9月25日、東日本大震災復興支援チャリティ製パン講習会が行われた。
ブルディガラ、ジェラール・ミュロなど名店のシェフを歴任し、現在はアドバイザーなどを行っている山崎豊さん、Zopfの伊原靖友さん、ブーランジュリー・オーヴェルニュのさんが中心となってはじまったもの。
収益は東北の被災者のために役立てられる。
会場は、日本製粉の東部技術センター講習会場。
6回目を数える今回は、3人が注目する新進気鋭の若手たちが壇上に上がり、講師を務めた。
八王子ドゥエトゥレ(Due Tre)の川崎泰之シェフ。
ドゥエトゥレの中心コンセプトは世界のパン。
1品目はいかにもイタリアな、ボルチーニ茸を使ったチャバタ。
40度のお湯で乾燥状態のボルチーニを戻し、戻し汁ごと生地に混ぜ込んで、香りを活かす。
90%という高加水の生地を手ごねで仕込む。
「店でもこの商品は手ごねをしています。
お店の看板商品なので、気持ちを込めていきたい。
たくさん水が入るので、ぱさつきづらく、次の日サンドイッチでもおいしい」
こねながらさらに10%の差し水を追加、ぎりぎりの加水を狙う。
サワー種(ライ麦から作った自家製酵母)も入れ、さらにコクが加えられる。
参加者にサワー種・ルヴァン種がまわされ、各自臭いを嗅いだり、触感を確かめたり。
自家製酵母は各店で作り方も仕上げ方もちがうので、興味深々である。
「嗅いだことのない洋梨っぽい香りがする。
ルヴァン種とサワー種、同じ店だとフレーバーの方向性が似ているね」
と伊原さんは感想を漏らした。
「パンドミフレーズ」は、クランベリーリキュールで漬けたドライストロベリーを混ぜ込んだ食パン。
成形はふわっとした食感になるよう、巻き込まず、俵型に丸めるのみ。
「うちは町場のパン屋なので、食パンには力を入れています。
2、3日おいてもぱさつかないようにするにはどうしたらいいんだろう。
試行錯誤して、ルヴァンリキッドを入れることにたどりつきました」
しっとりとしていて、なめらかで食べやすい。
であるとともに、ふくらませすぎず、麦の濃度を残して、味わい深い。
ストロベリーからは華やかな香りが漂っているが、生地に対してはバランス的に少なめ。
うまく発酵の香り、麦の香ばしさと三位一体を作り出して、日常の朝食に向かせるためだろう。
それにしても後を引く甘さだった。
ブーランジュリー・オーヴェルニュの浅井一浩チーフは、「カリフォルニアレーズン ベーカリー新製品コンテスト」入賞作「レッドアイレーズン」を作る。
「ビールとトマトジュースのカクテル『レッドアイ』をイメージしました」
レーズンをビールとはちみつで3日間漬け込む。
生地は30%の全粒粉とフランス産小麦「メルベイユ」をブレンドしたもの。
皮生地と中生地に分け、中生地にはレーズン、オイル漬けのドライトマト、そしてわずかながらホワイトチョコを混ぜ込む。
皮生地で包み、さらにライ麦とエビスビールで作ったアパレイユを表面に塗るという手の込んだもの。
このまったく新しい組み合わせはどのような味だったか。
レーズンの甘さによってトマトのフルーティな側面が強調される。
その甘さが、トマトの酸味のほうへ変化して後味はさわやかに。
ホワイトチョコの甘さが見えないところで効いて、スイート系のパンとして成立していた。
(セレアルの窯入れ。閉じ目を手前に並べるのは、オーブンの中で熱風が手前から吹き付けるので、ふくらみやすいから)
フレンチの名店「銀座レカン」でパンのシェフを務めている割田健一さん。
フレンチレストラン「ルシャスリヨン」で提供されているパンバスケットを再現。
この店で、リエットやトリップとともに、腕利きの割田シェフの作るパンを食べるのは至福である。
そのうちの一品、セレアル。
NIPPNのライ麦粉「特キリン」から細かく挽いたもの、粗挽き両方を使う。
「なめらかな香りなのに、表面の手触りはざらっとした感じになる」
1次発酵1時間という短時間で作るレシピ。
分割と成形のあいだでベンチタイム(生地を休ませる時間)さえほとんどとらず、焼成まで一気に持っていく。
「生地を休ませないことで、ぽーんと上げる。
(上に上がる力が)弱い生地だけど、なるべく強さをそのまま活かす。
ゴールデンヨットという高タンパクの生地の力もあります」
皮はソフト、中身はむっちり。
やわらかく食べやすいテーブルロール。
生地自体の味わいはすっきりとして、その分、むしろシリアルの滋味や香ばしさライ麦の香りが活き、両者が響きあっている。
フーガスに使うのはAOCのオリーブオイル「マス・ド・ブトネ」。
「レストランのシェフから、フーガスにオリーブオイルを塗らないでほしい、と要望があった。
レストランで出すので、お客さんが手を汚さないよう、オイルを塗らずに、オイルの風味はわからせたい。
それで香りがよく、パンチのあるオリーブオイルを使うことにしました。
いろいろ試して、このオリーブがいちばんよかった」
フーガスは手のひらにおさまるほど小さく成形。
参加者から「かわいい」という声が飛んでいた。
パンオレは牛乳だけで仕込むパン。
楕円形に型抜きして、粉をふって、ルシャスリヨンの猫マークを描きだす。
このパンオレの食感は、ソフトで洗顔スポンジみたいにぷにゅぷにゅしている。
ぱふぱふ噛みしめて、甘いミルク味が滲みだす感覚が、極めてここちよく、やみつきになりそうだ。
表面に塗った粉も味わいに白さを加えて、ますますミルクを引き立てる。
昼食には、各シェフの焼いたパンと、ZOPF特製のランチプレートが振る舞われた。
割田シェフのカンパーニュ、ZOPFのコルンバイザー。
それから、オーベルニュのプレッツェル。
「脱脂粉乳が入って食べやすい」と井上シェフ。
そして、山崎シェフの作ったチャバタ。
クリスピーな皮がとても印象的だった。かりかりとした触感が気持ちよく、中に空気をはらんでいるのか、ひどく食感も味わいも軽やかなのである。
中身にローズマリーを練り込んでいる。
その塩梅がきつすぎず、オリーブオイルとともにふわっと香り、料理を見事に活かすのだった。
Zopfの「鶏肉パプリカソース サワークリーム仕立て」。
オーブンでローストした鶏肉やナス。
そこに、バターでよく炒めたタマネギ、サワークリーム、生クリームでコクと酸味を加えたブラウンソースがたっぷりとかかって、パンがよく進む。
カリフラワーのピクルス、キャロットドレッシングのサラダ。
そして、キノコのスープは、カンパーニュとよく合っていた。
パラオアの池口康雄シェフ。
バゲットは、ポーリッシュ(水の多い種)を仕込むのに1日、翌日本ごねをして、さらにひと晩寝かせ、翌日焼成と、3日をかけて作られる。
「灰分(ミネラル)の高い粉で、小麦の味を出します。
0度ぐらいの低温下で、極力水和する時間を長くして、酸化させないようにする。
発酵させるのではなく、酵素活性で小麦の風味を出す。
本ごねでイーストを入れないので、それが邪魔されない」
普段は国産小麦で作っているが、今回はNIPPNの石臼挽き粉グリストミル(灰分0.9)とフランスパン用粉ジェニーを使用。
成形後のホイロ(二次発酵)をわずか10分しか取らないというのも独特。
「品切れになったら、冷蔵庫から取りだして1時間あれば出せる。
最初は1人でぜんぶ作っていたので、そのやり方にたどりつきました。
その前に時間をかけて生地を作っているので、これで大丈夫です」
気泡がぼこぼこと空いて、ねっちりと水を吸った生地。
余計な発酵臭はまったくない。
食べはじめはすっきりと感じられるが、噛みつづけるにつれミネラル感がさわさわと湧きだし、香ばしささえ中から滲みだし、どんどんふくらんでいく。
バゲット生地から派生させた焼き込み調理パン。
「浅漬け風に」30分塩をしたセロリとミックスハーブを混ぜ込んだパン。
「季節によって、空豆やゴーヤなどに変えて作っています」
シュレッドチーズもトッピング。
セロリから出た水気でさらにソフトさを増した、くにゅくにゅの生地。
セロリがこりこりして食感も快く、鮮烈なスパイシーさが衝撃的。
そしてセロリについた塩気が生地に滲みて小麦の味をさらに強烈にする。
パン・ド・ロデヴ。
「ベッカライ ブロートハイムのロデヴがすごくおいしかった。
そのイメージをを再現しようと」
頭の中のイメージを追いかけ、結果、ブロートハイムとはまったく別物の、独特なロデヴができあがった。
通常ルヴァン種のみを使うロデヴに、サワー種とパートフェルメンテ(バゲットの古生地)も加えて、計3種類の酵母。
また、ロデヴは白いパンというイメージだが、香ばしさを追求、全粒粉、ライ麦も20%ずつ加えている。
ブロートハイムに比べ、皮はソフト。
ねっちりとして歯にくっつきそうなほどの中身と一体となっている。
並外れた香ばしさ。
それはやさしい甘さへどんどん高まっていく。
やがて、酵母の香り、熟された味わいが濃厚に発揮され、快い酸味とともに、舌をふるわせ、喉を香ばしさと甘さで熱くさせる。
池口さんは、パン・ド・ロデヴを、種の濃厚さとみずみずしさを同居させたパンと解釈したのだろう。
講習会にいつも登場する「大御所」ではなく、現場でばりばり働く4人のシェフ。
慣れない講師役に緊張ぎみで、ういういしかった。
終了後はみんないい笑顔。
そこに、おいしいパンを作ったという充実感が現れていた。