「私より技術ある方はいっぱいいます。
こうするしかなかった。
目の前にあるものを、手をかけずに、お金をかけずに。
その中には考えもありました。
フランスまわって、ドイツまわって、なぜドイツに進んだか。
ドイツのパンは全粒粉が多いんですが、しっとりしてて、食べやすい。
せっかく収穫した小麦を、なるべく挽いたままぜんぶ使って焼きたい。
そのためにはドイツの技術が役に立つ。
水をいっぱい入れて、型に入れて焼く。
中はしっとり、もちっとして、おかゆに近い。
食べると口溶けがいい」

焼きたてのパンを持った中田さんが私の目の前を通過したとき、ブラウンの霞が目に見えるほど濃厚な香りが部屋の中に満ちた。
そのパンはすぐ急速冷凍庫にしまわれたので、普通に考えてそれ以上香りなど出ようはずもなかった。
なのに、まるでパンが目の前にあるかのように、私の鼻先でずっと存在感を放ちつづけていた。
他のパン屋さんの香りとぜんぜんちがいますね、と水を向けると、中田さんはいった。
「小麦の香りだと思います」
パンの香りのことを、それがまぎれもなく小麦のたまものであると、ここまで自信を持っていえるパン屋が、他にあるだろうか。

発芽ディンケルクッペ(650円[上の写真は店売りのもので通販のサイズは異なります])
発芽ディンケル50%、農林61号50%、塩、水、ドライイースト。
小麦の香ばしさがアーモンドかくるみのようである。
舌の上でぬめるように溶けるためか、バターを含んでいるかに感じられる。
あるいは、酵母の香りと相まって、味噌のようにさえ。
この交錯する味わいがすべて小麦から発せられているとは。
暴風のように激しく、噛むごとにエネルギーをほとばしらせる。

中田「ドイツのパン屋さんと日本のパン屋さんは目指してるものちがう。
軽くて、ふくらみよくて、クープがきれいに入っているというのが、日本のパン屋さん。
ドイツはもっとざっくりとしている。
大きい窯にがんとライ麦パン突っ込んで、ムラがあっても気にしない。
しっかり焼いたの好きなお客さんもいれば、焼きが甘いのすきなお客さんもいる。
原料にこだわる。
色より、ふくらみより、中身。
基本に忠実というか、うつくしさではなく、中身に忠実。
ドイツのパン屋さんにいくと、同じようなパンが並んでるのに値札だけちがう。
それが衝撃だった。
酵母がちがう、ライ麦・小麦の割合がちがう、ひまわりの種が入っているとか、それだけのちがいで、お客さんが選んでいく。
見たこともないパン。
好奇心に負けました」

大豆とゴマのブロート(650円[上の写真は店売りのもので通販のサイズは異なります])
亜麻仁とゴマというドイツパンの素材に加えて、自家栽培の大豆を使用。
このパンを噛み下すことは、穀物の味わいに耳を澄ませることだ。
ドイツパンが日本に根を下ろしたとしたら、大豆は極めて自然な素材だとわかる。
ゴマのオイリーな香ばしさが香り、ライ麦の生地がほどけると、とうふに似た白っぽい甘さがふくらんできて、押し寄せるライ麦のコクと同調していく。
日本的な素材をかすがいにして、土の味わいの世界へ足を踏み入れていく。

ドイツ人がひまわりやかぼちゃの種など穀物を好んでパンに使用するのは、冷涼な気候のせいなのだとう。
厳しい冬を穀物から取る栄養でしのぐ。
白米など食べず、麦や粟やヒエを食べていた、私たちの先祖とよく似ている。
それは貧しいことだろうか。
チューニングが合い、穀物たちとの通路が開かれれば、むしろ豊かな世界がそこに広がっていることに気づく。

もともとパティシエから出発した中田さんはドイツ菓子も作る。
フランス菓子のように、きらびやかではない。
ドイツパン同様に目立たず、土臭く、奇妙な美を持った焼き菓子も、中田さんの好奇心を刺激する。

中田「冬はシュトーレン、レープクーヘン。
日持ちのする高カロリーの食べ物。
これ食べて冬越すんや、って。
日本人は新鮮なもの好き。
ドイツ人は寝かすのが好き。
クッキーも缶にいれて1週間わざと置いたり。
パンもチーズもハムも保存食ですからね」

しょうがのシュトーレン
手のひらで握って小麦を押し固めたような素朴な形から、思いもかけなかったあらゆる風味が飛び出してくる。
秘密の扉を開いて、シナモンやカルダモンなど不思議なスパイスの芳香と出会う。
アーモンドの甘さ、ジンジャーの甘さ、小麦の甘さ。
最初はひとつだと感じられていた甘さが次々と現われ、正体を開示する。
甘さに喉のあたりまであたためられながら、一方で舌はしょうがのぴりぴりした食感で刺激されつづける。
しょうがの土っぽい素朴さが、ドイツ菓子のありかたによく合っている。

大地堂に行き、パンを食べて思う。
私たちの食事には根っこがなかったのではないか。
土を耕す人に出会い、土の香りのするものを食べる、代え難い充足感。
刺激的なものや、高カロリーの食事に、現代人がつい流されてしまうのは、それが欠けているからなのかもしれない。

廣瀬「百貨店の催事のとき店番してても、お客さんがぱっと帰らない。
2時間いた人がいる。
きてくれたお客さんがいうのは、『ここパン屋じゃないね』。
パンの向こうに生産者が見えるんですね。
お米食べてたら、どんな人がいるか、感じられると思う。
パンに関してはほぼゼロ。
パン職人さんでも、麦の粒、麦の穂すら見たことがない。
作り手がいることを感じてもらいたい」

大地堂のパンは、廣瀬さんと中田さんの話し合いによって、すべて作られる。
中田さんが試作したパンを、廣瀬さんとのディスカッションによってブラッシュアップする。
廣瀬「僕がレシピに付け加えることってないです。
僕がするのは、要素を削ること」
素材を少なくし、よりシンプルにしていくことで、素材の「素」が見えてくる。
腰を据えて素材に向き合うあり方は、例えばめまぐるしく新製品を並べることに忙しいコンビニのパン売り場と、完全に逆ベクトルの関係にある。

廣瀬「幅を持たせたかった。
日本人はすべてが一過性で、全員がひとつの方向に走ってしまう。
それは楽しくない。
僕は選択したい。
いまは選択させられてる状態。
幅を広げたい。
どんなパン屋さんがあってもいいんです。
コンビニだっていいし。
そのパン屋の先には、必ず作り手、生産者がいることを、わかってほしい」

「国産小麦でおいしいパンはできない」
そんな評価を口にするパン職人がいるほど、パン業界では、外国産小麦への信奉が圧倒的である。
廣瀬さんがそうした流れへの反発を熱く口にしたことがあった。

廣瀬「フランスでパン学んできた人は多いですけど、外国まで行ってなに見てきてん。
ヨーロッパってもっと原料にどん欲ですよ。
フランスなんか農業国だから、自国のものにものすごく誇り持っている。
その気持ちがないんかい。
日本人は自分の自由にできる、色のついてない材料を求める。
そろそろ白いキャンバスやめないな。
色のついたキャンバスに自分の色塗って、融合させないな」

人間の体は食べものによって形作られる。
食は人間の根幹そのものだ。
その大事な問題から私たちは目をそらしつづける。
たとえば、食糧自給率の問題。
ひとたび戦争や飢餓が起こったとき、日本人はなにを食べるのだろう。
にもかかわらず現実は、逆回転しつづける。
農業人口は年々高齢化して放棄地が増え、耕作される土地は減りつづける。
のみならず放射能の問題まで起こった。
田や畑が減れば、洪水の原因ともなり、自然環境が荒廃する。

廣瀬「みんななんとかしないといけないとわかっている。
わかってるけど、だめなんですよね。
いま農業人口の平均年齢が65歳。
10年経てば、ほぼいまの世代はいなくなる。
10年後、どういう時代がくるのか。
お米や麦を作る人がいなくなる。
TPPの問題もあるし、どうなるかわからない」

畑を見たあと、廣瀬さんが呟いた。
「古いやり方が1回ぜんぶチャラにならなくちゃ、新しいことがはじまらない」。
農業人口が減りつづけ、カタストロフに誰もが気づかざるを得なくなったとき、やっと希望が見えてくるのかもしれない。
冬、田畑から緑が消えたように見えるが、実は地中では春に芽吹く新しい生命が準備されている。
新しい世代に農業は引き継がれていく。

廣瀬「僕のやってることはひとつの例にすぎない。
農業界に見せたい。
いまのやり方ともっとちがう考えがあるということ。
会社組織が参入してもいいし。
いろんな形態がある。
自然界にも多様性があるように、人にも多様性がある。
これからもっともっとそれが必要になる。
右にならえではよくない」

パンとは経済そのものだ。
どんな味を選ぶかは、なににお金を使うか、どんな作り手にお金をまわしていくかという選択でもある。
今日食べるパンの選択は未来につながっている。
外国から大量に運ばれてきた安価な小麦を使ったパンばかりではなく、ときには大地堂のような土の味がするパンもいいものだ。


*1 今年90歳になる竹下晃朗さんは、京都・恵文社のすぐ近くに済んでいて、偶然このトークイベントのことを知り、会場に足を運んでくださっていた。


JR琵琶湖線 近江八幡駅/近江鉄道 日野駅
(JR近江八幡駅南口、近江鉄道日野駅より
近江鉄道バス「北畑口行き」で約50分 西の宮バス停下車目の前)
0748-26-6090
10:00〜18:00
火曜水曜木曜休み
現在、休業中。再開は半年〜1年後の予定
 




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ブラック・ブレッド
6/23土から劇場公開されるスペインの映画「ブラック・ブレッド」(原題PA NEGRE

ペドロ・アルモドバル監督の最新作「私が、生きる肌」(原題 La piel que habito)を押しのけて
アカデミー賞外国語映画賞でスペイン代表となった作品と聞いて、観てみた。
思わずパンが食べたくなるという類いの映画ではないが、
主人公の少年のように"パンの色が貧富を示すこと"を改めて目の当たりにしたせいか
黒いパンが食べたくなった。

「ブラック・ブレッド」予告編→
「私が、生きる肌」予告編→


ただ黒いパンを食べるのも退屈なので、ノートと鉛筆を用意する。
黒いパンは色が黒ければ何でもいい。

のしあがったる、のしあがったる…カリカリカリカリカリ…
瞳の奥を燃やしながらおもむろに黒いパンをちぎり口に詰め込む。
親の仇をとるような形相でノートに鉛筆で殴り書く文字は何でもいい。
そうだ、
それだ、
その調子だ。
あるはずのないハングリーな気持ちが湧き上がってきやしないか。


しかし驚くべきことに観賞後私が食べた黒いパンはサクサクとした食べやすいもので、
ハングリーな気持ちは1mmも湧き上がってこなかった。

このパンの黒さは竹炭による。
黒ければいいのではなく、
ライ麦や全粒粉で黒い色になった堅く重めのパンのほうがいいかもしれない。
(
詳細は『パンラボ』P45〜やP81〜を参照)
ちなみに上写真は竹炭バゲットにチーズがのったもの。
ここに生のウニをのせて食べる。




わお!




最後になりましたが、『パンラボ』3刷決定しました。
そういえば『パンラボ』が発売された2012年1月25日の前夜、
柏手さんウニトースト食べていたネ。証拠画像→

めでたいことがあるとウニトースト食べたくなるのか。わからない。祝。【D】


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つむぎ(公園)
151軒目(東京の200軒を巡る冒険)

店主は研究者。
いうなれば、製パン理論的にもっとも適切なパン屋。
「日本のパン業界のバイブル」との定評がある『新しい製パン基礎知識』(パンニュース社)。
その著者、竹谷光司さんが日清製粉を辞したあとパン屋をはじめた。

竹谷さんといえば、ベーカリーフォーラムという研究会を主宰していたことで知られる。
パン職人たちが意見を発表し、他のメンバーとの自由なディスカッションを通じて、パン屋の運営技術を理論化し、最適解を求めていく。
設立の意図について、資料にはこのように記される。
「お互いに専門分野を提供しあって、トランスフォーマー(合体ロボ)のごとき、巨大な力を作り上げたいと念願しております」

ベーカリーフォーラムという「トランスフォーメーション」が、日本のパン屋のレベルアップに貢献したことは、参加メンバーの顔ぶれからも明らかである。
「スタートしたときはみんな無役。
だけど、金林達郎さんは帝国ホテルのチーフになったし、仁瓶利夫さんはドンクの役員、明石克彦さんはJPBの代表。
若手では、デイジーの倉田博一さんがドイツパン菓子勉強会の会長、トランブルーの成瀬正さんはクープ・ド・モンド(ベーカリーワールドカップ)の監督として2回目の優勝に貢献した。
その他にも全員を紹介したいぐらいの、実力派・個性派がそろっています。
20年間、200回以上もやってきましたからね」
パン業界の重鎮の多くは、この勉強会から輩出された。

ベーカリーフォーラムでは具体的にどのようなことが話し合われていたのか。
「3年目にやったのが『The Bakery』。
こういうパン屋さんあったらいいね。
理想のベーカリー像を作りあげる。
これを作るのと同時並行で、たまたま明石さんがベッカライ・ブロートハイムをオープンした。
明石さんが言うには、『この資料を具現化した店ですよ』」

ベッカライ・ブロートハイムの成功は、ベーカリーフォーラムの高い達成を証明するものだ。
「つむぎ」もまた、その議論を踏まえて、よりおいしく、より生産性の高いお店を模索するために開店した。

研究者としていままで経験したさまざまな製法から、理想的なものが選び抜かれ、パンが「つむぎ」出される。
「私の製法は40年パンをやってきて、自分が食べておいしいと思った製法で作っている。
フランスパンは瓶さんの方法(ドンクの製法)。
仁瓶さんのフランスパンがいちばんおいしかったから。
配合も工程も同じです」

バゲット(240円)
ドンク、ベッカライ・ブロートハイムと通じる、リスドオル(フランスパン専用粉)味の保守本流バゲット。
馴染み深さの中に個性はある。
もっと塩のゆらぎを感じ、もっと小麦の味わいの低音部がぐっと押し出してくる。
息の長い迫力が終わらない。
単純であるゆえに飽きず、もうひと口へと誘う。
軽さとかりかり感がパリの日常のバゲットを思わせる。

リュスティック(クランベリーとクルミ)(240円)
発酵の風味でマスクされない。
白くつややかな小麦の味わいがよく表現されている。
ほのかな小麦の甘さが、鋭いクランベリーの甘酸っぱさで瞬間的にかき消され、一方クルミの甘さもひたひたと忍び寄り、それら副材料が引いたあとは、よりあたためられ、より肌合いに近づいた小麦の甘さが、舌に残っている。
そして、思う。
この甘さ、この香ばしさは味わい深さにつながっていたのだと。

看板に「LABORATORY」の文字を掲げるのはなぜか。
パン屋であり、パンの実験室。
日本のパンの時計を未来へと進めようという狙いからだ。

「世界にいろんなパンがあるけど、それはなぜあるか?
アメリカでは食パンが作られるし、フランスではフランスパン、ドイツにはドイツパンがあるし、インドにいけばナンやチャパティがある。
その土地にあるさまざまな小麦を、もっともおいしく食べる方法がそれだった。
カナダ産小麦1CWでフランスパンを焼いてもおいしくないし、ドイツのライ麦ではフランスパンや食パンはできない。
インドは文明が発達してなかったから、ふわっとしたパンを焼けなかったなんて、とんでもない。
チャパティが無発酵なのは別の理由があるはず。
おそらくインドの小麦はガス保持力が弱いのではないか。
香りや味はいいが、ガス保持力が弱い小麦なんて、世界にはいっぱいある。
世界各地で小麦の特徴を活かしたパンが作られてきた。
それから類推すると、日本の小麦で日本人の味覚に合うパンはできるはずだ」

日本人はまだ、自分たちのパンを知らない。
竹谷さんの指摘は新鮮で、かつ真摯だ。
日本人の好むパンといえば、白くてふわふわとした、食パンのようなパンである。
だが、それを作るために、北米産のような、タンパク量の多い高価な外国小麦を、日本人が世界から買っている。
私たちは外国の製法と外国の材料を使った外国のパンばかり食べ、そのために、国内産小麦の生産量は上がらず、食料自給率は相変わらず低い。
きたるべき食糧難の時代や、里山の環境悪化の問題を見据えたとき、現状のやり方を続けていけるのかどうか。
竹谷さんは「つむぎ」という実験室で、製パン科学の視点から、その問題に切り込もうとしている。

「日本の主力品種はきたほなみ。
平成23年に56.6万トンの生産があり、日本の小麦生産量の65.6%を占めている。
麺用と定義されてるけど、パンを作ろうとしてないだけの話。
日本の主力品種でどんなパンを作れるか。
その切り口を誰もやってない。
日本の土壌や気候にいちばん合う小麦、それを使って作るのがパン屋の務め。
パン主食の国ではみんな主力品種でパンを作ってる。
日本のパン産業はほとんど輸入小麦で作ってる。
国産小麦の主力品種でパンを作ろうという発想がない」

白くふわふわのパンが置き忘れたもうひとつのこと、健康への配慮。
白い小麦粉を精製するために取り除かれる、ふすまの部分に、現代人に不足している栄養素が多く含まれている。

「食物繊維と、ミネラルなどの微量成分が、胚芽とアリューロン層(糊粉層。小麦の粒の外周部分)に入っている。
全粒粉をおいしく食べる工夫をパン屋はいままであまりしてこなかった。
いま現代人に必要だと思う」

バランスの取れた健康的な食事をとるために、オバマ大統領夫人が提唱する
食事ガイドライン「マイプレート」。
「食事のエネルギー量をコントロールし、栄養バランスを改善するための10項目」の7つ目に「半分は全粒粉をとりましょう」という項目がある。
「精製された小麦粉や白米をとる代わりに、全粒粉や精白されていない玄米を増やしましょう」

全粒粉をおいしく食べるための、国民的パンとして考えたパンが、全粒ロール(50円)。
シックなブラウンの香りが匂い立つのは自家製粉のたまもの。
マイプレートの条件を満たして全粒粉を5割配合しているとは、到底思えぬエアリーなふわふわぶり。
味わいはコッペパンに似る。
それにとどまらぬ香りの広がり、落ち着いた甘さ、よどみない歯切れは、ハイパーコッペパンと呼ぶべきか。
押しつぶすとへなへなと潰れるかよわさは、麦の香りは、このパンにはさんでサンドイッチにせよと要求する。
ちなみに、「今日の配合はきたほなみが25%」とのこと。

きたほなみ、全粒粉でパンを作りたい。
そのためにこの店をやった。
日本のきたほなみはフランスの一般品種と似通っている。
フランスパン系統なら無理なく作れるはず。
ただ麺用適性が高まるように製粉してあるので、いいパンができない。
きたほなみをパン用に製粉すればいちばんいいんだけど」

日本の国民的パンを生み出すために必要なもの。
日本人の好きな味わいとはなにか、という認識である。
漠然としか語られなかったこの問題を、竹谷さんは科学的に解き明かす。

「お米の主流はインディカ米。
日本人が好まない、タイ米のような外米のことです。
一方、日本のお米はジャポニカ米です。
大きなちがいのひとつは、アミロースの含量。
でんぷんはアミロースとアミロペクチンという2種類の成分から作られているのですが、その割合がインディカ米では3:7、ジャポニカ米では2:8。
日本のお米はアミロースが少ない。
アミロースってなにか?
アミロペクチンが100%だともちになる。
日本人はもちもちした食感が好き。
アミロースは少ないほうがいい。
小麦も主流は3:7だけど、きたほなみや春よ恋、ハルユタカのような内麦はアミロースが2割しか入っていない、やや低アミロース。
食感にすごく影響する」

つまり、外麦で作った白いパンより、もっと日本人の味覚に合い、もっと健康によく、もっと食糧自給率を上げられるパンを作り出せる可能性はある。
もっと科学的に考えることで未来を切り開けるはずだという、ポジティブな楽天主義。
それが竹谷さんの哲学だと思った。

もうひとつの解決されるべき問題。
パン屋が長時間労働を強いられる現状も憂慮している。
「パン屋さんの仕事を1分でも1秒でも短くしたいと考えている」

トヨタやパナソニックのような日本の2次産業が「改善運動」で大きな成果を挙げたように、知恵を出し合えば必ず克服できるはずだと竹谷さんはいう。
もちろん、効率化によってパンの味を損なわれるのなら、本末転倒である。

「おいしいパンを作るには、手間を惜しまないこと。
効率化とおいしさは矛盾しない。
おいしさを追求しながら、その手間をいかに省くかを考えてる。
1000円のワインと100万円のワイン、1000倍味ちがうと思う?
そんなことないでしょ。
食べ物の味って一部ちがうと、10倍、100倍ちがう。
おいしい、まずいっていうのは、かけ離れた味のちがいじゃない。
紙一重だと思っている。
それがどこからくるか?
ちょっとした手間ひま。
そうなんだけど、必要のない手間ひまもあるはず。
寝る時間もなく仕事するのはよくない!」

効率化とおいしさの追求という二律背反をアウフヘーベン(矛盾した概念を、より高い概念に昇華)すること。
もっと効率的になれば、もっとおいしくなる。
科学の力を使えば、決して不可能ではない。
そのひとつに、生地冷蔵(低温長時間発酵)と呼ばれる方法がある。
「生地玉をいっぺんに2〜4日分を作ります。
その方が効率的だし、味も熟成されておいしくなる
低温下で発酵食品は凍らない限り熟成が進む。
時間とともに味はよくなる」

新興住宅地にある、一見なんの変哲もないパン屋で、実は未来が胎動している。

つむぎ
山万ユーカリが丘線 公園駅
043-377-3752
10:00〜17:00
月曜火曜水曜休み

#151




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#151
200(山万ユーカリが丘線) comments(0) trackbacks(0)
クリクロ
A.jpgチョココロネをチョコロネと略したり、
アキ・カウリスマキをアキ・カウと略したり、
サミュエル・L・ジャクソンをサミュエル・ジャクソンと略したりしていると、
だいたいの場合カフェ・ド・クリエのクロワッサンはクリクロということになってしまう。


B.jpg クリクロは何の変哲も無い袋入りクロワッサン。

ただし袋から出してこの角度から見ると、やけに海亀っぽい。


これまでクロワッサンを食べている時に頭に思い浮かべてきたものは様々にあったと思うが、
海亀のことを思い浮かべながらクロワッサンを食べたのは初めてだった。【D】




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伝説のぱんに出会った!



うぐいす.jpg



おっとー!!!

何年ぶりだ! 思い出せない!

いたんだ! いたんだね! チミは!!


一週間くらい前、
もはや伝説のぱんと認定していたヤマザキのうぐいすぱんに出会った。

しかも(自分的に)驚くべき場所で。


西武池袋線の池袋駅の地下改札構内にあるスナック・イン
(やきそばやソバなどが立食できる場所。一応リンク貼ったけど、興味ある人いるのかな?)
菓子パンコーナー(といってもめちゃくちゃ小さいスペース)に
うぐいす色のニクいやつは2袋いた!!!

まさかの灯台、
まさかのもと暗し。
まさかの変化球。
まさかの駅売り。

値札! ¥100

20年前! いや30年前! 時空を超える値札付き!
値札1つでまさかのオールウェイズ感!! 東京タワワワワー!


世の中は経済であり、ビジネスである。
この場所にうぐいすぱんがあるということは
この場所ではけるからあるということだ!

この沿線を利用してるお客様の中にいる。
うぐいすぱんを愛す方が確実にいる。
偶然のはずない。偶然で置かれるぱんではもはやないからだ。
(でないとヤマザキのうぐいすを求めてスーパーの菓子パンコーナーを彷徨う自分が浮かばれない)
いや、偶然でもいい。もし偶然置かれた日に自分が偶然通りがかったとしたら、それはそれでディピュティーだ。(練馬から離れ、池袋駅をほとんど利用しなくなった)

だけれども、これはやっぱり偶然ではない。
なぜなら、そこに置かれていた2つのうぐいすぱんの賞味期限が1日ずつ違っていたからだ。



でもどんな人が買っているんだろう。できれば女子高生のおやつ替わりだといいんだけど、ちょっとムシがいいかな?
うぐいすぱんを好きな女性、略してうぐいす嬢(…とか言ってみたりして。うひ)が毎日、そこでうぐいすパンと牛乳を買って、食べてるとうれしいなぁ(イート・インできる)。



すまない! うぐいすぱんをいつも買うウグイス嬢!

と気持ち土下座ぎみにそこにあった2つのうぐいすぱんを買わせてもらった。


同じ菓子パンを2つ同時には買わない。

特に課した決めごとではない。けれど、自然にそうなっている。お土産でないかぎり、2つ買わない。
メロンパンが食べたいと思えば、メロンパンを1つ買う。自分用に同じ菓子パンを2つ買ったことなどない。

だけど、今回は2つ買ってしまった。
買い占めてしまった。

ワオ!まさかの罪悪感!

ハッピー&ギルティー



かしわで
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