パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
ヴィロン エグゼクティブシェフ 牛尾則明 【職人インタビュー 008】
うしお・のりあき
ル・スティル専務取締役。
1960年、兵庫県姫路市に生まれる。
高校卒業後、ニシカワ食品に入社。
ビゴの店での研修を経て、直営店の立ち上げや商品開発に携わる。
2003年6月、シェフとして渋谷にヴィロンをオープン。

誰も登ろうとしなかった高い山へ、あえて踏み込む。
一種の冒険であり、賭け。
パリでもっともおいしいバゲットを、その通りに作り、その通りに販売する。
そのためにまず取りかかったのは、希少なフランス産小麦を輸入すること。
数億を投じて、パリさながらの店舗を東京の一等地に作り、フランスの伝統を守りながら、日本人の繊細な技術でそれを超えるようなバゲットを作る。
牛尾則明は、パン職人冥利につきるようなプロジェクトをシェフとしてまかされ、予期せぬアクシデントに出遭いながら、期待値を上回るクオリティで実現した。
1000行の物語は、地方の一高校生が、パン工場に就職するところからはじまる。


「働いてる人は、みんなランニングに腹巻き、汗でべとべと。
帰りに『パン屋だけは絶対やめとこうな』と仲間で話し合った」

「もともと、僕、手作業でなにかをやるというのはものすごく好きでしたから。
でも、仕事にそれを選ぼうというところまでは思わなかったですね。
若い頃だから、給料のいいところ、大きな会社に就職、そういう一心で外資の会社を受けたんですけど、そこが落ちてしまった。
学校の先生といろいろ話をして、パン屋さんどうかなと。
農業高校の食品加工科に入ってたので、製菓製パンの工業機器の勉強はしてましたんで。
ニシカワ食品という兵庫県加古川市の会社に入るんですけども、そこは高校時代、授業で工場見学に行ってるんですよ。
労働環境はものすごく厳しくて、オーブンのところなんかものすごく暑い。
いまのように空調もなにもないですから、窓開けっ放し。
働いてる人は、みんなランニングで腹巻きして、汗でべとべとですよ。
帰りに『パン屋だけは絶対やめとこうな』と仲間で話し合った(笑)。
でも、卒業してみると、そう言いあった4人ともみんなパン屋に就職してた(笑)。
なんか縁があったんでしょうね。
親の手前、就職しないわけにもいかないので、『とりあえず1年はがんばる』と先生には言いました。
その1年のあいだに自分の本当にやりたいことを見つけると。
その年にニシカワ食品11人入ったんですけど、翌年には半分に減り、結局いま残ってるの2人ですね。
ひどいのは、1日で辞めたのもいました。
それぐらい厳しい職場でしたね」

「『教えてくれ』といっても、ばんばん弾かれる。
だったらもう盗むしかないなと」

「パン屋さんって覚えることはものすごくあるんですよ。
計量からはじまって、分割、成形、焼成、冷却、出荷。
ものすごく工程がいっぱいあって、こんなたくさんのものを覚えるのたいへんだなと思った。
僕は単純にこう思いました。
いちばんむずかしいものにトライして習得すると、あとはついてくるんじゃないかと。
いまとなってはものすごく安易な考えだったんですけど、そういう思いでその当時の上司に『なにがいちばんむずかしいんですか?』と訊ねたら、それは、おまえ、フランスパンだよ
フランスパン覚えりゃ、あとはついてくるんだって勝手な思いで、『じゃ、フランスパン教えてくださいって言ったら、
『ペーペーの素人のおまえにできるわけがない。教えられない』
教えてくれないんですよ。
僕は別の仕事をしていたんですが、フランスパン焼いてるところは通路のすぐ横でしたから、いつも見えるんですよね。
じーっと立ち止まって見てると怒るんですよね。
昔の職人さんでしたから、技を取られるという感覚で、『どけ『あっちいけと怒られるけども、やっぱり興味ある。
カット入れたらクープが割れますよね。
菓子パンとか食パンとかは、そういう変化ってないんですよね。
単にふくれるだけ。
弾けて割れるという変化ないんで、なかなか興味深いなと。
それで、『教えてくれ『教えてくれといっても、ばんばん弾かれて、だったらもう盗むしかないなと。
教えてくれないんだから。
通り際にちょっとずつ見て、盗む。
そこは常に通るとこなんで。
パンの本や教材は会社にたくさんありましたから。
自分で独学ですよね。
『正統フランスパン』というレイモン・カルヴェルさん(フランス国立製パン学校教授。日本に本物のフランスパンを伝えた人物)の本があって、それは端から端まで読みました。
学習だけでは駄目だから、みんなが帰ったあと、自分で仕込んだり。
最初はぜんぜんパンにならないんですけど。
そういう試行錯誤をしながら、ま、そんなにものすごくいいものではないんだけど、それなりにパンができるようになってきた」

「次、おまえ、切れ。
俺より早かったら、このポジションおまえにやる」

「ちょうどそのぐらいのタイミングで、フランスパンをやってる人が胃潰瘍になったんです。
で、来週から入院するという話を聞いて、上司に『僕にやらせてください』と言ったら、『いや、おまえにはできない』
『できないかどうか、判断してくださいよ』
『わかった』
生地35キロぐらいをどーんとあげて、『時間計れ』って上司が言って、自分でがーっと切りはじめたんですね。
350グラムにカットしていくんですよ。
めちゃめちゃ早いんですよ、それが。
すごいなあと思って。
ちょうど100個ぐらいできるんですけど、だいたい10分ぐらい。
『次、おまえ、切れ。俺より早かったら、このポジションおまえにやる』
そんなの勝てるわけないですよね。
『何グラムにカットするんですか?』って訊いたら、『知らない』って言うんですよ。
もう自分が切り終えたときに、はかりの重りを変えてるんですね。
『おまえはそれを見てなかったのか? おまえには最初から資格ないよ』
時間計れって言われたもんだから、僕は時計しか見てないですからね。
で、『何グラムですか?』『知らない』っていう押し問答を5分10分した頃に、『じゃあ350で切れ』って言われて。
1個切ったら、持っただけで『軽い』『重い』って返されるんです。
結局、40分ぐらいかかったのかな。
その生地はもうアウトですよね。
ふくれすぎてる。
過発酵。
それが頭にきてね。
僕、その当時14、5時間働いてたんですけど、仕事を終えたあと、食パンとかの古生地を利用して一生懸命練習した。
やっぱりコツがあるんですね。
その人がやるのじっと見ながら、『そうか、ああいうふうにやるのか』って思いながら、1ヶ月近くかかって、やっと10分ぐらいで切れるところまでいったんですよ。
ところが、10分だとその人に勝てないですよね。
『俺より早く切れたら』だから、最低でも9分で100個切れないといけない。
あと数十秒って、なかなかそっからが縮まらないんですよ。
そしたら、ある人が『スケッパー(パン生地を切る包丁)があまり切れてないんじゃないの?』と教えてくれた。
そういや、けっこう手応えが硬くて、さくさく切れないんですよね。
工務室に行ってグラインダーで研いだら、紙がさーっと切れるぐらい鋭くなった。
するとね、9分半ぐらいでいける。
でも、1歩まちがえると指が切れますからね。
練習中には手を刺しました。
ひと月半ぐらいしたとき、その上司に、『もう1回テストやってください』
『じゃ、やれ』
僕、9分22、3秒で切った。
そしたら『明日からおまえやれ』って、そのポジションを確保したんですよね」

地方の一パンメーカーであるニシカワ食品が、なぜヴィロンを生み出すことができたのか。
資本力、経営力があったことはもちろんだが、それに加えて、もの作りの伝統、切磋琢磨しあう職人の文化が存在したことが大きな理由である。
牛尾則明というパン職人は、厳しい上下関係を揺りかごにして生まれてきた。

「『これ作ったの誰だ?』
『私です』スタッフのひとりが言うと、叩かれる」

「そのうち、営業の人に、『フランスパン最近、評判いいよ。おまえのパン、割れ方きれいなんだよ。見た目が前とちがうよ』って言われて。
(クープ[フランスパンの切れ込み]を入れるための)かみそりも、自分で割り箸に挟んで、マイかみそりを作ったりして、いちばんきれいに割れるかみそりの角度をいろいろ検討もして、それでまあすごくきれいなものができるようになっていました。
当時の社長(ニシカワ食品の創業者・西川隆二。ヴィロンを経営する株式会社ル・スティルの西川隆博社長の祖父)は、毎日工場に入ってこられて、僕のフランスパンを見てるんですよ。
やっぱりその社長も、『おまえの腕はなかなかいいな』と思ってくださって。
『おまえは、もうちょっと本格的に勉強するか。フランスパンといえば、ビゴさんだろ。ビゴさんに話するから、修行に行け。その間の給与はうちが出すから』。
そう言われて、僕はうれしかったですよね。
『そんなこと、会社のお金でさせてもらえるんですか』
3ヶ月半ぐらい、三宮プランタンの地下の、ドゥースフランスっていうビゴさんのお店で働くことになった。
ニシカワ食品では、週休1日で、14、5時間働いてましたから、よその店にいっても楽勝だと思っていました。
そしたら、ドゥースフランスの仕事開始は朝2時半。
みんな三宮近くのマンションに缶詰で寝泊まりしている。
2時に起きて2時半からスタートなんですね。
初日からみんな話もしないんですよ。
黙々と仕事をするんですね。
僕にとっては、見たことない光景なんですよ。
ニシカワ食品では、パートのおばちゃん連中とがやがや話しながらやっていた。
ちがうんですよ。
ぜんぜん話をしない。(*1)
朝食もない。
その当時、松岡徹(現パンテコのオーナーシェフ)さんって店長がいらっしゃって、すごく怖い人で。
前日には、松岡さんが『牛尾君、今日は歓迎会してやるよ』って、三宮でみんないっしょに食事してわいわいやって、『明日からよろしくお願いします』『あー、がんばってね』って言われていた。
次の日、松岡店長が店にくるのが、だいたいオープン30分前の9時半頃。
『おはようございまーす。昨日はどうもありがとうございました』って昨日の光景を思い浮かべながら普通言いますよね。
無視なんですよ。
『あれ、なんで?』と思ったので、いっしょにやってる連中に、『松岡さん、機嫌悪いの?』
『いつもあんなだよ』(*2)
松岡さん、ばーっと店見て、何個かパン持ってくるんです。
『これ作ったの誰だ?』
『私です』スタッフのひとりが言うんですよ。
麺棒持ってきてかこーんって頭叩くんですよ。
『何がいけないかわかるか?』
『焼き色が甘かった』
かこーん『ちがう』
『発酵が足りない』
かこーん『ちがう』
『折り込みがずれてる』
『そうだ』(*3)
みんな松岡さんがくる9時半が近くなってくると、そわそわしてるのがわかるんですよ。
それぐらい怖かったですね。
ビゴの店に行ったんだけど、僕が実質教わったのは松岡さん。
その当時のビゴさんは、ラジオだ、テレビだで引っぱりだこだったんで、現場でいっしょに仕事するというのは、本当に何日かだけでした。
松岡さんにほとんど教わってたんですよね」

「午前2時半から働いて、夜の8時半まで。
帰ってから、またみんな『正統フランスパン』とか本読んでる。
『これはえらいとこにきたわー』」

「朝の2時半から仕事に入って、お昼ごはんが昼の3時半なんですよ。
そのとき使ってたオーブンがダブルで4段。
片方に4段、片方に4段、合計8段にパンを入れて、8階の食堂に上がるんですよ。
で、いちばん最初に窯に入れたのが焼けるまでに降りてこないといけないんですよ。
交代要員っていないですから。
マックスで14分しかないんですよ。
だから、がーっとクープを入れて、がーっと窯に入れて、それでがーっと8階まで上がって降りてくる。
でも、エレベーターだけで5、6分かかっちゃうんですよ。
だから、実質、食べてる時間っていうのは7、8分なんですよね。
そうすると、どんぶりもんしか食べられないんですよ。
かき込むものしか。
14分で行って帰ってきて。
休憩なんてないですからね(*4)。
それで夜の8時半まで働いて、そこで仕事終わりです。
2時半から働いて、夜の8時半ですよ。
お昼ごはんが3時半ですからね。
帰りに大衆食堂みたいなところで食事して、帰って風呂に入ると、またみんな『正統フランスパン』とか本読んでるんですよ(*5)。
『これはえらいとこにきたわー』と思って(笑)。
だいたい10時半ぐらいに寝ますよね。
で、また2時に起きますよね。
みんな睡眠時間は3時間ぐらい
で、休みが月1回。
それで僕その子たちの給料見せてもらったことあるんだけど、僕のもらってる給料の半分ぐらいでしたからね。
『えーっ』って。
『おまえらなにが楽しくて、そんな劣悪なところで。そんな給料でやってんの』って。
その頃、ビゴで修行を1年した、2年したっていうと、次に就職するときに、すごく給料の値段が上がるんですよね。
ビゴで1年いたならいくらあげるよっていうのもあるし、本場のフランス人の元で教えてもらったほうがいい(*6)。
でも実際は、教えるのは松岡さんなんですよ。
松岡さんはものすごく厳しくて、僕、いまだに怖いですからね。
東京にきて、もう9年近くになるんですけど、いちばんはじめに、当時恵比寿でやってらっしゃったパンテコに行って、松岡さんに挨拶しましたから」

「パン生地にまだ触ってないうちから、ばーんと叩かれる。
『おまえはパンの気持ちがわかんないのか?』」

「とにかく、松岡さんがくるまでは、自分のやりたい速度で仕事は進んでいくんですけど。
松岡さんがくる前になると、みんなぴりぴりしちゃって。
松岡さんの教え方というのは、たとえばバターロールなら、松岡さんが麺棒で伸ばしたのを、3人ぐらい並んで、みんながそれぞれ向こうから巻いていく。
そうやってやるんですけど、僕、まだ松岡さんの伸ばしてくれたパン生地に触ってないうちから、叩かれるんですよ。
『なにがいけないんですか』っていったら、
『自分で考えろ』
人の作ったの見てもわかんないんですよね。
で、また触ろうとすると、かーん。
『ちがう。そうじゃねえんだよ』
なにがちがうんだろうなと思ったら、生地に触ろうとするときに持っていく、手の角度のことを言ってるんですよ。
角度が急だと生地にとってダメージが大きいから、できるだけフラットに、平行に手を降ろしていかなくちゃいけない。
これは後でわかったんですけども。
それを言わないんですよね。
『おまえはパンの気持ちがわかんないのか?』とか抽象的なことはおっしゃるんだけども。
『おまえな、もうちょっと手を台に向かって低くから入っていけ』とか、言ってくれればわかるんだけども、言わないんですよね。
ばんばんばんばん、正解が出るまで叩かれますからね。
頭が真っ白になるし、パニックですよ。
でも、僕はよそ者ですよね。
ビゴの従業員と同じように扱ってくれてるな、というのは感じましたね。
それはうれしかったですね。
おまえはよそからきてるからいいよ、じゃなくて。
手は叩かないんですよ、職人だから。
いまだに、松岡さん、まー怖いですよ」

「『30っていったら30で量れ。31、29グラムって言ってない。俺は30グラムって言ってるんだ』
松岡さんは秤を使わずにそれを見極められる」

「バターロールって30グラムなんですよ。
『牛尾、切れ』って言われて、僕が切ったのを、松岡さんが丸めていく。
で、切ると、まあね、3分の2ぐらい返されるんですよ。
松岡さんは目をつぶって丸めるんですよ。
『軽い』『重い』『軽い』『軽い』
どんどんどんどん返ってくるんですよ。
僕は秤を使ってるんですよ。
30グラムの生地なら、普通は1グラムぐらいの誤差はOKですよね。
それぐらいの精度でいかないと、時間がかかって大変なんですけど、ダメなんですよ。
松岡さんは1グラムのことを言っている。
『30っていったら30で量れ。31、29グラムって言ってない。俺は30グラムって言ってるんだ』(*7)。
松岡さんは秤を使わずにそれを見極められますからね。
量るとたしかにちがう。
『できるだけ切りくずを出すな』とか、『スケッパーで切る回数は2回にしろ』とか。
きついっすよ、そりゃ。
大変でしたね。
左手で持っただけで30グラムを見極めないといけない。
『秤にのっける段階でこれは何グラム多いのか判断できるだろ』っていうんですよ。
切って秤にのっける瞬間ですね。
『これは1グラム多いのか、1グラム足りないのか、また、2グラム多いのか判断しろ』
カンカン秤っていう、天秤式の秤があるんですが、皿があって、竿があって、下に重りがついてる。
枠がついてて、ちょうど真ん中に矢印があるんですけど、竿がその真ん中で止まればプラスマイナス0なんですよ。
だけど、枠の上に当たれば重い。
下に下がれば軽いんですよ。
松岡さんが分割するのを見てると、上がるか下がるか、竿が上がりかけたときの速度で、これは何グラム軽い重いって、判断されてるんですよ。
秤がぶらぶらしているのが静まって、ちょうど真ん中に到達するところまで待ってると、とてもじゃないけど、ぜんぶ終わるまで1時間以上かかりますよね。
置いた瞬間に秤が上がる速さを見る。
ものが載ってないと下に降りてますから。
上がる速度で、何グラムか瞬時に判断して、1回で切り終えちゃう。
生地を足すことがほとんどない。
足りないのに生地をくっつけて足すほうが時間かかる。
多い分には、余分を切ってその次のにくっつけてしまえば、くずとしては最小限に収まる。
そういうことをいっぱい教わったと思いますね(*8)。
『生地の気持ちになりなさい』という教えですよね。
フランスパンに限らず、菓子パンでも、食パンでも、バターロールの生地でも。
パンの生地に対してはすべて同じ対応でいけるんですよね。
『生地の思いを知れ』というのは、いま生地がどうしてほしいか考えなさいということ。
いま切ってほしいのか、まだ早いのか、もうちょっと待ってくれって言ってるのか。
それは自分で見極めなさいと。
時間通りにやれば、すべてが解決するわけじゃないんですよ。
23℃にあげた生地と25℃にあげた生地とは同じ1時間発酵させてもまったくちがうんですよね。
何度であげたから何分置こうって、ある程度の判断はもちろんしますが、最終的な判断っていうのは、手で引っ張って、押して、伸ばしてってことをしながら、これはいま切ってよいのかってことを考える。
そういう『深さ』を教わったので、ニシカワ食品に帰ってからは、よくいえば生地と対話するようになりましたね。
それまではすべて時間で配分してましたから。
『待ってくれ、もうちょっと置いてくれ』って生地が言ってる、って感覚になったのは、大元は松岡さんの教えですね。
ビゴさんも、とにかく生地に触ってからでないと分割しないですからね。
『もう5分置け』とか判断をされてました。
僕はそこでいろんなことを培ったなと思っています。
ニシカワ食品にそのままいたら、そんなに深いところまで、パンに対して探求心を持たなかったかもしれないですね。
ぜんぶ手でやるなんて、こんな旧式な古典的なことをやってるところがまだあるんだと思って。
その頃どんどん機械化のほうへいってましたよね。
省力化ということで、機械導入して人を減らしていく。
お店ではともかく、工場ではそういう流れでしたね」

パンテコシェフ松岡徹さんの話
麺棒で叩くって言っても、野球部の監督がケツバットやるように、お尻を叩く程度だよ(笑)。
いまは時代に合わないから、もうそんなことはやってないしね。
当時は、怖かったと思う。
鬼って言われてました。
新しく入ってきたばかりの人というのは、パンに対する愛情がない、丁寧さがない。
まずそこを教えないと、いいものってできないんですよ。
ものを作るって意識が、まだ生まれてないじゃないですか。
会社に勤めて、始業時間から終業時間までやればお金をもらえるという感覚。
それが、口で言ってるだけじゃ直らないんですよ」

松岡徹はフィリップ・ビゴの直弟子である。
ビゴは松岡に「ウイ」か「ノン」しか教えなかったという。
いいパンができれば「ウイ」、商品として店に出せないパンは「ノン」。
どうやれば「ウイ」のパンができるかを具体的に教えることはなかった。
職人の世界で、「技術とは教わるものではなく、盗むもの」とはよくいわれる言葉だ。
単に知識を得るのでは不十分。
上出来と不出来のどこがポイントになっているのか、研ぎすまされた感覚で把握し、問題意識を持つこと。
意識や感覚とは、自らつかみとらなければ決して自分のものにならない。
松岡が、自分がビゴに教わった通りのことを牛尾に伝授するためには、決して「教え」てはならなかったのだ。

「フランス行って、もう愕然としましたね。
バゲットって、こんなまずいもんだったのか」

「かえって、ニシカワ食品に戻ってからのほうが、極める作業に入るという意味で、よりたいへんだったかもしれないですね。
ビゴの店で、決まった設備、決まったオーブンの中でなら、どこまでのレベルかは自分でわからないけど、みんなとほぼ同じことはできた。
ニシカワ食品に帰ってからは、現状のフランスパンをブラッシュアップしました。
もうちょっと、こういうやり方でやれば、もっときれいになるとか、あるいはおいしさの追求ももちろんしないといけない。
そうするうちに、新しくイトーヨーカドーが加古川にくるということになって、そこにパン・ド・ミというお店を出店することになった。
せっかく修行してきたんだし、フランスパンをメインで売れるお店を作ろうか、と。
先代はもう会長になられたあとで、2代目の社長さん(現在のニシカワ食品社長・西川隆雄)の時代ですね。
イトーヨーカドーでは、1日100本ぐらい売ってましたからね。
オープンキッチンで、目の前で焼くというシステムで。
それも成功してですね、そしたら2代目の社長は、『もっと極めろ』と。
『フランス人のお店で働いたというだけじゃなくて、フランス行け』ということで、フランスに10日ほど行かせてもらった。
いまから22年前、僕ちょうど30のときです。
フランス行って、もう愕然としましたね。
フランスのパン、こんなにまずいのか。
バゲットって、こんなまずいもんだったのか。
フランス人のいい加減さを目の当たりにして愕然としましてね。
だから、ビゴさんという人は、フランス人なんだけど、すごく几帳面なところをお持ちなんですよね。
実際に町場で働いてるパン屋さん、ブーランジェ、職人さんというのは、ものすごく大雑把で、ものすごくいい加減だから。
バゲット並べてカット(クープを入れる)しますよね。
普通だと、観光にきた外国人に、『ちょっと1回切らして』って言われても、僕らだったら、断りますよね。
フランス人なら、『ああ、いいよ。切って、切って。それぜんぶ、ぜんぶ切って。ああ、そんなの適当でいいんだよ』(笑)
その観光客、よそを見ながら、切ってますからね。
クープというのは、筋を入れてればいいんだよ、という感覚なんですよ、たぶん。
そういう態度には腹立ちましたね。
僕が求めてたものってなんだったんだろう。
僕らは生地を余らせると怒られるけど、むこうは機械でびゃーっとのばして、がーっと適当な感じですよ。
流れ作業ですから。
1日1000本もバゲット焼かないといけないんだったら、丁寧にしてられないですよね。
それはわからなくもないんですけど、あまりにもそのギャップが、カルチャーショックでした。
だけど、やっぱり原料はちがうな、というのはわかりましたね。
僕らがビゴさんとこで教わってた当時、フランス産小麦って輸入できない時代でしたから、アメリカ・カナダの小麦を使って、フランス産小麦に近い小麦粉を作ろうとしていた。
なおかつ、日本の職人さんってフランスパン扱ったことのない人がほとんどだったから、小麦粉に作りやすさも求めたんですよね。
それで、ビゴさん、レイモン・カルヴェルさんの協力で、リスドオルという粉(日本初、現在でももっともポピュラーなフランスパン専用粉)を日清製粉が開発した。
でも、それは、フランスパン用の粉ではあっても、フランス産小麦ではないんですよ。
だから、あとからフランス行って思ったんですけど、僕らはアメリカ・カナダの小麦を使って、一生懸命フランスのフランスパンを作ろうとしてたんですよ。
それは無理なんですよね。
原料がちがうものですから」

「粉を輸入したら、日本でパリ以上のバゲットが焼けるか?」
「僕はいけそうな気がする」

「僕は、初代の社長に『ビゴさんとこ行け』といわれて、2代目の社長に『実際のフランス見てこい、極めろ』といわれた。
そして、3代目(西川隆博)とは、2人で、パン・ド・ミを関西で8店舗まで展開したんですよ。
8店舗まできたとき、お互いに、これ以上無理かなと。
いまのままで、さらに店舗展開できなくはないけど、なんかちがうな。
これ以上やっていく意義があるのかなって、お互い思いはじめてて。
で、うちの社長も3代目として、なにかを成し遂げないといけない立場ですよね。
社長はフランスに行ったんですよ。
そのときにこのレトロドールのバゲットを食べてるんですね。
僕がフランス行った時代にもあったんだろうけど、そんなおいしいのを食べた記憶がない。
うちの社長がフランスでレトロドールを食べて、『これは日本で売るとおもしろいことになるかもしれない』ということで。
突然、『長期だけどフランスに行ってほしい』と社長に言われて。
『若い子に行かせてあげればいいんじゃないの?』
『それはダメなんだ』僕に行ってほしいと。
なんの意味かわからず、1ヶ月半ほど向こうに滞在しました。
なんのために行ってくれとは言われなかった。
僕の反応を知りたかったんでしょうね。
『この店と、この店と、この店のバゲットを食べ比べて、コメントをくれ』と。
常にいっしょに行動するんじゃなくて、僕は僕で、社長は社長でパリで店回りをしてた。
僕も社長も100軒以上のパンを食べてるんですよ。
その中でも、このレトロドールはなんかちがうなと思ったんです。
グルニエ・ア・パンという店で、レトロドールを、バゲット・トラディションとして売ってるんですけど、それがめちゃめちゃうまいんですよ。
そこのはうまいんだけど、ちがうところのレトロドールはおいしくないとかね。
場所によってずいぶんちがうなと。
でも、うまく作ればおいしいなと思った。
で、グルニエ・ア・パンで、1週間いっしょに働かせてもらった。
そしたら、朝一のはおいしいんですけど、2発目、3発目はおいしくないんですよ。
なんでだろうな。
中へ入ってみると、朝一というのは、前日のいちばん最後の生地を冷蔵して置いとくんですよ。
冷蔵庫に入れたものを、翌朝分割してパンにする。
朝きてから一発目を仕込んでも、開店時間に間に合わない。
だから、前日の最後の生地をストックしておいたものを、切って、のせて、焼くんですね。
だから朝一は熟成の度合いがぜんぜんちがうんですよ。
冷蔵発酵でオーバーナイトさせてるので、16時間以上経ってるんですね。
ところが、朝一にきてから仕込んでいくと、醗酵時間としてはだいたい2時間半から3時間ぐらい。
だから、甘みがぜんぜんちがうんです。
で、それを僕ははじめて知って、『じゃ、おまえらなんでぜんぶ冷蔵でやらないんだ』と質問した。そしたら、
『冷蔵庫にそんなにたくさん入れるスペースない。いくら売れるかわからないのに、冷蔵庫買ったりできるか』
ま、そういわれりゃそうだなと。
それで日本に帰ったら、社長がこの事業(ヴィロン)の話を、はじめてしてくれたんです。
僕も、その実際に食べたレトロドールに興味津々だったんで、
『じゃその粉を仕入れるところから社長やるの?』って訊いたら
『そうしたい』と。
レトロドールがうまいのは、粉のちがいだと社長も思ってた。
だけど、社長が考えたのは、それに近い粉を日本で探すんじゃなくて、まったくそのまんま、そのもの自体を輸入できないか、ということ。
『粉の輸入は俺がやる。だけど、それを輸入したら、日本でパリ以上のバゲットが焼けるか?』と社長に言われたんです。
僕、ああやってこうやってこうやってやればいけるんじゃないかな、と頭の中で思って、
『僕はいけそうな気がする』
『じゃ、契約交渉に行ってくる』って社長、契約にいった」

「おまえの国に、うちのレトロドール作れる職人なんているのか? 
誰でも彼でもに提供できる粉じゃないんだよ」

「VIRON社は、パリから東に80キロ、電車で1時間弱ぐらい行ったところの、シャルトルっていう町にある。
うちの社長がそこ行ったら、VIRONの社長アレキサンドルは日本のこと知ってるんだけど、開発のスタッフは『日本? アジアのでっかい国だろ』って中国とまちがえてるくらいで(笑)、日本のことはほとんど知らないですよ。
『ニシカワ、おまえ契約っていうけどな、おまえの国にうちのレトロドール作れる職人なんているのか? それを見てみないと、誰でも彼でもに提供できる粉じゃないんだよ。まして、おまえのとこ外国だろ?』と言われて。
それで、社長が帰ってきて僕に『行ってくれ』と。
ということで、今度は僕がフランスに行って、VIRON社の研修センターで1週間ぐらい缶詰になった。
通訳はいるんだけど、やっぱり専門用語が入ってくると通訳もわからなくて、VIRON社の開発スタッフとのコミュニケーションがむずかしい。
そうすると、だんだん開発スタッフがしゃべらなくなってきて、こんなことを言ってきた。
『とにかく、おまえ見てろ。これから2日かけて俺がやるから、それを見てろ。3日目、4日目、おまえはひとりでやれ』
それだけを言って、淡々と仕事していくんですよ。
僕は同じように作らないといけないんで、仕込みの時間、窯の温度をチェックしたり、『生地の状態を見せろ』といって触らせてもらったり、という感じでやって。
一連の工程を、オーバーナイトなので2日がかりで彼らやるんですね。
で、3日目、4日目で、彼らと同じことを、僕が2日間でやり遂げた。
5日目には、『おまえのスペシャリテ、おまえのいちばん自信あるのをやれ』と言われた。
僕はバゲットをやったんですけどもね。
そしたら、まあ、簡単にできるんですよ。
彼らやっぱりすごく雑だから、『もっとこうやったほうが、すごくきれいにできるんだよ』ってことを教えてあげたぐらいで。
『なるほどそうだよね』って、彼らも言うぐらいに打ち解けて。
それで、先代の社長、フィリップ・ヴィロンさんも握手してくれて、
『これならいい。じゃあ、ニシカワと契約してやるよ』と言ってくれた。
それで契約に至ったんですよ」

「やっても、やっても、ぜんぜんバゲットができない。
ほとんど固まらない生地を無理矢理すくって、その時点でダメなのに、翌日に冷蔵庫を開けると、もっとダレている」

「最初の年、輸入した粉からはバゲットがぜんぜんできなかった。
その年の麦も出来がよくなくて、薄力粉ぐらいのタンパク量しかなかったんでね。
レトロドールは、年によるばらつきがものすごくある。
送られてきた粉を、奥本製粉さんに頼んで調べてもらったら、タンパク量が8.5っていうんですよ。
タンパク8.5って、それ薄力粉と変わんねえぞと。
薄力粉でバゲットなんてできないよね。
で、ヴィロンのアレキサンドルに訊いたら『10.5だよ』っていうんですよ。
『おまえな、どう計っても8.5なんだよ』
『そんなことない。10.5だ。じゃ、そのデータ送るから』
送られてきたデータ見たら、10.5なんですよ。
奥本製粉さんといろいろ話してると、日本は計測方式がアメリカ式で、フランスはドイツ式なんだとわかった。
だから、彼らの言う10.5というのは、アメリカ式のほうが低く出るから正解なんですよ。
ドイツ式の10.5は、日本の計測方式だと8.5なんですよね。
これ、どうやってもどろどろなんですよ、生地が。
塊にならないから、かなり悩みましたね。
フランスではぜんぜん普通にいいのができてた。
日本にフランスパンができる職人さんがいるんだって彼らがびっくりしましたけど、僕はその当時で、もう20年以上も、いろんなものを作ってきた経験があるわけですから。
どんなパンでも普通にできるはずなんだけど。
でも、できないんですよ。
粉は、向こうで製粉したものを袋に入れて送ってきてもらってるわけだから、VIRON社で僕が作ったときと同じものですよね。
機械も、ミキサー、オーブン、分割機、ぜんぶフランス製を使ってますから、同じものですよね。
環境はちがいますから、これはまあしょうがないですけどね。
日本のほうが湿度は高い。
それ以外に条件を思いつかない。
なんでできないんだろうって、ずーっと思ってて、2週間ぐらい寝れなかったですね。
なんでかっていうと、オーバーナイトなんで、今日ダメだと明日しかないんですよ。
今日仕込んで明日焼いてダメ、そうすると、また次の日にしか結果が出ないんですよ。
1日に5回やれれば5回結果が見れるわけですよね。
オーバーナイトだから1日1回しか結果が見られない。
明日ダメだとあさってしかないんですよね。
やっても、やっても、イーストの量変えたり、水の量も少しいじったり、醗酵時間を変えたり、塩の量も少しいじったり。
冷蔵の保存の温度帯もいじったり、いろいろやってもぜんぜんできないんですよ。
手粉まみれになってやっと成形しても、焼いたらせんべいみたいですよ。
もう仕込んだ段階で無理だと思うんですよ。
ほとんど固まらなくて、ペーストに近いような生地。
それを無理矢理すくって、その時点でダメなのに、翌日に冷蔵庫を開けると、もっとダレてますよね。
水しゃぱしゃぱっぽいんですよ。
これじゃ話にならない。
それで、かなり悩んで。
オープンの日はもう6月18日と決まっていた。
僕が試行錯誤してたのが、5月中頃。
社長に『どれぐらいテストメイクしたらいいの?』と訊かれて、
『3日もあればいいんじゃないの?』っていってたんですよ。
で、たまたま粉も早くきたんで、『前倒しでやろうや』ってやったからよかったけど」

『渋谷のいまの水道水、硬度いくつですか?』『いま67前後ですね』
社長とマツキヨに駆け込んで、そこでヴィッテルを買った」

「そのとき、川崎のエスプランという店の塩田さんという社長と打ち合わせをしたんだけど、僕はもうバゲットのことばっかり考えていて、社長の話も聞いてないんですよ。
塩田社長は職人さんなんですよ。
『牛尾さんもたいへんだよね。パン作りは本当むずかしいよね』って。
『別にそんなこと、この場で話されても困るわ』って思いながら、僕は上の空で聞いていた。
『牛尾さん、軽井沢って行ったことある?』
『すいません、ないです』僕はぜんぜんちがうこと考えてて。
『軽井沢ね、あそこパン作りすごくむずかしいんだよ』
塩田社長は、軽井沢の浅野屋でも修行されてるんで。
『すごくパンが作りづらいんだよ。あそこね、水の硬度が高いんだよ。すごい硬水だから、ぷりっぷりになっちゃうんだよ』
それ聞いて、『おっ、ちょっと待てよ』と思った。
『そんなに硬度高いんですか?』
『日本の中ではけっこう高いところなんだよ』っていわれて。
『そうなんですか? ぷりぷりになるんですか』
『もう、ぷりっぷりでさ、とにかくのびないんだよ。だから、普通より7、8%水入れないとダメなんだよ』
『えっ、そんなにちがうんですか! すいません、僕、帰っていいですか。ちょっと用事思いだしたんで』
そっから、電車の駅まで5分ぐらいなんだけど、渋谷の水道局に電話して、
『渋谷のいまの水道水硬度いくつですか?』
『いま67前後ですね』
『もしかしたら、これかもしんねえわ』と。
で、渋谷駅降りて、社長とマツキヨに駆け込んで。
ヴィッテルって水ありますよね。
エビアンでもよかったんだけど、ヴィッテルはだいたい硬度が308ぐらいなんですよ。
フランスの硬度ってだいたい300から350。
帰りにそこでヴィッテル買って、その日、夕方からがーって仕込んで。
小麦粉を水で練った瞬間に、『あ、これだ』って思ったんですよ。
なぜかというと、生地になる。
固まるんです。
『生地になってるわ』と思って。
そうすると、これは翌日、どのくらいの、どんなものが焼けるかって僕わかったから、
『社長、もうできたよ。これ、きっと大丈夫』
『じゃ、明日、楽しみにしてくるわ』
次の日、めちゃめちゃいいの焼けたんですよ。
ぱーんと上がるし、中の内相もぼこぼこぼこって蜂の巣状態になってる。
『これだよー!』」

「コレットに行ってなかったら、コントレックスに行き着かなかった。
いろんな経験の中で、無駄なものってひとつもないと思う」

「そしたら社長が『専務、悪いんだけどさ、それいくらで売るの?』って言うんですよ。
フランス小麦は普通の小麦の3倍ぐらいするんで、全量ヴィッテルで仕込むと、たぶんバゲット1本500円以上の売価設定じゃないと売れない。
その当時、300円以上のバゲットってなかったんですよ。
こりゃダメだ、と思って。
でも、待てよ、それなら、硬水を作ればいいのかと。
で、いろいろ調べると、理論上できなくはないんですよ。
要は、マグネシウム、カルシウムを添加すればいいわけなんで。
その添加量というのは、10リッターに対して1ccとか。
もう100万分の1g(ppm)を超えて、ppb(10億分の1g)レベルでの添加をしないといけないんですね。
そんなの現実的には不可能なんですよ。
100リッターで10ccぐらいならできなくはないんですけど、それも安定してないんですね。
作れたとしても。
それより簡単な方法ないのかなと思って。
で、また悩みまして。
硬水から、カルシウム・マグネシウムを取り除くのは簡単なんですよ。
フィルターを噛ませればいいので。
だけど、添加するというのは、基本的にどこの国でもやったことがないんですね。
で、ヴィッテル全量じゃだめ。
原価を安く抑えられて、なおかつ300以上の硬度をキープできる方法を考えた。
そのとき、思いだしたのが、パリで1ヶ月半パン屋巡りしてるときのことなんです。
通訳をしてくれた、パリ在住の日本人の女の子が、
『牛尾さん、お酒飲めないんですよね。じゃあ、お水のバーってあるんだけど』
『なんだよそれ』
『いろんな国のお水がものすごくたくさん種類あるから、行く?』
それがちょうど、フォーブル・サントノーレにある、コレットっていうセレクトショップ(パリの流行が作られるともいわれる有名店)の地下なんですよ。
そこではじめてコントレックスっていう水を飲んだ。
『これ、超硬水なんだよ』ってその子が教えてくれて。
そこではピエール・エルメのお菓子が食べられるんですよ。
僕、いまでも好きなんだけど、そこではじめてイスパハンを食べた。
ラデュレ時代にエルメの作った、ライチの実が入ってるお菓子なんですね。
それを食べて、コントレックスを飲んだ。
ものすごい硬い水だなと思って。
硬度が1500ぐらいあったと思う。
もう硬水どころか超硬水なんですよ。
それを思いだした。
マツキヨにたしかコントレックスって売ってたよなって。
じゃ、ブレンドしたらどうなんだろう。
計算式にあてはめると、8対2、コントレクッス2割、渋谷の67の硬度の水道水8割でブレンドすると、ちょうど350になる。
「これだ!」と。
コントレックスって、1.5リッター220円ぐらいだった。
2割だけでいいわけですから、知れてるやん。
値段も抑えて硬度もキープできるという方法を、やっとそこで見いだすことができた。
だから、僕、たぶんその子がコレットに連れてってくれなかったら、コントレックスというところに行き着かなかったと思うんですよ。
だから、いろんな経験をしていく中で、無駄なものってひとつもないんじゃないかなって思う。
たとえば、寄り道、脇道、なんかわからないけどこの店入ってみようかなって。
日本でもそうだけど、フランス行くと特にそうですよね。
自分になんの興味もないようなものが置いてあっても、なんかおもしろそうだと思ってふっと入るって、ものすごく大事なんだなと。
いつかなんかのときに、どんなふうに役立ってくれるかわからないから。
旅に行ったり、どこかに出かけたときには、時間を惜しみなく使って、いろんなところに立ち入ろうというのは思いましたね。
いまから9年前といえば、ちょうどダイエットブームの時代。
デトックス、排泄物を出すということで、コントレックスも重宝されだした、そのはしりの頃でしたからね。
それがちょうど合致して、最終的にそれに行き着く、到達することができて、いまがある。
その経験は大きかったですね。
でないと、僕、バゲットできなかったら夜逃げしかないと思ってましたからね。
そのために僕、東京にきたわけだから」

「古きよき時代のバゲットがここにはある。
もうパリには残念ながらないよ。おまえが継承してくれ」

「フランスにいま、うちのレトロドールみたいな焼き色のバゲットってもうないんですよ。
フランスの子供たちも、マクドナルドさんとかの影響で、やわらかいものを食べるようになって、咀嚼時間も短く、咀嚼力もだんだんなくなって、顎が突き出てきてるんですね。
そうすると、焼き色の濃いバゲットって『硬いからいやだ』っていう子供たちがだんだん増えてきた。
フランスって、店に並んでるバゲットの焼き色が、ぜんぶばらばらですからね。
いろんな色がある。
お客さんが『右から何番目のそれ』って選んでいく売り方をする。
そうすると、色の白いほうから売れていくので、店主は白いのをどんどん焼こうとしますよね。
白いのを焼くほうが焼き時間も短縮できるから、1日に焼ける本数も増えるし、労働時間の短縮もできるから、どんどん白いほうに進んでいく。
色の濃いバゲットってもうないですよ。
だから、アレキサンドルもうちにくると、
『古きよき時代のバゲットがここにはあるんだね。もうパリには残念ながらないよ。おまえのとこが継承してくれ』と言います。
僕は日本人なんで、窯で焼くときには、途中で手前と奥を入れ替えたり、差し替えたりしながら、ぜんぶ同じ色になるようにしますよね。
フランス人は奥、手前関係ないですからね。
当然、奥のほうが焼き色はよくついて、手前のほうは若干白くなっても、いっぺんにそれをぜんぶ出しちゃうんで。
手前は白い、奥はやや色がついてる。
それがだんだん、奥はやや白い、手前はかなり白いで出すようになっちゃうんですね。
そういう、時代の変化がパリでもいまかなりある。
でも、レトロドールって『黄金の古(いにしえ)』っていう意味なんで、そういう意味でも、うちがなんとか継承していければなと思いますけど。
この界隈に住んでるフランス人の方にも、
『こんなバゲット、昔はあったけど、いまはないよねー』『懐かしいよねー、これは変えないでね』って必ず言われます。
うちに来店したフランス人の方は感動しますもんね。
『こんなバゲットがここにあるんだ』って。
フランスでは残念ながら、労働時間が週35時間って決められてますから、彼らそれ以上働けないし、働かないですから」

「『フランスっぽい』とか、『フランス風だね』とか、それやめようよ。
パリの15区とか、6区あたりにあるのが、ぽんと抜け出して、この町にどんときた、そのままでやろうよ」

「僕も社長もね、この店作るときにね、
『「フランスっぽい」とか、「フランス風だね」とか、それやめようよ。そんなのどこにでもあるから。パリのお店、15区とか、6区あたりにあるのが、ぽんと抜け出して、この町にどんときた、そのままでやろうよ』と。
原料も基本フランス、仕入れるものはほぼフランスの食材を入れて、設備も空気以外はぜんぶフランスでいこうと。
インテリアもデザインも日本人だけど、フランス在住の日本人が手がけたので、やっぱりちがうんですよね。
そこで生活をしてる人の感覚・感性というのはやっぱり日本人とはちがう。
ちょっとしたところなんですが、この階段のところも縮み塗装という、特殊な塗装なんですよ。
値段が高い。
フランスでは一般的に使っているんですけど、日本ではほとんど見ないですね。
でも、テクスチャがやっぱりちがうんですよね。
それを知ってる人も少ないんだけど、そこはこだわりとしてやろうということになりました。
そういうところを、いちばん重視しましたね。
普通、日本人がデザインすると、天井が赤なんて考えられないですね。
でも、別にそんな居心地悪くないし、パリならいくらでも、こんな店、普通にあるんで。
図面で見たときは『えー』って思いましたけど。
できてしまえば、ぜんぜん受け入れられているというか、『天井、なんでこんな赤いの?』なんていう人いないですよね。
だけど、やっぱり『本物』とか『らしさ』っていうのは、そういう細部の積み重ねじゃないかと思うんですよね。
クロワッサンもフランスのまんまですからね。
『そんなでっかいクロワッサン』っていわれるけど、パリではあの大きさが主流っていうか、普通。
逆に日本のサイズのクロワッサンがフランスにはないんですよ。
ルセット(レシピ)も基本フランスのままだし、大きさももちろん、目方もフランスそのまんまで。
販売台の高さもフランスのパン屋さん30軒ぐらい計らせてもらった。
みんないっしょの高さなんですよ。
それでこの高さにしたんだけど、日本人の女性にとってはやっぱりちょっと高い。
でも、日本ナイズはいっさいやめようということで、そのままやりましたけどね。
背の小柄なご婦人の方はちょっと背伸びしてる方もいらっしゃいますけど。
1個を日本ナイズしちゃったら、ぜんぶがそっちに移行しちゃうのでやめようと。
ただひとつだけ日本ナイズできなかったことがあるんですよ。
なにかわかりますか?
お水なんですよ。
フランスって、店に入っても、お水出てこないですよね。
おしぼりなんて、うちはランチ・ディナーで出しますけど、フランスでは出てこないですね。
最初、オープンしたときにはうちでもお水を出さなかったんですよ。
お客さまに『水ほしいんだけど』っていわれたら、メニュー持っていって『エビアンいかがですか』っていうスタイルだったんですよ。
かなりお叱り受けまして。
『ふざけんな』『水も出てこないカフェなんて聞いたことない』と。
オープンしたのが夏だったこともあり、さすがにそこだけは仕方がないなという。
ここは日本だし、お客様あっての商売だから、ここは我々が折れないと仕方がないと。
だけど、商品に関しては一切妥協しないように。
新製品も出さない。
フランスって新製品が出ないんですよ。
パリだけだと商品が足りないから、いろんな地方の、ブルターニュとか、ブルゴーニュとか、地方のパンも寄せ集めて、サンドイッチ含めて60アイテムぐらいにはしてます。
パリのパン屋さんでも20アイテムないぐらいですからね。
だから、そこだけは一切日本ナイズせずに」

オープン当時、店の中はお客さんでいっぱいだけど、売り上げは悲惨でしたね。
バゲットを毎日300個廃棄してました。

オープン当時はさんざんでしたね。
店の中、お客さんがいっぱいなんですよ。
センター街の若い子ばっかりくる。
『なんだ、この店』ってことでね。
1回きたら『高っけ。クロワッサン245円、高っか、ばかじゃないの?』
『カレーパンないの? あんぱんは?』
『すいません、ございません』
それでみんな帰っちゃう。
ずーっとこれの繰り返し。
店の中はお客さんでいっぱいなんだけど、売り上げは悲惨でしたね。
バゲットを毎日300個廃棄してました。
日本はフランスより湿度が高いので、すぐに持たなくなるんですね。
この空間だけ湿度をフランス並みに30%ぐらいにできないか、っていうのも考えました。
理論上、できなくはない。
だけど、一歩外に出ると60%、夏だと80%ぐらいあるわけですね。
その環境でバゲットはもたない。
そうすると、焼き上げ回数を増やすしかないんですね。
いつもほぼあったかいものを提供するしか解決方法はなかったので。
オープン当初から1日12回焼きをしてます。
だいたい50分に1回のペースで、30本出す。
50分後、また30本出す。
売れないもんだから、それがそのまま30本あるんですよ。
50分前に焼けたものが。
引きますよね、焼きたて出しますよね。
次の50分後また30本ほぼあるんですよ。
1日40本も売れない。
30本ぐらいだったかな。
1回30本を12回、1日360本ぐらい焼いたのを、300本捨てるわけですよ。
そうすると、産業廃棄物だから、捨てるのにお金がいる。
オーバーナイトして2日がかりでパンを焼いて、原価の高い材料を使って焼いたものを、またお金を使って捨てるわけですよね。
4ヶ月ぐらいそんな状態でしたからね。
オープン当時、1ヶ月の赤字が1千万超えてました。
社長に『どこまでこれつづけるの』って訊いたら、『やれるまでやろうよ』っていうから、『わかった。とにかくいいものしか出さないようにはするからね』。
宣伝広告なんか一切やらなかったから。
『絶対わかってくれる、絶対わかってくれる』しか、社長は言わないし。
『あー、これは軌道に乗るまで時間かかるだろうな』とは思ってたんだけど、結局、センター街の若い子がこなくなったのが、開店2ヶ月後ぐらい。
4ヶ月過ぎたあたり、5ヶ月目に入った頃に、だんだん東急本店さんのお客様が、もしくは神山町の外国人の方がいらっしゃって、買ってくださるようになっていった。
この場所にオープンするときは、賛否両論、本当にいろいろあったんだけど。
パン屋としてはだめだよっていう人がほとんどだったかな。
そんなコアな商売をする場所じゃないって言われつづけて。
大手パンメーカーの方もここの市場調査をしてくださったり。
通行人がどれぐらいいるかとか、立地的にどうだとか。
『やめたほうがいいよ』といわれたんだけど(笑)。
東急本店の真向かいで、シースルーのエレベーターから見えるわけですから。
これは可能性あるから、ここでやろう。
1階2階で88坪あるんですよ。
そんな場所って東京にもうない。
田舎者が出てきて不動産屋に『80坪以上がほしいんだけど』っていったら『ばかじゃないの』っていわれるぐらい。
自由が丘にあったんだけど、ぜんぶアパレルに取られちゃう。
飲食は嫌われるんです。
唯一この場所は、オーナーさんが『パンも好きだしいいよ』って言ってくださった。
僕らが想定してたお客様がやっぱり多かった。
センター街のお客様を集客したかったわけではないし。
それこそ、文化レベルの高い、文化村で観劇した帰りの方とかを、この場所でお迎えしたいと想定していました。
業界の方がたはみなさん大反対、『やめたほうがいい、絶対失敗する』って言われた。
オープン当初はそんな状態だったので、『それ見たか』と思われた方も多いんじゃないかな。
最初の3、4ヶ月って業界のいろんな方がくるでしょ。
がらがらなわけですよ。
商品は山ほどあるしね。
見ればわかりますよね、売れてないって。
半年過ぎてからは、早かったですね。
だいたい1年ぐらいで黒字になり、2年目以降は利益もどんどん出てきましたしね」

「食パンだけのお店を今年やりたい。
カウンターが1個あるだけ、その後ろはファクトリーになってて、食パンが並んでる」

「『みんなのぱんや』をさらに特化した、食パンだけのお店を今年やりたいなと。
アメリカ・カナダの、特等粉といわれる粉をいま探してるんですよ。
それで1種類食パンを作って、あとは内麦(国内産小麦)で1種類。
食パンが2種類しかないお店。
それぐらい特化したお店をやりたいなと。
商品はだいたい8割方完成してるんですけど、いま場所探しをはじめて、夏までにはなんとかできれば。
老舗でいうとペリカンさんとか、業態としてはあんな感じです。
カウンターが1個あるだけの店。
その後ろはファクトリーになってて、食パンが並んでる。
1本(2斤)買いしてもらう。
それぐらいのサイズで売ろうかと。
2アイテムしかないわけだから、その代わり、とびきりなものを作らないとだめですけどね。
そこはもう職人技が問われるところなんで、がんばります。
内麦のほうは、いま『ゆめちから』というのが出てきてるんでそれメインで、あとはなにをブレンドするかですね。
そっちはそっちでやってます。
昔はアメリカ・カナダ産の1CWがいちばんよいとされていたんですけど、いま1CWでも産地によっていろいろランクがあるんで、1CWイコールおいしいにはなかなかならない。
じゃあ、食パンにしておいしい粉はなんなんだということで、製粉会社を通じて探しています。
製法は確立したものになってるんですが。
湯種(お湯で小麦粉を混ぜることでα化させる)と液種(水分の多いしゃばしゃばの状態の中種を作って熟成させる)をミックスした感じですね。
それをオーバーナイトすると、甘みがより増すんですね。
湯種と液種とレトロドールの製法を合体したような食パンを作れれば、というところです。
食パンを冷蔵発酵させるのはけっこうむずかしい。
食パンっていうと、生地の使用量がものすごいので、冷蔵庫にかなりのキャパシティがいる。
まして、食パン2アイテムの専門店となると、5坪ぐらいの冷蔵庫がいるんじゃないでしょうか。
それと同じだけの広さのホイロ(生地を温めて保存する機械)もいりますよね。
なかなかそれはむずかしいですよ。
リスクは大きいですよね。
1000本売るつもりの設備投資して、50本しか売れなかったらもてあそぶし、どうしようというのはあるんですけど。
まあ、挑戦ですかね」

「パリでお店を出したい。
パリ市主催のバゲットコンクールに出て、ガチンコで勝負したいですね」

「あとはパリで1軒お店を出したいですね。
VIRON社に働きかけて、『いっしょにやろうよ』ってことで。
いろいろ場所探ししてるんですけど、いまパリも景気がよくないのもあって、いい場所ってなかなか売らない。
VIRONという名前にはしないですけどね。
VIRONというと、『日清製粉』っていうお店があるのと同じことになりますから。
名前はもちろん変えますけど、このスタイル、この商品群で勝負したいなと。
どこまで受け入れてもらえるのか。
日本人の繊細さがわかってもらえればいいんですけどね。
(日本人の繊細さと、フランスの原料、伝統が合わさったときに、ヴィロンというスペシャルなものができた?)
そうだと思いますね。
融合してはじめてそうなったんですね。
パリ市主催のバゲットコンクールが毎年あるんですけど、それに出たいんですよ。
でも、レトロドール使ってるからって、日本から出場っていうのはだめなんですね。
別に外国人でもいいんだけど、出場の権利は、パリにお店を構えてるっていうのが条件。
ガチンコで勝負したいですね。
コンクールはもう10何年やってますけど、7割方レトロドールを使ったところが優勝してるんですね。
もちろん作り手にもよりますけど、やっぱり粉がちがいますからね。
出したいなとは思います。
最終的には、それが夢です」

パンテコ松岡徹の読み方
*1…「スタッフが仕事に集中してて話ができない。本気でパンを作ってたら話なんてできないもんなんです」
*2…「店に出ている商品の問題点やスタッフに対する質問を真剣に考えているから無視しているように見える。当然、スタッフはそのことをわかっている」
*3…「『今日は悪かった』で終わらせるんじゃなくて、なにが悪いかまで追求しないと、うまくならない。質問するのは、相手の考え、理解度を問うている。やれといわれたことをやるんじゃなく、知識があって仕事をしていれば答えられる」
*4…自分のパンは最後まで自分で作るのがうちのルールだった。パンに責任を持たせるために、他のスタッフに手をださせない。ただ厳しいということではなく、自分のパンに責任を持つということを、牛尾君はいいたいのだと思う」
*5…「仕事中に必ず質問されるので、予習復習をしているのです」
*6…「この部分は牛尾君の思い違いだと思います。本当は、ビゴで2年修行すると、他の店で5,6年修行した人のレベルになるという意味で、彼らはあまり給料のことは深く考えていなかった。当時のスタッフのうち3名が、3年でオーナーシェフや新規オープン店のシェフになっています。他の店に行ったら、機械も材料もすべてちがう。マニュアルでやってるんだったら通用しない。教わるか、自分で考えるかのちがい」
*7…「ニシカワ食品で35キロの生地を10分で切るというシーンが出てきますが、それとの対比が興味深いですね。早く切るのがえらいと牛尾君はいってない。妥協しないということを彼はいってる。妥協したら負け。『1グラムが、そのうち2グラム、3グラムになるぞ』と僕はいっていた。牛尾君はそのことに気づいた。妥協しないという気持ちが大事なんです。いいパンを作るのは、技術ではない。技術以前の気持ち。それがもの作りの楽しさ。そこまで追求しないと楽しくない。もっといいもの作るには、もっと妥協しないにはどうしたらいいかを考える。牛尾君はドゥースフランスで別の人種を見たんだと思う」
*8…「生地を大切に扱うということ。生地になるべくストレスを与えないように。*7と同じく、分割が速いだけではダメで、生地に対してやさしく、かつ速くということが大事なのだと、彼はいいたいのでしょう」



ル・スティル社長 西川隆博インタビューにつづく


パンラボ単行本増刷完了しました。


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メゾン・ド・カリテ レパス(本八幡)
137軒目(東京の200軒を巡る冒険)

店名のフランス語repasとは「食事」を意味する。
食パン、バゲット、カンパーニュという食事パン中心の品揃え。
東京の中心ならいざしらず、郊外で、シンプルなパンに絞り込んで店をつづけるのは、至難である。
わずかな味のちがいが客足を大きく左右する。
職人技と感性を頼りに、そのタイトロープを渡ろうとするパン屋が、目立たない本八幡の住宅地にあった。

はるゆたかの食パン(450円)
それは真水のさわやかさ、りりしさがある食パンだった。
香ばしさと発酵の香りにバランスがあるゆえに酔わされる。
そのまま食べてもトーストしたかのような、皮の香ばしさ、ビスケットのようなさくさく感。
リーンな中身の味わい。
透明だったはずが、少しずつ甘さのほうへと針が振れていくけれど、心地いい範囲に収まって、完全な甘さにはならない。
かつ、ふわっとしてもちっとした食感は王道。

櫻井幸治さんは、独立前に勤めていたパン屋で、仕事が終わったあと、国産小麦を使った食パンの試作を繰り返した。
そして、ついにたどりついたのが、はるゆたかの食パンだった。

「食パンはイーストで軽さが出る。
副材料は砂糖と塩だけ、あとはなにも使ってない。
試行錯誤しているとき、この味を奇跡で1回だけ出せた。
これならいける、お店を出せると思った。
業務用のミキサーでこねるとパワーが強すぎる。
一方で、しっかり捏ねないとパンにならない。
その辺のバランスを導きだすのに時間がかかりましたね。
同じ粉を使っても、先輩に聞いたやり方だと、いわゆる食パンの味になっちゃう。
1度だけ、『これはおいしい』って味になったんで、それが忘れられなくて。
ペリカンさんの食パンがいちばんおいしい、と思ってたんですけど、あんまり変わらないか、うちのほうがおいしいんじゃないか(笑)」

暗闇を手探りで歩くような試作の連続から、目的地へたどりつけたのは、イメージという羅針盤を明確に持っていたからだろう。
だから、たった1回、偶然にできた理想のパンを見逃さなかった。
店は、はじめイーストのパンだけではじめたが、そのうち自家製酵母も手がけるようになった。
パンの食べ歩きは趣味だったというが、自家製酵母でおいしいと思ったことはなかったそうだ。
それゆえに、なにかを参考にするより、独自レシピの探求へと向かった。

「僕は使い切り(作った種を継がない)でやっています。
酵母って、最初にレーズンなどの素材から起こして作るわけですが、空気中の菌と結びついて発酵して液種になる。
そこに粉を混ぜて種継ぎをすると、雑菌も増えていくイメージ。
僕なりの見解ですが。
ならば、フレッシュなうちに使ってしまったほうが、酸味も出ないし、味にもムラが出ない」

全粒粉のカンパーニュ(380円)
自家製酵母の野生の香りが濃厚にあれど、このパンは癖がない。
皮はかちっ、中身はもちのようにしっとり。
重くはないが、味わいはしっかり、なのにみずみずしい。
溶ければ溶けるほど、いい感じで酵母の風味が滲んでくる。
火の香り、皮のぱりぱり感、ごくすっきりとした甘さ未満の甘さ。
日本人の好きな焼きもちの魅力によく似ている。

「まずレーズンの酵母でパン・オ・ルヴァンを作ったんですけど、バゲットをやろうとしたとき、しっくりこなかった。
それでバナナに行き着いて。
レーズンとバナナ、酵母が2種類あったらおもしろいと。
酵母自体にそんなに差はないんですが、粉の配合もちがうので、味はぜんぜんちがうものになります。
若干、風味が変わるのでそれがおもしろい。
選べる楽しみというか」

バゲット(280円)
イーストのバゲットと錯覚する。
皮の薄さ、味わいの白さ、軽やかさ。
しかし、と思う。
この複雑さ、この味わいの幅は、自家製酵母でなくては作り出せないものだと。
中身の味わいは確かに白いけれど、白さに分厚さがある。
むちむちと豊潤に溶けてくる。
イーストの軽さ、みずみずしさに接近しつつ、自家製酵母のあたたかさを兼ね備える。

「(レパスのバゲットは)イーストかなと思ったら、噛んでいくうちに味が濃くなっていく。
胚芽を種に入れています。
そのほうが発酵が速い。
でも、発酵が長すぎると臭みが出る。
そのぎりぎりを狙っています。
フランスパンは、なにかつけたり、はさんだりしたときのおいしさが大事だと思うので、軽くしたい」

透明さと強さ。
両立しがたいものが両立するゆえにネクストステージの味わいは生まれる。
精密な仕事によって、2つをともに引き出し、バランスを取ることを、シェフは「せめぎあい」と呼ぶ。

「混ぜ方だったり、捏ね上げ温度だったり、砂糖の量だったり、その微妙なちがいで味が変わる。
せめぎあい。
味を殺すけれど、こうやったら簡単にパンになるということもある。
それをやってしまうと普通のパン。
僕の中ではちがうので。
試作の繰り返しで見つかる。
あとは理想をどこに置いているか。
こんなもんだろと思ったら終わり。
いまの味が僕の好み。
自分のパンはこの味。
それによろこんでくれるお客さんがいたらいちばん。
なるべくストイックにいきたい」



JR総武線・都営地下鉄新宿線 本八幡駅/京成本線 八幡駅
047-326-3262
9:00〜18:00(パンがなくなり次第、終了)
日月祝休み

#137



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#137
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ブラッド&バター 往路
かしわで



下北に来た。


「下北行くならKAISOっしょ。」 と主宰(池田)に言われた。


そこでパンを購入し、駅前劇場で催されてるパンラボを観に行く。

間違えた。

駅前劇場で上演されてるヨーロッパ企画イエティの「ブラッド&バター」を観にいく。

そんな計画。


で、

ででで、


a.JPG

迷わずこうなった。

こうならない人がいると思えない。


自分がKAISOでパンをいくつか購入していると、
後方でデキタテのマルゲリータ(ピザパン)が運ばれてくるという幸運に出くわしてしまった。

うまいピッツァはフチがうまい。

いや、フチから目が離せなくなったピッツァは、それだけでうまい。

そう、すぐさま釘付け。お会計中もマルゲリータしか目に入らない。ヌホ。


で、いつものように買ってすぐさまかぶりつき。
シモキタを歩きながら、デキタテのアツアツのマルゲリータをカブリつき。


サク。   モチ。

サクっと     モチっと。

う  まい。 思ったとおりにフチが、うまい。




「ブラッド&バター」


まずはこちらを。


ほらカニパンだ。


どうみてもキャニパンだ。


う〜〜む、どんなキャニパンが出てくるんだろう?
芝居のチラシはときに、いやいつだって、イマジネーションを強要させる。
はたして今回はどんくらい遠くへ運んでくれるんだ。



世の中をふたとおりに割るのが好きな人ふうに言えば、

「人間には2種類しかいねんだ。
芝居を観る人間と芝居を観る機会に恵まれてねぇ人間だ」

(何にでも応用可能な便利な表現だ!)、

自分は芝居を観る機会に恵まれてる側。今年も墓場女子高生とか90ミニッツとか観たし。

だけどヨーロッパ企画は初めてだった。

もちろん前々からずっと観たいと思っていた。

モッカモッカだったか親族代表だったか忘れたけど、どっちかの公演でヨーロッパ企画の人が脚本を提供していた。おそらくそこで興味を持った気がする。
だから今回の主宰からのお誘いにも二つ返事でゴーゴーした。



で、

場内に突入。


おっと!

本当にパンの芝居みたいだ。

ペリカンやダンディゾンみたいに食パンのようなパンドミのようなパンが棚にギッシリ並んでる。

そんなセット。

あきらかにここはパン屋の裏側だ。

ワオ!


つづく。




パン・トリップ comments(0) trackbacks(0)
読むパン屋『パンラボ』展

『パンラボ』発売を記念して、本日から来週14日(火)まで読むパン屋『パンラボ展』を開催!!
場所は南青山にあるユトレヒト

パンラボがユトレヒトをパン屋に改造してみました。
本をパンに見立て、パン屋のように小麦の香る本屋になっています。


1. パン棚には単行本『パンラボ』のほか、
この展示のために作った限定販売ZINE『パンラボジン』やパンにまつわる様々な図書が並ぶ。
(『パンラボジン』はなんとあのぱんとたまねぎの林さんと漫画家の堀さんとのトリプルコラボレイション制作)

2. かいじゅう屋、ブラフベーカリー、ペリカン、穂の香、ルヴァンなどの名店から取り寄せた
門外不出のパン記念物を展示。

3. 漫画家・堀道広さんによる世界一大きい『パンの漫画』を展示。
(堀さんこの展示のために描き下ろしてくださいました)

4. パンを焼いている人と窯の映像を展示。
(愛パン家にはたまらない激レアお宝映像)

5. 週末の2/11(土)と2/12(日)は、本物のパン屋さんが出店。
◆2/11(土) シャポー・ド・パイユによるバゲットサンドウイッチ販売
(なんとリヤカーで来てくれる)
◆2.12 かいじゅう屋によるバレンタインのためのお菓子販売
(チョコチップスコーン、ココアと胡桃を使ったお菓子)

6. 何某かの本をお買い上げいただいた皆さまに出来たてほやほやのフリーペーパーが付くよ。
(そのフリーペーパーの名を『世界一短いパン辞典』という!)



ちなみに明日からMUJI BOOKSでも「読むパン屋」と連動した展覧会を開催します!!

著者・監修者の著書をはじめ、
『パンラボ』に登場するパン屋が書いた本、
『パンラボ』を形作った古今東西のパンに関する書物、おいしそうなパンが登場する小説や絵本など。
「パン袋をテイスティングする」というテーマで、さまざまな名店の包装紙も展示。

MUJI銀座松坂屋 MUJI BOOKS
2012/2/8(水)-2/14(火)
詳細はこちら

MUJI新宿 MUJI BOOKS
2012/2/16(木)-2/22(水)
詳細はこちら



 

「パンラボ」お買い上げいただきありがとうございます(書店、アマゾン、楽天、セブンネット、ツタやオンラインで入手可)
2/11開催
のジュンク堂書店池袋本店トークショーは満員御礼(ありがとうございました)
2/25開催の吉祥寺百年トークショーは満員御礼(ありがとうございました)


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(ユトレヒトは会期中13日のみ定休日なので注意しよう)
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パンのペリカン(田原町)
83軒目(東京の200軒を巡る冒険)

なにかについて考えるときは、これ以上はなにも取り去ることができないような、もっともミニマムなモデルを考えればうまくいく。
そうすれば枝葉に気を取られ本質を見失うことがない。
スタンダード、オーソドックス、メートル原器のようなもの。
それがペリカンである。

私は食パンを食べるときしばしばペリカンの食パンの味を思いだし、比較する。
ペリカンという常に動かない基準があるおかげで食パンについてより理解できるようになった。

食パン(1斤 290円)。
口にする寸前すっと鼻孔に入る香りのたとえようもないすばらしさ。
発酵の香りが香ばしさのヴェールでくるまれたような。
パンの快楽とは単にやわらかさだけではない。
ペリカンの食パンはそのことを教えてくれた。
弾力に加え張力が重要だという先代の教えは、「欲求の本質的な部分を探る」ことから見いだされたという。
当たりはやわらかく、噛んでいくとやや抵抗し、ぎりぎりに沈み込んだところで、ぷちっと表面に亀裂が入り、歯切れる。
あるいは、「理由はわからないけど無性にあれが食べたい」と思う味。
つまり、毎朝、飽きずに食べつづけられるためには、「理由」に気づかれてはならないのだ。
味わいは特別ではない。
むしろリーン。
口に運んだ瞬間は無色で、口溶けの中に小麦の味わいと、それを活かすだけの最小限の甘さが微妙にたゆたう。
完全に満たされないがゆえに、次の一口を思わず誘われてしまうのだ。

たったそれだけのこと。
あれやこれやを付け加えると邪魔になる。
なぜ人はパンを口にするとき快楽を覚えるのか。
その本質さえパンに仕掛けられていれば必要十分である。

ミニマムはこの店のありとあらゆることに貫かれ、哲学の域に達している。
基本生地は、食パンとロールパン、わずか2種類。
それから、生地は共通のバンズとドッグパン、それらの大きさを変えたもの含めてもわずか10種類のみ、すべてプレーンなパンばかり。

店ではなく、工場である。
入口近くのにいくつかの照明とレジ台を置いて販売スペースとしている。
つまり、店としてもっともミニマムな形態がここでも選びとられている。

撮影をするためにはじめて工場内へ足を踏み入れた。
いままで私は客として訪れながら、あこがれと恐れを同時に抱いていた場所である。
そのリアリティは、パンが小麦と炎の衝突から生まれてくる危険な営為だということを、表していた。
ほとんどのパン職人が客への気遣いからあえて見せようとはしていないこの事実が、ペリカンではミニマムであるゆえに露出している。

形のないもの、ソフトの面にも、それはあてはまる。
現在の店主である3代目の渡辺猛さんは接客についていつもこう考えているといった。
「いかに余計な言葉を重ねないか」
「ひとつの言葉で別の気持ちも伝えられないか」
客に気を遣わせない、そっけなさという名のミニマム。
それを店が心がけていることすらさとらせないような。

パン屋として親から子へ伝えられていくもの。
それを先代は、「種」と表現していたという。
唯一無二の味わいを種として保存し、未来へと伝えていくこと。
それはパン屋だけに許された特権である。
製法、経営、店舗、接客。
単にパンだけではなく、ありとあらゆるものが種として残されているのではないだろうか。

パンを焼く火柱によって焼かれたかのように、グレーに煤けた工場。
職人がみんな帰ったあとのがらんとした場所に、4代目となるだろう渡辺陸さんがひとりいた。
「これから掃除をします」
種を劣化させないためには、1日も休まず、厳しく管理しなくてはならない。
ペリカンはこれからもメートル原器でありつづけるはずだ。

中ロール(5個 350円)。
外は香ばしさが漂い、中身を噛むとバターの甘い香りがふっと湧きだす。
両者とも、やわらかで、つつましやかだが、快さにあふれている。
歯ごたえの魅力は、新雪を踏むときに似ている。
ふわふわの部分を歯で確かめながら、踏みしめて愛おしみたくなる。
唾液に濡れ、香ばしさが消えていくにつれ、ミルクの甘さへと移り変わっていく。
中身の触感のなめらかさと、口溶けの甘さのまろやかさの間に感覚的なシンクロがあって、思わず目をつぶり陶酔してしまう。
この甘さをずっと噛みしめていたい。(池田浩明)

#083



東京メトロ銀座線 田原町駅」
03-3841-4686
8:00〜17:00 
日曜日・祭日・特別休業日(夏・秋・年末年始)


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#
083
200(東京メトロ銀座線) comments(0) trackbacks(0)
グリムハウス(亀戸)
79軒目(東京の200軒を巡る冒険)

パンは西高東低という先入観がある。
たしかにメディアに取り上げられる有名なブーランジュリーはほぼ東京の西側に集中する。
だが、こと食パンにおいて西高東低はあてはまるだろうか。
ペリカンしかり、木村屋しかり。
あんぱんや食パンなど日本の伝統的なパンについて、戦前からの伝統を引き継ぐのはむしろ下町のパン屋ではないだろうか。

昭和元年創業の老舗、グリムハウスの食パン(200円)を食べ、その思いを強くした。
中身のとろとろなやわらかさ。
耳の好きな私でも思わず耳をとって純粋なやさしさだけに身をゆだねたくなった。
羽毛を舌の上にそっと置いたような最低限の重量感と、なめらかさ、しっとり感。
最初のひと噛みで、かすかに甘く、軽やかな発酵の香りが吐きだされ、小麦とミルクの味わいが溶けてくる。
最初は軽く滲み、そのあと一段強い甘さがまろやかに溶けだす。
けれど甘さはあくまですっきりと透明感を保っている。

3代目の木島一哉さんはいう。
「こだわっているのは、イーストです。
イーストは微生物、生き物。
問屋から2〜5度ぐらいの冷蔵の状態で仕入れるのですが、すぐ使うのではなく、7〜9度ぐらいの、酵母の活性がいちばんよくなる温度帯の、専用の冷蔵庫で最低でも1日保管し、それから使っています。
活性がよくなるとパンがやわらかくなる。
お客様の中には翌日、翌々日召し上がる方もいらっしゃいますが、やわらかさを保たせることができます」

木島さんはこの製法を、80歳を越えていまなお給食のパンを作りつづけるパン職人から教えてもらった。
グリムハウスでも給食のパンを納入しているが、配合も材料もすべて東京都で規格が決められ、個人性の入りこむ隙間はあまりない。
そうであっても、この老職人のパンだけはとてもやわらかかったのだという。
パンの革新に役立つものは新しい装いのものの中だけにあるのではなく、伝統や長くつちかったものの中にむしろ隠れている。
そのことをこのエピソードは教えてくれる。

コッペパン あんマーガリン(150円)。
豊満なボリュームが給食パンをほうふつとさせるが、配合は給食規格でなく、食パンと同じ。
とはいえ、こんなにやわらかいパンに小学校で出会っているとしたら、その後の食生活さえ変えてしまうだろう。
中はふわふわにしてとろとろ、外側の皮はがさっとしっかりした食感があって香ばしい。
こんなに外と中にコントラストのあるコッペパンはめずらしい。
味わいは強く主張していないけれど、とても充実している。
食べはじめに甘く感じさせないので、むしろ甘いスプレッドを塗るのにちょうどいい。
甘さのたったこしあんが、皮の香ばしさ、中身のふにふにしたやさしさに出会って、ちょうどよく感じられる。

グリムハウスがチャレンジしたもうひとつの「伝統」は江戸みそをパンの材料にすること。
亀戸の老舗みそ屋佐野みそ 亀戸本店とコラボして味噌パンを作りあげた。
「みそをパンの中に入れるというのは、簡単な発想かもしれませんが、パン屋には考えつかないことでした。
というのは、イーストにとって塩は敵で、入れすぎると死滅してしまうからです。
これは大変だと思いました。
佐野みそでは100種類ものみそを取り扱っており、その中からパンに適したものを選びださなくてはならない。
塩分の高いものはやめよう、でも低いものでは味がでない。
結局、せっかくなので江戸みそを使用し、甘いみそと白みそをブレンドすることになりました。
おみその香りがでてしょっぱすぎないバランスを心がけました」

味噌パン(490円)。
ブリオッシュのようなうつくしい黄色い断面、これがみその色だ。
みその味が、予期したようにはダイレクトではない。
奥ゆかしく、むしろバターと一体になって、パンをおいしく食べられるようにしているそのことが、ただの企画ものではない、普遍性を感じさせる。
いわゆるデニッシュ食パン。
手でちぎると膜に沿ってつるつるーとあっけなく破れていく快感。
ひと噛みで、ぷちぷちぷちと何枚ものやわらかい膜が破れていく快感。
中身がとてもやわらかくふにふにとして、やがてクリーム状になって溶けていく。
甘すぎもせず、くどくもなく。
ほどよい甘さが、上品でほのかなみそ風味とともにとろけていく。

「デニッシュにしたのは、みそ屋さんから、みそは乳製品と合うという話を聞いたからです。
ラーメンでもみそバターというのがあるように。
手間はかかります。
ケービング(折れ曲がること)がでたり、焼き色がつきすぎるので、窯の温度を下げなくてはならなかったり。
デニッシュ食パンは、最初の1口2口はおいしくても、飽きやすい感じがあると思いますが、これはみそなので飽きない。
うちは老人ホームにもパンを卸しているのですが、スライスしておだしするとよろこばれます」

パンを配達している。
得意先には老人ホームや保育園、病院が含まれる。
食パン型のものはスライスしてビニール包装して食べやすく。
保育園では年齢に合わせて小さいポーションのロールパンを作る。
食べられるサイズに切ればそれで済むのかもしれないが、まるごと1個食べきる達成感は、教育上とても有益だと思う。
「配達ルートにのっていれば1本でも2本でも配達にいきます。
大きなメーカーさんにできない細かな配慮がうちの生命線ですから」
小さい子供や体の弱っている人、ご高齢の方こそ、手作りのあたたかみを感じられるパンを必要としている。
パン屋とは本当の社会貢献ができる仕事だと改めて思う。(池田浩明)

グリムハウス
JR総武線・東武亀戸線 亀戸駅
江東区亀戸5-46-3
03-3683-0344
6:30〜19:30

#079


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JUGEMテーマ:美味しいパン

#079
200(JR総武線) comments(0) trackbacks(0)
パンを届ける 第2回 陸前高田篇
(陸前高田市立第一中学校)

私たちの誤解。
避難所に食料は不足している。

私はこのように信じていた。
小中学校の体育館など公共施設があてれらている避難所は、国や県、市町村が十分な支援を行っているのだと。
実際はそうではない。
避難所の物資は、その大部分が、市民ひとりひとりの援助や義援金によってまかなわれている。
しかも、ゴールデンウィーク以降、すでに十分な物資が避難所にはあるとニュースなどでアナウンスされたことによって援助が減り、食料や生活必需品が不足しがちだという。
以上のような実情を、岩手県三陸地方の支援を行っている遠野市の医師、打越岳さんのホームページで目にしたのだった。


第2回もたくさんの名店にご協力いただいた。

パンを必要としている人たちがいる。
打越さんの紹介により岩手県陸前高田市にパンを届けることにした。
第1回は新宿方面のパン屋さんにご協力いただいたが、今回は主に東京の東側、下町方面のパン屋さんにパンをご提供いただいた。

あんですMATOBA
粉花
グリムハウス
ジュリアンベーカリー
テコナ ベーグルワークス
ヌエット・アン・アン
パン焼き小屋 ツオップ
パン焼き人
ブーランジェリー イアナック!
ブーランジェリー ボヌール
ブーランジェリー ラ・テール
ペリカン
ボワブローニュ
レ・サンク・サンス
(五十音順)

ブーランジェリー ボヌール、レ・サンク・サンスを運営する株式会社リトルハピネスの箕輪喜彦さん、菅みゆきさん、そして両店のフランス人シェフであるデリアン・エマニュエルさんには、現地までパンを運んでいただき、いっしょにお配りした。
愛パン家の渡邉政子さん、山口デザイン事務所の大野あかりさんには、自家製のジャムを作っていただいた。
また、お名前はださないが、多くの方々のご支援とご声援によって、この企画は支えられている。
みなさんにお礼を申し上げたい。

(陸前高田市の中心部)

破壊し尽くされた街。
津波の猛威は実際に見てみるまでわからなかった。

車にパンを満載し、陸前高田を訪れたのは5月28日土曜日のことだった。
津波の被害は想像以上のものだった。
海はまだ遠かった。
ナビによれば、海岸線まではまだ数キロの距離があるはずだった。
にもかかわらず街が壊滅している。
瓦礫が道の両側に散乱し、荒れ地となっている。
建物を破壊するほどの波が、こんな山間にまで押し寄せるものかと、威力に戦慄した。
前回訪れた福島県南相馬市や宮城県亘理町では街の多くの部分は温存されていた。
陸前高田はそうではない。
平野部は全滅、市役所や駅など街の中心すら完全に失われている。
パンを焼くあたたかい香りはいまだこの街に流れていないようだった。

(右デリアン・エマニュエルさん、右箕輪義彦さん)

山の上に残った小中学校や公民館に被災した人びとは逃れている。
そのひとつ450人の方が避難している陸前高田市立第一中学校を訪れ、昼食時にパンをお配りした。
用意をしていると、たくさんの方が興味津々に覗いていく。
中学生ぐらいの女の子が、階段の上からコンクリートの手すり越しに顔をだして、
「私、パン大好き」
と笑顔でいった。

長テーブルを借り、さまざまなパンを置いて、3つまで自由にお選びいただいた。
自身も被害に遭われ、この避難所で物資係を行っている村上和三さんはいった。
「朝から、パンだ、パンだって、配るほうの僕が早く食べたいって思ってました。
グッドタイミングでした。
明日、日曜日は、食事を作る係の人を休ませるために、自分でごはんを作る日になっていて、みんなカップラーメンなどを食べなくちゃならないので」
お役に立ててよかった、と思うとともに、せっかくの日曜日にカップラーメンを食べなくてはならない、避難所の現実を思い知らされたのである。

「ありがとうございました。
久しぶりに手作りのパンをいただいて、本当においしかった」
配り終えたあと、私たちのところにきて頭を下げるおばあさんがいた。
目に涙を溜めていた。
よほどのご苦労をされているのではと、震災からの経緯をうかがった。

「強い地震があったので、主人と2人、道路に出ました。
私は足が遅いもので、『自分はあとからいくから、先にいっていい』といいながら、主人は近所の人を助けにいった。
おじいさんが寝てたもんですから。
『車にのせて逃げなきゃダメだ』って、手を貸してしまった。
私だけ先に走った。
そこに大きい津波がきました。
1歩2歩、避難場所(公園のような市で事前に定められた場所)にいきかけたんですが、山に逃げたので寸前のところで助かったんですけどね。
私の前を走っていた人も、後ろの人も波に飲まれて。
私は山を伝って逃げて、暗くなったので、避難所に降りていきました」


「花もなくて、なにもしてあげられませんでした。
『ごめんね』っていいながら送ってあげました。」

「主人は亡くなりました。
私も走りながら、必ずくると思って待ってたんですけど、やっぱりダメでしたね。
助けようと思った、となりのご家族といっしょに、逝ってしまいました。
78で、元気だったんです。
面倒見のいい人だったんで、隣の人の声が聞こえたら足を止めてしまったんだと。
火葬はしましたけど納骨はまだしてないんです。
遺体が見つかるまではなにをやったか(必死だったので)わかりません。
嫁がせた娘の車に乗せてもらって探して歩きました。
避難所から送迎バスで死体安置所に行き、3月21日に見つけました。
寒かったもんで、早く火葬してあげたいなと思いまして、岩手県内の火葬場ぜんぶ電話したんですよ。
1ヶ月先まで空いてるところがなくて。
近くのところでキャンセルがでまして、『明日あります』っていうのでね、ばたばたとやりました。
なんにもしてやれなかった。
お花買って、飾ってあげたいと思ったけれど、花もなくて。
小菊だけやっと買って、『ごめんね』ってあやまりながら、送ってあげました」

(佐藤ミエ子さん。カメラを向けると「いただきものの若い人用のエプロンを着ているもので」と恥ずかしそうに笑った」)

佐藤ミエ子さんとおっしゃる、そのおばあさんはここで号泣してしまい、言葉を詰まらせた。
とても長い独り語りの引用になってしまったが、東北を襲った危機の真相を知ってもらいたく、さらにつづける。

「火葬して避難所に戻ると、玄関に花がありました。
假屋崎省吾さんという華道家の方が、菊が不足していると聞いて、避難所に届けてくださったんですよ。
2、3本いただいたんですけど、お骨を置いてるところは遠くていけないので、ペットボトルで作った花瓶に活けて、体育館に飾らせてもらいました。
いっぱいお花入れてあげたいと思ったのに、主人にはなんにもしてあげられなくて、申し訳なくて。
なにも品物がありませんでした。
紙コップひとつ買うのにも、30分、車で探してまわらなくてはならなくて」


「なにかやると体が震えてしまって。
最近まで字が書けなかったんですよ。」

「なにかやると体が震えてしまって。
字が書けなかったんですよ。
最近、やっと落ち着いてきたんですけど。
津波見たときは、腰が抜けました。
カーテンのように(垂直にそそり立って)きた。
うねるんじゃなくて、そのまま。
その上に家が浮いて流れてくる。
1、2歩進んだら転んじゃって、四つん這いで歩きました。
そのことが頭にあって、思いだすたびに震えて。
なにかしようと思うと、ダメなんですね」

(道ばたにたたずむ男性。雨の中、自宅跡に残されたものを探しているようだった)

「津波ってなんにも残らない。
うちのある場所にいっても土台石しか残っていない。
写真1枚残っていない。
地震だったらその場で残るんですけど、いまいっても瓦礫の山だけあって、なんにもないです。
こんなに大きい津波がくるとは誰も思わなくて。
訓練はしてたんですけど、想像してたのは50センチとかの津波で。
まさか堤防をこえてくる津波があると思わないから。
若い人に津波は怖いってことを伝えたいんです。
地震になったら早く逃げなくてはならないと」

(堤防は決して低くはない。大人の背丈の2倍以上はあると思われる。津波はそれを優に越えた)

佐藤さんが悩まされてきた体の震えは、おそらくPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれるものだ。
津波は防波堤を越えてきた。
防波堤の高さとは、人間の思い描けるリアリティのサイズを示しているのではないだろうか。
日常のリアリティを超えるほどの非人間的なできごとは、地にたしかに足をつけている感覚を失わせて、思いだすたびに体が震えるほど、人を傷つける。
巨大な津波をテレビで何度も見て、私は知っているつもりになっていたが、逃げてきた人の主観によって語られる恐怖の質は、まったく異なるものだった。

「みんなに支えていただいています。
体ひとつで逃げてきたものですから、着るものも、食べものも、みなさんに助けていただいて。
いまは週に1度しかお骨があるところにいけませんが、せめて仮設住宅に入れれば、うちの人もつれてこれるから、いっしょにいられますから」

佐藤さんはいまもご主人と「いっしょにいる」。
わずかな救いだった。
たったひとりの人と何十年も連れ添って、愛して、死んだあとも懸命に弔おうとし、語りかけ、その気持ちが心の支えになる。
ご主人と2人で暮らせる静かな空間と、心の平安が、佐藤さんに早く訪れることを祈りたい。


「4階建ての高さで津波が街を消去していくのを
映画でも見るみたいに眺めていました。」

佐藤さんの体験は、ここ陸前高田では特別なものではない。
第一中学校の体育館にいる450人のすべてが、同じ恐怖と喪失を体験しているのだろう。
前述した村上和三さんは振り返る。

「地震から津波まで3、40分ぐらいありました。
自分も大事なものを家に取りに帰ろうと思えばできたのかもしれません。
でも、そうしませんでした。
山のほうに逃げて、上から街を眺めたら、中心にいくほうの道路が混んでたんですね。
山へ向かうほうではなく。
みんな津波がくることは知っていたけど、家にペットとか家族とかいるから助けにいってたんだと思います。
あの渋滞に巻き込まれたら身動きとれなくなってしまう。
そこに津波がきました。
津波が4階建ての高さで街を消去していった。
その映像だけ、前後の脈絡とかなにもなく、まるで映画を見るみたいに眺めていました」

佐藤さんのご主人もそうだが、津波で亡くなられた方の多くは、誰かを助けようとする、愛によって命を落としたのだった。
津波のことを知らなかったわけではない。
津波がくることがわかっていたから、逃げられない人や動物を見捨てることができなかった。
もし運よく自分だけが生き残ったとしても、亡くなった家族への愛によって、なぜ助けられなかったのかと悔恨し、苦しむことになるだろう。
未曾有の危機において、愛を失うことがなかった人たち__不幸にして命を落とされた方も、たまたま生き残って愛する人のために涙を流す人も、私の英雄である。
人生においていちばん大事なものを見失わなかったのだから。
いま苦境に置かれているその人たちの愛をこれ以上裏切ってはならない。
せめてものできることとして、パンを届けたい。


山ふところにある小さな避難所で、
たくさんの笑顔に出会った。

私たちは陸前高田市内の知りうる限りすべての避難所にパンをお配りした。
サンビレッジ(スポーツドーム)、米崎小学校、自然休養村、和方公民館、正徳寺、松山公民館、モビリア、矢の浦公民館、広田小学校。
それらは三陸の山ふところに点在していた。
うねる山道を進み、田畑や林を通り抜けたところに、木造の公民館が現れる。
そこに数十人の人たちが寄り集まって暮らしている。
避難所といえば、体育館を想像しがちだが、マスコミにあまり登場しないこれらの小さな避難所に物資が十分に届いているのか心配になった。
至るところで人びとの笑顔に出会った。
特に女性たちは明るく、おどけていた。
「パン、パン、パン! パンがきたよー」
「やったー」
それは私たちを安堵させ、かえって励まされるのだった。

(サンビレッジにて)

米崎小学校でも長テーブルの上にパンを置いて自由にお選びいただいた。
すべての人がパンを取り、そろそろ撤収しようとしていたところに、さっきパンをもらったはずの男性がやってきた。
「クロワッサンをもう1個ください。
とてもおいしかったもので」
そのクロワッサンを焼いたのは、いま目の前にいるデリアン・エマニュエルさんその人だった。
「クロワッサンのレシピ、日本にきて最初に焼いたときから、ちょっとずつ変えて、もっとおいしく、もっとおいしくなるようにしてきました」
パンを作った人に、パンを食べた人が直接おいしいと伝える、偶然訪れた幸福だった。

(避難所にあてられた正徳寺。縁側に避難者のお年寄りが座っていた)

(和方公民館。小さな公民館も避難所になっている)

「私たちだけでパンをもらうのはもったいなくて。
他の避難所にももっていってあげてください。」

被災者の中の若い人、体が動く人がボランティアとなって物資を集める係や、給食係を勤めている。
もっとパンを、とすすめると、
「私たちだけがパンをもらうのはもったいなくて。
他の避難所にも持っていってください」
と遠慮する人もいた。
避難所から避難所への道は山の中だけにわかりづらい。
ボランティアの人が私たちを次の公民館へと車で先導してくれる。
そのようにしてパンはリレーされていった。
岬の先にある広田小学校へ人数分のパンを届けたときには、すでに日暮れ時だった。
お口に合ったのかどうかは心もとないけれど、いまもっとも必要としている人たちのところに、パンは届けられたはずだ。
パンを受け取るとき、パンを食べたときの笑顔が、私たちにとってのなによりの報酬だった。
避難者おひとりの幸福は、パンを届けた私たちの幸福になったのである。
パンを仲立ちとすることによって。
そしておそらくは、食べられたパン自身にとっても幸福なできごとであったにちがいない。



支援物資をお送りください。
いま避難者の方のお役に立つことができます。
下記のホームページに必要としているものの一覧があります。
遠野市の歯科医・打越岳さんが避難所や自宅避難者の方に届けてくれます。



(池田浩明)

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カタネベーカリー(代々木上原)
25軒目。

代々木上原駅から細い道を歩く。
店舗などあまり見かけない住宅街。
やっと見つけたカタネベーカリーは、周囲の住宅や町工場からまるで浮き上がっていない。

それを見たとき、たちどころに
「フランスの町のパン屋さんのようなお店にしたいなと思っています」
と片根シェフがブログにつづった言葉が思いだされた。

フランスのパン屋に似せているわけではない。
タバコ屋やクリーニング屋がただあるように、そこにただあるという特別感のなさが似ているのだ。

片根シェフはいう。
「パリのパン屋さんは、日常に溶け込み、生活の一部になっている。
そういう本質の部分で、パリのパン屋さんのようになりたいと思いました。
内容とか、価格とか、使い勝手とか。
高級なものではない、普通の感じに」

「好みの味にしたいとか、どういうことがやりたいのか、とか。
作りながら、いつもそういうことを考えています。
お客さんの声も反映しながら、地域に影響を受けて」

昼休みの食事をとても楽しみにしていたという感じで、地元の人らしきマダムや学生やカップルが入ってくる。
そして、多くの人が個別具体的に、
「チャバタのツナサンド」とか、
「きょうのキッシュなんですか」とか、
マニアックな「いつもの」を持っている。
パンの文化が町に根づいたその風景は本当にパリのようだった。

「しゃべりは奥さんが上手」と照れる片根シェフに、
「通訳が必要なんです」と奥様。
饒舌ではない語り口に誠実さを滲ませるシェフの言葉の中で、特に響いたのが「シンプル」だった。

「付加価値を付けすぎない。
必要ないのに変わったことをしすぎているパンが多いように感じられて。
毎日食べるパンなので必要最小限に」

「必要最小限のパン」の代表としてあげてくれたのがバゲット(長時間発酵のフランスパン[小100円])だった。
「ちょうどいい重さ。
重たくもなく、軽くもなく。
なんだかわからないけど、あとを引いて、どんどん食べたくなるような」

ぱりっと乾いた、薄い皮には、セレアル的な甘さがある。
しばらくのち、かなり強めの塩気に導かれて、中身の味わいが溶けだしはじめる。
長く長く、飲み込んだあとまで。
しょっぱいのか、甘いのか。
変化しながらつづいていく心地よさに、身をゆだねることができる。

角食パン(パンアングレ[260円])も必要最小限。
バゲット同様、このパンのおいしさも言葉にならない。
舌触りがなめらかで、ふわふわしているのに、コシがあって、歯の動きに合わせて生地がクネクネと動く(ペリカンが実現するあの食感に極めて似ている)。
皮はしっかりと香ばしい。
肝心の味だが、甘くもしょっぱくもない。
ただ口の中を満たす言葉にならないなにかがおいしい、としかいいようがない。
そのいい感じがずっとつづく。

おいしさを感じるのに言葉は必要ないという当たり前のこと、あるいは言葉を必要とするものは本当に「おいしい」のかという根本的なことまで考えさせてくれた。

パン・オ・レザン(190円)。
バランスがとてもおいしい。
嵐のようなラム酒の濃厚さとたっぷりのカスタード。
なのに、すがすがしくとても軽い。
2つを受け止める生地のぐるぐる渦巻きに隙間があり、それが空気をはらんで、全体をとても軽やかにしているのだ。
余計なものを取り去り、生み出した空間に仕事をさせる。
ここにも「必要最小限」があった。(池田浩明)

カフェも併設。

小田急線・千代田線 代々木上原駅
03-3466-9834
7:00〜18:30
月休・第1第3第5日曜休

#025


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ペリカン 職人インタビュー取材を終えて

取材を終えて帰ろうとしたときだった。
渡辺さんが「散歩しよう」とおっしゃって、我々はそのまま渡辺さんに付いていった。


7.jpg小雨の降る浅草。
インタビューでは語られなかった話もする。

渡辺さんが写真ばかり撮り何も言わない私に気を遣って
「あなたはカメラマンなの?」と声をかけてくださった。
ブログのために撮影をすることがあると話す。
「どういう写真を撮るの?」と問われて「当たり障りのない写真」と答えたとき、
自分が渡辺さんを前にとても緊張していることを自覚した。


3.jpg長年ペリカンのパンを使用している喫茶店へ案内してくださった。


6.jpgピザトースト。


5.jpgホットドッグ。

ヨットや音楽や恋や映画や将来の夢や人間の声やファッションやお酒の飲み方のことなど、
話は尽きなかった。




--------------------------------------------------------------------------


2.jpg取材から編集部に戻って間もなく、ペリカンのパンを焼いて食べた。

トースターをおもむろに設置してどんどん焼いていく。
編集部員は匂いにつられてトースターの前に群がり、食料配給のような列を作って
焼けるのを待った。


1.jpg取材を終えて、しばらく放心状態が続いた。

渡辺さんの言葉やその時の光景を反芻していたら、

興奮が収まるまでに時間がかかったのである。

職人さんの手を離れたパンからでさえ刺激を受け取っているというのに

その作り手である職人さんと触れ合ったことで

許容範囲外の刺激を受け取ったのかもしれない。


これから何人もの職人さんと出会うなかで冷静に対話をしていくためにも
刺激を受け止められるだけの勉強を続けなければいけないと強く感じました。

ペリカンの渡辺さん、ペリカンの皆様ありがとうございました。【D】


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(003をお楽しみに…)


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002. ペリカンの渡辺猛さん


人を虜にして放さない、ペリカンのパンの魔力について、2代目は、
「理由はわからないけど無性にあれが食べたい、(中略)その欲求の本質的な部分を探って、それに接近していくよう」でいて「さりげなく、細く長くおつきあいができるパン」と。
あるいは、「弾力と張力」という表現をした。
たしかに、ペリカンのパンのおいしさとは、弾力に加えて張力なのである。
歯が食パンの表面に当たり、押し切る瞬間に、張りつめていたものがたわむ。
生地が歯を押し返しながら、やさしく歯切れると、パンの味が滲みだしてくる。
決してすぐにではない。
じわじわと、「甘さ」という言葉で表現されるぎりぎりの、とてもあっさりした精妙な甘さがでてくる。
最初の甘さがなくなっても、別の部分から同じ甘さが現れ、それがなくなってもまた別の部分から甘さが現れる。
だから、いつまでも飲み込むのが惜しいような気さえする。
3代目の渡辺猛は、私が読み上げた父親の言葉を、目を伏せてじっと聞き取り、そしてしばらく考えたのち、自分の言葉に置き換えて、いった。
「自然とか、そういう言葉になっちゃうの。自然」


ペリカンは、食パン、ロールパン、バンズのわずか3種類しか置かない。
昭和24年の創業当時、あんぱんやジャムパンも売る「普通のパン屋」だったペリカンを、2代目店主は切り詰めた品揃えのパン屋として確立した。
昭和30年代から40年代にかけてのことである。
ペリカンはそれ以来まったく不動のように思える。
作り手でさえわからないほどの微妙な「変化」を感じとって訴える常連さんの期待に数十年にわたって応えてきた。
私たちは、雑誌のパン特集にのるパン屋に、「もっと新しいものを」と、移ろいやすい現在を求めて足を運ぶが、ペリカンにだけは変わらない過去を求める。
しかし、それは幻想に過ぎない。
「変わらないというのは嘘だよな。まず、粉とか素材が変化しているじゃん。バターも質が変わっているし。パンを焼く環境にしても、戦前は薪、それから電気、灯油、いまは都市ガス。製造装置も進化している」
変わっているにもかかわらず、まるで変わらない。
人びとの記憶の中のペリカンであるためには、むしろ変わりつづけなくてはならない。
「世代も変化しちゃってるわけじゃん。日本人の質が変化している。そこで昔と変わらないようにしてたら、潰れるぞ」


渡辺は浅黒い肌をしている。
いつもヨットに乗っているからだ。
ヨットを速く動かすには、風や波、そして潮の動きを、鋭敏に感じとらなくてはならない。
ヨットとパン作りには似ているところがあるという。
「いきたい方向にいけない。自分のいきたい方向にいくには紆余曲折しないと」
ペリカンとそれを取り巻く状況を、渡辺は固定したものとして見ていない。
パン屋が相手にするのは、客の記憶や感覚という移ろいやすいものである。
あるいは素材の生産条件や、設備や、経済という、パンを作るために必要不可欠なものも移ろう。
それら刻々と変わりゆく、必ずしも目に見えているわけではない、いくつかの変数を読みとり、複雑な連立方程式に最適の解を与えることが、ヨットの操作に似ているのだという。
時代は潮流のようにいつも流れているにもかかわらず、そこに浮かぶペリカンがまるで灯台のように、いつも私たちから同じ場所にあるように見えているとするならば、それは渡辺の巧みな操舵によるものだ。


時代を超えて多くの人びとの心を捉えて離さないペリカンのパンの魔術的なおいしさ。
それを確立した父に対する渡辺の感情は、アンビバレントなものだった。
「生きてるときは反発ばっかりしてたもん。合わないんだよ」
合わないと思っていた父の元でパン作りを学び、父の残した店を守り抜くことになった渡辺は、実は父親によく似た人なのではないかと、私は思った。
渡辺には、シンプルでありたい、さりげなく、自然でありたいといつも思う心の傾きがあって、言葉の端々にそれが現れる。
例えば、接客に関して、渡辺が心がけているのは、「いかに余計な言葉を重ねないか」「ひとつの言葉で別の気持ちも伝えられないか」である。
あるいは、私が「舌を満足させる」という言葉を使ったとき。
「舌を満足って、そこまでおこがましくないよ。あなたが一週間すべて通して、おいしかったって食事ある?」
ペリカンのパンはただそこにある、という感じがする。
ひとつの強烈な味を押しつけるのではなく、こちらから呼んだときだけ応えてくれる。
主導権は食べる側にあって、意識を働かせたときに、きっちりと、期待した以上のすばらしいものを返してくれるという感じがするのだ。
冒頭に書いた2代目の「さりげなく」という言葉に対する渡辺の解釈はこうだ。
「おこがましくないというか、さりげなくというのは、こっちから自分の存在をアピールするんじゃなくて、という感じじゃないのかな」
それはパンの味にとどまらず、わずか3つしか商品を置かないこと、あるいはまるでパン工場の軒先に棚とテーブルを置いただけ、といったたたずまいのうつくしさにもいえる。


渡辺が父に抱いていた複雑な感情は、死によって昇華された。
「親子ってそういうもんだと思うんだよね。死んでから、ああいい人だったなと」
ペリカンのパンに2代目の記憶が詰まっているように、浅草のいたるところに父の記憶は満ちている。
「町を歩いてもそうだよね。『親父さん元気か?』『いや、もう死んでるんだけど』。うちの親父の記憶を持ってる人、まだ浅草にいるわけじゃん。『親父さんは?』という話が出るかぎりは、親父の影響からは抜け出せないなと。でも、それはそれでいいんだよね。ありがたいし」
そして、渡辺はつけ加えた。
「記憶って大事。記憶ってのは、その人にとってだよな。他人がどう感じるかって、また別なものであって」
記憶は、そこにあって、そこにない。
その例として、渡辺は、近くに置かれていた北京オリンピックの記録写真集を私に示した。
オリンピックが開会してからではなく、開会するまでの準備風景が映されていて、いかにも中国の国柄を表し、たくさんの人びとによる人海戦術によって、スタジアムが建設されていく。
オリンピック会場が完成してしまった以上、その風景はもはやなく、人びとの記憶と写真の中に残されているだけだ。
渡辺の導きによって写真集を見ると、なにげない写真が不思議なものに見えてきた。


パンを食べることも記憶に関わるものであり、現にここにあるパンと、本当はそこに存在しないはずの、パンにまつわる記憶を重ねて食べているのではないだろうか。
いままで食べてきたさまざまなパンの記憶を持って私たちはペリカンのパンを食べ、そして一度ペリカンのパンをおいしいと思ったなら、その記憶をもう一度よみがえらせるためにペリカンのパンを口にする。
記憶は食べる人の数だけある。
パンを作る仕事は、そうした目に見えないものを感じとり、また決して侵すことのできない個人の記憶に常に敬意を払いながら行うものだということを、渡辺はいいたかったのではないだろうか。
そのためには、さりげなく、自然でなければならない。
渡辺はこうもいっている。
「正直に作っていくことがいちばん大事」


昔から続けているロックバンド。


取材中ずっと調子が悪そうだったPC。
配線を確かめている。


外された黒縁の眼鏡。

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(取材を終えた後の話を、明日UPします)


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パーラー江古田

パーラー江古田はパンを売っているが、パン屋ではない。
この看板のいちばん上には「BAR」と書かれているけれど、営業時間を見ると「8:30〜18:00」と書かれている。
BARなのに昼間やっているのかと不思議であるが、これは「バー」ではなく「バール」と読まなくてはならない、ということがのちに判明する。


カウンターしかない喫茶店。
そして自家製パンも売っている。
パンは大人気で主だったものは午前中に売切れる。
店内でも写真のようなコーヒーとパンのセットや、パンの盛り合わせを食べることができる。
パンの品揃えはハード系が中心、デニッシュやブリオッシュもある。


自家製酵母を使ったハード系のパン。
容赦なく皮が硬い。
そして厚い。
噛み締めると味わいががつんとくる。
ハード系ががつんとくることにおいて、東京でこの店にまさるところはなかなかないかもしれない。
素材の組み合わせもユニーク。
写真のカシューナッツとブラックペッパーは、ブラックペッパーの乾いたひりひり感によって引き出されたパンとナッツの甘みが、とてもさわやかで、新しいものに感じられた。


ご主人曰く、
「がっしりと焼いたほうが粉の味わいが強くなる」
「皮と底がおいしいです」
「本当はビールといっしょがいいんですけどね」
白い部分のじわじわくる甘みとか、やわらかさとか、そうしたものはあえて捨象され、とにかく、がつんとくる味わい・スピーディな甘さが追い求められている。
つまり皮派のパン。


サンドイッチのすごいボリューム。
ツオップのカフェでキッチンを担当していたご主人が、この店を開店したときのもともとのコンセプトは「サンドイッチを出す喫茶店をやりたかった」とのこと。
サンドイッチのためのパンを自分で焼いていたのが評判を呼び、持ち帰りのパンもいろいろ焼くようになったとか。
このサンドイッチ用の食パンが店の原点なのである。


自家製レーズン酵母を使い、油分や糖分は入れない、いわゆるハードトースト。
鶏肉のローストのしたたる肉汁を生地がきちんと受け止めている。
「具材をしっかり味つけるのでそれに負けないものを」といい、その通り、小麦の味わいがとてもしっかりしている。
小麦と肉が激しくぶつかりあう、そのエッジがおいしさになっている。
素材と素材の味のこすれあいこそがヨーロピアンなサンドイッチの醍醐味だと私は思っていて、しかし、このような食パンを焼けば、日本人好みの、口に当たらないやわらかさも同時に実現できるのだなと思った。

サンドイッチを焼くところをじっと見ていた。
一枚のパンに巨大な鶏肉のローストをのせ、もう一枚に舞茸のローストをのせ、オーブントースターへ。
タイマーまかせにはせず、お客さんと話をしながらも意識はトースターのほうへいっていて、何度もふたを開けて、人さし指で生地を押し、焼き具合をチェックしていた。
トースターからサンドイッチがでてきたのはかなりの時間がすぎたあと。
よく焼けた耳、特に上の部分はさくさくになっていて、香ばしさ最高、そしてとても甘い。


ご主人は、イタリアの食堂を巡り歩きもしたそうである。
このカウンターだけの店に詰め込まれた食への意識は、隠してはいるけれど実に高いところにある。
そうした情報は、ご主人と常連さんがの会話を小耳に入れることによって仕入れたのであるが、だれでもふらりと入れて気さくに会話ができて、これ以上は望みようがない軽食を取ることができる、すごい喫茶店である。

おいしすぎのため、帰りにレーズン酵母食パンを購入。
「よく焼いたほうがいいですよ。はちみつをつけるとおいしいです」
といわれたが、生でなにもつけずに食べた。
発酵の香りが強く、それが実にフルーティ。
軽い酸味が、小麦の甘みを強烈に後押しする。
両者が恊働してワンレベル上の味わいを作りだすさまがすばらしい。
ペリカンやブロートハイムといった、だれもが認める食パンとはまったく別の方角に、こんなにおいしい食パンがあったとは。(ぷ)

2010年1月19日追記
「ご主人はイタリアンの名店アロマフレスカで料理を学び」と書いておりましたが、事実は、雑誌『料理通信』の企画で、ディリットの坂内シェフにパスタの作り方を学んだことがある(坂内シェフは元アロマフレスカ)というお話を私が曲解しておりました。
謹んで訂正させていただきます。
関係者の方にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。


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カフェ・バッハ
コーヒーのためにパンを焼く喫茶店がある。
カフェ・バッハは、自家焙煎の喫茶店で、巨大な焙煎器が店内に置かれている。
店主は焙煎家としてとても著名とのこと。
コーヒーの味で勝負する老舗の純喫茶が、自家製のパンをわざわざ焼くのは、コーヒーとパンの相性にとことんまでこだわっているから、という記事を読み、どうしても行きたくなった。


メニューを開き、パンを探したら一行だけ、
「トースト」
わざわざ自分で焼いてまでいるのに種類を作らない、謳わない、というストイックな姿勢にちょっと感心。

喫茶店のトーストは、紙敷き・パンずらしが基本のようだ。
この店の独自技は、半分に切った上にそれぞれを3等分して一口サイズにしていることと、オプションでジャムをつけられること。
そのジャムがいたずらにだらっとしてなくて、真ん中の1個にだけかかっているのが、行き届いた配慮と思った。
これならパンだけ食べたいときにはついてないのを食べればよく、ぜんぶつけたい人はジャムの塊からなすってつければいいわけである。

厚さは4枚か5枚切りぐらいか。
後ろに見えているのは塩胡椒で、お好みでどうぞとのこと。
うさちゃんの耳みたいなところをぎりっぎりっとすると、塩あるいは胡椒がでてくる。

パンはとても長い時間、オーブンの中に入っていた。
でてくると、きつね色で、かなりかりかり気味で、しかし中は依然としてふわっとしている。

甘さは控え目。
とてもすっきりして、しかし味わいがないわけではなく、小麦味はのびてくる。

強く焼いたパンの香ばしさとともに、ごくわずか発酵の香りがあって、それが自家製らしいといえばらしいかもしれない。
でも、基本的には、そんじょそこらのパン屋レベルではなく、喫茶店のパンという範疇をかなり突き抜けたものだった。

で、このパンがコーヒーと合っているかどうかだが、きっと合っているのだろうと思った。
パン同様にコーヒーの味もすっきりとさわやか、なおかつパンの香ばしさが強いことと同様に、コーヒーの香ばしさにも広がりがある。
コーヒーの軽い苦みは、やや抑え気味にバターが塗られたトースト表面から滲む甘さと、ちょうどいってこいぐらいになっている。
これがパンとコーヒーの相性なのかとたいへん勉強になった。

ただ私にとっては、家で飲む適当なコーヒーとペリカンの食パン、あるいは藤乃木の食パンもしびれるほど合っている気がするので、食パンがおいしければなんでもいいんじゃないか、という考えも捨てきれない。

喫茶店にいろいろなパンを持ち込み、いろいろなコーヒーを頼んで、どの相性がすばらしいかを実験してみたい、いつか。(ぷ)

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ペリカン
パン屋のたたずまいや、パンのたたずまいは、パンの味以上に、作り手のパンに対する構えを表していると思う。
ペリカンにいくといつも感心してしまうのだが、パン屋というよりもどちらかというと工場に似ていて、店は工場に併設された直売売店という趣きである。
だから、パンを買いにきた人は、地元通か、業務用の商品をあえて求めにきた事情通というような、ちょっとした優越感をも感じることができる。
パンの顔はすべて似ている。
いかにも手づくりという感じではなく、手で成形される部分は最小限にとどめられ、食パンのように型に入れられるか、丸パンのように完全な丸をして、装飾はない。
でもそれは大量生産品のように冷たいものではなく、その中に見える、手づくりならではのゆがみがあたたかい。
ペリカンのパンは大量生産の工場と手づくり手づくりしたものの中間にあるマニュファクチャとでも呼ぶべきもので、個人性や過剰な思いや一切の無駄なコストを排除して、お客の必要とするものにだけ応えようとする「用の美」がある。
(以前、紹介したミルクロールにも同じスタイルを見ることができる。)
コンクリートのたたきに据え付けられた、これも飾りのない木製の棚に同じ形のパンが並んでいるとき、特にその思いを強くする。

中丸パンの、絶対これでなくてはならないという、食感と甘さのあいだの調和。
実に特徴的な、口の中にねばりつくようなやわらかさ、しっとり感と、やや歯切れづらいもっちり感。
風味は甘さと香ばしさの配分がいい。
さっぱりしていてさっぱりしすぎず、ほんのり甘くて甘すぎない。

食パンは丸パンほど甘くない。
魅了されるのは、4、5回噛んだときにでてくる透明な甘さ。
「甘さ」という言葉で表現されるぎりぎりの、とてもあっさりした微妙な甘さ。
最初の甘さがなくなっても、また別の部分から同じ甘さが現れ、それがなくなってもまた別の部分から甘さが現れるので、飲み込むのがもったいないような気がする。

ペリカンの食パンを食べはじめると、なんてことはないただの食パンであるにもかかわらず、その口触り、その食感、その甘さのことが頭を渦巻いて、軽いジャンキーのようになってしまう。
一枚一枚とついつい食べ進んで、いつのまにかもう一斤なくなってしまったことにひどい落胆というか、さびしさを覚える。

「理由はわからないけれど無性にあれが食べたい、という気持ちになることってありますよね。
その欲求の本質的な部分を探って、それに接近していくような…そんなパンを作りたい。
さりげなく、細く長くおつきあいができるパン。それが望みなんです」
(ペリカンのHPより)

「無性にあれが食べたい」けど、「さりげない」。
ペリカンのパンはまさにそういうパンである。(ぷ)

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レモンパイ洋菓子店のレモンパイ
レモンパイはお菓子であって、パンではないが、このブログで、以前、D嬢が紹介していたメゾンカイザーのレモンパイを食べて以来の縁なので、それもいいだろう。

合羽橋に、そのままずばりレモンパイという名の店がある。
レモン色の黄色い屋根がかわいい。

暑い日盛りだったので「ドライアイスを入れてください」といったら、「必要ありません」と。
上の白い部分はメレンゲ、真ん中がレモンクリーム、土台がパイ生地。

口に入れると、メレンゲはまるでそこに存在しないかのようにあっという間に溶けて、甘さだけを残す。
そこへ少しあとからかなり強めのレモンの酸味が。
甘さと酸味。
引き裂かれるような体験を中和して口の中に平和をもたらすのは、カリカリのパイ生地。

メゾンカイザーのレモンパイにも度肝を抜かれたが、このレモンパイも勝るとも劣らない。
これからは合羽橋に行くたびにペリカンとともに必ず立ち寄ろうと決意。

レモンパイ洋菓子店がレモンパイを焼くのは水金土のみであるといこともよく覚えておかねば。(ぷ)

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ヤマザキのハンバーガーバンズ
スーパーのレジに並んでいたら
「ハンバーガーバンズ入りませんか?」
といわれた。
「180円のところを100円にしときますよ」と。
これはパンの神様がきっといってらっしゃると思ったので、購入。
けれども、はさむべきハンバーグを持たずして、ハンバーガーバンズを手にするというのは、なんとも居心地の悪いものだ。

しかし、そう肩肘張らず、家にあるものをはさめばいいさ、自分らしく生きればいいさ、などと安直なテレビドラマみたいな台詞をつぶやき、家に帰った。
冷蔵庫の中をのぞいて物色、ベーコンを焼き、目玉焼きを作ってみたら、ちょうどバンズの大きさと同じまんまるのができたので、自分にちょっと感動。
銀メダルでうれしいといった真央ちゃんの心境はこんなものだろうか。(たぶんぜんぜんちがう)
↑この分厚さまん丸さがうれしい

包丁で切って上半分と下半分に切断しなくてはならない。
これもまた自分で驚くほどすっと刃が入ってきれいに上下に割れたのでまた感動。
しかし、それは自分が器用だということをまったく意味しないと、一口食べて判明。
というのは、人生最高というぐらいの歯切れのよさなのである。
ちょっと歯を立てただけで、勝手に上から下までぜんぶ割れてしまう。
ハンバーガーというのは分厚く食べづらいものだから、歯切れというのがことのほか重要なのだろう。

以前、モスバーガーの入口にヤマザキのダンボール箱がたくさん積み重ねてあったのを目撃した。
してみると、モスバーガーのパンはヤマザキ製なのである。
でも、このパンはモス味とはちがっていた。
きっとオリジナルレシピのパンをヤマザキに注文しているにちがいない。
そのへんの秘密もモスバーガーに直撃してみたらおもしろいかもしれない。

とはいえ、このハンバーガーバンズはパッケージからして業務用っぽい感じがする。
業務用っぽいとなにがなんだかわからないがちょっとうれしい。
合羽橋にいくとテンションが上がるみたいに。
だから、簡単に売り込みに屈して、ハンバーガーもレタスもなしにバンズを買ってしまったんだろう、きっと。

合羽橋といえば、ペリカンでハンバーガーバンズを売っているときいたことがある。
いつかペリカンのバンズに自分でハンバーグをはさんで食べるのが夢。(ぷ)
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第7回パンラボ〜食パン〜アドレス帖
 【第7回パンラボ〜食パン〜で食べた食パンが買えるお店】

sk1シェ カザマ
住所:東京都千代田区一番町10
TEL:03-3263-2426
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.68329999_139.74233055_10/
営業時間 8時半〜20時半(日休)



sk2ドンク
全国で販売中。
HP http://www.donq.co.jp/



sk3みんなのぱんや
住所:東京都千代田区丸の内2-7-3東京ピルディングB1F
TEL:03-5293-7528
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.67531666_139.7679861_10/ 
営業時間 11〜19時
HP http://www.marunouchi.com/tokia/index.html


sk4ドンナ
住所:千葉県千葉市花見川区幕張本郷5-20-8
TEL:043-274-6618
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.6686361_140.05191111_10/ 
営業時間 7〜19時(水・第3火休)
HP http://donna.her.jp/


sk5アンゼリカ
住所:東京都世田谷区北沢2-19-15
TEL:03-3414-5391
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.657475_139.67059999_10/
営業時間 10〜19時(売り切れ次第)、無休



sk6ペリカン
住所:東京都台東区寿4-7-4
TEL:03-3841-4686
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.70527499_139.7946861_10/
営業時間 8〜17時(日祝休)
HP http://www.bakerpelican.com/



sk7ベッカライ ブロートハイム
住所:東京都世田谷区弦巻4-1-17
TEL:03-3439-9983
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.6315111_139.64777221_10/
営業時間 8〜20時(月及び第1火休)



sk8濱田家
住所:東京都世田谷区三軒茶屋2-17-11
TEL:03-5779-3884
地図 http://www.mapion.co.jp/m/35.63962499_139.66995832_10/
営業時間 9〜20時
アドレス・ラボ comments(0) trackbacks(0)
第7回パンラボ〜食パン〜の風景
 shk1第7回パンラボは2009年5月16日発売『パニック7ゴールド7月号』に掲載された。
テーマは食パン。

写真はかいじゅう屋さんの食パン。
この日、特別に焼いてもらった。

食パンは型に入れて焼かれた、中味を食べるパンという定義で
山型・角は問わず8つの食パンが集められた。


shk2かいじゅう屋さんの食パンが棚に置かれている。



shk4

上段(右から)
シェ・カザマのパン・ド・プルミエ(500円)
ドンクのハードトースト(336円)
みんなのぱんやのみんなの食パン(280円)
ドンナの天然酵母イギリスパン(350円)

下段(右から)
アンゼリカのジャーマンエクセラン(280円)
ペリカンの食パン(290円)
ベッカライ ブロートハイムのハードトースト(360円)
濱田家の角食パン(300円)


shk3特別にトースターを用意。
ひとつひとつ食べる直前に焼いて、そのアツアツを切り分けて試食。
しかも普段は座って試食するのに、この回はなぜか立って食べていた記憶がある。
手前に見えるのは2種類のバター。
木でできたバターナイフでバターを塗ったり塗らなかったり。

かいじゅう屋さんの食パンは最後に食べた。
選りすぐりの食パンのそれぞれのおいしさと
かいじゅう屋さんの食パンのおいしさに
一体どれだけおいしくすれば気が済むのか、と思った回だった。
形や味や香りや噛み応えに個人の好みがあるだろうけど、
それにしたってこれら食パンはどれもおいしすぎた。

第7回ということでパンのおいしさに気づき始めた頃だったからかもしれないが、
パンラボ後、かいじゅう屋さんから目白駅へ向かう帰り道で
「今日食べたパンを焼いてくれるお店の近くに住む人びとは幸せだろう」と心底羨ましく思ったのを
よく憶えている。【D】
プレイバック・ラボ comments(0) trackbacks(0)
ホテル京阪
大阪の天満橋をお腹を空かせて歩いていたら400円でパン食べ放題という店を発見。
レースペーパーを敷いたプラスティックのトレイ。
これに自分の好きなだけ何回でもパンをのせていい。
バター、ジャム、ドリンク、卵も取り放題。
クロワッサンに、ロールパン、あんぱん、ほうれんそう。
どれも小さめで、焼きたてがどんどん運ばれてくる。
クロワッサンはぱりぱり。皮が厚くて巻きの数が少ない感じで、それが逆に手づくりっぽく、甘めでクッキーのようだった。
ロールパンも粉の味がして、皮の色は焼きが甘くて薄めなところも、ペリカンのパンにちょっと似ていた。
ほうれんそうはロールパンにほうれんそうの粉が入って、抹茶味風。
あんぱんはパン・オ・ショコラそっくりだけど、クロワッサンの中にチョコの代わりにあんが入っている。
これをカフェオレの中に浸して食べると甘さがほろ苦さでコーティングされて絶妙においしかった。
どれもバターがしっかりきいていて、400円の癖にしっかりホテルのパンの味がした。(ぷ)
パン・トリップ comments(0) trackbacks(0)
藤乃木ファンクラブ5
 

知り合いに藤乃木の話をしたら、

「そりゃ、パン屋が発酵してるんだよ」と言われた。

パンが発酵しているのみならず、パン屋まで発酵しているというのだ。

発酵したパン屋といえば、藤乃木以外なら、田原町のペリカンなどを思い出す。

発酵したパン屋があるとするなら、他の発酵してないパン屋というのはまだ小麦粉のままでふくらんでないということなのだろうか。

『小人の靴屋』という童話があるが、発酵というとあれを思い出す。あの話はパン屋が靴屋に変わってこそいるが、夜中に目に見えない微生物が勝手に仕事(発酵)をしておいしくしてくれることの比喩ではないだろうか。つまり藤乃木は人間が作ったものではなく、目に見えないもの(時間? 微生物? 小人?)が仕事をしておいしいパン屋になった。もちろんいくら微生物が働いたとしてもうまくパン生地がこねられていなければおいしいパンはできないのであり、藤乃木さん自身の努力の賜物でもある。古いからといってどんな店でも見事に発酵しているわけではなく、時には単に腐敗しているような店も散見されるのだから…。

話は変わるが、藤乃木現象と呼ぶべきものがある。

流行のパン屋さんを紹介した雑誌を読んでいると、マジックワードというか、そう書いてあるのならおいしいにちがいないんでしょ、と読者が納得せざるえない言葉がある。曰く、デニッシュに関するなら、「発酵バター使用」「さくさく」「ぱりぱり」「とっても軽い」こんなところだろうか。私もパンの原稿を書いていてこういう言葉ばかりキーボードを叩く指先から出てきていればとりあえず安心して仕事を終えることができる。

ところが、そうした定石を完全無視し、ことごとく反対方向に突っ走って、なおかつおいしい。これが恐るべき藤乃木現象であり、発酵したパン屋にしかなしえない、人智を超えた技である。


妻はデニッシュを自分から進んでは食べない。にもかかわらず、パンから発せられたオーラに魅入られたのか、このアップルデニッシュを買って食べ、藤乃木で一、二を争うおいしさと主張しはじめている。

見た目がでかい。やけに堂々としている。軽やかさなど感じさせず、相撲取りがわらじを履いたようにがっしりと地に足をつけている。味はというと、バターをたっぷりつかって、コッペパンをデニッシュにした感じ。あの藤乃木コッペがデニッシュになって登場! と力んだところでファンクラブ会員さん以外にはまったくピンとこないでしょうが…。


肝心のアップルだが、さっくりと歯触りが残り、甘さも絶妙でおいしい。アップルのコンポートがデニッシュの中にぎっしり…と書ければ、普通のパンの原稿として合格なのだが、藤乃木の場合はちょっとしか入ってない。それじゃダメじゃん、となりそうなところを、マエストロの余裕と感じさせてしまうのが、藤乃木現象である。ちょっとしか入ってないことによって、そこにたどりつくまでは一口二口デニッシュだけを食べなくてはならない。ここでパンのおいしさをじっくりと実感させたのち、アップル部へと向かわせるのが藤乃木の流儀。(ぷ)

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合羽橋へ

ペリカン
パンラボ用の小道具を買いに合羽橋道具街へ。
せっかく来たのでパンのペリカンに立ち寄る。
中丸パンを購入。


かしわで食玩
合羽橋道具街で食玩を弄んだり。


修正版コデ
バウルーのホットサンドメーカー(直火でホットサンドが作れる)を欲しがったり。


かしわで片手にパン
ペリカンで買った中丸パンを片手に、小道具探しに精を出したり。


蒸篭にパン
蒸篭の中にパンを置いてみたり。蒸しパン。


合羽橋珈琲店前
合羽橋珈琲で休憩。


合羽橋珈琲
ダッチ珈琲(写真奥)、カルロスさんの有機栽培珈琲(写真手前)。

合羽橋珈琲
住所:東京都台東区西浅草3-25-11
TEL:03-5828-0308
地図:http://www.mapion.co.jp/m/35.71358333_139.79262777_10/




無事購入できた小道具のひとつにペリカンの中丸パンを並べてみる。
ジャーン。


ペリカンマーク
ペリカンの包装袋。かわいい。

パンのペリカン
住所:東京都台東区寿4-7-4
TEL:03-3841-4686
地図:http://www.mapion.co.jp/m/35.70527499_139.7946861_10/





お腹が減ったので…
並木の蕎麦
昼食に並木藪蕎麦のざる蕎麦。
蕎麦がざるの裏面にのせられてきた。
これが粋というものか…。【D】

並木藪蕎麦
住所:東京都台東区雷門2-11-9
TEL:03-3841-1340
地図:http://www.mapion.co.jp/m/35.70649444_139.79913333_10/

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