本能のパン。
この店にくると喉から手が出る。
スモークサーモンのレモンクリームソースに涎が出て、パテ・ド・カンパーニュのサンドイッチの分厚いテリーヌに喉が鳴る。
トロペジェンヌ・オ・テ・ベールの抹茶ブリオッシュにたっぷり盛られたマスカルポーネの泡立ちであり、クルミ入りの細く焼いたハードパンの中にごっそりと入れられたバターとあんこであり。
ROUTE271のフィリングはとにかく本気である。
「テリーヌやパテは自分で作る。
あとはコラボ商品。
ROUTE271×PUJAさんコラボカレーパンは、タンドリーチキンをネパール料理屋さんから仕入れています。
鶏胸を真空調理したり自分でしますし。
コロッケもほぼ自家製。
まかないでコロッケ作ったら、おいしかった」
そしてレジにいたスタッフを指し、
「目黒さんが作ったから、『目黒さんちのコロッケパン』って名前つけました(笑)」
京都の有名店ル・プチメック出身。
オーナーシェフの船井高志さんはプチメックとこのように出会った。
「プチメックのラインナップに惹かれましたし。
レストランに食べに行って、このパンおいしいな、と思ったらプチメックのだったってことが何度か重なったり。
もう僕の中では、プチメックしかないなと。
それまで勤めたパン屋はストレート法(基本的な製法)だったんですけど、パンを長時間寝かせる作り方もはじめて学びました。
西山さん(ル・プチメックのオーナー)とマンツーマンで働きました。
直にいっしょに仕事させてもらってわかったんですが、人を惹きつける力が半端ない。
カリスマ性の部分は、見ていただけで、自分は真似できないことですが。
ごはんよう連れてってもらって、舌を鍛えさせてもらいました」
メニュー構成、パンのたたずまい、プライスカード。
視覚要素だけで「これ食べたいでしょ?」と訴えかけてくる。
やってきた客を楽しませずにいなエンターテイメント性はル・プチメックに通じる。
「僕にないものを得たいと思ってプチメックに入ったんで、その当時の自分には近い感覚はなかったですね。
いまでこそうちはプチメックに近いかなと思うんですけど。
西山さんは、本気で仕事して、ふざけてくすっと笑わせる。
それがお客さんを楽しませるんですよね。
『1号』『2号』という商品名をつけたり。
プライスカードもそうです。
『もはや辛すぎて味がよくわからない』とか書いてみたり(笑)。
そういうの見てきているので、うちも普通の店にないことやってもええかなって」
塩キャラメルのブリオッシュ2号(220円)
塩キャラメルの甘美すぎる口溶け。
塩気とミルキーさを同時に滲みださせて、身をよじるほどの快感を生み出す。
あえてふわふわにせず、硬く焼き締めたブリオッシュ。
その濃密さがたまらなくキャラメルクリームと合うのだ。
表面はかりかり、クリームと触れ合う部分はむっちりという食感のちがいもおもしろい。
トロペジェンヌ・オ・テ・ベール(160円)
抹茶の尖った苦みを、マスカルポーネの酸味を含んだ乳臭い甘さが癒そう癒そうとする。
抹茶ブリオッシュにマスカルポーネのホイップクリームのマリアージュ。
シンプルな組み合わせが必要十分である。
ブリオッシュは少しもさくっとせず、上記塩キャラメルとはまったく食感を変えてただただねっとりと溶け、からみあって、マスカルポーネをますます引き立てる。
ル・プチメックと同じパンがあったとしても、味はすべて271流にアレンジされている。
ル・プチメックにある可能性は、独自の方向で進化させている。
たとえば、ル・プチメックの売りでもある、ビストロクオリティの総菜をはさんだサンドイッチが271にも並ぶ。
一方で、フレンチという枠にとらわれず、みんなが大好きな日本のパンも。
洋食屋のようなコロッケパン、エスニック料理店のようなカレーパン。
それらはまさにみんなが食べたいと待っていたものではないか。
「うちはブーランジェリーという感じではなくて、パン屋さんとしてやってる意識がある。
焼きそばパンもあるし、ハード系も好きな方がいるので作る。
ただ、焼きそばパンでも、ちょっとだけ変えて、よそにないものにしています。
ソース焼きそばじゃなく、タイ風焼きそば。
よそにないけどうまいというものを。
焼きそばパンもめちゃうまいの作ったらいいんだ。
そういうの意識してやってます。
よそにないとか、こういう味いままでのパンになかったかな、というものを目指すんですけど、大前提はただパクって食べてうまいということ。
考えてうまいのではなく、直感的に。
子供さんが食べてもうまい。
無防備に食べてああうまいなって思える。
その上ではっとさせられるものがあるといい」
見ただけで涎が出て、食べて止まらなくなる。
本能に訴えかける感覚は行列ができるような名店が共通して持っているものだ。
ROUTE271はその系譜に連なろうとする。
「たまき亭(京都府宇治市)やブノワトン(神奈川県伊勢原市。現在は閉店)が僕は好きでした。
ブーランジェリーというより、パン屋の進化系。
僕はそっちのほうにいきたい。
岩永さん(ル・シュクレクール)、西山さんは、完全にフランス。
西山さんのエッセンスはもらいながら。
おしゃれ感じゃなく、パン屋として、食べておいしい、よそにないもの。
鴨のコンフィとかありながら、傍らでそういうこと(焼きそばパンのような総菜パン)をする。
パン屋ってそうであっていいんじゃないかって僕は思っています」
プレミアムクロックムッシュ(250円)
食パン生地ではなく、サンドイッチ用に細長く焼いたセーグル生地をスライスしてクロックムッシュにしている。
チーズをかけ、中にはソーセージとタマネギ。
かりかりとした皮の香ばしさで幕を開ける。
ベシャメルソースが、コクを滲ませながらクリーミーに溶けて具材を抱擁する。
ソーセージとタマネギの甘さ、のみならず酸味も作用して、すばらしいバランスを発揮する。
船井さんは紆余曲折を経てパン職人になった。
「ガソリンスタンドではじめは働いてて。
ケーキ屋に勤めて、パンを作ったのが23のとき。
職人になったのは遅めでした。
それまでまったく料理を作ったことなくて、突然作りたくなったんですね。
やってみたら、意外とできました。
おもしろかったし。
職人の仕事って、おいしいものを作ったら、お客さんの声で手に取るようにわかる。
混ぜ方や丸めが上手になったり、バゲットの成形できるようになったり、すごくやりがいがあった」
パンの技術を深めるため、兵庫県西宮市夙川のムッシュアッシュに入る。
その店はいまなくなったが、コンセントマーケットという名で引き継がれている。
コンセントマーケットもまた、オリジナリティあふれる総菜パン・菓子パンが、客のテンションを上げずにおかない、本能のパン屋の系譜に属する。
その後、料理人修行のため、大阪の名フレンチ「カランドリエ」に勤務した。
「カランドリエは4年半いて、担当がデザート・パン。
料理をやりたかったんですけど、パンをまかされた。
もう30だったし、自分はパンやなと、あきらめがつきましたね」
「料理はしたかったんですけど、パンが中途半端なのでもうちょっとやりたかった。
おいしい料理屋さんをやりたいとずっと思ってました。
パンも焼く料理屋。
だけど、料理を中途半端にやるより、パン屋のほうがええかなと」
船井さんの志は変わらなかったのだと思う。
皿に盛るか、パンに盛るか、というプレゼンテーションの仕方が変わっただけであって、まず「料理」なのである。
「毎年、東京も行ってます。
こういう味もあるんや、それを活かしてやってます。
ケーキ屋、レストランではっとさせられるものもある。
いまのパンは食感が大事なんですよね。
東京のパン屋に行って驚かされました。
僕もそのステージに立ちたい。
暇があったら試作もしてます。
お店って、前に進まんと。
店舗経営ってゆるやかにエスカレーターにのってるのといっしょだと思うんです。
自分が止まると後退する。
それよりもちょっと早いスピードでいつも歩いて進む」
試作を繰り返し、求める味へ到達する。
「試作する前にゴールを想像して、こういう味がほしいというのから逆算して作る。
1回目はゴルフの第1打。
2打目でさらに細かく、ピンに近づけていく。
このパンはこうだからって決めるんじゃなく、表現したい味によって、工程も変わる。
教科書に発酵60分でパンチ(ガスを抜く作業)と書いてあったとしても、どのパンにとってもそれがいいわけじゃないですから。
何回も試作していくと、そのパンの持ち味に適切な作業がわかる。
1回目70点でも、やっていくうちに、ちょっとずつ『こっちやな』『こっちのほうがええ』って、作りこんでいくとわかる。
そのうち100点に近いものができる。
僕は作りこんでわかるということを大事にしています。
パンを作りこんで長所、持ち味を把握することが大事なのかな」
レシピは完成することがない。
妥協せず、すでに出ている商品も常に作り直し、ちょっとでも前に進もうとする。
「クロワッサンもその都度、その都度で、作りたいものがちがってくる。
お客さんの声を聞いたりもしますし、衝撃的においしいもの食べると、こっちにしてみようかなって思ったり。
京都のパンスケープさんや、芦屋のベッカライ・ビオブロートさんの、やわらかい、やさしい味のクロワッサンを食べたときには、似たようなイメージで作ってみたりしましたね。
それも、長いことやってると、もっかい元に戻そうかな、となったり。
変えておいしくなることもあれば、前のほうがおいしかったと思うこともあります。
お客さんの声は聞きますが、職人として前に進むためには、変化を恐れず、新作を出すと同時に、いまあるものも見直していく。
『この前とちがうやん』とお客さんに言われても、僕は『配合を変えました』と言っちゃうんで」
パンひとつひとつに対して狙いがはっきりと定まっている。
船井さんが食べ手に味わってもらいたいものとは、針を通すような「この感じ」なのである。
「お客さんが食べる時間、シチュエーションを考えます。
パンの種類によって、店に出すときから、袋に入れたり、入れなかったり。
きれいに切ったほうがうまいものは、はじめから切ってありますし。
パンは焼きたてがうまいわけじゃない。
クイニーアマンはにちゃにちゃして、ぱりぱりの食感が出ない。
そういうものは、焼き戻して、粗熱とれて、表面が冷めてから食べてくださいって、お客さんに言います。
エビのフーガスは、水分をエビに持ってかれるので、わざと厚みを持たせて、しっとりさせている。
よりおいしい形、厚み、そういうところまで考えています。
大きく焼くとおいしいが、大きすぎるとひとりで食べづらい。
だから、ぎりぎりの形を考えますね。
テリーヌのパンも5回、形を変えました。
作りこんでいくとわかる。
見えてくるものがある。
作って考えて、作って考えてを繰り返しています」
小さな駅からバスに乗ること十数分。
行ってみて驚いた。
マスコミにもよく取り上げられる人気店が、アクセスがいいとはいえない、ごく小さな店であることに。
それでも行きたくなる。
そう思わせるのは、船井さんの飽くことなき追究のおかげである。
ROUTE271
072-628-1078
9:00〜18:00(土曜・日曜・祝日は7:30〜)
月曜休み
ROUTE271 高槻店
072-669-8373
9:00〜18:00
月曜休み
*本文中、下から5つは高槻店、それ以外は本店の写真です。