パンの研究所「パンラボ」。
painlabo.com パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。 |
2015年10月15日、宮城県仙台市のサトー商会で、「東日本大震災復興支援 チャリティー製パン講習会 in仙台」が行われた。
12回目となるこの講習会は、ジェラール・ミュロやブルディガラのシェフを歴任した山崎豊シェフ、ZOPFの伊原靖友シェフ、ブーランジュリーオーヴェルニュの井上克哉シェフの3人が、東日本大震災発生後よりつづけてきたもの。
足かけ4年以上、ついに津波で甚大な被害に遭った仙台での開催となった。
(講習会のはじめに配られた、山崎シェフによる焼菓子。)
3人に加え、毎回新進気鋭のシェフを講師として迎えている。
今回は、地元・仙台のブーランジェリージラフ、高橋司シェフが登壇。
米粉を使ったパン、パン・オ・リを披露した。
「お米は、米粉と玄米と玄米粉の3種類を使っています。
志賀シェフの米粉のカンパーニュを派生させて、自分の店に落としこんだものです」
まず、生地の仕込み。
「米粉をたくさん入れるとパンにするのがむずかしくなります。
米粉を30%入れるレシピでも成り立つのは、ゆめちからの豊富なタンパク値のおかげです。
玄米粉とくるみを入れることで甘みを出しています。
でも、なんといっても、甘さのいちばんの原因は、長時間発酵。
低温長時間発酵(18℃で18時間)なのでイーストを少なくしています(0.04%)。
コントレックス(5%)を入れています。
コントレックスに含まれるマグネシウムの影響で生地が締まって、発酵を助けてくれる。
吸水が多い場合、生地ができにくいので、コントレックスを入れないと、生地が締まらず、発酵のぴったりのタイミングが狭くなってしまいます」
ゆるい生地の成型には技が要求される。
「95%吸水を入れた、かなりゆるい生地です。
手粉もその分使います。
手で持つと、生地が崩れる。
こんなふうに、手粉とスケッパーを下に入れてください。
指先ではなく、手の平で持つ感覚です」
窯入れのとき、スリップピールにのせるのも慎重さを要する作業。
「ホイロは必ず1時間以内で。
それを超えるとすごくやりにくくなります。
ここで型が決まるので、1個ずつ丁寧に置いてください。
カードを生地の底に差し込み、生地を左手で裏返してカードの上にのせます。
それを裏返してスリップピール上にのせる。
手粉をつけながら行ってください。
生地がピールにくっつくと商品になりません」
参加者にパン・オ・リが配られた。
表面だけがぱりぱりして、中身はもちもち。
そこから砂糖が入らないことが信じられないほどの甘く、それがすっきりとしている。
噛んでいると米さながらのフレーバーがしてきて、本当にパンと餅のいいとこどりという感じだった。
昨年ドイツで行われたIBAカップで監督として日本チームを率い、金メダルを獲得する快挙を成し遂げた井上克哉シェフ。
チャリティ講習会では、毎回、ヨーロッパ各地の伝統パンを紹介。
今回はブリオッシュ生地を使った、イタリアのパン「ジェノヴァ」を教えてくれた。
「中種を作って冷蔵でひと晩発酵をとります。
中種は全体の70%にもなります。
イーストもぜんぶ入ってる種。
常温で4、5時間置いて、すぐ使うこともできますが、冷蔵でオーバーナイトしたほうが安定します。
室温で1時間置いてから冷蔵。
種を長い間、寝かすので、乳酸発酵を期待しています。
手間のかかる製法ですが、香りがよくなります。
ブリオッシュぱさぱさのイメージですが、中種にすることで、しっとりさせることができる。
日本人はしっとりのほうが好きですから。
うちでは、朝に本捏ねして、常温で発酵をとります。
中種で熟成させているので、1時間で分割にいけます。
種で力もついているし、寝かせなくても熟成のきいたパンになる」
仕込みを実演しながら、注意点を解説。
「砂糖を先に入れると、砂糖の水分で生地がゆるむので、バターといっしょに入れる。
バターが硬いと、生地にうまくなじんでいかないので、あらかじめ常温で戻します。
指を入れて入るぐらい、少し形が残るぐらいがいちばんいい状態です。
ミキシングに時間をかけたくないので、混ざったら入れる、混ざったら入れるというふうに何度かに分けて入れていってください」
メープルクリームを包餡し、ヘーゼルキャチャ(メレンゲにヘーゼルナッツパウダーを加えたもの)を上から絞れば、ジェノヴァに。
溶かしバターを塗って、あられ糖をトッピングすると、ベルギーのクリスマス菓子「クラックラン」になった。
伊原靖友シェフは「国産小麦のドーナッツ」を披露。
甘く、油脂も入るドーナッツに、あえて灰分の高い石臼挽きの国産小麦を使う新しい趣向。
「アグリシステムの臼夢T85を使っています。
粉を見ると、だいぶ黄色いでしょ。
石臼挽きのキタノカオリです。
キタノカオリは硬質小麦なので、糖化する力が高い。
これを使うとすごく甘みがのります。
アッシュも高いので、モルトのような使い方をしています」
「臼夢には石臼挽き特有のざらつきがあります。
粉の食感というのは一概に言えなくて、同じ配合でも製法がちがうとまったく変わってくる。
中種はソフトになるし、低温長時間だとさくいです。
そういうちがいはあるにしても、食感でいちばんの特徴は、もち感。
北海道の小麦は低アミロース。
ベーグルを揚げたようなドーナツになります」
アグリシステムの十勝産小麦に加えて、熊本県産の熊本製粉「南のめぐみ」(品種名ミナミノカオリ)もブレンドしている。
伊原シェフは仕込みを行いながら、国産小麦への対応にも役立つミキシングの考え方を教えてくれた。
「ミナミノカオリは高速ミキシングに対する耐性がないので、ゆっくりつなげていきます。
とはいえ、ローでずっと引っ張ると、練りすぎてしまう。
そういうときは、オートリーズを入れて、時間を稼ぎます。
ボリュームをしっかりだすのに、オートリーズは有効です。
わずか10分でも変わります。
薄膜化してくる」
「グルテンのことを繊維と同じイメージで考えてみてください。
ミキシングの回数が多いと、編込みが多くなって緻密になり、布に穴がなくなる。
ミキシング時間を長くしたり、高速にするとボリュームが出やすいのはそういうことです。
もうひとつ、高速にできないときは、オートリーズをとるのも有効です。
なにもしなくても、置いておくだけでグルテン(繊維)が細かく(多く)なり、繊維と繊維が引っかかりやすいので、これもボリュームは出ます。
回転を速くしなくてもオートリーズの時間を作れば、ローでもボリュームが出ます。
オートリーズを入れるだけでボリュームが2割も3割も変わります。
練るからグルテンができるという考え方を一度外して、考えてみてください。
練らなくても、グルテンは粉が水和した時点で8割できると言われます」
伊原シェフは参加者をミキサーの周囲に呼んで、生地状態を示した。
「オートリーズ前の状態だと粒があったのが、オートリーズを入れるとなめらかになっているでしょ。
特に(臼夢が入っているので)アッシュが高いと、ぱさぱさのパンになりやすいので、しっかり水を吸わせましょう」
ドーナツの成型はツオップ(ドイツの編みパン)のように編み込む。
「まず棒状にします。
ぎゅっとやりすぎると切れちゃうので力加減を気にしながら。
もち感をさらに出すために、編みます。
8の字にします、
ツイストは転がって揚げにくい。
むずかしい人はただの片結びでもいいです。
ひっかけて結ぶだけです。
足を組んだみたいに上に引っ掛けて穴に入れる。
いまはyoutubeという便利なものがあります。
『Zopf knot』で検索してみてください。
www.youtube.com/watch?v=N_xXcsMrwBE(9分40秒ごろより)」
山崎豊シェフはサブレ・ノルマンドを作った。
「ノルマンドという名前は、バターの産地であるノルマンディからとられています。
普通は生の卵黄を使いますが、今日はゆでたまごを使って、もっと卵の香りをさせます。
裏ごしします。
混ざれば、ゆでたまごでもまったく問題ありません」
「あまりホイップしないでください。
混ざれば大丈夫です。
ホイップしすぎると浮いて軽くなり、壊れやすくなります。
すり混ぜる程度にしておくと、生地が硬くなるので、壊れなくなり、ロスになりません。
バターが残ってたら、穴が空いてしまう。
必ずやってもらいたいのが、練らないで押すようにしてバターを潰していくことです」
(チャリティ講習会ではいつも楽しみなのが昼食。
伊原さんの作った豆カレーなどが供された。)
会場には、普段の回よりももっと熱気を感じた。
東北各地から講習会にやってきた人たちは、みんな被災地のことを自分ごととして考えているのだろう。
中には、三陸沿岸の被災地でパン屋やパン教室を開き、復興に向けてがんばっている人たちもきていた。
トップシェフが作業する姿を間近で見たことは、その人たちのパン作りに少なくない影響を与えたはずだ。
12回目にして、チャリティ講習会が直接復興に役立つときがきたことが、とてもうれしい。(池田浩明)
次は神戸で。
| Log in | RSS1.0 | Atom0.3 | (C) 2024 ブログ JUGEM Some Rights Reserved. |