8月、4つの台風が北海道を襲い、そのうちの3つが十勝を直撃した。
特に、台風10号では十勝川、芽室川などが決壊、犠牲者が出る一方、幹線道路やJRが陥落するなど交通も寸断。
流れ込んだ水は畑を水没させた。
被害総額は573億円に上る。
対岸の火事ではない。
十勝は大穀倉地帯。
国産小麦の1/4が十勝で生産され、私たちの食を支えている。
「稀にみる最悪の年」だと、十勝・本別町の小麦農家・前田茂雄さんは表現する。
台風だけではない。
夏の長雨や低温なども重なり、かってなかったほどの農業被害に見舞われているという。
十勝に何が起こっているのか?
農家によって事情はさまざまで、被害の真相はつかまえにくい。
「地域によって被害の大小がものすごくあります。
来年は農業ができないんじゃないかというほど被害が大きかった人もいれば、作物以外の損害のなかった人もいる。
生産者によっては、水害で農地を一挙に失う人もいました。
自然の猛威はどうしようもないものですが、考えられないですよ。
たった10日か2週間ですべてを失ってしまうのですから」
(記事中の写真はすべて前田農産で写したもの。昨年以前の写真で本文とは直接関係がありません)
小麦に関していえば、不作の原因は台風ではない。
収穫はその前に終わっていたからだ。
「6月からの低温と日照不足が小麦の収量に大きく影響している。
6月入ってから曇天と断続的な雨がずっと続きました(日本気象協会の記録によると、6月13〜27日まで晴れの日は1日もなく、雨は12日を数える。最高気温も2日を除いてすべて20℃を超えていない)。
この受粉時期に日照時間が少ないと、穂に実が入らず、収量が伸びない。
小麦の受粉時期の雨は赤カビ(カビ毒であるDONの濃度が1.1ppmを超えると出荷できない)の原因にもなります。
予防のための防除(農薬の散布)もできないんですよ。
防除のタイミングでも雨が降ってたので、ぬかるんでトラクターが畑に入れなかったりしたでしょう」
熟期を迎えた収穫期の雨は穂発芽を引き起こし、小麦の出来に決定的な悪影響を及ぼす。酵素活性が高まって、小麦の中のでんぷんが糖に変わって粘性がなくなり、パンなどを作るのに適さなくなるのだ。
「収穫期も雨が続き、穂発芽でダメになりました。
7月末に収穫した秋まき小麦は全滅に近いんじゃないかな。
(前田農産のある)本別町は雨の降り方のちがいで、まだ救われいるほうだと思う。
キタノカオリ、ゆめちからは特にひどかったと聞いてます」
雨に弱いキタノカオリはもとより、収穫の安定が売りだったはずのゆめちからまで不作になった。
「うちで言うと、ゆめちからは平年より4割減、春よ恋も5割減。
7月、30℃以上の日が4日しかなかった。
生育日数が十分でなかったのと、8月初旬の急激な乾燥も足を引っ張った感じがしてます。
穂ができて、収穫へ向けてだんだん乾燥しつつある状態とはいえ、まだ成長段階にある。そこでも、でんぷんがふくらまずに実だけが仕上がっていった」
日本気象協会の帯広の記録では、7月に最高気温が30℃以上の日は1日もない。
また、収穫期を迎えた、7月10日から8月2日の24日間で、晴れの日は3日しかなかった一方、雨は18日を数える。
小麦にとって最悪といえる気象条件だ。
小麦だけでなく、豆類・芋類、ビート、野菜、牧草全般に被害は及ぶ。
それが、来年の小麦の作付けにも影響を与えている。
「十勝では『輪作』といって、連作障害を防ぐため、今年じゃがいもをまいたら来年は小麦というように順繰りに作物を作る。
畑がぬかるんでトラクターが入れないので、金時、スイートコーン、じゃがいもなんかがまだ収穫が進んでない。
ということは、10月にまくはずの秋まき小麦が、例年より種まきが遅れたり、最悪、種まきができなくなる。
小麦の作付け面積が減るんじゃないか、というのがいちばんの問題」
もっとも大きな被害は、大雨の影響で畑に水が溜まって、抜けなくなったことだ。
「他の作物も、金時なんかはほぼ全滅。
畑に水が溜まると土壌が腐ります。
小豆も、大豆も、腐ったり、ビートも滞水して腐る。
そうなると、収穫のときに、腐った部分だけ取り除くのはむずかしい。
今年だけの問題じゃなく向こう3年は影響が出るんじゃないですか。
一度腐ってしまうと、土壌菌として土の中に残ってしまうから。
それが、根腐れなどの被害につながって、何年にも渡って被害を及ぼす」
畑が水でおし流された場所は、10年スパンの被害を与えることもある。
「地面から30〜40センチぐらいまでの表土=耕作土。
先祖代々土作りを何十年も行ってきたのが一気になくなったわけですから。
ゼロからはじめなきゃいけない。
いい土がなくなって、肥料代もかかるし、有機質を蓄積するにも何年もかかりますよ」
農家にとって深刻なのは、被害があらゆる作物に及んでいることだ。
一農家が複数の作物を手がけるのは、リスクに対する保険の意味があるが、ぜんぶの作物が不作である今回のようなケースでは、保険にならない。
「いま現在、無収入の人がかなりいます。
小麦で売り上げがない、豆がダメ。
共済は芋が5〜7割、ビートでよくて7割、豆は経費ぐらい出たら御の字(農業共済の払い戻しは加入条件によって異なるので、一概には言えない)。
でも、いまの段階ではまだそれも下りない。
私はポップコーンを栽培していますが、そういう特殊な作物に関してはなんの保証もないですから。
もともとリスクを背負ってやってますが、心配ですね」
「お金の計算をしてったら、誰もが勘定が合わない。
そうすると、離農の話になりますよね。
専業農家が多い十勝では特にそうですけど、農業がダメなら飲み屋がダメになる。
運送業、トラクターメーカー。
いろんなところに影響してくる。
結局、地域の経済を考えると、この冬、かなり深刻な話が出てくる可能性があります。
若い人が農業を辞めなきゃいいな」
農業にも小麦栽培にもリスクがある。
そうした悪印象を農家が持てば、小麦を作る人は減るだろう。
「小麦の供給は2年後に影響があるんじゃないか。
作付けの減少があれば、平年作でも需要に対する物量を確保するのがむずかしい。
それでは需要に応えられない」
問題は小麦だけに限らない。
農家が減り、耕作面積が減れば、自然環境を保全できない。
自給率など食の安全保障にも影響が出るだろう。
この不作は、単に農家にとっての災厄ではなく、まわりまわって私たち消費者に打撃を与えるかもしれない。
私たちは食糧を通じてみんなつながりあっている。
「自然災害はいつか必ずあるし、これからもありえます。
それを我々農家は肝に銘じるべき。
いままで普通にとれてたものが、まったくとれない年があるなんて。
いままでの天候は、なんてありがたかったんだろう。
うちも勉強になっている。
今年は記録にも記憶にも残る、最悪の年に近いと思う。
あの年が乗り越えられたんだから、また乗り越えられるだろう。
あとでそう思えるように、前を向いて、いま種まきやってますよ。
一年越しの楽しみをまってくれてるパン屋さんたちもいますから!」
「幸い、新麦コレクションの前田農産『はるきりらり』は種まきがはやかったことと受粉時期や収穫日の晴れ間もあり、比較的被害は軽微でした」
最悪の年。
熊本では地震があり、収穫期に雨でたたられて穂発芽の被害に遭った小麦農家は全国に数知れないだろう。
農家の損害をすべて救うことはできないとしても、私たちの食はこうしたリスクを農家が背負うことで成り立っていることは、忘れないようにしたい。
前田茂雄
前田農産専務。NPO法人新麦コレクション理事。
農家が品種別に小麦粉を販売するパイオニアのひとり。
さまざまなイベントなどを仕掛け十勝の農業を元気にしている。
前田農産WEBショップ
http://www.co-mugi.jp/
家庭用小麦粉の販売。
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