パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ブレッド&バターファクトリー(二子玉川)【2014年オープンの新店3】
待ちに待ったコンセプト。
パンとバターという切っても切れないコンビを商品ラインナップの中心に据える新店が二子玉川に出現した。
さっぱりと整理された街区に整然と立ち並ぶハイセンスな再開発ビル群RISEを抜けたところ。
黒い外観、白を基調とした内観。

整体師から転じて、30で武蔵小杉のラ・セゾン・デ・パンでキャリアをはじめた永田希介さんがシェフを務める。

入口近くの冷蔵ケースに並べられたバター。
いまや高級バターの代名詞ともいえる「エシレ」をはじめ、フランスのバター「イズニーAOP」、「セーブルAOC」など。
海藻バターで名高い「ボルディエ」も、「ゆず」や「燻製塩」などあまり知られぬバリエーションまで並ぶ。
日本からは「町村バター」「トラピストバター」など北海道産のもの。
すべてを入れると、その品揃えは約30に及ぶ。

「世界各地からめずらしいバター、おもしろいバターを集めています。
パリで食べておいしくて、日本に帰ってきてから探したけどどこにもなかったものを、やっとここで見つけたという方もいます。
このパンにはこのバターが合うという提案もできる。
バターも個性があって、個性が強いものは、個性が強いパンに合う。
全粒粉のバゲットには、海外産の癖のあるバターが合う。
食パンには、国産などのあっさりしたバターがいい」

バターといえばクロワッサン。
クロワッサンはこの店の代名詞となっている商品である。

「土日は、昼頃に出すとすぐなくなります。
バターはよつ葉バターを使っています。
今後は、コストは高いですが、海外産でクロワッサンを作ることも計画しています。
イズニーでクロワッサンを作るとすごくうまいので、いつかやってみたいと思っています。
でも、食べやすいのはよつ葉ですね。
慣れ親しんでいる感じがあります。
日本人にはこのクロワッサンが合うんですよね」

バターの香りは生々しくて鮮やか、でありながらやさしい。
ぱりぱり割れる外皮を噛み破り、くにゃっとやわらかな中身にまで唾液が滴り落ちるとき、そのことはよりはっきりとする。
生々しい甘さが溶けだしてくるからだ。
もう一口齧りつき、さらにざくざくの表面がその甘さと入り混じるとき、バターは眩いほど輝やく。
バターの付着した自分の唇さえが甘い。

バター不足が報じられる昨今、クロワッサンなどの商品を減産するパン屋もあるが、この店ではそんな苦労はないのだろうか。
「バターをコンパウンド(マーガリンとバターを混ぜたもの)にするぐらいなら、この店をやめたほうがいい。
問屋さんに無理をいって調達してもらってます」

クロワッサンと並び、バターといえば思いだすパンはブリオッシュ。
キューブ型に作って、菓子パン系、惣菜パン系ともに展開している。

「パンはバターをイメージしてスクエアにしています。
甘めなんですけど、見た目もちっとして、売れ筋です」

cubeカレー
チーズの溶岩流。
カレーパンのチーズがこんなにとろけたところを見たことがない。
安らかで高らかなカレーの風味をバターみたいに甘いチーズがますますマイルドにする。
ごろごろ入ったひよこ豆は噛めばねっとりと旨味を口の中にすりつける。
コーンのつぶつぶからも甘い汁が出て、ブリオッシュのバターに追い打ちをかけて、このカレーパンに甘さを重ねていく。
生地は表面がかりかり、中は湿ってしゅっと溶ける。

ショコラクランベリー
生地にココア、クリームにチョコのダブル攻撃。
バターじゅわーな生地。
それが混ぜ込まれたヴァローナのココアの香り高さを信じられないほど加速させる。
意識をすべて奪い去っていくほどのチョコクリームの濃厚さ。
ときどき噛むクランベリーの酸味は、喉にひりひりするほどの甘さを引き締めつつ、チョコレートの中の酸味にフォーカスしてその深さを強調する。

「いちばん推しているのはチャバタです。
しっかり上げて(上に伸ばして高さを出して)、リュスティックに近い感じにしています。
まわりがぱりっとした薄皮で、中は軽いので、大きくても食べれてしまう。
チャバタの魅力ってこういうもんじゃないのかな。
サンドをチャバタで作って出しとくと、これ食べておいしいなと思ってくれた方が、チャバタを買ってくれて、固定客になっていただいている」

軽くむしゃむしゃ食べることの心地よさ。
薄い皮も、大きな気泡によってエアリーに感じられ、気泡の膜はしゅわんと瞬間的に溶けることで、軽い食感と軽快な溶け味を楽しめる。
そしてそこからすがすがしいオリーブオイルの風味が豊かにとろけだしてくる。
かつ歯切れよく。
永田シェフがいう通り、これはかってどこかで食べたことがある気がして、と同時に他店にはなかなかないものとして一歩先んじている、新しいチャバタなのである。

ポテト
チャバタ生地にじゃがいもとコーン、ベーコン、黒胡椒を練りこんだパン。
恐るべきやわらかさ。
ぽわんぽわんぱふぱふ。
弾む、そしてまったりまとわり、ねっちりと溶けていく。
じゅわーっとうるおいに満ちた生地が溶け、と同時にじゃがいもを、ベーコンを、小麦の甘さを滲みわたらせる。

母体はエイ出版フード事業部。
アメカジの雑誌『Ligntning』で知られる出版社。
同社の経営として知られる飲食店に「用賀倶楽部」があり、かってその一角でパンの製造・販売を行っていたことが、ブレッド&バター ファクトリーの前身である。
「バゲットや天然酵母パンなど、用賀倶楽部時代にあったものは基本的に変えていません」

牛のイラストがかわいい包装紙が目についた。
「なにしろエイ出版なので、頼めばいつのまにかかわいいのが出てくるんですよね。
こういうひとつひとつのちっちゃいアイデアがお店を作るんですよね。
おもしろいものがいっぱいあります」

入口で出迎えられた古い木で作られた牛のオブジェや、バターケースにショップカードを入れておくアイデア、アンティークの大きなブリキ文字(ティン・ビッグレター)で「B」「&」「B」と見つけて置いてみるアイデアも気が利いている。

「エイ出版には『カリフォルニア工務店』(アメリカンなデザインを得意とする設計事務所)という部署があって。
いちばん最初に訊いたのは白を基調としながら、そこにやわらかさも求めていこうというインテリアの方針でしたね」

言われてみればたしかにそうだ。
この店のインテリアを見れば見るほど、かって『Ligntning』で見たあの感じがオーバーラップしてくるのだ。(池田浩明)

ブレッド&バターファクトリー
東急田園都市線・大井町線 二子玉川駅
03-3700-3301
7:00〜19:00


200(東急田園都市線) comments(0) trackbacks(0)
タロー屋(北浦和)
199軒目(東京の200軒を巡る冒険)

季節を焼くパン屋。
橋口太郎さんはいろんな植物から酵母を採取し、それを元にパンを焼く。
花、果実、葉っぱ、野菜。
それぞれの植物にはそれぞれの香りと発酵の性質があって、四季折々にさまざまなパンとなって店に並ぶ。

酵母を起こしはじめたきっかけはこのようなものだ。
「元々はデザインの仕事をしていました。
ウエダ家の上田君(パン教室COBOの主宰者)がデザイン予備校の同級生。
発足当時のCOBOの活動に参加させてもらった。
『その辺から木の実を取ってきて、ビンに水といっしょに入れ、ふたすれば発酵する。
パンも作れるんだよ』
こんな世界があったんだと、衝撃を受けました。
フルーツの色彩はきれいだし、活性化した菌がガスのしぶきをあげてる。
目に見えないけど生命感が感じられた。
それが楽しくて、家の床に酵母の瓶をびっしり置いて、生活してたことがありました」

酵母を起こしはじめた橋口さんに起こったよろこばしい変化。
それは世界を見、季節を感じとるための新しい視点を与えた。
身の回りに、それまで見過ごしていたたくさんの自然を発見するようになった。

「このあたりの環境を見返してみると、果物が実る木がいろいろある。
いろいろやってるうちに、ものすごく元気な(発酵力のある)酵母ができたり。
発酵すると、(素材自体の)香りもまろやかになります
実家の母屋は薮みたいな庭ですが、ザクロ、柿、そんなものをいっぱい発酵させました。
植物採集が好きな子供でした。
酵母を起こすうちに、当時の感覚が呼び覚まされてきて。
『あの花は食べられる』とか、そんな知識を手がかりに、果物や花を採集していく。
近くの親戚のゆずも取らせてもらったり。
昨年のシュトーレンはそのゆずで作りました。
ピールを作って、酵母を作って」

身近にありすぎて気づかないけれど、どんな植物もそれ自体香りを持つ。
橋口さんの方法はそれを「可視化」し、パンに乗り移らせることで、食べ物として体に取り入れることを可能にする。
たとえば、桜は見た目にうつくしいけれど、香りもまたうつくしい。

「桜の季節には、八重桜の若葉をつませてもらって、酵母を起こしたり。
桜って、花より葉っぱのほうが香りがあるんですよ。
芽吹きたての若葉は香りがいい。
花はとれる時期が(年ごとに)2、3週間もずれるんです。
『八重桜酵母のパン、そろそろ出るんですか』と訊かれてもお答えできなくて。
八重桜はソメイヨシノよりずっと後に咲く。
葉っぱを取らせてもらうのも4月中旬以降。
ときには5月の連休以降になったり」

どんな花がいつ咲くのか。
誰にも知ることができない季節の巡りにパン作りは翻弄されるけれど、橋口さんはむしろそれを肯定する。

「毎年同じパンができるかもわからない。
(予定していた)素材がとれたらほっとするし、ありがたいと思うし、酵母が湧いたときは毎年感動します」

(左から桜の葉、きんもくせい、りんご)

橋口さんは、瓶の中に浸かっている花や葉っぱを作業台の上に並べ、見せてくれた。

「バラ、桜、きんもくせい、ラベンダーの花。
お花は瓶の中で浮遊するんです。
酵母を眺めているのもすごく楽しい」

橋口さんがおもしろいものを見せてくれた。
これら休眠中の酵母の瓶のふたを開け、ひとすくいの砂糖を投入する。
すると、彼らはふたたび息を吹き返し、しゅわしゅわと泡を立てる。

「活きてるな。
久しぶりにガスも出てるし」

橋口さんの呼びかけに応じ、息をする酵母たち。
まぎれもなく生命。
パンを作るとは、つまり生命と対峙することに他ならない。
橋口さんが見せたかったのはそのことだったのだろう。

別の瓶を取りだし、ふたを開ける。
まるでコーラの瓶を振ったみたいに、口からあふれださんばかり元気に泡を吹き出す。

「これぐらいでパンを仕込むようにしています。
酵母が元気かどうかでパンの上がりが変わってくる。
今日は発酵がよかったです。
ミキシングは昨日のお昼すぎ、今日の朝6時に焼きあがりました。
発酵のコンディションがよかったです。
昨日までは(自分が)冬モードになりきれてなくて、『あんなふうにしなきゃよかったな』とか、後から思ったりしてました」

取材時、2014年12月11日。
やっと本格的な寒さが訪れだした頃。
発酵は季節ごとに変わるという言葉は、特に種を自家培養するパン職人からよく聞かれる。
秋と冬とで、酵母の振舞いかたは変わる。
それをキャッチし、夜通し仕事をつづけながら発酵時間や温度を巧みに調節して、自分の望む方向へ発酵を導く。
自らの感性を開いて生命と対峙するのだ。

この日、焼きあげたパンを手に、橋口さんは各酵母について説明する。
「レモン酵母は、このへんの庭から分けてもらったのを使用しています。
レモンといっても大きくて、園芸種のインドレモン。
皮がすごく厚いんですけど、苦みがちょっと出て、それがよかった。
はるゆたかブレンド、石臼挽全粒粉(ともに江別製粉)を使っています。
酵母が変わると、生地感が変わるので、粉の配合を変えて骨格を変えないと、危ないかなと思いました」

レモン酵母のノアレザン
風味の透明度が高い。
自然発酵種のパンに独特の熟成感をあえて排除し、素材がマスキングされないようにしていることがタロー屋のパンの特徴なのである。
そのために、口溶けの小麦感が生々しい。
私はこのレーズンをみかんのドライを食べているかのように誤解しながら食べた。
それほど、レモン酵母とレーズンが重なって作りだされる甘さは、かわいらしく、好ましいものに思える。
甘さとフレッシュさ、そして後味に柑橘系の香りとわずかな苦みを残す。

どのようなパンにすれば酵母液のもつ香りが活きるのか。
その酵母がどれぐらいの発酵力を持つのか。
香りと発酵力を頭の中でかけ算し、できあがりをイメージしながらパンを作る

「酵母の種類によって生地色も変わりますし。
うちの畑でとれたラズベリーを酵母にしてパンを作ると、ピンクがかった色になる。
(ラズベリー酵母の香りは)ドライフルーツとぶつけても負けないな。
フリュイ(ドライフルーツのパン)をラベンダーで焼くとすごく相性がよかった。
今年いちばんの発見でした。
はじめはラベンダーの酵母でパンができるだけでうれしいから、シンプルに作ってました。
でも、香りが強すぎて、問題作になっちゃう。
はちみつと合わせたり、ベリーを利用して、中和しながら、食べ物としておいしくしていく。
昔は稚拙でした。
酵母の香りを伝えたいということばかり前に出ちゃって。
そういうところだけじゃだめなんだな、食べ物としてよくしていかなきゃ。
だんだんそれがわかってきました」

この日、フリュイはラベンダーに変わって、バラ酵母となっていた。
バラの香りがたしかに香って、散りばめられたドライフルーツたちが、それぞれの甘さを発している。
それはまるで、弦楽器のハーモニーがブーケのように鳴り響く中を、ピアノの音色がぽろぽろと明るくこぼれ落ちる音を思わせた。
音楽的でもあり、絵画的でもあるようなマリアージュなのだ。

橋口さんがパンを買いにきた客と会話をしている。
聞けば、この日店頭に出ていたバラ酵母のパンは、その人の育てたバラを使って作られたものだという。

「たまたま常連のお客さんが、薬かけしてないバラの花をもってきてくれました。
そういうときは、パンでお返しする。
そうやってコミュニケーションをとらせていただいています。
プロの農家さんが作るものはもちろんすばらしいですが、庭になってた果物は農薬もかけないので安心安全。
ほったらかされてる分、野性味が強いし、形がおかしくてもパンにすれば関係ないですから。
消費社会だと、ものを買ってきて、それを元に生みだすのが基本。
でも酵母は、そこらへんに生っているものをもぎとってきて起こせる。
ちょっとだけですけど、自立できてる感覚。
そういういろいろな発見があって、はまっちゃった」

私たちが決して逃れることのできない、資本主義という桎梏。
橋口さんの方法は、そこからほんの少しだけ自由になることを可能にする。
生硬な反資本主義論を振りかざすより、その反逆はずっとうつくしい。

「散歩しながら、よそさまの庭を覗いちゃう。
畑で育てているもの、近所のいただきものを含め、半分以上の酵母は近所でまかなうことができてます。
カリン、ゆず、秋生りのラズベリーはそうですね。
りんごの酵母には畑でできる春菊を練りこんでいますし。
小さいときから食べることが好きで、おいしさの探究心みたいなものが芽生えた」

りんご酵母と畑の春菊、有機黒ゴマのブール
春菊の香りを和のハーブとして嗅ぐ。
それはすーっと香り深まってすがすがしくなっていく。
りんごの酸味が若干の甘さをともなってやわらかく訪れる。
たっぷりの黒ゴマは香りとして訪れ、やがて噛むうちに油となって、春菊の苦味を甘さに変えていく。
中身はしゃきしゃきとみずみずしく、薄い皮はそれを邪魔することがない。 

酵母にすること念頭に置くと、自然を見ることがそのまま食べることになる。
酵母の香りと具材の風味をいかにマリアージュさせるかに、橋口さんはいつも関心を寄せる。

「既成の味の再現は、すでに見えてるから、あまり惹きつけられないんです。
あとから考えると、酵母と具材が両方ともバラ科同士だから合ったんだな、とか思うことがある。
アカシエ(タロー屋と同じくさいたま市にある名パティスリー)のシェフも『品種をたどっていくとカップリング成立するんだよ』とおっしゃってて。
レシピを考えるときは、酵母が起きてからどんなパンにするか考える、という作り方。
逆にいうと、それしかできない。
不器用だけど、それが自分らしさならば、つづけていけばなにか生まれるんじゃないか」

橋口さんはパンを作りはじめたとき、自らのやり方で極めようとした。
それが、タロー屋のあり方を独自のものとした。

「最初はわからないことばっかりでした。
パン教室は行かず、あえて自分の力で(パンを作ってきた)。
ロブションのガラスにずっとへばりついて、パンを作るところを見てたこともありましたね。
見てわかることもいっぱいあるんで。
バゲットの成形を必死になって見ました。
タルティーンベーカリー(サンフランシスコの名店)の窯入れするシーンも(インターネットで見たら)自分の店といっしょで、安心したり。
作るものは同じパンだから、突き詰めるとみんな近いところに行くのかな」

このあたりは、住宅の庭や校庭や寺社の敷地に緑があったり、取り残されたような畑が点在する。
大自然ではなく、小自然。
駅からタロー屋へはたしかに遠いけれど、その道のりを歩くと小さな自然を発見することができる。
私たちはごく身近にそうしたものを持ちながら取り逃がし、自然との関わりを自ら絶ってはいないだろか。
橋口さんの仕事とはそうした回路を取り戻し、自然へと私たちを導いてくれる。

「ひところは街の中の物件も探したことがありました。
こんなところ(駅から遠く離れた立地)でやること自体が無茶すぎる。
ここを選んだのは金額的なこともありますけど、街の中を行き交う人の流れ方がこのパンに合わなかった。
それに、こっちには酵母の元がいっぱい生っていますし。
その中でやらない手はない。
ちょうど開店したのが、インターネットが広まった時期。
ネット通販と卸でできないか(と考えた)。
それが、8年前」

価値あるものは、黙っていても人に存在を気づかせ、作り手はそれを生業にすることができる。
橋口さんはまず近所の人たちにパン屋として迎え入れられたのだ。

「作ったパンを窓辺に置いてた。
それを見た人に、『このパンどうやって買えるの?』と訊かれるようになりました。
決め手は中学生の手紙。
ちょうど中学の通学路にあたっていて、『パン屋さんいつできるんですか?』と手紙が毎日入っていた。
『バナナの叩き売り』(自宅の入口にテーブルを置いてパンを売ること)がはじまって。
びっくりなことにお客さんがきてくれる。
最初、近所の人だったのが、そのうち東京からもきてくれたり」

週に2日しか店は開かない。
すべてのパンが自然発酵種のみを使用して作られるために、長い発酵時間を必要とするからである。
対面販売を採用しているため、行列ができることはしばしば。
でも、列に並んでいる人は前の人をせかすこともなく、穏やかに並んでいる。
自分の番がきたら、販売を担当する橋口さんの奥さんらと会話し、買物を楽しむ。
この店ではゆっくりと時間が流れるようだ。
季節が巡るのを待ち、発酵を待ってパンを作る姿勢が、気配として人に伝わっていくのだろう。

「販売するときにも自然な会話があり、ついついお客さんと話し込んだりするんです。
いちばんうれしいのは、パンを媒介に人とつながれること。
パンがなかったら誰とも話せなかったかもしれない。
パンというか、(酵母の瓶を指差しながら)こいつのおかげで。
やりたいことやって人とつながれるのすごくうれしい。
やりたいことつづけるのも、いまの世の中むずかしいですし」

タロー屋の庭にある畑を見せてもらう。
それは、店の前で交通整理をしながらいつも笑顔で挨拶をしてくれる、橋口さんのお父さんが丹精を込めた作物だ。

(ついでにいうならば、日替わりの「おしながき」を丹念に書き留めた黒板も、美術教師だったお父さんの仕事である。)

春菊、ルッコラ、木いちご、ローズマリー。
酵母の元となり、パンに練りこむ具材になるそれらの作物は、橋口さんがパンを作る上でのインスピレーションのもとである。
と同時に、橋口さんにとってそれ以上のものではないかと思った。
生命を感じ、それによって自分がいま生きていることを実感する手がかりのようなものなのではと。

ふと橋口さんが指差した方向に、大きなケヤキが立っていた。
透き通った冬空を差してそびえ立つその様子は堂々として、神々しいといってもいいうつくしさがある。
なのに、私は橋口さんに導かれるまで、その存在を意識することはなかった。
いま、この木は切り倒されそうになっているのだと、橋口さんは残念がる。
巨木の価値が理解されない。
あまりにも私たちは、身近にある自然に対して盲目なのだ。
目を開けば、そこにきっとなにかがあるのに。(池田浩明)

京浜東北線 北浦和駅
048-886-0910
10:00〜売切れまで(木曜土曜営業)
予約方法はHPで確認。


200(JR京浜東北線) comments(0) trackbacks(0)
巨匠が一日シェフ!横浜青葉台「職人主義」
ブルディガラ、ジェラールミュロなどのシェフを歴任した巨匠、山崎豊シェフが、なんと一日だけパン屋をオープンする。
その名も「職人主義」。
講習会などを除いていままで食べられる機会がなかった巨匠のパン。
このチャンスを逃したら、今度はいつになるかわからない。
私も当然駆けつけるつもりである。

[以下公式情報]

小麦のスペシャリスト山崎豊氏による
1日限りのハード系専門ベーカリーOPEN!

職人主義
Yutaka Yamasaki collection

発酵と熟成のうまみ、小麦のあじわいを楽しむ
ハード系専門ベーカリーが2/28(土)1日限りオープン!

フランス、ドイツ、イタリアなどヨーロッパをはじめアジアなど世界中を飛び回りながら
プロ向けにパン作り指導をおこなう小麦のスペシャリスト、山崎豊シェフによる
1日限りのハード系専門ベーカリーが、横浜青葉台にオープンします!
北海道十勝産の小麦を使った「十勝カンパーニュ」や、
「春よ恋食パン」など国産小麦パンをはじめ、
フォカッチャ、セーグルフリュイ、バゲットなど、ヨーロッパの伝統的なパンも勢揃い、
噛めば噛むほど味わい深い小麦の魅力を発見していただける1日です。

シェフ
山崎豊氏
1961年福岡県北九州市出身。あべの辻調理師専門学校で製菓・製パン教授。その後、「アルション」「ブーランジェリー ブルディガラ」「ジェラールミュロ福岡・熊本」等のシェフ就任。数々のコンクールで、優秀賞を多数受賞。国内外において、技術顧問、コンサルティング、メニュー開発等、幅広く活躍。

日時:2015年2月28日(土)8:00〜パンが無くなり次第終了
場所:横浜 青葉台パン工房(横浜市青葉区若草台10-1)
アクセス:
東急田園都市線「青葉台駅」下車し、改札右手のバスロータリー2番のりば「鴨志田団地行き」乗車、「若草台」下車すぐ。
主宰:ジャパンベーカリーマーケティング株式会社
協力:一般社団法人 日本パンコーディネーター協会
お知らせ comments(0) trackbacks(0)
緊急レポート!食いしん坊目線のモバックショウ
21日(土)まで幕張メッセで行われている、パンとお菓子の見本市モバックショウ。
http://www.mobacshow.com/
パン業界のスターたちが勢揃いし、各ブースでデモンストレーションを繰り広げている。
本来は、食のプロたちに向けた、機械や材料の展示会であるが、彼ら名人たちの妙技やトークを間近で見れて、試食もできる2年に1度のチャンス。
その模様を食いしん坊目線でレポートしたい。

パンの世界大会大集合。
今年から来年にかけ世界大会が開かれる、パン業界の三大大会。
その日本代表選手が集まり、公開トレーニングが行われている。

ibaカップ代表、ブーランジュリーオーヴェルニュの浅井一浩さん(写真)と富士屋の渋谷則俊さん。
手の込んだ飾りパンを時間内に作り上げていく技は圧巻。

こちらはクープ・デュ・モンド。
パン部門=瀬川洋司(ドンク) 、ヴィエノワズリー部門=茶山寿人(ドンク)、飾りパン部門=知念裕之(鷏神戸屋)。
きれいに割れたクープ、丹念な模様、理想的な内相。
これぞフランスパンというすばらしい仕事が目と鼻の先で見れる。
なお、歴代日本代表選手(含む世界チャンピオン)の焼いたパンが詰め合わせられたエコバッグも販売中で、ワールドレベルのパンを知るチャンス。

実演スケジュール

MIWEのオーブンで知られる愛工舎製作所のデモンストレーターは、同社のテクニカルアドバイザー伊藤雅大さん。
味は詰まっているのに食べ口は軽いバゲット。
それをざくざくと切ってディジョンマスタードを塗り、ベーコンやペッパーシンケンをはさんで食べさせてくれた。

ウェルカーのブースでは、Zopfの伊原店長プロデュースで、ウェルカーのオーブンを愛用するシェフたちが日替わりで共演。
この日は、ブーランジェリークーの中島知美さん(写真)、チクテベーカリーの北村千里さん、そして『新しい製パン基礎知識』の著者であるレジェンド竹谷光司さんもパンを焼いた!
そして、コーヒーを入れてくれるのは、パーラー江古田の原田浩次さん!!
ウッディなしつらえもアットホームな雰囲気でつい腰を落ち着けてしまいそうになる。

プログラムはこちらで。

武蔵オーブンのベーカーズ・プロダクションには、西の大看板サ・マーシュの西川功晃さんが登場。
フォカッチャにオリーブオイルを塗る感覚で、米粉のパンに太白胡麻油を塗る自由さ、楽しさは西川ワールド。

櫛澤電機のブースでは、パンステージ プロローグ/プロローグ プレジールの山本敬三シェフが実演。
休日には数十人が列を作るというピッツァを目の前で焼く。
手の上でくるくるまわして生地を伸ばす妙技。
秘密は、しっかりミキシングして、ミキサーの中でグルテンを作ってしまうことだと教えてくれた。

「日本のパン職人」の日本一を決めるベーカリージャパンカップの決勝が会場内で行われている。
この日は調理パン部門。
VIRONの土田岬さん、西山佳衣さんが作る「江戸東京パン」。
15時からの審査では、各選手のプレゼンと審査員の講評が聞けて楽しい。

大会スケジュール

ツジ・キカイのブースでは、ムッシュイワンの小倉孝樹さんがパンを焼いていた。
「ホテルパンの父」福田元吉の教えを受け継ぐ名人の技を見ることができる。

その他にも…
コトブキベーキングマシンのブースでは、デイジイの倉田博和シェフ、パリゴの安倍竜三さん、ボンヴィボンの児玉圭介さん。
昭和産業のブースでは、Zopfの伊原靖友さんのデモンストレーションが行われる。(池田浩明)


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ありえないことが起こる無重力ドーナッツ
ぐるなびのippinというサイトで、ブラフベーカリーのQQ-NYCドーナツについて書いております。


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ブレッドストーリー(銀座) 【2014年オープンの新店2】
松屋銀座に意欲的なベーカリーが誕生した。
アンデルセンの新ブランド、ブレッドストーリー。
「土づくりから食卓づくりまで」をコンセプトに据え、国産小麦を食事パンに使用するなど、大手のスクラッチベーカリーとしては画期的な試みを行う。

その「ストーリー」は、パンのはじまりへとさかのぼる。
粉袋の中の白い小麦粉、よりも前。
小麦の粒を製粉するより、もっと前。
大地に種蒔きをして麦を育てるところから。
正確にいうならば、さらにその前。
荒れ野を開拓するところから、ストーリーははじまる。

アンデルセンは「アンデルセン芸北100年農場」(以下100年農場)という研修施設を持つ。
中国山地のまっただ中にある、山深き場所。
ここで若手社員たちが、トラクターなどの農業機械も使わず、ほぼ無農薬・無化学肥料で麦を育てている。

100年農場で4年に渡ってパンの指導を行ってきた元木一寛さん。
「ストーリー」の行間に潜む思いをもっとも知る人物として、この店でマネージャーを務める。

「100年農場は東京ドーム40個分の広さがあります。
広島県とはいっても寒いところで、近くにスキー場がある。
いま(取材時2014年12月)60センチ降ってるそうです。
すごいところですよ
野生の熊、たぬき、きつねが出没します。
危険なので、入学式のとき熊よけの鈴を与えられるぐらい」

「2期10名の研修生がここで働いています。
仕事の第一は原野を切り開くこと。
木を切って、まず土作りからはじめる。
実は、もともと小麦の栽培に向かない酸性の土壌なんです。
おまけに小麦の収穫時期に雨がとても多いですし(実った麦が発芽して酵素活性が強くなり、パンに向かない小麦になる) 。
小麦は晴れて麦が乾いた状態でないと収穫ができないので、乾くのを待っている間に渡り鳥がせっかく実った小麦を食べつくしてしうこともあります」

「小麦づくりに関しては素人の研修生とスタッフが自然と向き合いながら、よりよいものを作るために一緒に考え、試行錯誤を重ねてくことを大切にしています。
自然相手の農業がどれほど大変なものかを知り、物づくりの尊さや感謝の気持ちを実体験によって養っているのです。
我々パン職人は手粉をふるときもばーって使ったりしがちですけど、そういうのを無駄にしちゃいけない姿勢が身につきますね」

電話一本で小麦粉が届き、粉袋を開ければ、すぐにパンが作れる。
そうした環境にある現代のパン職人は、小麦粉がどのような苦労(そして、それと表裏一体にあるよろこび)を経て作られるか、知らない。
まして消費者はなおのこと。
ひと粒の麦が大地に根を張り、それが穂を咲かせ、小麦粉となるまでの苦労、そして表裏一体のよろこび。
ブレッドストーリーはその思いをパンに表現する。

(100年農場の小麦を使用した「100年農場小麦のカンパーニュ」は季節限定で登場する)

農業を体験しながら、研修生はパン作りを学ぶ。
そして、2年間の農場生活の中で、自分たちの作った野菜や果実で料理して自らを養ったり、客をもてなすことも、大事なカリキュラムとなる。

「100年農場では、それこそパン漬け。
毎日パンを作ります。
練習ですから、おいしくないパンもできる。
作ったパンを無駄にすることなく、なるべく食べようという方針。
そこにも学びがある。
キャベツのいちばん端も残さず使ったりします。
それでおいしいものを作らなきゃならない。
みんな料理がすごく得意になって帰る。
卒業するときには顔つきが変わりますね。
いきいき、いい笑顔で」

ブレッドストーリーのコンセプトのうちの「食卓づくり」。
近年、日本にパンは普及したが、それはおやつや軽食としてであって、食事とともに食べる主食としては、残念ながら浸透したとは言いづらい。
そのために、まずパン職人自らが、パンを焼くだけでなく、パンを料理といっしょに食べることを、100年農場では実践しているのだ。

さて、なぜアンデルセンブランドとは別にブレッドストーリーを開始したのか。
その理由に触れる前に、まずアンデルセンの売り場を思いだしてみよう。
そこにはオーセンティックな落ち着きがある。
いちはやく目をつけ日本に紹介したデンマークの国民食デニッシュ、フランスパン、シュタインメッツ粉を使ったドイツパンなどヨーロッパの伝統的で普遍的なパンが揃っている。
奇を衒ったパンはラインナップに入っていなかった。
私はそれを好感を持って見ていたけれど、なんでもありの日本的ベーカリーに慣れた人たちからは物足りなかったのかもしれない。
ブレッドストーリーでは日本の食事を意識したパン作りを行うことで、従来のアンデルセンとは一線を画す。
広報担当の坪井久美さんは狙いをこう語る。

「夕食にもパンを食べていただきたいという思いがあります。
ブレッドストーリーでは、日本の食卓により近い提案ができる。
日本の四季に合わせた、日本ならではのパン作り。
国産小麦のパンを作ってみてあらためて思ったのは、飽きのこないあっさりした味わいだということ。
そのまま、ごはんと代えて、和食といっしょに楽しんでいただいても違和感がないと思います。
たとえば、みそとパンをあわせた『肉味噌と蓮根のフォカッチャ』という商品がありますが、従来のアンデルセンブランドではできにくい提案でした。
お客さんからあんなパンこんなパンほしいという声に、素材にもこだわりながら応えていきたい。
新しい挑戦です」

国産小麦のパンは日本の食事に合う。
そのやさしい味わいやほのかな甘さ、もちっとした食感は、しょう油やみそ、ダシといった食材と相性がいい。
ブレッドストーリーには、ごはんの代わりになる国産小麦の食事パン、和の素材を使ったパンが並ぶ。

きたあかりとポークリエットのピザ
薄くのばした生地がタルトフランベ的なかりかり感を発揮する。
大きめに切ったきたあかりのねっとり感と溶けだす甘さは、チーズと相まって感動的なまでに広がりを見せる。
黒コショウの香りがアクセントとして効果的。

北海道産ゴーダチーズロール
しっかりと香りのあるチーズが、味わい深いパンと出会う。
もっちりして引きがあり、それでいてしゅわっと溶ける。
そして全粒粉のコクがある。
だから、チーズの強い甘さ、ミルキーさと皮が拮抗するのだ。

芸北りんごのパンオポンム
パンを切った途端においしそうなりんごの香りが飛びだしてきた。
ナイフの動きによって波のように揺れ動くほど、生地はやわらかい。
りんごの果汁も吸って潤いに満ちているのだ。
すがすがしい白さのある生地の味わいとみずみずしい紅玉のマッチング。
りんごの酸味が口の中を清めたあと、やさしいあたたかさとして、麦の風味は広がってくる。
ぷるぷる、しゃきしゃき、口溶けがいい。

私がこの店に来て真っ先に吸い寄せられたブレッドカウンター。
キタノカオリ、はるゆたか、もち小麦といった品種ごとに作り分けられた食パン、そしてカンパーニュやバゲットが並ぶその光景は、パンへのあこがれを形にしたような場所だった。
ここにはブレッドマスターというパンのアドバイザーが立ち、会話を楽しみながら、パンを選ぶことができる。

「アンデルセンにはブレッドマスターという社内資格があります。
3年間研修してやっととることができます。
パンの販売のプロという位置づけです。
ブレッドカウンターでお客さんの興味あるものを試食し、買っていただく。
たとえば、『今日の晩ごはんにはどれが合いますか?』という質問をしていただいても、いろいろご提案することができます」

ここでブレッドマスターがいま切ったばかりのパンを手ずから試食し、即興の「パンラボ」となった。
生だけではなく、トースターで焼いたばかりのものまで体験させてくれた。

キタノカオリブレッド
第一印象は、キタノカオリならではの明るい甘さが感じられるということ。
ふんわり、しっとりとして、後味には、もちを食べたときに似た穀物的な香りがある。

もち小麦の山型トースト
はじめ米粉パンと錯覚した。
香りにしても、食感にしても、それほど米粉に近いのである。
食べはじめはもちを連想させるところはそんなにない。
ところが、噛めば噛むほど唾液を吸い、風味も食感もどんどんもちに近づいていく。

もち小麦の山型トースト(トースト)
焼くことによって、甘さが引き出される。
まるでなにかスプレッドを塗ったと感じられるほどに。
食感も変わって、軽くなり、粘りも歯にくっつくほどとなる。

「もち小麦という品種は、強力なもちもち感があります。
アミロース(でんぷんの種類で、これが少ない小麦は食感がもちもちになる)が少ない品種で、でんぷんがもち性をもっている。
タンパク量も8%ぐらいで、それほど多くないので、扱いはむずかしい品種です。
国産小麦とブレンドしています」

ちなみに、松屋銀座では、屋上、B2Fのスペースで、店内で買ったものを食べることができるようになっている。
ブレッドストーリーのパンも焼きたてで味わえるのだ。

小麦畑にはじまるストーリーは食卓までつながっている。
パンを作って終わりではない。
そのパンがどのように買われることが、いちばん楽しいのか。
どのように食べられれば、いちばんおいしいのか。
それを、パンについてそれほど深い関心を持たない、ごく一般的な消費者まで、その心づかいを享受できるシステムがトータルで備えられている。
おいしく、楽しく食べることは、小麦ひと粒ひと粒にとっても幸福なことにちがいない。(池田浩明)

東京メトロ銀座線・日比谷線・丸ノ内線 銀座駅
03-3567-1211(大代表)
10:00〜20:00

*商品の情報は2014年12月時点のもの。月ごとに商品が入れ替わる。



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ジャンフランコ(用賀)【2014年オープンの新店1】
そこには燃え上がるような麦の香りがあった。
ウイスキーを思わせる琥珀色の香りとともに。
発酵種らしくわずかに酸味を香らせているけれど、それは濃厚な麦の味わいをさわやかにすることに役立っている。
そして、普通のカンパーニュに似ず、やわらかくて、唇に触れる中身の感じはふさふさとしているのだ。

ジャンフランコのバーバリアには、麦が本来持つであろう味わいと、いかにも発酵種的なアルコールのような香りが共存していた。
発酵種の香りが濃厚になれば、麦の香りは背面に退きそうであるが、ここでは後者が前者により強められ、分ちがたく結びついているように思われた。
それはなぜなのか。
このイタリアにルーツを持つ店が、現地から約1万キロ離れてなお、本場を思わせる味を維持していることとその理由は大いに関係がありそうだった。

ジャンフランコ ファニョーラはイタリア・ビエモンテ州で90年の歴史を持つパン屋ファニョーラの3代目であり、クープ・デュ・モンド(パンのワールドカップ)イタリア代表に選ばれた経歴を持つ。
ジャンフランコは、彼の監修によって、昨年世田谷区用賀に開店した。

ジャンフランコの母体は株式会社パネックス。
パネトーネ種をイタリアから輸入し、培養・販売している会社であることは興味深い。
社長の前野朝彦さんは開店の経緯を下記のように語る。

「もう30年にわたってイタリアと仕事をしています。
ロングライフのパンを作るために、イタリアからパネトーネ種を仕入れるようになったのがきっかけ。
その後、『非常においしいパン屋がある』という話を聞き、行ってみた。
それがピエモンテにあるファニョーラという店。
そこのパンが私の口にはいちばん合うと思いました。
ジャンフランコ ファニョーラはイタリア人と思えないぐらい勤勉。
パンの虜になっている人です」

前野さんはジャンフランコ ファニョーラのパンに惚れ込み、彼の作る発酵種を輸入、パン屋を開店しようと思った。

「イタリアのパンそのままを日本でやりたい。
ジャンフランコのパンは、イーストだけではなく、必ずパネトーネ種を使っています」

パネトーネ種と呼ばれるのは、北イタリアで自然培養される発酵種。
この種を用いてクリスマスの発酵菓子パネトーネが作られることでも知られる。
パネトーネには乳酸菌由来の甘い風味があり、クリスマス後も1〜2ヶ月をかけて食べられることからもうかがえるように、長く日持ちする。

「子牛が最初に乳を飲んだときに戻したものから作るとか、パネトーネ種にはいろんな説がある。
いまは、一般的に小麦粉の中や空気中にいる菌を培養させて作られます。
原料としては100%小麦粉と水。
パネトーネ・トラディツィオーネ(伝統的なパネトーネ[発酵菓子])と呼んでいいのは、このリエビト・ナトゥラーレ(自然発酵種)100%のものだけだと、法律で定められている」

パネトーネ種は北イタリアの気候・風土があってこそ生みだされてきた歴史がある。
「北イタリアは極端に高温になったり、超低温になったりしない、パネトーネが育つのにいちばんいい温度。
白樺の多い北海道のような気候で、何百年も昔から種を作りつづけています。
昔は北イタリアでしかパネトーネはできなかった。
いまは空調があるので外国に持っていっても作ることができます。
パネトーネ種を発酵させるときの温度は15℃。
これはワインセラーが15℃なのと同じなんですね。
北イタリアでは多くのパン屋で地下に厨房がありますが、その温度が年間を通じて15℃ぐらい。
人為的じゃなく、たまたま育まれたもの。
酵母と乳酸菌が複合的に育っている。
仲よくいっしょに増殖していくが、乳酸菌のほうが酵母より多い。
一方、ドイツのサワー種の場合は主に乳酸菌、酢酸菌です」

パネトーネという、砂糖や油脂のたっぷり入ったふくらみにくい菓子生地をあそこまで縦伸びさせる発酵力。
そして気が遠くなるような馥郁たる香り。
それは、酵母と乳酸菌がともに働くことから生まれる。
アメリカのサンフランシスコサワーなど、世界各地にある、その土地ならではの土着菌を活かした発酵種のひとつなのだ。

「ドイツならドイツサワー、フランスならルヴァン。
ヨーロッパのパン屋は、表から見たら種を使ってないような顔をしていても、前日の残り生地を入れたりして(実質的に種の役割を果たして)いる。
そこには必ず微生物の働きがある。
パンは発酵です。
パネトーネを分析すると、日本にいない菌がいる。
だから、小麦はこう発酵して、こういう旨味成分が作られるんだということがわかる」

ファニョーラの厨房でパネトーネやその他のパンに使用されるパネトーネ種。
それをイタリアから持ち運んで培養する。
だから、ジャンフランコの厨房にジャンフランコ ファニョーラ氏はいなくても、彼のレシピさえきちんと守れば、あとはパネトーネ種がクオリティコントロールを果たしてくれる。

「守りごとをきちっと守る。
勘だけでは駄目で、決まりを守れる人がやることが大事です。
天然酵母の会社ですので、イタリア本国と同じレベルのものを本社で作って、店に送っています。
温度や湿度を空調で管理して、発酵時間やミキシングも正確に守る。
元となる種の品質には自信を持っています」


またワインやチーズの名醸地が立ち並ぶハイレベルな食文化もファニョーラを生み出す土壌となっている。

「ファニョーラがあるブラ村はバローロ村やバルバレスコ(ともにワインの産地)の近くで、世界スローフード協会の本部がある。
イタリアでも特に味に食への執着が尋常じゃなくて、まずいレストランが1軒もない。
パン屋もまずいとやっていけない、イタリアでも特殊な地区。
中国で『食は広州にあり』といわれることになぞらえて、『食はピエモンテにあり』といわれています」

グリッシーニショコラ
グリッシーニはただのかりかりしたパンだと思っていた私にとって、頭を後ろから殴られたような衝撃があった。
あたたかい風味、言い換えれば麦の繊細なニュアンス。
水気が抜けていながら、旨味は満ちている。
かりかり感と相まって、食べやめることができない。
チョコチップの酸味や香りも生地に感じるコクと響きあう。

売り場から見える黒い窯の前に近藤良介シェフがパンを焼く姿がある。
日本でのパンの製造をまかされている人だ。

「ほとんどの生地はパネトーネ種とパン酵母(イースト)を併用しています。
粉は日本の粉とヨーロッパの粉。
日本のメーカーからいろんな粉を取って、ジャンフランコ ファニョーラがチョイスし、ブレンドして使っています。
日本の粉は使いやすくて、いろんな種類がある。
ヨーロッパと比べたら質も安定しています」

クロワッサン
乾いていてざわざわと崩れ落ちる先端部。
高く持ち上がって、エアリーなクッションがある中央部。
薄い上皮にはしゅわしゅわと崩れる感覚がある。
クロワッサンは生地にオレンジをすり下ろしたものを加えている。
生地に少量のオレンジが加えられることで、バターにあるオレンジの芳香がより強調されて、フルーティかつバターのコクがさわやかに感じられる。

生地においてはジャンフランコ ファニョーラの意志を正確に再現しつつ、アレンジの部分では日本人の嗜好にあうものを展開している。

「この店では、普段の食事で食べるものからちょっと特別なパンまでバラエティに富んだラインナップを作っています。
イタリアの本店は素朴なパンがメイン。
菓子パンや惣菜パンは日本のスタッフが試作して作ったものがほとんどです」

ドーディッチブッロチョコラータ
バゲット生地のようなリーン(甘さも油分もない)な生地にバターを折り込んで作りあげた12層。
バターに浸食されないゆえに、小麦の香ばしさはより高からかである。
そして、まるで極薄のバタートーストのごとく、バターの部分と小麦の部分が明確に分かれていることで、はじめてからみつき、混ざりあっていくさまが、ヴィヴィッドに口の中で展開される。
中からバターがじゅわーっと生地に浸透していき、そこにビターなチョコレートがとろけて香りを発揮していき、バターの甘さと抱き合っていく。

フォカッチャグランデ(aroma)
みじん切りにしたベーコンとフライドオニオン、にんじん、ピーマン、クミン、ローズマリー。
やわらかで、とろけていくような生地。
とろけて、小麦の香りが涌きでて、それとともに上記したさまざまのスパイス、野菜の香りが湧きだしてくる。
aromaという名前通り、それらはドットのような色彩としては見えているけれど、食感は存在せず、ただ香りとして姿を現すのだ。(池田浩明)

東急田園都市線 用賀駅
03-6432-7317
10:00〜18:00
月曜火曜休み

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