第一パン(第一屋製パン)の漠然としたイメージとは、「おもしろい会社」というものだ。
ヤマザキ、そしてパスコの後塵を拝しているせいなのか、かえって突き抜けた商品が多い。
シールが入ったポケモンのシリーズだったり、でっかいパンのお得感だったり。
それらの商品はいったいどのように生まれてくるのだろう。
第一パンの小平工場を見学に行った。
最初に第一パンのプロフィールを営業企画部長の伊藤貴之さんから紹介していただく。
「PB(プライベートブランド)も入れて現在約350アイテムを作っています。
そのうち約20品が昔からある定番商品です。ファミリー向けの人気商品が多いので、コンビニよりスーパーで扱っていただいていることが多いですね」
第一パンの看板商品には次のようなものがある。
ひとくちつつみソーセージ
この安さで、ソーセージロールが7個食べられるというお得感。
ポイントはなんといってもオキハム(沖縄ハム)のソーセージのうまさ。
スモーク感、風味のくっきりとした強さで、パンをどんどん食べさせる。
「定価は200円ですが、店頭では特売で188円で売られることもあります」
アップルリング(写真はアップルリングミニ)
でかい。
このパンを見たすべての人の感想がおそらくこれだろう。
アップルパイ(中身はパンだけど)をホールで買うという、年に1度あるかないかの大イベントを誰もが日常にできる。
アイシングとりんごの酸味の相性。
大きく焼いたパンだけが持つ、しっとり感、口溶けのよさがすばらしい。
発売から26年のロングセラー。
小平工場長の津賀則久さんに製造ラインを案内していただく。
「第一パン最大の工場は金町工場で、そこには国内最大の蒸しパンラインもあります。
小平工場は細かいもの、手間のかかるものを作るラインです」
パン屋には大きくわけてリテールベーカリーと、ホールセールがある。
第一パンやヤマザキなどはホールセール(スーパーなどに卸して小売りされるためのパンを作るメーカーのこと)にあたる。
街のパン屋はリテールベーカリー(製造から販売まですべてその場で行う)と総称される。
「ミキシングはリテールベーカリーでは1回ですが、ホールセールでは2回に分けて行います。中種法ですね。
製品を水和させて、ソフトにし、日持ちもするようになります。
1回目は小麦粉の分量のうち70%を、水、イーストとミキシングし、発酵室で約2時間半置きます。
2回目のミキシングで残りの材料を入れます。
菓子パンはできあがるまでに約6時間、食パンは約8時間かかります」
第一パンのほとんどの商品は中種法で作られる。
中種法は、特に食パンなどのアイテムではリテールベーカリーでも行われている。
だから、「ホールセールはミキシング2回」とは、あくまで、作り方の大雑把なちがいをつかむためのイメージだと思っていただきたい。
縦にまわる巨大なミキサーでミキシングされた生地は、風呂桶かボートみたいな巨大な発酵ボックス(キャスターつき)に入れられ、発酵室へ運ばれる。
そこはサウナみたいな部屋で、あたたかく、湯気がもうもうと立ちこめて、カメラのレンズも曇った。
発酵を終えた生地は1個分に分割される。
パンは、すべての工程を通じてベルトコンベアで運ばれている。
ベルトコンベアが王様だと思った。
コンベアの速度がすべての工程を司る。
人間はそれを滞らせないよう、補助をする。
分割から次の工程に向かうまでの移動時間も計算されている。
「ベンチタイム」と呼ばれる、生地を休ませる時間。
生地はベルトコンベアの橋を登って作業通路を越えていく。
次に、別のラインで丸めの工程を見る。
機械とはなんと器用なのだろうか。
コンベアで運ばれる生地が、アクリルのような素材でできたひらひらした羽根みたいなもので、頭上から軽く押さえつけられると、くるくると回って、丸くなる。
おもしろいように、次々と丸められていく。
パン生地のダンス。
素人がパンを作るときいちばん最初の難関として立ちはだかるこの作業も、ちょっと原理を抑えれば機械で再現できる。
力学的に正しい動きは、なんとも気持ちいい。
ちょっと油断するといつまでも見つめてしまうほど、誘惑的な眺めなのだ。
つづいて、ロールパンの成形を見た。
丸められた生地が上から押し潰され、平べったくなる。
これがベルトコンベアで流れて、またひらひらの下を通過すると、そこに接触して、くるんと巻かれて、あっというまにロールパンの形になる。
まったく同じ形の生地が行列を作る。
惣菜パンを仕上げる作業。
「食パンは全自動化されていますが、菓子パンや惣菜パンのような、ひとつひとつ形がちがうものは、人の手で行います。
切れ目を入れる作業、ツヤだし、ケチャップをかける作業、すべて手作業です」
焼成前の生地が数人の間をベルトコンベアによって移動する。
一人が一つの作業を受け持ち、全員のあいだを移動すると、仕上げは完了。
この間、10秒程度だろうか。
一人の人は黙々と同じことをするだけ。
リテールベーカリーでは、仕上げの作業を一人で行っている。
同じ作業だが、圧倒的にこっちのほうが速い。
ベルトコンベアと分業の力はものすごいものだ。
それにしても、工場とはいいながら、なんと人海戦術が多いことか。
パンを作ることの大変さは、個人店でもホールセールでも、根本的な部分で変わらない。
どんなパンも心して食べなくてはならない。
焼成はトンネルオーブンで行う。
ベルトコンベア上の生地がトンネルのようなオーブンを十数分かけて通り抜けるうちに、さきほど仕上げが行われていたパンが焼き上がって出てくる。
焼きたてのパンの美しさ。
光沢を帯び、蒸気と熱気によって、やんわりとまわりの風景を歪めている。
誰かの手でオーブンから取り上げられるわけではなく、勝手に出てきて無言で行進する。
ベルトコンベアがカーブをまわりこむと、冷却時間をとるため、工場の高い天井に向かって、パンたちはまた坂を上っていった。
製品ができれば、そのあとは包装。
「包装機への投入や製品の箱詰め作業の大部分は人の手で行っています。」
成型や焼成に人が多くいるのと同じく、包装でも人手がかかっているのは、意外なことだった。
見学のあと、再び伊藤営業企画部長に説明を受ける。
いまデフレの影響を受けて、パンの価格は下がってきている。
100円の食パンはどのようにして可能となるのか。
「スーパーさんは集客や競合店対策のため、パンメーカーに価格を下げるよう言ってくることもあります。
パンメーカーはどうするかというと、製造工程や原材料を見直して安くする工夫をします。時には原材料メーカー、油脂メーカー、製粉会社と協力して行うこともあります。
数量が増えればコストを抑えることができますから、商品毎に価格弾力性を見て判断することもあります。
最近は低価格帯のPBが増えていることも影響しています。
特に食パン。
菓子パンは100円、120円というところで収まっていますが、今は食パンの値下げ競争が激しく、(シェアトップのパスコ)「超熟」でさえ安く売られているのをよく目にします。
メーカーは原材料の見直しやリニューアルを頻繁に行う等、企業努力で対応するのですが、アイテム数を減らすことで合理化し、コストを下げることもその一つとなります。
ただし小麦粉他原材料の価格やエネルギーコストの上昇により、価格や商品規格を見直す場合もあります」
食パンの値段が下がることは、消費者にとっていいことばかりとはいえない。
経済においては、あらゆる商品の価格が連関している。
合理化によって、社員の給与が下がれば、経済全体の消費意欲が衰える。
原材料の価格が下がっても同じことである。
ホールセールのパンが安くなれば、リテールベーカリーのパンも値下げを迫られるし、価格差が大きくなれば売れなくなる。
値段を下げるために、パン業界全体が、原料の質を下げるか、手間ひまを省く方向へと進むだろう。
あるいは、従業員の給料を下げるか。
そうすれば、パン職人のなり手が、いま以上に少なくなる。
食パンの値下げ競争がパン文化の衰退につながることは、十分に予測されうる。
パンを安く買うことのコストは、近い将来、別の形で支払わなければならなくなるかもしれない。
商品開発部の手塚勝久さんに、新商品が生まれるまでの流れを教えていただいた。
「新しい企画が商品になるのは半年後です。
20か30ぐらいアイデアを出して、1ヶ月ぐらい企画部署で揉む。
どうしても消費者の方の声、お得意様の声は反映させたいと思っています。
営業に新企画を提案するのは、発売の4ヶ月前です。
『ここを改良して欲しい』『この値段じゃ売れない』とか、意見の交換をする。
それから、役員はじめ幹部の承認を得て、商品化が決定します。
そこから包材(パッケージ)の制作が動き出す。
2ヶ月半か3ヶ月前にはもう営業活動を始めるので、半年前から開発を始めないと。
包材がすでにある状態で得意先への提案をした方が、よりよいですし」
パンの新製品競争は激烈なものだ。
たとえば、ヤマザキは年間に1万もの新商品を発売する。
新しいパンを作っても、売り場がなければ、決して売れることはない。
新製品の競争とは、詰まるところ、どうやって棚を確保するかの競争である。
「スーパーに行ってパンを売っている棚を見てもらうとわかると思いますが、よく見ると場所って決まっているんですね。
キャラクターのコーナーがあり、食パン、ロールパン、菓子パンが1/3から半分。
2〜3割が新商品のコーナーになっている。
定番品は変わりにくく、それを新商品がひっくり返すのは簡単ではありません」
ヤマザキの「ダブルソフト」「ランチパック」、パスコの「超熟」…。
どこのスーパー・コンビニでも必ず置かれる定番商品がある。
無名の、無数に生まれてくる新製品のひとつが、消費者の信認を勝ち得て、限られた棚の中で定番品にとって代わるのは、並大抵ではない。
第一パンはそのようなヒット商品を実際に生んでいるのだろうか。
「最近ではコッペパンの成功事例があります。
どうやって定番のロングセラーをひっくり返すか。
スーパーの担当の方に『食べてください』とお願いして、試食していただく。
他メーカーのものとうちのものを食べ比べてもらう。
そこで『これいいじゃない』と思ってもらって、商品説明をする。
なかなか簡単じゃないです。持っていく個数も増やしました。
バイヤーさんの分だけではなく、同僚の女の子や奥さんにも食べてもらう。
バイヤーさんがこんなのどうかなと思っていても、奥さんが『これおいしい』と言ってくれたら、考えが変わるかもしれない」
スーパーのバイヤーに売り込むときと同様のテイスティングをさせていただいた。
第一パン、ヤマザキ、フジパン、3つのコッペパンが並べられる。
私の印象では、香ばしさが際立っているのはフジパン、しっとり感と口溶けよさをうまく表現しているのが第一パンだった。
「うちのコッペは、生地のやわらかさに特徴があります。
また、マーガリンをホイップして使っています。
だから口溶けよく、甘さがべとつかずに感じられます」
ホイップクリームはさわやかで、小倉あんをまろやかにしていたし、パン生地にも滲みこんで、よりしっとりと感じさせるのにも役立っている。
では、ヤマザキのコッペパンが劣るのかといえばそうではなく、何度も食べ、舌になじんだもののよさがあるのだった。
記憶とは、知らず知らずのうちに、嗜好に作用し、行動に影響を与える。
たとえ、第一パンのコッペがおいしいと一度判定を下したとしても、やっぱりヤマザキが食べたいとなるかもしれない。
定番の強さをまざまざと知った。
もう一つの事例。
圧倒的なシェアを誇る木村屋のむしケーキに、「スイートポテト蒸し」が割って入ったのだ。
「スイートポテト蒸しはヒット商品になりました。
あたためるとおいしいというのが売りです。
トースターをいっしょに持っていって、トーストしたものをバイヤーさんに食べていただいたり、お客さんの声を紹介したり。
地道な積み重ねで、好調な売れ行きが継続しています。
新しい商品で定番をひっくり返したというのは、(他社でも)ほとんど聞きません。
むしろ同じ蒸しパンでもちょっと異なるものを世の中に出す。
売れると真似られるという心配もあります。
ですが、スイートポテト蒸しぐらい定着するとなかなか真似られない。
量が出るので、価格競争にも勝つことができる。
いまは、そういう地位の商品を多く育てることが大切になっていますね」
一時は毎日食べていたぐらい、木村屋のむしケーキに私は執着していた。
スイートポテト蒸しには、それ以来のインパクトがあった。
たしかに、蒸しケーキとスイートポテトは、ほっこり感において、まったく同方向の甘さなのである。
さっと溶け、舌に滲みる点においても。
どこからが蒸しパンでどこからがスイートポテトなのかわからないほどに一致して、しかも甘さの幅を広げている。
「スイートポテト蒸しは、夏場は冷やしてもおいしくお召し上がりいただけます。
(蒸しパンだから)グルテンがあるわけじゃないので、冷蔵庫に入れても劣化しません。
夏は冷やして、冬はトーストで。
このアイデアは我々が考えたんじゃなく、ブログで書いてくれたのがはじめでした。
営業マンがそれを見て、こうしたらおいしいとスーパーさんに提案したら、どんと売れた。
ブロガーの方の力です」
売れるパンには理由がある。
どこかで味覚の本質につながっていなければ、多くの人たちの支持を得ることはできない。
「世間」という集合無意識に商品をぶつけ、リアクションをキャッチアップし、商品企画や営業にフィードバックする。
億という資本、万というアイテム数を費やして行われるパンの競争は、壮大な味覚の実験だといえる。