パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
トースター、偉大なり!
安いものなら一台3千円もあれば買えてしまうトースター。
食パンを焼くのに毎日何気な〜く使っているトースター。
気が付くと10年位前のを使っていたりするトースター。

最近、その偉大さに目覚めました。

きっかけは愛パン家の渡邉政子さんが
信濃毎日新聞で続けている「主食はパン」(月刊連載、毎月第三土曜日掲載)。


旬の季節の野菜や食材を使った、
「パンに合うお料理」のレシピが紹介されるこの連載。
近所のスーパーで手に入る材料で、自分のような料理原始人でも作れるような
シンプルなレシピが主ですが、
毎日パンを食べている政子さんならではの、
「こんな料理がパンに合うのか!」という奥の深いものばかり。

それと合わせて毎月パンの種類を紹介するコーナーがあるんですが、
パンを美味しく食べる方法にもたまに触れられていまして。

メロンパンの回に書かれていた、
「メロンパンはトースターで焦げる直前まで温め、
1分冷ましてから食べるとおいしい」
という情報が自分的には結構衝撃だったんです。

そもそも、メロンパンをトースターに入れるという発想がなかった…。

クロワッサンやチーズ系のパンなど、
温めたほうが美味しいので、
結構なんでもトースターに入れるようになってたんですが、
メロンパンをトースターに入れる…というのは正直、盲点でした。

というわけで、いても立ってもいられず、
スーパーで買って来た袋入りのメロンパンで試してみました。


少し表面が柔らかめな「神戸屋のこだわりメロンパン」。
表面がクッキー生地っぽくなっている「Pascoのサクふわっメロンパン」。


当たり前ですが、温め方は至極簡単。
余熱したトースターにメロンパンを入れるだけ。


ちょい焦げ…。
会社のトースターは火力が優秀で焦げやすいんですよね。

メロンパンはどうやら焦げやすいようなので、トースターの前に
待機しておくことをオススメします。

ほんの数分ですから。
温め始めると、すぐにクッキーを焼く時みたいなふんわりとした
バターの香りが漂いはじめますので、それを楽しみながら待ちましょう。


温めたメロンパンをやけどしない様にお皿の上に乗っけて、
1分冷ましてからがぶり。

ザクザクッ→ホロホロッとなる表面。
クシュクシュとなるフンワリモッチーな内側。

温めずに食べるものとは別次元の美味しさ。
正直、こんなに違うとは思いませんでした。

どちらのメロンパンもめちゃくちゃ美味しくなりました。

ちなみにカレーパンもトースターで温めると
とっても美味しく召し上がれます。


トースターに入れると表面の油がジワジワとしてきて、
揚げなおしている感じになります。

さすがに中まではなかなか温まらないので、
20秒ぐらい電子レンジで中のフィリングを温めた上で、
トースターで軽くあぶるのが理想的です。


うひょ〜、コンビニのカレーパンもここまで美味しく食べられるのか〜。

ちなみにこの必殺の方程式
「電子レンジちょい温めからのトースター」は
アジフライやコロッケ、唐揚げなどでも実践しましたが、
どれも驚くほどサクサクアツアツになりました。

いや〜、トースターってほんと偉大ですね。
ほんとにちょっとした一手間。
驚くほどに効果があります。

我が家のトースターもそろそろ10年選手なので、
ぼちぼち新しいのを買おうと思う今日この頃です。

【ナカムラ】


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ぬるいかもしれないけれど、
YOU TUBEで暇をつぶしていたら、偶然パン好きアイドルの映像にぶちあたってしまった。

乃木坂46の星野みなみちゃんはパン好き度なら他のアイドルには負けないぞー! そんな自負があるそうだ。

自分はこの映像を見て、たしかにぬるいかもしれないけれど、心の中ではちょっと喝采を送ってしまった。リアリティー(親近感)を感じてしまったからだ。。


 


みなみのナンバーワン・パンは「食パン」だった。
そのときの周囲のリアクションは少々脱力の混ざった「笑い」だったけれど、
自分は「おっ!」って思ってしまった。

食パンか……いいじゃないか! 
おじさんは、アイドルっぽくクロワッサンとかメロンパンとか、もしくはカニパン(要はキャラパンね)とか言うと思っていたから、ちょっとびっくりしちゃったのです。
たとえ放送作家さんが絶妙なアドバイスを送っていたとしても、
たとえ星野みなみちゃんの情報にぬるさがあったとしても、パン好き感は十分に伝わって来た。

いいじゃないか! 星野みなみ! 応援しちゃうぞ!

釣られているのかな? もしかしてこれが釣るって行為か!?
やばい。パンで釣られそうだ。うは。



ぜひとも「パンラボ」を読んで欲しいところだけど、まだ難しいかもしれない。
まずは「パンの漫画」を読んでいただき、そのあとでパンラボやサッカロに進んでもらえると…
(かし)
 
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第8回チャリティ製パン講習会@日清製粉
今回で8回目を数える、チャリティ製パン講習会が、日清製粉小網町加工技術センターで行われた。
ブルディガラやジェラール・ミュロのシェフを歴任し、現在はアドバイザーなどを行っている山崎豊シェフが発起人となり、Zopf伊原靖友シェフ、ブーランジュリー オーヴェルニュの井上克哉シェフが呼応した。
きっかけは、東日本大震災のとき列車が止まり、山崎さんが東京駅で一夜を明かしたことにある。

「ひと晩ずっと考えました。
自分のできることはなんだろう。
僕ができるのは、講習会を開いてお金を被災地に送ることではないかと思った」

この講習会で積極的に使用されたのは、津波で大きな被害を受けた陸前高田の産物。
ブーランジュリー オーヴェルニュの井上シェフは「気仙味噌パン」を作る。
陸前高田・八木澤商店は工場、そして独自の味を決めるためになにより大事な、江戸時代から守りつづけた樽を失った。
被災直後、河野社長は「ひとりの解雇者も出さない」と宣言。
その通り、いち早く復興し、この1月には震災後はじめての自社生産のしょうゆを絞るところまでこぎつけた。

井上シェフは味噌の香りと呼び合うような、もちもちでやわらかい食事パンを作った。
「日清製粉のルスティカ(ピッツァなどイタリアのパンに向いた粉)はもっちり感があります。
うちの店でも、イタリア系のパンは順次この粉に入れ替えています。
味噌が入るとつながらない恐れがあるので、生地ができあがってから入れます。
レシピの中に『発酵種』とあるのは、前日の生地のこと。
3時間発酵なら、2時間のところで別に取り分けて、冷蔵保存します。
これを入れるのと入れないのでは、熟成の度合いがちがう。
シンプルなパンであるほど、ちがいははっきりとします」

焼きたてのパンを実際に食べてみる。
発酵の香りのあと味噌の香りがやってきて交差し、入れ違いに広がっていく。
発酵食品同士、パンと味噌は合う。
歯で引っ張るととぷりんとちぎれる感触。
もちもちであり、かつ中がすごくしっとりとしていることが食べやすくし、香りも活かしていた。

この講習会では、すでに名のある大御所ではなく、次世代の若手に講師がまかされることが通例となっている。
今回の講師は茨城県パン工房ぐるぐるの栗原淳平シェフ。

「ひたちなか市は茨城でも海寄りのところです。
地方なので、ハード系のあるお店が少ない。
それでも、そういうものが食べたいお客さんはいらっしゃいます。
ライ麦パンがあるよ、と聞くと1時間かけてもきてくれるお客さんもいますし」

1品目は、パン・ド・カンパーニュ。
「種は自分のところで使っているもの。
水分を多くしてゆるめにしています。
ルヴァンリキッド(液状の自家製酵母)のほうが酸味が少なく、甘みも出やすい。
酸味が好きではないので、食べやすいものを。
食パンの代わりに、食べられるような」

水の一部は、ミキシングの途中で、生地の状態を見ながら入れられる。
水分を多く入れ、食べやすいパンを作る「足し水」という手法である。
「足し水をすることで、こねあげ温度を調整できるメリットもあります。
生地温度が低いと思えば水をあたたかくして入れたり、高ければ冷たい水を入れる」

フランスパン用の小麦粉・日清製粉リスドオルに加え、日清製粉オーションが30%、ライ麦粉が5%入る。
「オーションは灰分量が高くて味がある。
リスドオル一本でもできるが、もっと味を出したいと思ってブレンドしました」

オーションはタンパクも多く含まれることから、ボリュームも期待できる。
そのために、ハード系を食べ慣れた人だけではなく、やわらかいパンが好きな人でもおいしいと思える、マニアックすぎないカンパーニュにしあがっていた。
ふわっとして口溶けがいい。
酸味もなく、清らかな味わい。
でありながら、終点でミネラル感が滲み、味わいの深さもあった。

茨城も東日本大震災の被害があった地域である。
「実家の農園が崩れました。
それ以上に、風評被害がひどくて、ものが売れなくなった」

農家で生まれた栗原シェフ。
ぐるぐるでは、栗原農園の素材を使うなど、地産地消を心がけている。

「サラダセットやサンドイッチに栗原農園の野菜を使っています。
前は栗原農園でできた小麦を自家製粉していました。
去年は不作で使えなかったんですが、今年はうまくいったんで、北海道産のゆめちからとブレンドして食パンを作ろうと思っています。
ここでしか食べられないパンを目指して。
クリームパンは、地元の奥久慈卵とつくば産の牛乳でカスタードを作っています。
10個、20個買っていくお客さんもいます。
うちといえばクリームパンなので」

パン屋の武器となる、「ここでしか食べられないパン」。
地域のいい食材を使うことは、その土地ならではのパン、遠くからでもきて食べたくなる理由付けになるだろう。
地元での評判は、ぐるぐるといえばクリームパン、というもの。
そして今回披露した「ごはんぱん」も人気が高い。

栗原シェフはラップに包んだごはんを受講者に示した。
「朝、ジャーで炊いた、炊きたてのごはん。
地元のものが扱いたかったので、実家の栗原農園の米を使っています。
米粉にするのはお金がかかりますし、普通にごはんを炊いて使っています。
湯種という製法があります。
小麦粉に熱湯を入れて、α化する。
ごはんもα化させたものですし、だったらいけるんじゃないかというのがスタート」

湯種とは、原料の小麦粉の一部を前もってお湯でこねて、α化させておき、種にする製法。
α化したでんぷんの影響を受け、他の小麦もα化しやすくなるというものだ。
湯種を使うと、食感はもちもちでやわらかくなり、甘さも引きだされる効果がある。

「食品アレルギーのお子さんもいます。
卵や乳製品を使わなくても、やわらかく食べやすいパンを作りたくて。
今日はプレーンなバンズ生地と、きんぴらを入れたものを作ります。
店では、ひじき、高菜、野沢菜など、おやきみたいな感覚で作っています」

焼き上がったごはんぱんを見て、伊原シェフは「おにぎりみたいなパンだね」と表現した。
丸っこくて、白っぽい焼き色はまさにそんな感じ。
日本人に親しまれるパンにちがいない。
食べてみれば、もちもちの塊。
ほんのりした甘さと、白パンのような溶け味が同居する。
味わいも白米のように清く、さっぱりしている。

もうひとりの講師は、クラブハリエ ジュブリルタンの小金井利嗣シェフ。
ロブションやブルディガラを経て、ジュブリルタンのシェフに着任。
琵琶湖畔の壮麗な店舗で、リゾート地を思わせる、わざわざきて買いたくなるような特別感のあるパンを作る。

「滋賀のクラブハリエは近江八幡が本拠地で、バームクーヘンが有名です。
和菓子やバームクーヘンでは東京にも進出しています。
滋賀では洋菓子、パンと幅広く手がけています。
新しく琵琶湖沿いに店を作るというときに、僕が入りました。
リゾート的な店にしたいということで、フランス・イタリアを視察にまわって。
リゾートは時を忘れるところ、という意味の「ジュブリルタン」と名づけました。
鳥人間コンテストはうちの店のすぐ近くで行われます」

kotobukiという名の、断面が紅白のマーブルになったパン。
レシピを見ると、実にさまざまな酵母を使っている。
「発酵種をいくつか使うことで、簡単にいうと食パンに風味をつけたような構成になっています。
サフのインスタントドライイースト緑はピザ用の酵母。
イタリアのビール酵母「リエビス」も風味がいいので入れています」

「牛乳種は小麦粉、ケフィアヨーグルト、牛乳を合わせたものを、12時間発酵させています。
最初は常温で置き、pHが4.4ぐらいに下がり、ヨーグルトっぽい味がしてきたところで冷蔵庫に入れ保管します。
なぜこういう種を作るかというと、牛乳をそのまま使うと、乳糖の影響で焼き色がついてしまうので、ヨーグルトで分解させるのが狙いです。
そのほうが、牛乳をそのまま入れただけとは異なり、発酵バターのような風味も出ますし」

酵母種を併用する理由についてこう語る。
「いろんな種を入れるのは、料理でいうとダシの役割です。
種は時間をかけて作るもの。
しっかり味わいを出したものと、そうでないものとでは、深みがちがいます。
家庭でもできるパンと一線を引く意味でも、真似できないところをやりたい」

ミキシング後、できあがった生地から一部を取り分ける。
果物で色付けし、うつくしい2色の断面を作りだすためだ。
「白生地と赤生地に分けます。
白生地にはアーモンド。
赤生地にはクランベリーとフリーズドライのイチゴを入れています。
クランベリーは湯戻しし、赤ワイン、地元・高島市産ボイセンベリージュースで漬ける。
ボイセンベリーは、酸味がきゅっとしているところが気に入っています。
クリームチーズを包んで、小さめの細長い食パンのようにします。
白生地と赤生地を重ねあわせて、クランベリーと同じ配合で漬けたりんごも中に入れる。
マーブルになってたほうが断面がきれいです。
クッキー生地とアーモンドプードルを仕上にのせています」

なんと手の込んだパン。
細かいテクニックをいくつも組み合わせて、パンというアートができあがる。
新しい食感。
押し潰れる感触、細かで繊細な気泡がさわさわと舌に触れることに、快楽がある。
クランベリーのひと粒が潰れるとき、飛び出す果汁から漏れ出る風味はあまりにも豊かに口を満たした。

技を尽くしていることは残りの2品も同様。
シャルドネダージリンはワインのシャルドネと紅茶のダージリンが練りこまれる。
「紅茶液には茶葉を出したあと、ブルーベリーの戻し汁を入れます。
ブルーベリーの色の成分であるアントシアニンは、表面に付着しているので、汁の中に溶け込んでいる。
そのまま捨てるのはもったいない。
ダージリンだけだと香りが弱いので、少しアールグレーも使用します」

プレシアンスは、チョコチップとヘーゼルナッツが入った甘いパン。
切り込みを入れたデニッシュ生地をその上からかぶせると、立体的な螺旋のドームが出現し、出席者から歓声が上がった。
「コアントロー漬けのチェリー、ヌガードゥモンテリマール(白いヌガー)を細かくしたもので飾り付けます。
中にガナッシュ、ふちぞいにもチョコレートを絞ります」

華やかな外見もそうだが、食感も驚きを与えるものだ。
まったく引きがなく、さわっとちぎれ、しゅわっと溶ける。
しめった生地が歯にくっつく感じやチョコの口溶けもよろこびとなる。

チャリティ製パン講習会の名にふさわしく、昼食は、山崎シェフ、伊原シェフが、陸前高田の産物を使って作る。
主菜はZopfのカフェメニューをアレンジしたもの。
「大山ハム3種類。
それから、鶏のささ身ともも肉は、塩水に香辛料を入れた漬け汁に昨日の夕方から漬けたものです。
今朝ここのオーブンで焼きました。
ささみは漬け汁につけると、ぱさぱさしないでソフトに食べられます。
スープは陸前高田からホタテを送っていただき、クラムチャウダーにしました」

ホタテは、「希望のりんご」(パン屋さん・お菓子屋さんとともに陸前高田の復興を目指す活動)で、伊原さんといっしょにいつも訪ねる「こんの直売センター」のもの。
「ここのホタテは安くて大きくて、すごくおいしい。
最近だけで5回も送ってもらいました」
と、伊原シェフも太鼓判を押す。
おいしい貝が育まれることで知られる広田湾で上がったばかりを直送されたもの。
ぷりぷりとして、磯の味わいがスープの中にとけ込んでいた。

山崎シェフは、「こんの直売センター」から伊原シェフが持ち帰った海草を使って陸前高田海草ブレッドを作った。
「焼まつも、ふのり。
金ゴマ、餅米の粉と、発芽玄米のパウダー。
パンに餅米を入れるとすごく香ばしくなります」

プレーンで軽い食べ口のパン。
まずは、ゴマが実に香ばしく香って、そのあとからじんわりと海の香りが漂いだす。
日本人の琴線に触れる組み合わせなのに、ヨーロッパという一線はきちんと守られたパンだった。

チャバタには八木澤商店のしょうゆを使用。
「バターとしょうゆで炊いたとうもろこしを練りこんでいます」
パンの風味と塩気をバランスさせ、しょうゆはあくまでさりげなく香らせる、さすがのセンス。

講習が進んでいるあいだ、山崎シェフは袖の窯前でひとりチャバタを作っていた。
目を奪う手さばき。
もっこりとふくらんだ生地にカードを入れ、がしがし分割すると、そのまま天板に並べて指で穴を開け、オーブンへ入れる。
そのライブ感、ダイナミズムはパンの楽しさを教えてくれるものだった。

はや大震災から3年以上が経過したが、客席は50人以上の受講者で満員。
その熱気は、いまだ被災者への共感が失われていないことを示していた。
準備にあたった協賛メーカー各社の関係者の継続的な努力にも頭が下がる。
今後も、京都、名古屋などで講習会を行うべく、山崎シェフは意気込んでいる。
どんな若手が登壇するかも楽しみだ。 (池田浩明)

陸前高田海藻ブレッド
ポーリッシュ種
リスドオル   30%
インスタントイースト  0.1%
水       30%
 
ミキシング   手ごね
発酵      3時間 28℃
 
 
本捏ね
リスドオル   60%
餅米粉     10%
ゲランドの塩   1.8%
モルトエキス   0.3%
インスタントイースト  0.2%
水         40%
八木澤商店本醸造醤油  1.2%
発酵種       25%
玄米パフ      5%
水         6%
及川商店ふのり    1%
及川商店焼きまつも  0.8%
パルミジャーのレジャーノ   4%
煎り金ごま          5%
 
ミキシング  L−6 LM−3 ↓ L−M−1
捏ね上温度   20℃
フロアタイム  60 P 60
分割      250g
ベンチタイム  25分
成形
ホイロ      50分 28℃ 75%
焼成       25分  230℃

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ナショナルデパート、パンへの帰還
湯水のようにあふれるアイデア。
色とりどりの大きなカンパーニュをみんなで分け合って食べる「グランパーニュ」、岡山の新しいおみやげ「ももたん」。
見たことも聞いたこともない商品を矢継ぎ早に発表。
次になにをやりだすのか、ファンははらはらどきどきしながら、ヒデシマ劇場を見つめる。

百貨店の催事会場。
隣りにはミニ鯛焼き屋。
「屈辱です」
旧態依然、昔ながらの業態と横並びになっていることを秀島康右(ひでしまこうすけ)さんは自嘲する。
そして、きら星のような、有名・一流ブランドが並んだ、菓子売り場を指差して言う。
「パンをあっちで売りたいんですよ。
どうやって受け入れやすくするか。
もっと消費者よりのスタンスでパンを売りたい。
お菓子みたいに箱に入れて個包装する。
電子レンジ10秒でふわふわになる。
もう一度、パンをやろうと思ってます。
都内に工場とショールームを作る」

一度はパンからの撤退を宣言したが、本格的にリスタートを切る。
「『パンやめます』って言ったけど、『また、はじめます』(笑)。
みんなわかってるんですよね。
『おかえりなさい』って言われた。
やっぱり帰ってきましたってパターンが多い(笑)」

言いっぱなしなら、誰でもできる。
秀島さんは思いついたことを、本当に形にする。
どんな突飛なことでも。
アイデアに生き、アイデアに死す。
頭の中で生まれた空想に徹底的につきあい、殉じようとする。
商品を企画し、パンを作り、パッケージデザインをし、自ら売り、営業をし、ブログやtwitterを通じて宣伝し、マーケティングをする。
パンの発酵に通じ、同時にデザインソフトや動画編集ソフトも完璧に操る。
元デザイナーだけに、パッケージデザインはパン業界を見渡しても類例がないような鋭さがあり、ネクストレベル。

たとえば、「食のコスメティク」と銘打たれた「CANOBLE」(カノーブル)。
「ジャムじゃなくて、ジュレ(ゼリー)。
パンにゼリーをのっけてから焼くと溶ける。
のっけてそのまま食べてもいいですし」

肉の形をしたカンパーニュ「グランパーニュ・ヴィアンド」に、CANOBLE「パントルクリーム」(ローストファット味)を塗る。
オーブンで焼くこと1分。
香り、味、やや歯ごたえのあるもちもち感さえも。
まるで肉、というより、肉そのものだということに驚き、不思議な浮遊感に襲われる。

ハモネラ(生ハムを置くための台)に肉型のパンを置くという演出。
コスメさながらのスタイリッシュなパッケージと、パンをチューブに入れるという宇宙食のような発想。

広告業界がふさわしいような才人が、パンを作ることになったのはどうしてだろう。
「以前はWEBデザインをやってたんですが、紆余曲折あって。
デザイナーって、クライアントであるメーカーからお金をもらっているんですが、自分で商品を作っちゃえば、儲けをぜんぶもらえるって思った。
パン業界は遅れてると思ったんですね。
10何年前、カフェをやってた頃、『カフェ・スイーツ』がパンの特集をしはじめるぐらい、流行ってきた。
パンは一時やってたし、これはやらんといけんなと。
それでグランパーニュを作った。
デザインが特殊なら、中身も特殊じゃないと」

多くの店がただ実直にパンを作り、そのまま売っているだけのように見えていた。
パンに、すぐれたデザインをのっければ、成功はたやすいと思われた。
ところが、そうではなかった。
挫折に次ぐ挫折。

「売れないからいろいろやってるだけです(笑)。
こじらせちゃった。
売れたらこんなにいろんなアイデア考えてない。
売れるというゴールに向かってずっとやってる」

「なんか思いついたらすぐ試す。
アイデアが出ると、『売れるかな?』って普通は思うと思うんですが、自分の場合は『絶対売れるよ』ってなっちゃう。
脳がおかしくて(笑)。
ボツもいっぱいあるけど、いまやっとかなくちゃいけないって思っちゃう。
コウスケがやりましたよってピンを押さないといけない。
打ったピンをつないでいくとなにかになる。
シャルキュトリーが流行ったら、パン屋がやるならこうじゃないのと思って、CANOBLEができてくる。
人にやられる前に早めにやっとかな。
自分の中であるんですよね」

秀島さんが地球の上に刺したピンを宇宙から見ると、浮かび上がってくるなにか。
それが生き様であり、存在証明である。

「ただやっても売れないだろうというものを、パッケージや売り方によっていかに買うところまで持っていくか。
パン屋さんにわざわざ買いに行く以外の、普通の人に買ってもらうことができるか」

昨年、大ヒットが飛び出た。
それはパンではなくお菓子だった。
岡山といえば桃太郎。
ポップでかわいい桃太郎風のキャラクターを自ら描き、岡山駅に並べた。

「箱が並んでるだけで売れていく。
発売すぐのゴールデンウィークに1日2000個。
機械があると楽だけど、人海戦術。
5,6000万の機械があって成り立つことを3000円の機械でやっています」

注文に応じきれないほど、生産に追われている。
それでもパンに戻ったのはなぜか。

「おみやげの業界って、非常に居心地が悪い。
パンのときみたいに、尊敬できる目標がいない。
メーカーはお金を出すだけ。
パン屋さんってすごいな。
オーナーが職人出身。
みんなメニューを自分で考えている。
作ってる人がオーナーってすごいことだなって感じます。
ビジネスマンであってビジネスマンではない。
うちもパンは絶対自社生産。
OEMなんかありえない」

マーケティングや経営効率で立ち遅れていると思っていたパン業界。
だが、実は、効率以上に大事なものがあるという職人の信念が消費者に共感を呼ぶ、というビジネスモデルだったのだ。
ものづくりがいちばん大事。
最先端のデザインやマーケティングを追いながら、ナショナルデパートもそこからぶれることはない。
けれども、スクラッチベーカリー(パンを作りその場で売る)という業態はすでに飽和状態を迎えつつある。
秀島さんが選んだ土俵はその外にある。

「グランパーニュは賞味期限が長い。
うちはロングライフ。
これからどんどん長くしていく。
pHを下げることによって長くする。
酵母でやっちゃうとすぐ酸味が出る。
それをマスキングするために香りをつけています。
長期保存させるためには、酵母とか酵素の働きが重要になる。
この中には技術がいっぱい詰まっている」

2週間もの賞味期限がありながらこのクオリティ。
ナショナルデパートは、価格帯としても、流通携帯としても、ライバルなき荒野を独走している。

「パンも11年目にしてやっとスタートです。
いままではやり方が悪かったのかな、反省はある。
だけど、儲けたいんだったらミニ鯛焼きやればいいのかって、そうじゃないじゃないですか。
自分が作ったこのパンをどうやって売るのか。
たぶん、ミニ鯛焼きを売っている人は命懸けてないと思うんです。
食うためにやってる。
僕はそういう仕事で生きていけるタイプじゃない。
自分が思いついたものをやる。
命懸けてやる」

命懸け。
これは言葉の綾ではなく、事実である。
秀島さんはガンを宣告された。
進行度に合わせ1〜4まである段階のうち、ステージ3まで進行している。
突然、死に直面させられた秀島さんは苦しみ、絶望に至った。

「リンパに転移していた。
手術しても再発する可能性もある。
5年で生存率は6割。
おととしの10月、11月ぐらいどん底でしたね。
本当に死のうかと思ってたんです。
希望がなくなるってこういうことなんだな。
ル・プチメックの西山(逸成)さんと話した。
機微を感じる人で、レフェクトワールのオープニングパーティに呼んでくれた。
そのとき、がんばろうかなと思えた。
あれから1年半が経った。
またパンに戻ろうと思いました。
パンの世界には尊敬できる先輩がいる。
僕は尊敬できる人じゃないと、親しくなれない。
その人が有名とか有名じゃないとか関係ない。
西山さんとか、ああいう人たちが個性を出してやってる世界で、お客さんに認められて、一歩抜けたいなというのはある。
僕も結果を出したい。
先輩がいなかったら、つづいてないです」

秀島さんの病状はどうなのだろう。
失礼かもしれないと、恐る恐る切り出す。
その気遣いを制するように、病気を笑い飛ばす。
心の中でどれだけ苦しんでいるかしれないのに。
自分の命をギャグにできる人など秀島さん以外に知らない。

「ぜんぜん元気です。
告知の瞬間はまだ30代、39でした。
『いわゆるガンです』って告知されたとき、僕がにやっとしたってうちの奥さんが言うんですよ。
よっしゃ、保険金が入るって思った(笑)。
こりゃもう行くぞ、って。
その足で、モバック、フーデックス(ともに製パン用機械の見本市)に行った。
次の展開のために、製造機械を探しに。
フルーツパフェ味のお菓子を作ろうとしたんだけど、営業かけたら断られた。
門前払いでしたね。
怒りにまかせて、そのまま工場の2階に上がって、パソコンに向かって打った言葉が『ももたん』。
イラスト描いて、これでいくぞって、スタッフに持ってった。
その日に商標登録して、パッケージの展開図を書いて。
20日で作って、営業かけて、岡山駅で販売開始」

保険金で機械を買い完成させた「ももたん」の発売日と、生死を分ける手術の日が同じだった。

「手術後に麻酔が切れて意識が戻ったとき、いちばんに奥さんが訊いたのが、『卵はどこで注文するの?』。
それ聞いて、『ももたん』が売れてるんだなって思った。
抗ガン剤を半年間飲みました。
いちばんつらかったのは副作用の下痢。
酒飲むと、内蔵が焼けてくる。
抗ガン剤って、粘膜をただれて進行を抑えてるから。
激痛です。
お酒で抗ガン剤を飲んでましたし。
楽しかったですね。
ももたんがすごく売れたので」

ガン告知がなければ、「ももたん」のアイデアは生まれなかったかもしれないし、ガン保険が入らなければ「ももたん」の製造はできなかった。
そして、秀島さんは生き残った。
運命。
見えない力は秀島さんに、もっと生きよと命じ、もっとアイデアを生み、もっとものづくりを続けよと励ます。

「死生観は固まりましたね。
いつ死んでも後悔ない。
やり残したことはない。
死ぬことが怖くない。
告知の前はびくびくしてました。
奥さんに『死んだあとのこと考えてるでしょ? だけど、死んだ人は死んだあと関係ないから」と言われて、すっとしましたね。
死んだあとを心配するから怖くなるんだ。
死んだら僕とは無関係の世界になる。
死ぬことは重要なことではないと気づいた。
奥さんいなかったら、告知の時点で自殺してた。
(死の恐怖を)受け止められないじゃないですか。
病室では毎晩おじいさんが泣く。
『なんで俺が』って。
おじいさんは幸せだから、それがいつまでもつづけばいいと思う。
でも、僕の中の幸せって、生きてることでついてくるんじゃなくて、認められるとか、なんらかの影響を人に与えられること。
根っからなんでしょうね。
生きてれば、いろんなことできるって言われるけど、ただ生きてたってなにもできない」

まるで武士のような死生観だと思った。
自分が思いついたアイデアを形にし、それが売れたとき、はじめて生きている自覚を得る。
ナチュラルボーン・クリエイター。
アイデアに生き、アイデアに死す。

パンの世界で私が出会うすごい人たちに、共通することがある。
おそらくはパンの世界でなくても、成功者になるだけの頭のよさや器量を持ち合わせている。
にもかかわらず、パンにこだわりつづける。
まるでなにかに呼ばれたように。
奇しくも、同じ言葉が秀島さんの口から出た。

「神に呼ばれた。
変な使命感がある。
自分で選択したんだけど、やらされてる。
病気は完治じゃなく、一生つづく。
でも、つらいのに、つらいと思いません」

ナショナルデパート

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パンの漫画発刊記念in新宿紀伊國屋書店本店!

6月27日金曜日に行われた「パンの漫画」発刊記念トークイベント。


今回は「パン屋さんと友達になろう」というテーマで、堀さん池田さんに加え、
堀さんの富士見ヶ丘のアトリエのすぐ近くにある「ヨシダベーカリー」の吉田シェフ、
さらに立川にある「シンボパン」の神保シェフをゲストにお迎えしての
総勢4名でのイベントでした。

しかし、この出演者のうち3人は自称「口ベタ」…という
けっこうスリリングな企画です。

場所は新宿にある紀伊國屋書店本店。
紀伊國屋書店といえば、自分の中では「老舗中の老舗」の「ザ・本屋」さんです。

出演しない自分も紀伊國屋というだけで、ちょっと緊張していましたが、
当日の応接室もものすごく高そうな絵画などがかかっていて、
出演者の緊張感を増していました。

さらに会場。


うお! なんか記者会見場みたい!
キッチリと壁で区切られていて今までイベントをした会場の中でも個室感が高いうえ、
客席がとても近い、これまた緊張するパターンだったり。


おかげさまで会場は約50名のお客様で超満員。



一番右がシンボパンの神保シェフ、その隣がヨシダベーカリーの吉田シェフ。
お二人とも「カタネベーカリー」出身のシェフです。

この日はお二人のシェフが作ったパンも持ってきて頂きました。

こちらはヨシダベーカリー、吉田シェフの2種類の国産小麦のカンパーニュ。



一部、紀伊國屋書店の応接室で切らせて頂いた、
コンディション最高で中身はモチモチの状態のカンパーニュです。
カンパーニュは口に入れ、噛み進めて、最後に飲み込むまで、
多くの味のレイヤー(階層)が楽しめるパンですが、
吉田さんのカンパーニュも実に味わい深いものでした。

最初はパンの香り、風味、噛んで行くに従ってモチモチした部分が
溶けていき小麦の甘みが行き渡ります。
さらに噛み進めていくとほのかな皮の苦みが加わり、
最後に口の中では皮の部分が残り、
いつまでも噛んでいたくなる長い旨味の尻尾を味わえます。

実は、ヨシダベーカリーの自分のお気に入りのパンは
カンパーニュのサンドウィッチだったりします。
薄く切ったカンパーニュにチーズとハムをはさんだシンプルな
ものですが、結構ツボなんですよね。


かたやシンボパンの神保シェフにお持ち頂いたパンは
なんだか懐かしい味。


こちらはクルミの入ったパン。
ふかふかの生地、絶妙の塩気。
シンプルで飽きのこない味です。


一口サイズのブリオッシュっぽい生地のパン。


中には実にさわやかな味のジャム。
一口で食べちゃいましたが、口溶けがよいため数噛みで
生地とジャムが渾然一体となって、ス〜ッとなくなっていく。
あっという間の切なさ。


こちらはココナッツのマカロン。香ばしさ爆発。
コーヒーがなくて悶絶しました。
これ、絶対合うよなぁ、コーヒーに。
さらにこの他にじゃがいものパンもあり、
全部で4種類もパンを用意して頂きました。


今回はお客様に参加費を500円頂くイベントだったんですが、
コストパフォーマンス、とってもよかったんじゃないでしょうか。


こちらはシンボパンのチラシ。
めっちゃイイな、これ…と思っていたら、
当日、このチラシを描いた方も
いらっしゃってました。
ぬいぐるみ作家さんだそうで、新刊が出たばかりだとか!


どうぶつぬいぐるみ」文化出版局(おおくぼひでたか)

↑すごくおもしろいので、是非ご覧下さい。


ぬいぐるみ、超カワイイ!
シンボパンの神保さんのもとには、おもしろいクリエーターの方が
集っているようです。

トークイベントの方は、いろいろな方向に脱線、暴走しながらも和やかなムードで終了。
ゲストにお迎えしたお二人のシェフの人柄がとてもよく出た、面白いイベントでした。


イベント後、ゲストのシェフお二人に堀さんから手渡されたお礼の絵。
素敵です。
ヨシダベーカリーやシンボパンに行った際には、お店のどこかに飾られているかも
しれませんので、探してみて下さい。

イベント終了後、イベントを担当してくださった紀伊國屋書店の方が
企画したパンのコーナーがあるというので、拝見させて頂きました。




「836」(はさむ)という架空のサンドウィッチ屋さんがテーマ。
パン関連の書籍、雑誌、さらにパンやサンドウィッチにゆかりの深い小説などもあり、
パンの世界がグッと広がるコーナーでした。
もちろんパンラボ関連の本、パンの漫画、
パンラボのキーホルダーも置かれております。




さらにこちらのコーナーで本を買うと内田有美さんの描いた
パンのブックカバーやしおりが貰えます。
本のパンに具のしおりをはさんでサンドウィッチの出来上がり! というわけ。
シャレがきいてますね。

紀伊國屋書店新宿本店
こちらの特設コーナーは7月末までだそうです。

というわけで、今回のイベントも無事に終わりました。
お越し頂いた皆様、ゲストに来て下さった吉田シェフ、神保シェフ、
お世話になった紀伊國屋書店のみなさま、誠にありがとうございました。

パンの漫画の発刊記念のイベント、毎週のように行ってきましたが、
これでとりあえず一段落。堀さん池田さん、お疲れ様でした。

【ナカムラ】


JUGEMテーマ:美味しいパン
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ル・プチメックが京都大丸にオープン!
6月27日、ル・プチメックの新しい店が京都大丸に登場した。
フランスをテーマにしてきたル・プチメックが、ドーナツとベーグルというNYのパンで勝負するサプライズ。
デパ地下はプチメック祭りと化していた。
ドーナツ・ベーグルを求める人たちで、開店から閉店までずっと長蛇の列ができている。
私服姿の西山逸成オーナーはその傍らに立ち、客の反応に聞き耳を立てていた。

「ひまわりの種がついてるベーグルを見た人に、『わしはハムスターちゃうわ』って言われて、さすが関西やと思いました(笑)。
それを僕はおもしろがってるんですよ。
百貨店はそういうお客さんだと思ってるし。
パンマニアだったら、そんなこと絶対言わないでしょ。
ここに並んでる人のほとんどはうちのこと知らない人です。
僕は最初から、デパートにはデパートのやり方があると思ってやってるんですよ。
いままでデパートが売ってきたものとはちがうものを作って、どこまでいけるかやってみたいって好奇心があって、それでこのお話を受けたんです。
想像以上に狙い通りだったので自分自身びっくりしてます。
僕が最初にドーナツとベーグルでいくって言ったとき、うちのスタッフも驚いたし、まわりの人も驚いたんですけど、僕は確信してました。
絶対いけるって。
ふた開けてみたら、あまりにもドーナツ・ベーグルを買うお客さんばっかり」

「どうしてドーナツなの? って言われるかもしれないけど、デパートのお客様は年齢層が広いので、最大公約数に受け入れられるものを考えました。
そこを、自分が売りたいからってハード系をごり押しするのは、僕はちがうと思ってました。
それをおもしろいと僕は思わないし。
うちのハード系をなにがなんでも認めさせるんだっていう意気込みはないんです。
ここでは、デパートにくるようなお客さんにおもしろがってもらえることをやってます。
レフェクトワールなら原宿みたいなアパレルの町にいるクリエイターたちにおもしろがってもらえるものはなにかを考える。
町場のパン屋は近所の人たちがおもしろがってくれるものはなにかを考える。
デパートはデパート特有のお客さんいらっしゃるわけで、その人たちによろこんでもらえるものはなにかって考えたとき、僕はドーナツだと思ったんですよ」

「ドーナツ・ベーグルっていままで一度もやってない、僕が開けてない引き出し。
3ヶ月前からスタッフに言いました。
『ドーナツをやる以上、おいしくなかったら、うちのお客様から、『あーあ、よけいなことしやがって。おとなしくハード系作っときゃいいのに』って絶対いわれる。
だから、そのお客様に、『プチメックはドーナツもできるんだ』『ベーグルもできるんだ』って思わせるぐらいおいしいものじゃなかったら、出さないかもしれないよ。
それができたら出す』って。
それぐらいじゃないとやる意味がないし、逆効果になる。
『やらんほうがよかった』って言われる。
もう3ヶ月間ドーナツ・ベーグルの試作ばっかりやってました。
最初スタッフは混ぜもの(生地に具材を練りこむこと)をしてた。
僕はすぐにやめさせた。
『やめろ。
混ぜものなんてあとでどうにでもなるんだから。
ドーナツも、ベーグルも、なにも入ってないプレーンがおいしくなるまでやりつづけろ』
時間の9割はプレーンに費やしました。
『きれいですね、この上がけ』って取材の方にも言ってもらったけど、それは1日2日で決めちゃったようなもんで、肝心なのは生地なんですよ。
ニューヨークでも食べたし、日本でも食べたんですけど、既存のドーナツって生地自体はそれほどおいしいと思えなかったんですよ。
上がけのチョコレートなどでごまかしてるのがドーナツなんだなって、僕は思いました。
おいしい生地さえ作れれば、上がけは技術的に難しいものでもない。
ちゃんと生地を作って、ちゃんとした材料で上がけを作ればおいしくなるのはわかってたんで。
生地をやりつづけて、これならなんとかOKだろうっていうのができたのは、1週間ちょい前。
これでOKだって。
昔、バゲットを一生懸命作ったときと同じくらい、ベーグルやドーナツも一生懸命考えてやれば、当然ある程度いいものができるだろうっていうのは自分の中であったんで」

「オープンまで1週間を切ってるタイミングで、日本製粉さんが『こんな粉あるんですよ』って持ってきてくれた粉(ブリリアント)が、僕にとってはすごくいい粉で。
『これで、ベーグルやってみて』ってスタッフにやらせたんですよ。
焼けたときに、香りもぜんぜんちがうし、うちの子らでも気づくぐらい見た目がちがうし、持った感触ちがうし、断面ちがうし、食べたらぜんぜんちがうし。
それで思わず『粉ってすごい』って、フェイスブックに書いたんです。
ベーグルでここまで変わるんだったら、絶対ドーナツもいける。
翌日にドーナツを同じ粉で作ってみたら、やっぱり劇的に変わったんですよ。
それ食べてみて、『まちがいない、これで絶対いける』ってOK出したのが1週間切ったとき。
だから、そのタイミングでその粉と巡り合わせがあったのは運だと思ってる。
少なくとも今の日本代表よりは、ぼくの方が ”もってる”と思った(笑)。
なんでその粉がよかったか。
ちゃんとした職人さんにこんな説明したら怒られるかもしれないけど、僕の素人考え、主観ですよ。
その粉は白いんですよ(小麦粉の種類によってクリーム色やグレーなど若干のニュアンスがある)。
いわゆる強力粉。
タンパク量も僕たちが食パンやブリオッシュに使うものと変わらない。
だけど、ぎゅって粉を握って離したとき、すごくばらけるんですよ。
ということは、粒子が粗い。
これは、『おもしろいかもしんない』って思った。
で、スタッフに生地を仕込んでもらったら、『西山さん、これ、水もっと入ります』って。
『そんなに入るんだ、じゃ入れてみて』。
僕の感覚では、水がいっぱい入るのって、灰分が高いフランスパン用の粉(小麦の粒の、皮に近い外側まで挽いている)だった。
タンパク値が高い、こんなきれいに精製された粉(一般にタンパク質の多い粉は、麦の粒の中心の白い部分だけを挽いている)で、そんなに水が入るのはめずらしいと思って。
で、やってみたら、イメージ通りの食感、ボリュームの出方。
うちの子らも『この粉すごい』って。
僕個人の印象では、ハード系向きの粉(味は強いがタンパクは少ない)と、ソフト系向きの粉(味は弱いがタンパクは多い)のいいとこどりの粉に思える。
ベーグルにしても、きれいにあがるし、食感もいいし」

京都大丸での新店準備の視察のために、ニューヨークのブルックリンを西山さんと訪れたとき。
地元の有名店ベルゲンベーグルで西山さんが口にした感想とは、
「NYのベーグルって意外と硬くない」だった。
そしてこうも言った。
「日本でベーグルって硬いイメージありますよね。
だけど、これを再現するのは、むずかしいことではない」
たしかに、ベーグルに対して抱いていた硬いというイメージは、NYで打ち砕かれた。
皮はがっしりとした噛みごたえがあるものの、それを噛み破れば、むしろぐにゃぐにゃにすら感じられるほど中身がやわらかかったのは、予想外だった。
中からは北米産小麦ならではの豊かな香り、麦の外側の雑味まで放たれる。
北米産の小麦粉をおいしく食べるために長年かかって培われた方法がベーグルなのだ。
アメリカで挽かれた小麦は、日本のものに比べて粒子が粗いといわれる。
粗いゆえに口の中で溶けて、濃厚に香りを発する。
西山オーナーが締切ぎりぎりで手にした粉は、アメリカの粉と同じ特長をもっていたのではないか。

ル・プチメックのベーグルを食べてみる。
歯を使うのは香ばしい皮を噛み破るときだけでいい。
中身は勝手に溶けてくれる。
現れた麦のジュースは具材に対するソースになっている。
西山オーナーのサンドイッチ創作欲を刺激する新たな生地となったにちがいない。

塩漬け豚とランティーユ。
NYベーグルにフレンチの具材がサンドされるという夢。
ランティーユ(レンズ豆)について説明するならば、甘くない粒餡といえばいいのか。
口づけの瞬間、皮と香ばしさとともに立ち上がる、ランティーユの野趣。
齧りつくなり、ここに豚の脂がとろけ滲みわたっていく。
噛みしめるごとに現れる麦の興奮。
噛むことのよろこびと味わうことのよろこびはここで完全にクロスしていた。

「ぜひドーナツを食べてみてください」
よほどの自信作らしく、西山さんはそう言ってすすめる。
ドーナツを食べるときに必ず感じてきたストレスや野蛮さ。
そういうものだ、という固定観念をル・プチメックのドーナツは崩しきった。
大福のように、びよーんと糸を引き、そしてぷちんと切れる。
油の重さは感じさせない。
噛んだところからどんどん溶けて白い麦の香りを発散する。
カラフルなスプレッドで色づけされていても、かならずこの麦の味わいに戻ってくる。
その白さは甘さをニュートラルにし、もう一口を欲させる。

バナナドーナツ。
バナナの熟れた香りを嗅ぎながら、バナナチップスをこりこり噛めば、バナナのフォンダン(クリーム状のアイシング)と相まって、さらに香りが口の中にじんじん広がっていく。
濃厚に広がっていくけれど、ナチュラルなものだけに透明感があって、生地の味わいも透かして映し出す。
生地はバナナに負けず白い甘さを、ベーグル以上にジュースのように滲みださせる。

「このバナナのフォンダン、試作のときに、
『香るけど味がしないからだめ。もっとバナナの味強くして』って言いました。
『ドライのバナナを粉砕して、まぶしてみて』と。
バナナのフォンダンつけて、ドライのバナナもつけてるんですよ。
だから、バナナバナナ。
ふわもちでしょ。
売り場にはベーグルがわーっと並んでて、ドーナツがわーっと並んでて、見方によってはジャンクな、黄色とか赤とかがありますよね。
だけど、最初から決めてたのは、そこにかけるものは、業者さんから仕入れて、溶かしてつけるだけっていうのは絶対しないでおこうって。
自分たちでできるだけ加工しよう。
最初、スタッフに『ドーナツどこで買う?』『どんな味がある?』って聞いたら、いちごミルクだ、なんだかんだって、みんな同じ答えになった。
『なんでみんないっしょなの? なんでもっといい材料を使わないの? 僕はチョコレートはクーベルチュール(製菓用の脂肪分の高いチョコレート)を使って自分で作るよ』って言いました。
『それしたらおいしくなるのに、なんでみんなやんないんだろう』ってことをやっただけなんです。
カシスにフランス産のピューレを使ったり。
カシスってイメージがわきにくいのか、出にくいものではあるんですけど、おいしいのはカシスだと思います」

カシスの酸味とうっとりするような香り。
やばい、という言葉が頭の中をかすめる。
それは宿命のようにドーナツのオイリー感とぴったり合って、止まらなくなる。

マンゴーも然り。
ビニール袋を開けたとき、まるでいま南国から運ばれてきたばかりのマンゴーそのものが入っているかと錯覚するほどの印象を受ける。
ドライフルーツのクランチに同じフルーツのフォンダンを重ねるという手法。
果実の中にあった甘さも香りも爆発的に引き出し、あとは油の滲みわたらせる力を借りて、舌に焼きつけ、口も鼻もいっぱいにしてしまう。
人間の欲望をむき出しにする手段を、ル・プチメックは開発したようなのだ。

「コンセプトはアメリカを意識した店ですが、アメリカにあるものをすべてコピーするんじゃなくて、食材やそこで使われている技術はフランス。
ニューヨークに行ったとき、こう思いました。
僕らは、なんでこのサンドイッチを作ったのか、なんでこの材料をはさんだのかって説明ができる。
意図を持って作ってるから。
でも、食べた印象として、アメリカのサンドイッチはそばにあったものを、はさんだって印象を受ける。
それが、たまたま100回に1回奇跡が起きておいしいものができるのがアメリカだって。
ドーナツにしてもベーグルにしてもアメリカのものだけど、僕は意図を持って作ってるんですよ。
ジャンクな材料はだめだし、赤い色がほしかったらちゃんとしたフルーツのピューレを使う。
それをすれば、結果としておいしくないわけないでしょっていう」

一昨年のレフェクトワールの開店頃から、西山オーナーはアメリカのデザインに傾倒している。
カフェやホテルなどジャンルを問わず、かっこいい内装をネットで探してコレクションし、それをコラージュして、この店を自らデザインした。
黒いサッシが縦横に走るガラス張りの外観。
デパートにいる臨場感もありながら、雑踏からは切り離される。
ガラスに沿って設けられた木のカウンター、レジの上を走るパイプに取り付けられたライト、レンガ積みをペンキで白く塗った壁。
それらは西山オーナーが見つけたアメリカのかっこいいものである。

「アメリカがいまの流れだし、時代に合ってると思う。
店作り自体は、デパートに合わせようっていうのは考えてないです。
我を通させてもらいました。
完全に独立させてくれって。
業者さんもイメージ通り作ってくれたし」

デパート指定の業者と戦い、オーダーしたのとちがう色に塗られたサッシを塗り直させたという。
自分のイメージを実現するために、軋轢を厭わず、体を張ったのだ。
木の台の上にのったガラスの冷蔵ケース、そしてまるで水道からそのまま清水が流れ出てくるように、家具と一体となった浄水器。
これもブルックリンのカフェで見て気に入り、盛んに写真を撮っていると思ったら、店づくりに取り入れられていた。
狭い店舗であってもイートインスペースを作り、自由に飲食ができるようにし、店の雰囲気も活性化させるコンセプトは1号店以来つづくもの。
外見はアメリカ、料理はフランス。
異なる文化をハイブリッドさせ、デパ地下に驚きを現出させる。
ル・プチメックとは、このわくわく感のことなのだ。(池田浩明)

ル・プチメック大丸京都店
京都市下京区四条通高倉西入立売西町79
075-211-8111
阪急京都線烏丸駅より徒歩1分(地下道直結)
地下鉄烏丸線四条駅より徒歩2分(地下道直結)
10〜20時
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