パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ドゥエトゥレ(西八王子)
192軒目(東京の200軒を巡る冒険)

Due Tre(ドゥエトゥレ)の川崎泰之シェフにはじめて出会ったのは、とある講習会でだった。
ボルチーニ茸のチャバタを手ごねで作っていた。
講習会用なのでは決してなく、開店以来作りつづける、思い入れ深いパンなので、店でも必ず手ごねするという。
その姿を見て、私は川崎さんの店に行ってみたくなった。

指でつまめば先が垂れ下がるほどのやわらかさ。
でか食パン(220円)は衝撃的だった。
鼻先をかすめる自家製酵母種の香り。
それはどこかフルーツを感じさせ、そうかと思うと、ミルクの甘さへと変わり、そして麦の香りへと移ろっていく。
耳の部分は一段と酵母のフレーバーを感じさせ、いっそう甘く。
ソフトな中身は噛まなくてもなくなりそうなほど、よく溶ける。
なにも考えず食べても単純においしく、ひとつひとつの味わいに分け入ればさらに味わい深さを感じさせる。
「嗅いだことのないような洋梨っぽい香り」
講習会のときこの種を嗅いだ、Zopfの伊原靖友シェフはこのように評した。
香りと食感が噛み合うことで、この食パンはさらに魅力を増しているのだ。

「食パンだけは負けないぞ、と思っています。
酵母種を入れる製法にたどりつくまでは、納得いきませんでしたね。
3日するとぱさついてしまう。
AOSANの食パンを食べたとき衝撃を受けて。
これはいかん、と思いましたね。
イーストなんですけど、自家製酵母も入れています。
フランス産石臼挽き粉で液種(液体状の酵母)を継いで。
それまではイーストで液種を作っていたんですが、おもしろくない。
フランス産の石臼挽きを使うのは、フレーバーを加えたいからです。
しっとりしているのはルヴァン(自家製酵母種)のせいもありますし、形が大きいので水分が保持できる。
水は85%入っています(基本配合で約70%程度)。
窯をウェルカー(ドイツ製オーブン)に変えてから、またおいしくなりました」

八王子のさらに向こう、高尾の手前。
住宅街という土地柄、おしゃれなパンは似合わない。
でっかいフィリングの入ったお腹にたまりそうな食パンサンドやコッペサンドが昼時にはどんどん売れていく。
そんな地元密着のパン屋に、なぜイタリア語の店名がついているのだろう。

「ブーランジェリーなんてつけなくたって、パン屋でいいやって。
そんなにかっこいいパンは焼けないですし。
イタ車に乗ってまして。
フィアットパンダっていうんですけど、マフラーが取れたり、ぼろくて壊れるところがかっこいい。
古くなればなるほど飽きないんですよね。
ドゥエトゥレは、イタリア語で23という意味です。
店の名前をイタリア語にしたくて、誕生日が23日なので。
以前はイタリアのパンを置いてました。
チャバタ、フォカッチャ、塩なしパン。
すごく研究してたんですが、案の定ぜんぜん売れなくて(笑)。
チャバタとビスコッティ以外は残っていません」

多くのパンに自家製のフィリングを使用する。
それが変哲ない定番のパンをおいしくしている。

クリームパン(130円)。
バニラの香りの芳醇さ、水気の多いクリームのなめらかさ。
とろとろ感、たっぷりの量。
ひんやりととろけ、ひたひたと喉を甘い液体が滑り降りる。
パン生地は味も食感もしっかりしているのに、口溶けがいいためにそうとは感じさせない。
口いっぱいに広がるバニラの香りは幸福なものだ。
甘すぎだと感じさせる一歩手前で鎮静化していく頃合い。
一口かじってはすーっと引き、かじっては引き。
その甘さの波打ち際に漂う心持ちがとても楽しい。

「ラム酒、バニラビーンズもオーガニックを使っています。
それでも130円。
(都心ではなく)この土地だからできる値段です」

カレーパン(180円)
よく揚がった衣のかりかり音が異常に高い。
パン生地に油染みが少なく、甘さが後味よくて、ナチュラル。
ひと噛み、ふた噛みしただけで、もろっと崩れて、しゅわっと溶けていく。
カレーフィリングには、きれのいいコクがあって、まとわらない。
肉の味、スパイスが追いかける。
家庭的ななつかしめのカレーは、ぴりぴり感もさわやかに、たっぷりの野菜は形も残して、こくこくと噛みごたえがある。

「カレーパンの肉はブロックでお高いのを買っています。
どうしても既製のカレーフィリングはおいしくない。
じゃがいも、にんにくは八王子でとれた素材です」

食パン、あんぱん、クリームパン、カレーパン。
町のパン屋らしいアイテムとハード系のパンが同居する。

「食いしん坊なので、見た目より、とにかく味。
最近のパン屋さんには、形ではかなわないので、味は負けないように。
毎日でも食べたくなるようなパン。
雑誌に載ってるのって、遠くから食べに行くのはいいが、毎日だと飽きる。
食パン、あんぱん、クリームパンにはやっぱりかなわないですよね。
オーソドックスなものをいかに磨いていけるかだと思います。
ユニークなパンじゃないと、雑誌の記事にはしにくいと思いますが(笑)。
新作をたまに出すけど売れない。
クリームパンだけはどんどん売れますね。
それから、あんぱんに、カレーパン。
一時は挫折しそうになりました。
世の中の流れに巻き込まれそうになって。
食べたことのない組み合わせとかじゃないと、だめなのかなって思いはじめていた」

新作の開発に追われるのはやめ、定番のパンをしっかりと作る方向に舵を切った。
それは正しいことだったと、食パンやクリームパンを食べて思う。
子供の頃から食べてきたいつものパンが、いつものようにおいしいこと。
それにまさる幸福はほとんどないのだから。

Due Tre(ドゥエトゥレ)
JR中央線 西八王子駅
八王子市千人町2-13-8 モナーク西八王子1F
042-682-5066
6:30〜19:00
月曜休み

200(JR中央線) comments(1) trackbacks(0)
「りんご食堂 おいしい陸前高田」報告

1月25日、原宿のRéfectoire(レフェクトワール)で「希望のりんご」主催のイベント「りんご食堂 おいしい陸前高田」が開かれた。
陸前高田の海の幸、山の幸を、ノルマンディ・ブルターニュといった北フランス風に料理する。
陸前高田から、ゲストもお呼びした。
「希望のりんご」を作る農家・金野秀一さんご夫妻、陸前高田米崎町を元気にするお母さんたちのグループ「アップルガールズ」の菊池清子さん。

菊池清子さんは、山の中の小さな避難所「自然休養村」の代表。
金野さんご夫妻も「自然休養村」に食糧・資材を集める世話をしていた。
金野秀一さんはマイクを握り、津波の日のことをこのように物語った。

高台にある、りんご畑に囲まれた自宅から海を眺め、「黒い津波」がやってくるのを見て、足が震えて立てなくなった。
逃げてくる人たちを自然休養村に避難するよう呼びかけた。
電気も水もガスもない。
救援物資が届かない一方、数日で食糧はなくなる。
ガソリンが尽きていく中で、恐怖に駆られた人たちがてんでに物資を探しに出ていこうとした。
「ひとりで生きないで、死ぬときはみんないっしょに死のう」
ひとつのおにぎり、1本のバナナを分け合ることで、なんとか全員の命をつなぐことができた。

自らの死に直面し、近しい人を亡くす。
最悪の危機に際して、団結することで乗り越えてきた体験を間近で聞く。
そのリアリティは、テレビで見ていることとはまったくちがっていた。
涙が出そうになるほど心を揺さぶられながら、なぜか体の中をあたたかいものが流れて、勇気が出てくる。
被災地で見聞きし、私を動かしてきたそうした力を、東京の人たちと共有することができたのは、このイベントの大きな成果だった。

お話のあと、いよいよレフェクトワールの西山逸成さんとスタッフの人たちによる料理をみんなでいただいた。

前菜:米崎町ホタテ養殖組合さんの帆立貝と菊池清子さんの海藻の「軽いグラタン・サバイヨンソース」
朝、海で獲って生きたまま東京へと送られたホタテ。
貝をお皿にグラタンへと仕立てられた。
ホタテの下には昆布のバターソテーが敷き詰められている。
陸前高田のお母さんたちによる町を元気にする団体アップルガールズのおひとりが、獲った昆布。
新聞紙にくるまれたその束をどさっと手渡されたとき、私には和食のイメージ以外まったく浮かばなかった。
それさえ余さず、フレンチに仕立ててくれた、西山さんのアイデアと情熱に脱帽する。

サラダ:金野秀一さんのりんごを使った「サラダ・ノルマンディ風」。
ダイス状に切ったりんごとアルデンテにゆでたお米。
乳製品を多く使うノルマンディらしく、レモン汁に加え、生クリームで和える。
西山さんによると、ノルマンディで伝統的に食べられているものだという。
けれど、さわやかな甘さとつぶつぶの食感はとても新しいものに感じられた。
りんごを野菜として日常的に食べるのは、りんごの木がたくさんあるノルマンディならでは。

メイン:民宿志田の菅野さんが獲られた魚介類のスープ「コトリヤード」。
たくさんの魚をひとつの鍋で煮る南仏のブイヤベースに対して、北フランスのコトリヤードにはそこに生クリームが入ることもあり、それを今回は再現。
コトリヤードの語源とは薪束であると西山さんは説明する。
薪束を次々とくべ、強火でぐつぐつと沸騰させたスープに魚介を投入し、短時間で煮る。
だからこそえぐみのないスープとなる。
民宿志田の菅野さんはポリープの手術で入院していた病院を出るとすぐさまその日に網を入れ、蟹、つぶ貝、タラといった魚介を獲り、送ってくれた。
ムール貝、はまぐりなどの食材も追加され、たくさんのコクが重なって、果てしない深みを奏でる。
コンブでダシをとり、さらに蟹や魚のアラなど、ひとつ仕込みを終えるたび、それぞれにダシをとる手間をかけ、西山さんはこの味を作りあげていった。
トマトペーストを加えたニンニク入りのマヨネーズとグリュイエルチーズを塗ったパンをスープに浸したり、添えられたフレンチドレッシングをかければ、味の変化を楽しめる。

パン:菊池清子さんの海藻を使ったフォカッチャとチャバタ
   海藻バターとレフェクトワールのパン
イベントの1週間前、菊池清子さんの実家「こんの直売センター」に海藻が売られていることを思いだした。
これもパンにならないだろうか。
西山さんに作ってくださいと無理を承知でお願いしたところ、「やります」と即答いただいた。
オリーブオイルの香りが滲むフォカッチャやチャバタに刻んだ海藻を練りこみ、フォカッチャにはさらに海藻のパウダーがまぶされる。
ふわふわのパンに閉じこめられた、三陸の海の香り。
スープとの相性は抜群。
そして、手作りの海藻バターから発せられる磯の香りも、パンを止まらなくする。

デザート:金野秀一さんのりんごを使った「焼きりんご・シナモンのアイスクリーム添え」。
陸前高田のりんごそのものの味を味わってほしいと供された、焼きりんご。
くりぬいた芯に差されたシナモンが、木の枝のように見える。
痛烈なシナモンの香りとりんごのやわらかな甘さのコントラスト。
熱いりんごは冷たいアイスクリームと出会い、口の中でとろけてまろやかになる。
「りんごは煮たり焼いたりいろいろやってきたけど、こんなものを食べたのははじめてです」
りんご農家に生まれ、もう60年近くも生産に携わってきた金野さんは満面の笑みでこう言った。

(食事のあいだ演奏を披露したbackground of the musicのふたり)

イベント後、西山さんがtwitterやレフェクトワールのFacebookにアップしたメッセージから抜粋して紹介したい。
http://instagram.com/p/joJN4nPW0F/
https://www.facebook.com/refectoire.lepetitmec

「ぼくから一つだけ主催者の方にお願いをしていた。
 それは、りんご農家さんや漁師さんたち生産者さんたちをイベントへご招待して欲しい、というお願いだった。
自分たちが愛情を持って育てたものや獲ったものが、遠い東京で東京の人たちに、こんな風に喜ばれ、食べられるているということを目の当たりにして欲しかったということや、東京にもこれだけ応援している人たちがおられるということも、みなさんに直接お会いして知って欲しかった。
生産者さんたちの旅費や宿泊費は、ちゃんとした説明をして、みなさんの会費から少しずつ出していただければ可能だと考えた(そのために今回は人数を集める意味もあった)。
普段ぼくたちがやっているイベントよりは少し会費は高くなるけれど、その分はうちが頑張って、参加されたお客様にも絶対に損や後悔はさせない」

「厨房は朝から本当に大変だった。 
当日の午前まで食材が届かないという不測の事態に加え、当日は昼過ぎまでの営業にはしていたけれど、その通常営業時間も普段以上にお客様が多く、営業をしながら普段とはまったく違う仕込み(大きな真鱈丸ごと、帆立貝もツブ貝も毛蟹も生きたままのものを捌くところから)をする必要があったりで、イベント時間に間に合うのか、ヒヤヒヤものだった。
 イベントは、とても穏やかで楽しい時間となり、お招きした生産者さんたちにもとても喜んでいただき、何度もお礼を言っていただいた。 
大成功だったと思う。
 そして今日、昨夜のイベントスタッフのお一人(陸前高田市にご親戚がおられる方)から、お招きした生産者さんたちからの伝言をお聞きした。 
『心のかばんにもいっぱいの優しさと感動をありがとうございました』 
こちらが感動しました。 
本当にやって良かった、と思う瞬間だった」

食事を終えたとき、私たちはなんとも表現しがたいあたたかさの中に包まれていた。
金野秀一さんの奥様、真希子さんはこんなふうに表現した。
「会場に入ってるときのお客さんは恐る恐るという顔をしていたけれど、出るときの表情はみんな輝いてました。
東京は冷たい人ばっかりだって思ってたけれど、こんなにやさしい人ばっかりだったんですね!」

食材を作った生産者の思いをすべて受け止めて料理する。
それを食べながら、語り合い、伝えあい、思いがひとつになったとき、食事は至上の体験となる。
そのことを、このイベントにご協力いただいたすべての人たちから教えていただいた。
本当にありがとうございました。(池田浩明)


写真・小池田芳晴(シミコムデザイン)

パンを届ける comments(2) trackbacks(0)
パンだけ食べて日本縦断【第6回大阪篇1】サミープー
サミープーのテラス席で、「トリッパ、赤インゲン、白インゲン、レンズ豆の農家風煮込み」を食べた。
ほんの少しとろっとした、半透明の液体を口にすくい入れると、あたたかな滋味がしみじみと伝わってくる。
宮本秀二さんにとってこの料理は特別なものだ。
盟友である、ル・プチメックの西山逸成さんとの大事な思い出につながっている。

「西山さんに最初にビストロに連れて行ってもらったとき、西山さんがトリッパ食べてらっしゃった。
そこからですね、僕がトリッパを意識するようになったのは。
短時間で内蔵を下処理するのはむずかしいと思ってました。
僕はフランスに行っているあいだも、土着しているもの見ていなくて、表面だけ。
有名なシェフの仕事だけ見て、ガストロノミックこんなもんなんだって、わかったつもりでいた。
西山さんはフランスでちゃんと仕事をして、ちゃんとつかんできている。
僕がフランスに行ったのはバブルの頃。
星付きのレストランで、マガモをライフル銃で一発で仕留めましたとか、そういうものが珍重された時代。
僕はトリッパを食べて頭叩かれた気持ちになりました」

パンの盛り合わせとともに、白いパテのようなものも置かれていた。
ブランダードという干し鱈とじゃがいもを煮込んだピューレ。
私はブリオッシュのかけらに、ブランダードをのせ、口に運んだ。
鱈の脂がなんとさわやかに、ブリオッシュのバター感と溶け合うことだろう。
この至福のひとかけらも、宮本さんによるプチメックへのオマージュだった。

「ブランダードをパン屋でやったいちばん最初は西山さん。
プチメックにはじめて行ったとき、『え、パン屋さんがブランダード?』ってすごく驚かされました。
僕は頭が硬いので、そんなことをパン屋さんがやるなんて、思いつかなかったです。
西山さんからしたら、それって延長線でつながってるんじゃないの、っていうことなんだと思います。
ムース、鶏レバーのパテもそう。
西山さんが最初にやってたものを、僕はまねしてるだけだと思う」

「いちばん苦しいときをいっしょに乗り越えた戦友」。
西山逸成さんは、宮本さんのことをこう呼んでいた。
ル・プチメックの2号店(黒メック)を立ち上げるとき、ともに寝ないで働いた。
フレンチビストロさながらの惣菜やサンドイッチが売り物のこの店では、パン以外に料理まで作らねばならず、厨房はまわりきらないほど忙殺された。
なぜ宮本さんは、それほどまでにして西山さんについていったのだろう。
2人は同じ夢を追っている。
パン屋でおいしいフレンチを提供するという夢を。
値段を安く、敷居を下げて、フランスのすばらしさをみんなに知ってもらう。
2人を結びつけるフランスへの思い。
宮本さんは料理人を目指してフランスに渡り、のちパン職人に転じた。
経歴においても西山さんと重なるところがある。

「高校生のときに、ファミレス、中華屋、ステーキハウスでアルバイトしてまして、19歳でフランスに行きました。
なにもわかってなかったので。
料理も作れないですし、すべて中途半端なんですけども。
たぶん、30のとき行きました、40のとき行きました、という目線とはちがって見えたはずです。
えらいシェフだなんてわからないまま、すごい人の仕事を見せてもらったり。
その代わり、仕事内容はたいしたことなかったですよ」

約20年前。
フランス修行はいまほど一般的ではなかった。
パイオニア独特の苦労があったはずだ。
言葉も自由に話せない、フレンチの経験がそれほどあるわけでもない。
それでも、弱冠19歳で海を渡った宮本さんの勇気に、私は感嘆するほかない。

「いろんなツテやコネを使って。
うちの親戚が日本のフランス領事館で働いていたので。
パリに行かなかったの大正解。
最初はスイスで働きまして、ブザンソン、アルザス…バブルの残り火で遊んどったんですよ。
料理やってたんですが、才能なくて。
すごい人たちに、いろいろ教えていただきました。
エミール・ユングさんというシェフ(アルザスの3つ星を獲得したこともあるレストラン「ル・クロコディル」)、そんなにえらい人だと思ってなかった。
『どうやったらおいしいもの作れるんですか?』って僕は訊いたことがあります。
『甘さ、酸っぱさ、辛さ、苦さ、しょっぱさ。五味さえちゃんと意識し、勉強すれば、おいしいものを作れます』と言われた」

「ブザンソンの、グランボワネットさんというパン屋で働きました。
すごく陽気で、楽しく仕事される方。
パリで、プラザ・アテネのシェフブーランジェをされていた。
どうやったら楽しめるか、すごく考えてた方ですね。
日本だったらいろんなものを混ぜたパンが多いけど、すごくシンプルに。
ブリオッシュをシロップに漬けて、ムラング(イタリアンメレンゲ=マカロンに使われる)で2次加工して出したり。
お客さんもそれを普通に買っていく。
日本なら残り物だと思われるようなものが、商品として認知されてたり、
パン屋さんも勉強してないといけないんだよ。
料理の範疇になるものでも、サヴァランやババ、ドイツに行けばクーヘンみたいな、酵母を使った食べ物いっぱいある。
パン屋さんもワインの勉強、チーズの勉強、タパスの勉強をしている。
日本では、ぜんぶ生地に具材をぶっこんじゃいますよね。
ピザのようなものを作っちゃう。
向こうはサンドイッチ止まりだと思います」

フランス人のパンに対する感覚、一流のシェフたちの姿勢や思考を、いっしょに仕事をする中で体感してきた。

「あるMOF[国家最優秀職人]のパン職人の方とも仕事させてもらいました。
紳士的で、すごく笑顔で、どんな人にも接する。
『みんな同じなんだよ。あなたに作れるものは私にも作れる。残念なことに、私に作れるものはあなたにも作れる』
自分の子供のように接してくれました」

「あとは食べました。
いろんなところで、いろんなものを食べました。
ディジョンの2つ星、ジャン・ピエール・ビュー。
ブザンソン、アルザス…。
運がよかったんです」

自家製酵母のパン作りを守り抜いた伝説的な人物、故リオネル・ポワラーヌに会ったことがある。
「ポワラーヌさんは生きておられて、パリのポワラーヌの厨房を見せてもらえた。
仕事のまねごとさせてもらえた。
お兄さんのマックス・ポワラーヌさんのお店に行ったとき、ちょうどブリオッシュを焼いてて、熱々のフランボワーズジャムとアイスのっけて、チョコレートをちょいちょいと絞って。
すごくおいしかったんですね」

聞いているだけで涎の出る話だ。
自由闊達に表現されるパンの醍醐味。
生まれながらにして、おいしくパンを食べることが体に染みついている人の仕事にほかならず、宮本さんがそこにあこがれる気持ちはよくわかった。
ポワラーヌがほぼカンパーニュしか置かないストイックな店であるのに対して、マックス・ポワラーヌはクオリティを誇りながら、バゲットも、クロワッサンのようなヴィエノワズリーも置く楽しい店である。

宮本さんはル・プチメックのほか、フレンチ・レストランを渡り歩いたり、シェ・ワダのシェフも務め、豊富な経験を積んだ。
そして、サミープーをオープンさせた。

「サミープーをはじめて4年。
最初は近くの別の場所でたった8坪、売り場は2坪でした。
オーナーは、前の店で働いてた頃のお客さんだった。
僕は、本当にパンは好きなんですよ。
でも、パン屋さんはもう辞めようと思って、下水道の中にもぐって、チェックしたり、掃除したり、作業やっとったんですよね。
たまたま下水から出て、マンホールにいたとき、信号待ちの車の窓がうぃーんってあいて、オーナーが『君、何してるの?』って。
いろいろ飲食を経営してる方で『今度お店しようと思ってんねん』と。
一日の売り上げがいくらあったらいいかとか教えてもらいながら、僕が出店計画書を書いて、サミープーをオープンしました。
こんな家賃が高いところでさせてもらえるのは、たまたま恵まれただけです」

パンから離れようとしていた宮本さんを再び呼び戻した運命だった。
その見えない力に、私は感謝する。
これだけフランスの食文化に造詣の深い人にパン屋をさせないのは、あまりにもったいない。

バターはおいしい。(229円)
クロワッサン生地のバター感。
表面にキャラメリゼされた砂糖の甘さ。
そこに重なるアーモンドパウダーの快感。
さくさくの生地にキャラメルのぱりぱり。
塩気と甘さとバターの融合はこのクイニーアマン的なパンの真骨頂。
一層一層が重なりあいうねる曲線が作りだすこの表情がいかにもおいしそうで、フランス的なのに目が奪われる。

なぜクイニーアマンと呼ばず、「バターはおいしい。」という名前なのか。
フランスのパンへのはてしないリスペクトが宮本さんにそうさせている。
自分がブルターニュで食べたものを日本で再現できない限りは、クイニーアマンという名前はつけられないというのだ。

「僕が食べたクイニーアマンには、りんごのコンポートが入っていました。
それから、海塩バターが使われていて、牛が食べる牧草のせいなのか、海風の塩分がある。
いま僕の店では海塩バターを手に入れることができません。
無塩バターを使っているんですが、あとから海塩を足す『もどき』はいやですし」

大西洋に面し、乳製品が豊富にあって、バターを日常でよく食べるブルターニュ。
その独特の風土が生んだヴィエノワズリー。
だから、海の香りがなければクイニーアマンとはいえないと、宮本さんは考える。
並べられたアイテムのひとつひとつに本物を求める。

「自分が努力して勉強してきました、ってものじゃないんです。
そういえばこうだったよね、だからこうだったんだ…あとから気づいた。
アルザスだったけど、僕はクグロフを作ってない。
でも、すごくおいしかったです。
口に入れたら溶けるし、詰まってないし、ふわっとしてるし。
それを僕はまだ作れてないんで、お出しすることができない」

香りひとつ、塩の量ひとつ。
誰も気づかないほどの細部まで意識は行き渡っている。
厨房へ走ってりんご酢とバルサミコを持ってくると、「おいしいでしょう」と私になめさせ、味わいの広がりと香りのちがいを説明する。

「トリッパのときに添えてあったサラダには、りんご酢だけかけてお出しします。
スープに塩がついているので、それで十分。
バルサミコはオールマイティに。
サンドイッチにちょっとからませたり」

食への造詣と情熱。
素材を吟味し、レシピを吟味し、自分がフランスで知ったおいしいものに近づく努力を徹底する。
それはなぜなのか。

「たとえばシュトーレンは、ドイツのより日本のほうが甘くて、洗練されてる。
でも、それは、大元のドイツから入ってきたものだし、アルザス、パリを通って、日本に入ってきた。
いろんな職人さん、食べた人の思いが重なって、末端の日本に入ってきた。
本物、伝統ってむずかしい。
デニッシュも、最初はバターを入れまちがえて、あわてて織りこんだのがはじまりだと、『ワーズワースの冒険』という番組でやってました。
後付けの伝説かもしれませんが。
そういうクラシックで地味なものが、日本で華やかなものに変わった。
人の思いが重なって、今の形になっているんですよね」

偉大なるフランスの食文化へのリスペクト。
サミープーは感動するほどに「フランス」である。
店に並ぶひとつひとつのパンが、その表情でフランス的であることを全力で訴えかけてくる。
思いはインテリアにもあふれる。
テラスをビニールのカーテンで覆って、ストーブを焚いてあたたかな空間と、開放感を共存させる。
壁にくっついた黒い背もたれが異常に背の高いものだったり。

「フランスからそのまま持ってくると高いですけど、扉も枠だけ買って持ってきたり。
置いてある小物も昔買ってたものだったり。
持って帰ってきたものがすごくたくさんある。
タイルも自分で貼ったんですよ。
当時働いていた、レストランのタイルがこんな感じの質感、黄色い色だった」

19歳の目で見て、以来あこがれつづけるフランス。
自分がフランスから受け取ったものをこんなに大事にしている人を、私は他に思いつかないほどだが、宮本さんは何度もこう繰り返すばかりだった。
「僕はそんなにたいした職人じゃない」
(池田浩明)

サミープー 
06-6282-0058
11:00〜21:00
不定休

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激レアアイテム!? クロックムッシュ氏

昨年の暮れより、そろそろ〜っと販売を開始した
堀道広さんの傑作パンキャラ、
クロックムッシュ氏のキーホルダー。


自分でも一つ、家の鍵につけて使っていますが、なかなかにいい感じです。
玄関にいつも鍵を置くんですが、玄関の棚に置いておいてもオシャレさを壊さない、
しかし「ここだよ!」という主張は強い、絶妙の存在感です。
帽子の赤、制作している時はちょっと色が濃過ぎるかな…と思っていましたが、
仕上がってみたら、とってもうまくいきました。


前作のパンの中の男のキーホルダー同様、
なかなかにレアなアイテムと化していますが、
お取り扱い頂いているところをご紹介したいと思います。

タコシェさん…中野ブロードウェイにあるインディーズな物を色々扱っている面白いお店です。

ユトレヒトさん…心と脳を刺激する本が芋づる式に見つかって困る。店頭販売のみのようです。

COOK COOP BOOKさん…食をテーマにした本がセレクトされているおいしい本屋さん。

パルコブックセンター吉祥寺店さん…吉祥寺パルコB2Fにある本屋さん。
1月15日より2月25日まで行われるパンのフェアの雑貨にクロックムッシュ氏を
加えて頂きました。ぱんとたまねぎさんの色々な本をはじめ、
他にも色々な本や雑貨があります。一旦売り切れになりましたが、再入荷して頂きました。

パン屋のグロワールさん…大阪千林大宮のパン屋さんです。関西の200軒を巡る冒険の3軒目です。
昨年、池袋東急ハンズさんで行われたパンコレにもご出品頂きました(パンコレ出品ファイル)。

売り切れの可能性、めっちゃありますので、どうしても欲しいという方は
各お取り扱い店にお問い合わせください。

まだまだお取り扱い頂けるお店を探しております。
クロックムッシュ氏もパンラボからの直販は、
イベントなどでの直接の手売り以外はほぼありません。
パンラボのアドレス(panlabo@gmail.com)まで
ご一報頂ければお取り引きの条件など、詳しくお伝えさせて頂きます。

宜しくお願いしま〜す。

【ナカムラ】

パンラボ


サッカロマイセスセレビシエ

まさこジャム


ナカムラ comments(4) trackbacks(0)
ボネダンヌ(三軒茶屋)

191軒目(東京の200軒を巡る冒険)

いろんなフランスがある。
ル・プチメックの表現するフランス、VIRONのフランス、ゴントラン・シェリエのフランス。
どれもこれもフランスだが、ボネダンヌのそれはまた異なる。
荻原浩シェフが、パリの隅っこで見たもの。
このフランスは、ごく私的で、つつましい。

開店からまだ半年。
パン・オ・フゥでシェフを務めていたが、独立。
パン・オ・フゥもフランスをテーマにしていたが、荻原シェフには本当にやりたかったフランスがあったのだ。

パリへの愛があふれる。
それは敷き詰められたカラフルなタイルであり、壁に掛けられたワッフル型であり。
「骨董屋さんによく通っていました。
このアールデコ調のシャンデリアもパリで買いました」
気に入ったものを見つけるたびにひとつ買い、ふたつ買いして、集めた古いものたち。
人生を懸けて集めたものや技術やアイデアでボネダンヌは形作られる。

かわいい白い頭巾が飾られていた。
うさぎの耳のようなかぶりもの。
それが店名の由来だという。

「ロバの耳に似せて作られている。
小学生が悪いことをすると、こういう帽子をかぶらされて、廊下に立たされた。
そんな話を、フランス人の友だちに聞いたことがあって。
店名を考えてるとき、思い出しました」

対面式の棚に、選び抜かれたアイテムが並ぶ。
決して多品種ではないこと、それがいい。
パリのパン屋は本当にパンの種類が少ないのだ。
バゲット、クロワッサン、いくつかのヴィエノワズリーに、サンドイッチぐらい。
それがごく普通のパリのパン屋で、意欲的なパン屋になると、ここにカンパーニュのような大型のパンが加わる。
ボネダンヌは、パリを歩いているとき偶然出くわすような、そうした「当たり」のパン屋の雰囲気がある。

大きなパンの量り売り。
細長いパンを、断面を伏せて立たせている。
シャルポンティエ(100g/180円)という、はじめて聞く名のパン。
中身は素敵に湿り、まるで水を吸い込んだスポンジ。
しゅわっと溶け、みずみずしさの中でミネラル感を放ち、後味には全粒粉のコク。
皮は分厚く、引きがある。
焦げるか焦げないかまで焼き込まれた皮ゆえに、全粒粉が香ばしさを発揮する。
スパイシーと言えるほど、その香りは強い。

「石臼挽き全粒粉をブレンドしていて、水がたくさん入ります。
グルテンが出にくいんでしっかり(ミキサーを)まわし、パンチを繰り返して発酵させる。
ルヴァン種も入るので、パン・ド・ロデヴに似ています。
大型で焼くことで、香りが閉じこもる。
全粒粉なので、よく焼くことで皮がおいしくなります。

バゲット
硬く分厚いけれど、歯が入ってばきばきと割れやすい皮。
フランス産小麦の甘い香り。
噛みしめれば、みしみしと音がする、その食感が快い。
皮とは対照的に中身はしめっている。
ほんのわずかな酸味とともに種が香る。
コクがあり、穀物的な甘さを感じ、かつさわやかな後味。
さまざまな風味が細身のバゲット1本の中でせめぎあっている。

「バゲットはフランス産小麦100%。
フランス産の塩と浄水を使ってます。
小麦から起こしたルヴァン種を入れて、ひと晩かけて熟成させる。
ハード系はルヴァン種とレーズンの酵母を併用してます。
ルヴァンってがつんとくる。
レーズンはまろやか。
香りの出方がちがうんですよね。
両方入れることで、いろんなアロマを味わえる。
バゲット・トラディションにルヴァン入れると、おもしろいアロマが出ます。
入れるのと入れないのでは、香りがぜんぜんちがう。
フランスのパンの特徴は香りがあること。
フランス人は香りを重視する人たち。
日本人は食感に対して敏感です。
当日、2日目、3日目の香りの変化。
楽しんでほしいなと考えて、やってます。
フランス産小麦を使うのは、自分の記憶の中の(フランスのパンの)香りに近いから。
国産が悪いわけではない」

パティシエ出身だからなのか。
ヴィエノワズリーの表情が本当に愛らしく、パリっぽい。
ブリオッシュ・シュクレ、タルト・オ・ポム。
大きめのポーションも、表面のひび割れも。

「私が見てきたものでやってるんで、そうなるんでしょうか。
きれいに作らないように心がけてます。
フランスのパン屋さんには、手作り感がすごくあって、それがいいなと。
ベーシックなものを出している。
昔から変わらないもの、奇をてらったものではなく。
フランス人に愛されてきたものを作っている」

パン・オ・ショコラ・オザマンド(260円)
クロワッサンではなく、パン・オ・ショコラで作るオザマンド。
粉糖のじゅわっと溶ける甘さが、背筋をぞくぞくさせる。
内側からはバターの甘さが滲みだしてきて、さらにアーモンドのコクのある甘さへと玉突き衝突して、3つの甘さが混ざりあう。
さらにチョコレートがねっとりととろけだして、喉の奥までびりびりと甘さで震わせて、めくるめく快感に気が遠くなる。

「コンセプトはクラシック。
フルーツケーキなんかもおもしろいですよ。
牛の挽肉をフルーツと漬け込んだもので作っている。
挽肉を入れることで、味がしっかりするのとしっとりする。
1年以上漬け込んで、熟成させる。
五十嵐敏夫さんの洋菓子製法大全集(1968年出版)が、探してたら4巻まとめてあった。
シンプルなルセットなので、初心に帰れます」

荻原さんはもともとパティシエとしてパリに渡って、現地でパンの魅力に取り憑かれた。
「最初はショコラティエに勤めていました。
そのお店が定年で辞めることになり、『どうする?』とシェフに訊かれた。
『パンをやりたい』って言ったら、そのショコラティエ出身で独立した人の小さなお店を紹介してもらった。
いろいろ食べ歩いた中でも、働いた店がいちばんおいしかったんですね。
クロワッサンも、フランスパンも。
その店のイメージで、バゲットも作っています」

三宿と三軒茶屋のあいだの裏通り。
おしゃれといわれるエリアとは思えないほど、このあたりには肩肘張ったところがまるでない。
荻原さんの勤めていた店があった、パリの南の端っこのアレジアに似ているのだという。
エッフェル塔があるわけでも、シャンゼリゼがあるわけでもない、ごく普通のパリ。

「お年寄り、お子さんが多い町。
14区の店もこんな感じの住宅街の中。
雰囲気が似てるなと。
子供からお年寄りまでお客さんでした。
子供のおやつにマドレーヌ。
おばあさんはあんぱん。
地域密着の、そういう店を作りたかった」

マドレーヌ。
知っている人は知っている。
いつも売り切れの、密かな人気商品。
なにげないちいさなひとかけらが、とんでもない爆発力を持つ。
バニラとバターのすてきな甘い香りの広がり。
表面はちょっとだけかりっとして、中はしっとりとやわらかく、舌に触れたとたんにしゅわしゅわ溶ける。
溶けて甘さを放ち、舌の上でふにゃふにゃになっていき、やがて跡形もなくなって、甘さもなくなってしまう、夢のような1分間。
幸福とは、このマドレーヌのことだ。

ボネダンヌ
田園都市線 三軒茶屋駅
世田谷区三宿1-28-1
03-6805-5848
8:00〜19:00
火曜・第2・4水曜休み

200(東急田園都市線) comments(0) trackbacks(0)
パンラボ講座「おいしいパンってなんだろう。」

2月16日に行う、次回のパンラボ講座
4つのパンを食べ、「おいしいパンってなんだろう」ということをいっしょに考えます。

日々パンについて伝える仕事をする中で、いかにして味や香りを表現したらいいのか、考えています。
「パンラボ」をはじめた動機のひとつは、みんながパンのことを語り合うことができるようにするための、共通の言葉を作ることでした。
まだ道半ばではありますが、現時点でのパンを表現する言葉について、お話したいと思います。

まずは基本となるパンのテイスティング方法を順序立てて確認いたします。
そして、パンを見る方法、パンの香りを表す言葉、「アロマ」と「フレーバー」のちがい、中身と皮の問題について…。
フランス産小麦・国産小麦・北米産小麦のちがい、私がよく使う言葉「ミネラル感」や「穀物感」とはなにをさしているのかがわかるように、4つのパンを選び、授業を構成していきたいと思っております。

『パンラボ講座』の目標は、おいしいパンがなにかを押しつけることでは決してありません。
それはもちろん、人それぞれちがうものです。
自分にとっておいしいパンとはなにかを考え、それを人に伝え、話し合うためのフレーミングをみんなで共有したいと思っています。
ぜひ、あなたの「おいしい」を私に教えてください。(池田浩明)

パンラボ講座「パンを巡る冒険」
2月16日(日)14:00〜15:30
場所:池袋コミュニティ・カレッジ(西武百貨店内)
お知らせ comments(0) trackbacks(0)
ハサミたくってしょうがないよ。
DSC_0919.JPG



小倉、つくば、京都…

ムッシュが最近アップしたものを読んでいると、
挟みたい衝動にかられてどうしようもない。

ほんとうは自分で挟むのではなく、紹介されたお店に行って、挟んでもらうのが断然正解なんだろうけど、そうそう簡単にその地へエスケープできない。

となるととるべき手段は自分で挟む。
それしかない。

こういう衝動にかられたときはたいていは「かいじゅう屋」さんのまるパンですべて丸くおさめるのだけれど、なかなかタイミングが合わずに新年のご挨拶も行けずにいる。

かいじゅう屋さ〜ん! 元気ですかー! ガオー!

そんな挟まれたい症候群、間違えた挟みたい症候群を少しだけ感じていたら、
ほぼ毎朝聴いているJ-WAVEのおはようモーニングで別所さんが「今日のテーマは第4の欲求です」と話していた。
ん? 第4の欲求? どこかで聴いたことがあるな……

そういえばムッシュがパン欲という本のオープニングで書いていたな…
第4の欲求はパン欲だって。

これは…しかし…なにゆえに…もしかして…もしかする?

つづけて「今日はパンライターの池田浩明さんがゲストです」と別所さん!
おっと!
聞いてないよ!
教えてよ!

その日はSAWAMURAの焼きたてパンを食べながら、別所さんとパン欲について語っていたけど、何がすごいって、ムッシュのテンションがあのハイパーハイテンションの別所さんよりも高かったこと。

二人して、バゲットをパリパリとサウンド付きで食べるもんだから、ちょっとしたサラウンドで聴こえてどうしようもなかった。
もちろんパン欲求が高まってどうしようもないってやつだ。

ムッシュの朝からか晩までパンを食べ続けたいという欲求は万人には伝わらないかもしれないけれど、
焼きたてパンの香りにとろけそうになるのは人間の本能ではないか? と別所さんに語っていたその欲求は人類共通ではないか。そう思った。

最後に今ムッシュが個人的にハマっている食べ方として、
バゲットにバターと練乳を塗りたくる行為を紹介していた。


ムッシュも挟みやがった!!

朝から挟みやがった!!


朝から挟むって別段おかしなことではない。
でもそのときはそう感じてしまった。

それがとどめになって、すぐさま一番近くでパンを買える店に直行した。

自分の家から一番近いパンを買える店はセブンイレブン。
残念ながら徒歩5分圏内にパン屋なし。

DSC_0919.JPG


あった。似たようなものがあった。

おそらく「ミルクフランス」というネーミングだったらスルーしていたかもしれない。
けれど、「濃厚練乳」とあった。
練乳だけでもいいけれど、パンチはない。
ムッシュ&ベッショのハイテンションパントークで状態を完全に起こされた自分には
「濃厚」が効く。通常以上に効く。

先週も思った。
ムッシュがこれまたJ-WAVEでハリー杉山さんとこれまたハイテンション・カレーパントークをしていたのを聴いて、すぐさまカレーパンを食べたくなった。
でも夜の12時すぎ。
取りあえずセブンイレブンに立ちよったら、「トロっとスパイス香るカレーパン」なるネーミングのカレーパンがあった。

ハリーさんとのカレーパン会議を聴いて、自分が一番食べたくなったのが
「スパイスが凄い」と何度も連呼されたブーランジェリー・アーのカレーパンだった。

だから「トロっとスパイス香る」というネーミングにすぐさま降参した。

なんなんだこのネーミングは。濃厚といい香るといい、いちいちグッドタイミングじゃないか!!

ちょっと前にムッシュにコンビニのパンは女性客を掴むために充実を計っていると思うでしょうけど、実は男を掴むための充実なんだそうですと聞かされて、サプライズしたことがあった。

実際自分は明らかにくすぐられている。ワハハー。


池田浩明とレフェクトワールの西山さんが
とんでもない企てを進行させてます。

おそらく「大の大人が……二人して……」とついつい口ずさみつつも、
追わずにいられない企てだと思います。
けしからん夢が詰まってます。

2月17日発売のパニック7ゴールドで全貌が公開されるはず。
自分も待ちきれない。
あ〜〜さらに挟みたくなちゃった。

カシワデ

Amazonは品切れのようです(注文はできると思います)。

楽天セブンアンドアイが早いかもしれません。



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パンだけ食べて日本縦断【第5回京都篇】HANAKAGO
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本縦断の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

HANAKAGO
京都の路地裏。
まだ宵の口だったけれど、軒並み店は閉じられ、通りは真っ暗だった。
1軒だけ灯りが漏れている間口の狭い店があり、なんの店だろうと思ったら、それがHANAKAGOだった。
看板もなにも出ていない。
本当に開いているのかどうか。
パン屋かどうかもちょっと見にはわからない。
ガラスケースの中にはワイン、チーズ、生ハム。
その横、棚の上にバゲットを中心にハード系のパンばかり発見し、ああよかった、ここはパン屋なのだと、やっと安堵する。

「もともとお菓子屋で雇われ店長してるときに、『パン作ってよ』って言われ、作って卸したら、『誰が作ったの?』って評判になりました。
『うちもほしい』と引き合いがきたんですが、店舗をもたないと作れない。
それでこの店を開きました。
まずパンからはじめ、いずれはカフェをやろうと思ってたんですが、パンの注文に応えるだけで仕事がいっぱいいっぱい。
はじめたときは10軒しかなかった卸先が、いまは25軒。
レストランなので、ハード系が中心です」

花籠賢俊さんは、パティシエとして有名店でシェフも務めた。
なのになぜかパン屋になった。
その原点はフランスにある。
ブルゴーニュにお菓子の修行に行き、ひょんなことからパン屋を手伝うことになった。

「ブルゴーニュなので、食事パンが中心の店でした。
田舎の人が必ず朝買いにくる。
フランス人は、パンで完結するよりかは、なにかと合わせる。
チーズ、パテ、お肉といっしょにパンを食べる」

ブルゴーニュに行った理由。
花籠さんはお菓子屋なのにワイン好きである。
だから、フランスへの旅は菓子修行とワインの勉強を兼ねていた。

「もともとワインの勉強がしたくて。
修行先を探したら、偶然ブルゴーニュに1軒ありました。
いいよって言われて行ったら、なぜか断られた。
路頭に迷いましたね。
23とまだ若かったんで勢いだけで、レストランに電話して働かせてくださいって頼んだ。
ワインも飲ませてくれたし、いろんな人に出会った。
ワインのインポーター、ソムリエ、ドメーヌの息子。
まかないも出たし、昼間っから飲んでました。
ブーランジュリーも何度か手伝いましたが、そこではモルダーを使って機械成形していた。
フランスではこうやって焼いてるんだって勉強になりました」

クロワッサン(158円)。
よく焼き込んだ皮は渋く、ほろ苦く、そして「じゅっ」と音がしそうなほど、バターの滲みだすのを感じる。
ざくざくざくと細かく割れる皮は、薄く、繊細で、はかない。
じゅわじゅわととめどなく甘さは流れ落ち、口腔に溜まる液体にはほろ苦さと甘さが共存し、喉ではひたすら甘い。

「パティシエなのでもともとクロワッサンは作っていました。
シェフパティシエをしていたブルディガラ大阪ではパンも作っていたので、横で見させてもらって、成形とかさせてもらってました。
ロブションにいたときにも、いろんな人に教えてもらいましたね」

パン屋で修行した成果を再現するというのではなく、センスでパンを作る。
パティシエとしての感覚であり、ワインを入り口にした、食全般への造詣の深さであり。
それがかえってHANAKAGOのおもしろさになっていると思った。

「パン屋さんというより、レストランでどんなパンが合うかを考えて、それを作っているという感じなんですよね。
一昨年の4月にオープンして、まだ2年弱。
西川さん(神戸サマーシュのシェフ)の本を見たり、そこで見たルセットをアレンジしたり。
最初に作ったとき、国産小麦で作ったらおいしかったのでそのまま使い、あとは営業しながら種類を増やしています
粉をどうしようか迷ったときも、本にのってるものしかわからなかった。
業者さんにもってきてもらって、作ってみてはじめてわかる。
見た目だったり、味だったり。
吸水がよくてふっくら上がるな、とか。
そこで、この粉いいなって判断します。
作りながら、いろいろ感じながら」

教えられたことではなく、暗闇の中を手探りで進み、自分の感覚だけで判断する。
それが花籠さんにとっての「作る」ということなのだろう。

それにしても、京都では、看板を掲げずにパン屋が成り立つのか。
近所においしい豆腐屋があり、魚屋があり、ということが生活の充実感や、自分だけが知っているという密かな優越感になる。
京都人のあいだには、まるで神経のように、見えないつながりや情報ネットワークが張り巡らされ、それが店の浮沈を握っているのではないかと思った。

「近所づきあいが大事なので。
ワインを買ったから、いいチーズがあるから、という人がうちにきてくれる。
『今日シチュー作ったんだけど』って、どのパンがいいのか訊いてくれる。
『サンドイッチないの?』って言われて作りはじめたのが、いまのサンドイッチ。
ほとんどメニューは変わってません。
やめるとお客さんに、あれないの、これないの、と言われる。
ほとんどが食事パンなので、お客さんにとって、ないと困るものばかり。
だからうちがやっていけてるのかな。
ワインと合わせるためだったり、お客さんそれぞれに買うものが決まってて。
ずっと買っていただいてる。
たとえばブリオッシュは、フランス帰りの方が毎朝食べる。
金曜土曜はお酒を飲む方がくる。
そういうふうになりたかった。
この店は小さいですけど、2、3人入ったらいっぱいという感覚がいいんですよね」

看板もないことと、アトリエのような小ささが相まって、花籠さんのプライヴェートな空間にいる感じがある。
だから、自然と会話が生まれる。
この界隈のパンソムリエ。
HANAKAGOさんはそういう存在として、ご近所に頼りにされているのだ。
たとえば、私たちがワイン屋に行ったとき、どれを買っていいかわからなければ、夕食のメニューや予算を言って、どれか勧めてもらうだろう。
HANAKAGOの常連さんたちのように、それと同じ意識でパン屋にみんなが行くようになったとき、日本のパンの文化はひとつ階段を上るだろう。

「フランスかぶれなんで、フランスの粉を使いたかった。
だけど、自分は日本人だし、と思って、日本の粉も使ったんですよね。
そのほうが食事に合う。
日本人の作るイタリアン・フレンチには、国産小麦がやっぱり相性がいい。
決して安くはないので、パンへのこだわりがあるシェフの方に使ってもらってます。
『粉の味がしっかりしてるね』とはよく言われます。
お年寄りの方に、『あんたんとこちゃんとしたパン屋だね』。
店の外に出る匂いが、粉の香りが強いって。
お年寄りがバゲットを買ってると、かっこいいんですよね」
バゲットを買い、家で嗜む老人がいるというのも、京都らしいと思った。

HANAKAGOには2つのカスクルート(バゲットのサンドイッチ)がある。
家に帰ってまず一杯、というときに「夕暮れのカスクルート」を、晩酌の〆には「夜のカスクルート」を食べるのだという。

夕暮れのカスクルート(300円)は生ハムとペコリーノチーズが最高の相性を発揮する。
甘さ、香りにおいて、一心同体といっていいほど、両者は響きあう。
バゲットには、国産小麦らしい、ぷりっとした食感と、香りの明るい広がりがある。
オリーブオイルが甘さの風を吹かせて、生ハムとチーズをも取り込んで、さらに席巻していく。

一方、夜のカスクルート(300円)は、焼き込んだ細身のバゲット。
香ばしさと、フランス産らしいとろけるようなコクと濃厚さがある。
それがサラミのコクや肉の香りと照応しあい、塊を残すほどたっぷりと塗られたバターも、強烈に後押しする。
硬いゆえにがっつりと割れる皮もフランス小麦らしい。
サラミの肉っ気が強い塩気によってびりびりと発散し、それを小麦の甘さが癒す。
赤ワインをこの口に注ぎ込むまで決して納得しない、などと駄々を捏ねたくなるほど、アルコールを呼ぶ。

パンとワインに合う食材も豊富に揃える。
「『あ、おいしいな』と思ったものを置いています。
もっと好きなのあるんですけど、チーズなんかは管理がむずかしい。
管理しなくておいしいもの。
生ハムやクリームチーズ、これならうちのバゲットに合うなというものを。
セミドライのアプリコットとイチジクなんか、値は張りますが、おいしいなと思いますね」

「パン屋さんぽくしたくなかった。
このテーブルは一目惚れして買いました。
スキマ家具屋というお店。
仲良くなって、トレイを作ってもらったりしました」

おいしそうなレストランのショップカードがたくさん置かれていた。
すべてHANAKAGOの卸先だという。
私もどこかでおいしいワインと料理とパンを楽しみたいと思った。
HANAKAGOさんは近所にある知り合いの店を教えてくれた。
最初の角を左に曲がって、ちょっと行ったところの右側にあります、と。
暗い夜道を歩いていくと、また一角だけ電気の点いたところがあり、古い町家の内部はワインバーになっている。
こんな店に、よそ者は、探してもたどりつくことができないだろう。
味にこだわる京都人たちと店をつなぐ見えない神経網。
HANAKAGOはしっかりとそこにつながっている。(池田浩明)

HANAKAGO
京都市中京区新町通六角東入玉蔵町129
075-231-8945
7:30〜18:30
日曜、第1・3月曜休み


「りんご食堂 〜おいしい陸前高田〜」@レフェクトワール

パンだけ食べて日本縦断 comments(0) trackbacks(0)
パンだけ食べて日本縦断【第4回つくば篇2】ベッカライ・ブロートツァイト
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本縦断の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

ベッカライ・ブロートツァイト
パンの街、つくば。
もしそこでパンが住民の生活に根づいているならば、そこにあるパンとは、シンプルで特別なところなどどこにもなく、かつ、上質で少し特別であるだろう。
そんなふうに想像していた通りの店が本当にあった。
ベッカライ・ブロートツァイト。
白い壁にウッディな棚とガラスケース、そしてシンプルなパンと、必要最小限のラインナップ。
日常使いの必要性を見事に満たし、遠くからやってきた者の高い期待値をも満たしていた。

ヴァイスブロート=食パン。
それは白いパンを意味する。
ドイツの発想で作った食パン生地。
同じ生地を、テーブルロールとして、小さく丸めたものはヴァイスブロートヒェン。
ごろごろと愛らしい姿で陳列棚の上に並んでいた。

ヴァイスブロートヒェン(90円)+ジャム(100円)
持った感じはすごく軽いのに、身の中にはぎっしりと小麦の白い味わいが詰まっている。
なにげないたたずまいでいて、ひどく味わい深い。
80円プラスすると注文してからパンを切り、もものジャム(*1)とバターをはさんでくれる。
ふさふさした生地の上のひやりとした甘さを感じ、バターがじょじょに溶けて甘さはさらに快楽の度を加えていく。
薄い皮を歯で引きちぎりながら、この小さなかわいいパンを食べるのが楽しい。
オーガニックのショートニングを使っているとのこと。
だから、麦の香りを邪魔せずして、ふわふわした食感のパンを作りだせているのだ。
*1 現在、オーストリアのオーガニックジャム(ゾネントア)を使用、ジャムの種類もアプリコット、ミックスベリーなど適宜変わっている)

菅原大輔さんはヴァイスブロートについてこのように言う。
「イーストが強いパンって、胸焼けしてしまう。
だけど、場所柄、食パンを置かないわけにいかない。
どうせなら、食べて快い、すーっとの喉を通るパンがいいのかと思って、これを作りました」

店名はドイツ語だが、いかにもドイツパン屋という感じはない。
やさしいドイツ。
そんなイメージだ。

「都内のパン屋で7年働き、店を開く前、1年間ドイツに行きました。
ドイツパンは割合としては少ないですけど、エッセンスだったり、材料を選ぶやり方はドイツで学びました。
ビオのパン屋で働いていたとき、そこのシェフと共感するものがあり、自分も極力オーガニックを使っていこうと思いました。
たとえば、オーガニック認証はとっていない小さい農家なんですが、栽培計画表を提示してくださっていて、全粒粉に関しては、どんな有機肥料を使っているのか、木酢液を使って防虫していることなどもわかるので、安心です。
小麦は、春よ恋を玄麦で取り寄せたもの、北海道十勝産の「春の香りの青い空」(春よ恋、キタノカオリ、ホクシンのブレンド)を使用しています。
もちろん食べる人たちの安全、健康も大事ですが、そういう栽培方法を行っている農家さんをサポートしたいという気持ちが強い。
自分が長生きするかどうかはどうでもよくって。
たいした力じゃないですけど、少しでもいまの農業がいい方向に変わっていく手助けになれば」

店の中で有機栽培の野菜を売っている。
オーガニックの紅茶やジュースを並べたり、それからドライフルーツも、業務用で大量に買ったものが小分けにして販売される。
良心的な生産者を応援したいという気持ち。
それはとりもなおさず、自らが職人として、まっとうなものを作っていきたいという決意と無縁ではないはずだ。

なぜ、つくばでパン屋になったのか。
「開店して8年目になります。
ここは筑波大学のキャンパスからも近い。
つくばは学生のときから住み慣れた町でした。
だけど、この町には小さな店がない。
海外の町って、小さな店がたくさん集まって、文化が作られてますよね。
そういう町を作る何十個の店のひとつに自分がなれればいいと思って。
実は、パン屋さんでなくてもなんでもよかったのかもしれません。
だけど、自分はなにか手で作るものを、淡々とやってるほうがいいのかな。
農業、環境に感心があるので、そこがパンとつながった部分もありますね」

環境への意識と、小さな手仕事の店への指向。
それはいま世界を飲み込もうとするグローバリズムに抗うことで、一致する。
大きな道が東西南北に貫くつくばは、大資本のスーパーマーケットやチェーンストアが多い。
大量に生産され、安く販売される。
そうした商品が席巻すれば、自然な農業は駆逐され、環境への負荷も増大するだろう。
安価な商品が出まわってデフレが進めば、ひとつひとつ手で作るパン屋も苦境に陥る。
だから、農業とパン職人が、環境と安全に配慮しながら丁寧な仕事を行っていくことで協力しあうことは正しい方向だし、未来に向けて必要なことでもある。

アプリコットとヘーゼルナッツ(現在はカシューナッツに変更)(1g=2円)。
ライ麦70%のドイツパンにドライフルーツとナッツ。
まるでウイスキーのようなライ麦の香りが、アプリコットのただれた甘さとこよなく合っている。
やわらかでなめらかな生地。
湿り気が十分なためにそれが粒だってほどけ、さらにしゅわしゅわっと溶けていく感じが快い。
有機のドライフルーツをおおぶりでリッチに入れて、甘さの箸休め的にヘーゼルナッツ、というバランス。

私がこの店に入ってきてすごく食べたいと思ったのはサンドイッチだった。
といっても、実物が並べてあったわけではない。
この日のメニューは、グリュイエールにリコッタにコンテにブルーチーズ、レバーペーストにロースハム。
黒板においしそうな食材の名だけ書かれていたために、きっとオーダーしてから作ってくれるのだろうと期待はさらに高まった。

「料理もなにもできないんで、はさむだけです。
だけど、作りおきしたくなくて。
ロスが出なければ、安い値段でいいものが使える。
鹿嶋のヴィアザビオから仕入れているオーガニックのチーズが本当においしいので。
チーズはほとんど利益なしでのせています。
ドイツにいたとき、乾いた感じのパンが多かった。
僕自身は水分が多いほうが好きで、だから作り立てにこだわっています。
乾いた感じもありながら、しっとりしてる部分もちゃんとあってほしいな。
そうすると、咀嚼してると出てくる味わいもある」

作り立てだからおいしい。
注文してから作るからロスがなく、安く出せる
忙しい朝だからこそ、いいものを提供したい。

「働いてる方は忙しいんで、サンドイッチがあればぱっと食べれますよね。
朝は、出勤前のお客さんがこられて、時間との戦い。
それでも、作り置きしちゃうと意味がないと思っています。
それに、この人のために作るってわかると、技術がなくてもおいしくなると思いますし。
いつもレバーのバターなしをオーダーする人がいたり。
その人に合わせて作る。
サンドイッチをやることで、お客さんにパンの食べ方もわかってもらえる。
次回はパンだけ買って自分でハムをはさんだり」

コンテ・ビオ(グリーンオリーブ)(450円)
グリーンオリーブ入りのチャバタ(現在は別のパンに変更)に、有機のコンテチーズをはさむ。
おいしいコンテのサンドイッチが、パン屋で買うだけで食べられるのは、予期せぬよろこびだった。
オリーブの酸味によって、チャバタの甘さがよりいっそう高められている。
唾液があふれだし、旨味の液体となって、舌に垂れる。
コンテのざらざらした素材感をしっとりしたパンがなだめる。
本当においしいチーズとパンがあれば、簡単な食事が、完全な食事になる。

ベッカライ・ブロートツァイト
029-859-3737

7:30〜売切れ終了(月曜火曜休み)

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パンだけ食べて日本縦断【第3回つくば篇1】ル パン グリグリ
日本各地約50カ所のパン屋を紹介したこの本の制作のために、パンだけ食べて日本受弾の旅を敢行しました。
本に収録しきれなかったパン屋をご紹介しています。

「パンの街」と呼ばれるつくばは「聖地」といってもいいかと思います。

ル パン グリグリ
青いインクで描かれたボブの女の子が手招きをしていた。
外壁は青。
緑のテラスをくぐり抜け、中へ入る。
うつくしい水色の壁にモビール。
かわいいパンが白いタイルの陳列棚の上に並んでいた。

たとえば、まるで絵本「はらぺこ青虫」みたいな、3つの丸パンをつなげた形のサンドイッチ。
生ハムのサンド、カマンベールのサンド、マッシュポテトのサンド、と3色パンならぬ、3色のサンドイッチとなっている。
やわらかでありながらプレーンでもちっとした生地はサンドイッチにうってつけで、特に生ハムの塩気との組み合わせはパンをよりいっそう甘く感じさせた。

開店して13年。
フランスを意識したブーランジュリーを、パンの町つくば、と呼ばれるようになるはるか前から営み、この地域のパンを引っ張る存在だった。
かってまだハード系を出す店が少なかった頃、時代を先駆けていたシェリュイのハナコウジ店、そして世田谷・梅が丘にあったラ・フーガスで修行を積んだ。

「フランスっぽいものを、という感じで、それに合うパンを考えています」
フランスへのあこがれ。
それを夫婦で共有する。
「お菓子専門学校を出て、フランスの学校を半年、研修半年。
モンテリマール(フランス南部の小都市)という、ヌガーが有名な町で働いていました。
パリに行くと、プージョランとかすごくおいしかったですね」

僕より妻のほうがフランス好き。
フランスでずっと仕事をしていましたし。
お菓子とサンドと販売が妻の担当です」

アプリコットのタルト。
アプリコットの舌をつんざくような酸味。
パイ生地はがりがりと割れ、
アプリコットのタルトは手のひらにすっぽりとおさまるほどの大きさだけれど、妥協のないうつくしい仕事がなされている。
薄切りにしたアプリコットを1枚1枚重ねて。
小さいものに心を尽くすことで、ぬくもりはこもるのだと思った。

「丁寧に1個1個やるように。
見た目も大事だと思ってるんで。
僕はパンのほうが合ってますね。
けっこう大雑把だし、パン大好きなんで」

4年前、店舗を新築し、カフェスペースができた。
黒板にもかわいいイラストが描かれる。

訪れたのは夏の日盛りだった。
それでも緑の蔦が作るカーテンは涼しさを届ける。
木いちごが店の前のテラスで小さな赤い身をつけていた。

「あれはブッラクベリー、ジャムにしようと思っています。
ジャムやキャラメルも自家製を売ってます」
心づくしの仕事は重ねられ、かわいいい店はできあがる。

ル パン グリグリ
029-857-7538
7:30〜18:30
(日祝は8:00〜17:00)
月曜、第2・4火曜休み 

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